| 高木神社 | 岐阜県山県市高木 | 旧・郷社 |
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| 現在の祭神 | 高皇産巣日神 |
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| 本地 | 観世音菩薩 |
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創建年代詳ならず、古来当社は白山権現と通称せり、 新撰美濃志に、「高木村は佐賀の北にあり、御料八百五十八石七斗八合、白山権現社は村内にあり、美濃神名記に、山県郡正六位上高木明神とあるは此社なるべし」と見ゆ、 口碑によれば、往昔僧泰澄此地に来り、自ら観世音の像を彫刻し、本地仏と称し殿内に奉祀せりと、 今本村の氏子某家に蔵する旧記を見るに、彼の尊像年を経ると共に朽廃せしを以て、村吏山田金房なるもの深く之を憂ひ、応永十二乙酉年二月十八日、新に仏師に命じて之を刻ましめ、以て常社に納めし由記せり、 然るに明治維新の制に由りて、斯像は本村多福寺に遷祀す、 而して当神殿には、幾んど千有余歳を経たりと称する古材の神像三柱ましませり、 扉前の神鏡は豊臣秀頼の奉献せしものゝ由、 是の故に当社は、古来本村の総社として氏子の崇敬深く、毎歳の祭典には稚児十二人を交る交る撰出して、長刀舞及び獅子楽等を演じて、神慮を慰め奉るを例とし、今に至るまで廃せず、明治六年郷社に列せらるゝと同時に、社号も旧に復して、高木神社と称するに至りしと云ふ。