三内神社 東京都あきる野市三内 旧・村社
現在の祭神 大己貴命・少彦名命・武甕槌命・表筒男命・中筒男命・底筒男命・大物主命・大国主命・事代主命・猿田彦命
本地 不動明王

「武蔵名勝図会」(多摩郡之部 巻十)

三内明神[LINK]

秋留山と号す、(三内村)村内鎮守、社司三内氏、例祭六月十五日、社地、山林凡五万坪程、山上登り、三町許、頂上に社あり、麓に御手洗の清清水あり、 祭神大己貴尊・少彦名命・武甕槌命等を合せて祀れりといふ、 社司が家に伝ふる社説に、人皇四十代天武天皇の白鳳三年甲戌秋、山中納言源経房卿此地にさすらひの頃、此処の女に通じて一男を設けたり、其名を徳一丸とそ号し、生長の後に山内中務大輔といふ、この経房卿の霊を祀り、山内彦の社を崇め、其後山といふ字を転し、この字に替けり、今社司三内氏の祖なりと云、
[中略]
悲願寺はもとより爰の三内明神と伊奈村の岩走明神の別当所たる故、彼寺の旧記を閲するに、三内明神の事を載せていふに、本地不動尊木立像、一尺、文殊菩薩以上の二躯厨子入、丸鏡の御正体十一面観音、外に銅像無銘の一体、内陣に金銅の宝珠と宝鏡と宝剣とあり、九寸九分、棟札三枚内、一枚金色山の宝庫にあり、正徳三年の棟札本社にあり