大舩神社 岐阜県加茂郡八百津町八百津 旧・郷社
現在の祭神 大山祇命・鹿屋野比売命
本地 阿弥陀如来

可児桝太郎「汎八百津」

大船神社[LINK]

 八百津町細目に鎮座す。 社格は郷社で祭神、勧請年月等詳かならざるも、伝ふる処に依れば平城天皇の大同元年の頃権現山頂に勧請したもので大山神社と称したと云ふ。 此の説によると祭神は大山祇命ならんか、旧記に依ると 「神明帳に記する処、平城天皇の大同元年あたり美濃国細目村北の高山に祀る所の大山神社是なり、其の後天慶年中の頃旧権現山の半腹に檜の凡そ五尋ばかりの大樹ありける。 時に細目村の内黒瀬と云ふ処の渡船を営まんと欲して、柚人二人は数多の人足を引具して此の御山に分け登り、彼の木を既に伐らんとせし時、虚空界より白き鳥翅り来たりて其の木の南にさしたる一の枝に止まりて、二、三声囀り終りて此の御山に潜み、竟に見えざりしと云ふ。 則ち彼の木を伐りて人足九十人出でて此の木を曳き下さんとすれ共、其の重きこと恰も磐石の如くにして、少しも曳く事能はず、余りの不思議に思ひ山の上の方に皆々立ち廻はり是を曳きしに、其の軽き事麻を曳くよりも尚易し。 又右の如くにして一寸も動かざる故に人々怪しみける処に、其の中の吏人曰く此の木此処に捨つべし是必ず神の惜しませ給ふ木ならんと先頃此の木を伐りし時いぶかしき白鳥来たりて此の木にすがりいみじき鳥なりと申し侍りき。 斯かる奇瑞あること正しく神の所為ならんと云ひて遂に此の木を曳くことを止め侍りきとなり。 船木は其の儘御山の頂きにありし故、後神の御名をいつとなく大船権現と云ひりしとなり。 之即ち御神郷の濫觴なり。 (中略) 応永の頃此の里に治部郷と云ふ勇気剛力にして行徳殊に勝れ、四圍に名を触れたる厳しき行者ありしが、(一説に大梁山天永寺の法印が権現山より負ひ下りしにより大船神社の祭礼に大梁の住民が先駆を承はると云ふ)此の御山に攀ぢ登り暫く御祈念あつて大船権現を此の郷に遷し奉る。 今の神社是也。 (中略) 故に旧の御山には御本社の立たせ給ひし跡、御手洗池、下は十二末社の立たせ給ひし跡ありありとしておはしけり。 (中略) 又大船大権現の今の御霊地に御本地堂あり阿弥陀如来なり。 此の堂いつと云ふ事を知らず、是寬保二戊戌年の御造営なりと。 今の堂是なり。 扨て又其の上に白山権現と云ふ神あり、此の御神は大船大権現の此の地へ遷らせ給ひし以前より有りしなる。