仲山神社 三重県津市美杉町下之川 旧・村社
現在の祭神 金山彦命
[配祀] 大己貴命・天児屋根命
[合祀] 国常立命・伊弉諾尊・伊弉冉尊・大山祇命・火之迦具土命・素盞嗚命・多紀理毘売命・市寸嶋比売命・多岐都比売命・天忍穂耳命・天穂日命・天津彦根命・活津彦根命・熊野久須比命・吉備津彦命
本地 釈迦如来

向田育郎「下之川の今昔」

仲山神社[LINK]

 由緒書によれば、第六十二代村上天皇の御宇、康保二年(西暦965)二月、源家長なる者美作国一宮中山神社より勧請金山彦命を移し祀るとある。 金山彦命はいざなぎ命の御子にあたる。 社伝には鏡作命とあり、中古金生大明神と号す。 建久九年(1198)安置の御神体台座銘は昭和五十一年三重県有形文化財に指定された。
  金生大明神御躰
建久九年正月二九日丁卯供養
  奉安置神殿三ヶ山下郷
  願主天台住侶仏子静意
とありこの裏面に
奉造立本地釈迦如来
 建久九年戊午正月二十日始奉造立
  天台山僧預所 静意
と書かれ、本地仏は釈迦如来で、神はその權身である(本地垂迹説)ことをあらわしている。
[中略]
 別当寺たる福成寺はいつの頃か多分信長の兵火で焼亡したので天和元年(1681)仲山神社に近い神山の一角に再建され寺号を「永代山弥勒院常福寺」と改め明治五年の廃寺まで二百年続いたのである。 ついでに、三ヶ山下郷とは山本垣内より上の郷で、大作、山口、篠ヶ広の下郷三垣内は、元禄九年山口に山口神社を、戸木庄は応神天皇を勧請し、八幡宮を建て、仲山神社の氏子にはならなかった。 正慶十七年(1362)仲山神社の一番古い棟札に大願主沙弥道円とある。 この道円は佐々木一統で、毎年米拾弐石を祭祀料として奉納した。 その料田が神明田である。
 明治元年四月の太政官布告により、神仏分離となり、仏体の御神像(金生大明神)は飯泉寺に移し、神社では大明神という神号を改めて、元の金山彦命とするにいたった。