別宮大山祇神社 愛媛県今治市別宮町3丁目 旧・県社
現在の祭神 大山積大神
本地 大通智勝仏

澄禅「四国遍路日記」

承応二年九月二十八日[LINK]

三嶋ノ宮、本地大日ト在トモ大通智勝仏ナリ。 此宮ヲ別宮ト云ハ爰ゟ北、海迄七里往テ大三島トテ島在リ、此島大明神ノ本社在リ。 今此宮ハ別宮トテカリニ御座ス所ナリ、本式ハ辺路ナレハ其島エ渡。 爰ニ札ヲ納ル、略義ナリ。 又伊豆ノ国ノ三嶋ハ此島ノ十六王子ノ随一ナリ。 由来略之。

寺島良安「和漢三才図会」巻七十九

四国遍路八十八箇寺(伊予)[LINK]

凡四国遍路八十八箇寺の内所有二十六番
[中略]
三島別宮(五十五) 在越智郡 平地東向
 本尊 大通智勝仏(作者不知)
神仏分離後の五十五番札所は別宮山南光坊。

安達忠一「同行二人四国遍路たより」

第五十五番 別宮山(金剛院)南光坊[LINK]

御本尊大通智勝菩薩[ママ] 行基の御作。 大山祇大明神の本地仏であります。 元明天皇の和銅五年伊予の国司越智王澄が、大山祗神社の別宮を日吉の郷に勧請しましたのが現在境内続きにある別宮明神でありまして、後聖武天皇の朝に行基が本地垂跡の神仏合体説を立てました時、大山祇神社の法楽所二十四地を延て内八坊を割いて別宮明神の法楽所としましたが、爾来幾星霜兵燹等の為七坊は亡び僅に残つたのが今日の南光坊であります。