椎葉円比咩神社 | 石川県羽咋市円井町 | 式内論社(能登国羽咋郡 椎葉円比咩神社) 旧・村社 |
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現在の祭神 | 奇稲田豊麻奴良比咩命 [合祀] 建御名方命 <諏訪社>・大己貴命 <気多将軍社> |
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本地 |
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椎葉円比咩神社 円井町
鎮座地 円井町の西部の本村にあり、東面する。 境内は270.95坪(神社明細帳)。
祭神 神社明細帳では祭神を奇稲田豊麻奴良比咩命とする。 『出雲風土記』に見える久志伊奈太美等与麻奴良比売命と同神であろうか。 明治十三年の神社明細帳では「但、円比咩神トモ申候」と記している。 素戔鳴尊の妃神だと伝承されている。
社名 もと白山社・白山宮ともよばれた。同名の神社が柴垣町にもあり、寛延年間(1748~1751)に両社の神職がたがいに式内社であることを主張して争論するところがあった。 後に和解して文政十二年(1829)の社号帳あたりから双方とも椎葉円比咩神社を称してきた。 明治七年に白山社と改称させられたが、同十五年六月八日に現社名に復称方を許可された。 なお社名の椎葉円比咩は現在シイハツブラヒメとよばれ、町名の円井もこれにもとづくといわれている。
社格 明治初年に村社に列し、同四十一年四月は神饌幣帛料供進神社に指定された。
由緒 社伝によれば崇神天皇の時代に勧請したといわれるが、その詳細は明らかでない。 円井村はもと北西の古屋敷とよばれる地域にあったが、田地の地味が悪くて村中が難渋したため寛政年間現地に移転、ついで神社も遷座したという。
[中略]
なお、本社の本地仏は明治初年の神仏分離の時に円井町にある真宗本願寺派顕正寺に預けられた。 当時、白山社とされていたところから十一面観世音である。
[中略]
祭祀 春祭は四月二日。秋祭は九月三日で、神輿渡御のときは、本地仏を安置する顕正寺へ最初に行くのが慣行となっている。