稲荷神社 千葉県市川市押切 旧・村社
現在の祭神 宇迦能魂神
本地 十一面観音

押切稲荷神社由緒書

押切稲荷神社
【由緒】
 抑も当押切鎮守稲荷神社本殿の御尊体は、十一面観世音菩薩で約八百五十年前、建久巳年三月京都三條仏師の祖先とも云う、鎌足義政(又は義継)が一刀三礼の作で、大和国長谷寺の御尊体の御写とし、御丈一尺二寸五分、御身巾三寸五分の船形光背で蓮華座の立像の御尊像なり。
 当押切の地に鎮守する迄の間、種々な経緯が有り今から凡そ三百五拾有余年前に鎮座したが度々の津波等により本殿等が破壊し、御尊体は、葛飾の里鎌田邑の長寿院に預けられており、押切稲荷神社総代が御尊体が空虚なるのを日夜遺憾に思い、大正二年十一月四日長寿院に返還を申し入れし、鎌田村議の結果、大正二年十二月十九日早朝返還が相成り氏子総代一同御船にて御迎えし本殿へ無事安置し現在に至る。

千野原靖方「江戸川ライン歴史散歩 川沿いの史跡を訪ねて 松戸・市川・浦安」

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稲荷神社(押切)
旧押切村の鎮守で、祭神は豊受大神である。 今、十一面観世音菩薩像を祀るという。 押切は対岸の下鎌田村(江戸川区)の農民が移住してきて耕地を開き、村を形成するに至ったところと伝える。