八幡人丸神社 | 山口県長門市油谷新別名 | 旧・村社 |
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現在の祭神 | 応神天皇・仲哀天皇・仁徳天皇 <八幡宮>・柿本人麻呂 <人丸社> |
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本地 |
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太夫姓は柿本名は人麿、蓋上世の歌人なり、 持統・文武の聖朝に仕へ、新田高市の皇子に遇ふといへり、 抑人丸は権化の人にして、高く神明の思ひを振へり、
[中略]
和銅三年多々羅のはまを出、 西海の波濤に漂ひ長門国大津の郡入江に着賜ふ、 此所の到景他にことなりとて三年の春秋を送り給ひぬ、 朝な夕な向津の眺望に、向津の奥の入江のささなみに釈云、
のりかくあまの袖はぬれつつ
向津とは弥陀の浄土即彼岸の儀なり、 奥の入江とは如来弘誓海の深きとの儀なり、 ささなみとは真如実相の閑なる浪なり、 海苔かく泉郎とは、のりとは仏の教、 法かくとは頓写書写の義、 あまとはこれみほとけ也、 袖はぬれつつとは衆生済度の御船の棹をさし賜ひ、 御衣の袂もしほれさせ給ふとの儀なり、 此故に人丸を弥陀の化現なりといへり