序 花果山の章
妖の一
- 朱厭
-
状は猿の如くで白い首、赤い足、名は朱厭。これが現れると大戦が起きる。
[『山海経』第二、西山経]
- 李冰
-
秦の昭王(在位B.C.307-251)の時代の蜀の太守。当時、長江の水神(蛟龍)は毎年若い娘を二名づつ犠牲として要求し、それに従わない時には水害を起こして人々を苦しめていた。李冰はこの水神を退治して人々を水害から救い出し、没後に灌口二郎神として祀られた。
[南宋、曾敏行、『独醒雑志』]
-
灌口二郎神とは李冰ではなく、その息子の李二郎
であるという異説も有る。
- 花果山
-
東勝神州・傲来国の近くの大海にある山。この山の頂上の霊石から石猴(後の孫悟空)が生まれた。
[『西遊記』第1回]
- 孫悟空
-
三蔵法師の一番弟子。
-
東勝神州・花果山の霊石から生まれ、須菩提祖師に師事して仙術を体得した。一時は天界の役人(弼馬温、斉天大聖)となるが、叛乱を起こして釈迦如来に五行山に封じ込まれた。
[『西遊記』第1〜8回]
-
五百年後に三蔵法師に救い出され、その弟子となって西天取経の旅に同行することになる。経典を唐にもたらした後は、天竺に戻って闘戦勝仏(三十五懺悔仏の一)となった。
[『西遊記』第14回〜]
- 申陽仙人
-
「陳巡倹梅嶺失妻記」によると、宋代に陳辛という者が広東の巡倹(警備司令官)に任命されて任地に赴く途中、梅嶺で申陽公(別名・斉天大聖)という妖猿に妻を拐われ、張紫陽という神仙の力で妻を救い出すことができた。
- 福地
-
固有名詞ではなく、名山勝境の奥深くにあって、永生を得た神仙たちが安楽に棲んでいると信じられた理想郷を表す。
道教では七十二箇所の福地を説くが、『西遊記』では花果山も福地の一つとされている。
[『西遊記』第1回]
妖の二
- 水簾洞
-
花果山の滝の裏側に有る洞窟。石猴(後の孫悟空)が発見し、その功績で花果山の猿たちの王となった。
[『西遊記』第1回]
- 斉天大聖
-
弼馬温の役職に不満を持って天界を飛び出し、水簾洞に帰った孫悟空が自ら名乗った称号で、考案したのは配下の独角鬼王である。討伐に来た

太子に勝った後、太白金星・李長庚のとりなしにより、玉帝より公式にこの称号を認められた。
[『西遊記』第4回]
妖の三
- 無支奇
- 巫支祈などとも呼ばれる水神。姿は猿猴に似て、体は黒く頭は白く眼は金色。力は九頭の象よりも強く、身のこなしは非常に素早い。無支奇は風雷激浪を起こして禹王の治水事業を妨害した。禹王は無支奇の首に太い鎖をつけ、鼻に金の鈴をつけ、淮陰の亀山の下に縛りつけることに成功した。
[唐、李肇、「唐国史補」]
- 岳
経 -
講釈師の語る「唐代の李公佐という人が…」は、唐代の小説家・李公佐(代表作は「南柯太守伝」)の「古岳
経」という伝奇小説のストーリーである。ここに出てくる「岳
経」は『山海経』の題名をもじったものと推定されるが、現存する『山海経』には該当する個所は無い。
- 美猴王
-
孫悟空が須菩提祖師の弟子になる前の、花果山の王だった頃の名前。
[『西遊記』第1回]
- 孫悟空の頭の輪
-
"緊箍”または“緊箍児"と呼ばれる。釈迦如来が観音菩薩に唐に西天取経の僧を選ぶために旅立つように命じた際、菩薩に授けた五つの宝(緊箍、禁箍、金箍、錦襴の袈裟、九環の錫杖)の一つ。
[『西遊記』第8回]
-
後に三蔵法師がこの輪を孫悟空の頭に被せ、悟空が逆らった時には呪文("緊箍呪”“緊箍経”“定心真言"などと呼ばれている)で頭を緊めるようにした。
[『西遊記』第14回〜]
-
なお、三種の降魔の輪のうち、禁箍は黒風山の黒大王(三蔵法師の袈裟を盗んだ妖魔)を捕らえる際に、また金箍は火雲洞の聖嬰大王(紅孩児)を捕らえる時に用いられた。
[『西遊記』第17回、第42回]
妖の四
- 通臂公
-
釈迦如来によると、通臂猿猴とは四猴混世の一種で、日月を拿り、千山を縮め、禍福吉凶を弁じ、乾坤をもてあそぶ力を有する妖猴である。
[『西遊記』第58回]
-
『平妖伝』に登場する袁公は雲夢山白雲洞に棲む通臂猴で、九天玄女に師事して仙術と武芸を授けられた。後に昇天して玉帝より白雲洞君の号を受け、玉帝の文書庫の管理人に任ぜられるが、方術の秘伝書「如意宝冊」を盗み出して白雲洞に戻り、左右の壁に百八種類の方術を彫り写した。
[『平妖伝』第1〜2回、第37〜40回]
- 二郎真君
-
道教の神で、清源妙道真君という神号を有する。元来は洪水を治める水神だったが、後代には幼童保護神としても信仰された。
- 『西遊記』によると、二郎真君は玉帝の妹と楊氏の間に生まれた子(つまり、玉帝の外甥)で、梅山の六兄弟(康大尉、張大尉、姚大尉、李大尉、郭申将軍、直健将軍)及び千二百の神兵を従える勇猛な神将である。観音菩薩の提言・玉帝の聖旨によって斉天大聖を退治するために出撃し、太上老君の助力を得て孫悟空の捕縛に成功した。
[『西遊記』第6回]
-
ある伝説によると、李冰の息子の李二郎=二郎神が水害の元凶である悪竜を退治したという。この伝説によると、二郎神に追われて逃げ疲れた龍が一人の老婆(正体は観音菩薩)から麺をもらって食べたところ、麺が腹の中で鉄の鎖に変じて龍の心臓を縛りあげた。『西遊妖猿伝』において二郎真君の神像が無支奇の心臓を縛妖鎖で縛りあげる話は、この伝説が基になってことは間違いないだろう。
- 李世民
-
唐の第2代皇帝(太宗)。玄武門の変で兄(皇太子・李建成)と弟(斉王・李元吉)を殺し、父の李淵(高祖)を退位させて帝位に就いた。以上は史実。
-
魏徴に処刑された
河の竜王(袁守誠の項を参照)が太宗の違約を冥府の法廷に告訴したため、太宗の魂は閻魔王のもとに連行された。魏徴の手紙を受け取った判官の崔
は、「生死簿」を改竄して太宗の寿命を延ばし、太宗が現世に戻れるよう工作した。太宗が地獄を巡って現世に帰る途中、兵乱で太宗に殺された亡者の霊が餓鬼と化して苦しむ姿を目撃し、水陸大会(施餓鬼の一種)を行うことを約束した。太宗が生き返った後に実行された水陸大会の会主に任命されたのが玄奘で、これが西天取経の旅のきっかけとなった。
[『西遊記』第10〜12回]
第一部・大唐篇
五行山の章
乱の一
- 双叉嶺
-
西天取経に旅立った三蔵法師が遭遇した最初の難所。三蔵一行は寅将軍・熊山君・特処士の三妖魔に捕らえられ、当初の従者(普通の人間だった)は妖魔に喰われてしまった。
[『西遊記』第13回]
- 劉伯欽
-
双叉嶺で三蔵法師を救い、五行山に封じ込められている孫悟空のもとへ案内した猟師。あだ名を鎮山太保という。
[『西遊記』第13〜14回]
乱の二
- 玄奘
-
西暦600年前後に河南省に生まれた。仏教研究の為にインドへの旅行を志したが太宗の許可が出なかったので、629年に無断出国してインドのナーランダー寺院に学んだ。645年に帰国して、後半生は『大般若経』や『瑜伽師地論』をはじめとする多くの訳経及び『大唐西域記』等の著述に従事した。以上は史実。
-
前世では釈迦の弟子の金蝉長老だったが、教えを軽んじたために唐土の陳光蕋の子として転生させられた。陳光蕋は江州の長官として赴任する途中で殺され、子供は生まれるとすぐに川に流された。子供は金山寺の法明和尚に拾われ、成長後に出家して玄奘の法名を授けられた。
[『西遊記』第9回]
- 太宗の命により水陸大会の会主として説法しているところに観音菩薩が出現し、天竺に大乗経典が有ることを伝えた。玄奘は太宗より「三蔵法師」の号を授かり、西天取経に旅立つことになったのである。経典を唐にもたらした後は、天竺に戻って栴檀功徳仏(三十五懺悔仏の一)となった。
[『西遊記』第12回〜]
乱の三
- 紅孩児
-
牛魔王と羅刹女の子で、枯松澗火雲洞に棲む魔王。一見あどけない幼児のような姿のため、別名を聖嬰大王と称する。火焔山で三百年間修行し、火を自在に操る「三昧真火の術」を駆使する。最後は観音菩薩に破れて仏教に帰依し、善財童子(華厳経・入法界品の主人公)となった。
[『西遊記』第40〜43回]
乱の四
- 竜児女
-
『西遊記』中には直接対応するキャラクターはいないが、三蔵法師の竜馬がこれに相当するのではないかと考えられる。
-
竜馬の正体は西海竜王の三太子で、火事を起こして竜宮の宝珠を焼いてしまったために死刑になりかかったところを観音菩薩に救い出された。三蔵法師の馬として西天取経の旅に従うことになる。経典を唐にもたらした後は、天竺に戻って雷音寺の八部天竜に任ぜられた。
[『西遊記』第8、第15回〜]
-
本来は雄竜であるが、宝象国で三蔵法師が危機に陥った時には、官女の姿に化けて黄袍と戦った。
[『西遊記』第30回]
乱の五
- 金角大王、銀角大王
- 平頂山蓮花洞に棲む兄弟の魔王で、精細鬼・怜悧虫・巴山虎・倚海竜などの小妖魔を配下としている。正体は太上老君に仕えて煉丹の作業に従事していた金炉童子・銀炉童子で、老君のところから盗み出した紫金紅葫蘆・羊脂玉浄瓶・幌金縄・芭蕉扇・七星剣の五種類の武器を使う。紫金紅葫蘆や羊脂玉浄瓶は、名前を呼んで相手が返事をすると、その相手を吸い込んで溶かしてしまう強力な魔力を有している。
[『西遊記』第32〜35回]
- 斉天玄女
-
「斉天大聖」と「九天玄女」の名前から創作されたものだろう。
- 九天玄女は玄鳥(燕)の化身で、武術・戦術の女神として知られている。『雲笈七籤』所収の「九天玄女伝」によると、黄帝が蚩尤相手に苦戦していた時に、六甲六壬兵信之符や霊宝之五符策等を授けて黄帝を助けたとされている。また、『水滸伝』において宋江に天書を授けたのも九天玄女である。『平妖伝』には袁公の仙術・武芸の師として登場する。
[『平妖伝』第1回]
乱の六
- 五行山
-
釈迦如来の手から飛び出すことが出来るかどうかの賭に敗れた孫悟空が、五百年間閉じ込めた山。「オーム・マニ・マドメー・フーン」という真言を記した金札を貼って孫悟空の力を封印している。
[『西遊記』第7回]
- 白雲洞
-
玉界から方術の奥義書「如意宝冊」を盗み出した袁公が棲む洞窟。東西の壁には、「如意宝冊」に説かれる三十六天
・七十二地
変法の合計百八種類の方術が刻まれている。七十二地
変法を蛋子和尚が写し取り、これを解読した聖姑姑や王則・胡媚児らが妖術を用いて叛乱を引き起こした。
[『平妖伝』第1〜2回、第8〜11回]
- 天
星・地
星
-
天
星とは本来は北斗七星を表す。地
星は通俗暦書に記された凶星らしい。シナの古典通俗小説には以下のようにしばしば登場する。
- 『水滸伝』において、百八頭目は三十六天
星・七十二地
星の化身である。
- 『封神演義』において、万仙陣で戦死した仙人中の百八名が三十六天
星・七十二地
星になった。
- 『西遊記』において、猪八戒は天
三十六の変化の術、孫悟空は地
数七十二の変化の術を使う。
- 『平妖伝』において、白雲洞の左右の壁に「如意宝冊」の三十六天
変法・七十二地
変法が刻まれている。
乱の七
- 鎮元子(鎮元大仙)
-
与世同君の道号(ただし、『西遊妖猿伝』では鎮元子と与世同君は別人である)。
- 金箍棒
-
東海竜王の竜宮の蔵に伝わる神珍鉄の棒。かつて禹王が洪水を治めた時に用いたもので重量は一万三千五百斤も有り、孫悟空だけが武器として自在に使うことができる。
[『西遊記』第3回]
-
正当な所有者だけが抜くことのできる武器というモチーフは、北欧神話『ヴォルスンガ・サガ』におけるシグムント(シグルズの父)の剣グラムや、中世騎士伝説におけるアーサー王の剣エクスカリバーに見られる。
乱の九
- 迦菩提
-
不詳。名前は孫悟空の仙術の師匠・須菩提に似ているが……
-
なお、『平妖伝』では老雌狐の聖姑姑が蛋子和尚が写し取った白雲洞の文字(雷門雲篆)を解読している。
[『平妖伝』第12〜13回]
- 猿の神(双葉社版では"悍怒魔")
-
インドの叙事詩『ラーマーヤナ』でラーマ王子を助けて活躍する猿神ハヌマーンの事
玄武門の章
変の五
- 雲裏霧、急如火、快如風、興
掀
-
紅孩児の部下。この四名に霧裏雲と掀
興の二名(『西遊妖猿伝』では既に死亡したことになっている)を加えたのが六健将である。
[『西遊記』第41〜42回]
- 如意真仙
-
牛魔王の弟、つまり紅孩児の叔父で、西梁女国の解陽山破児洞に住む仙人。破児洞中に湧く落胎泉の水を飲めば胎児を堕ろすことができる。子母河の水を誤って飲んで妊娠した三蔵法師と猪八戒を助けるため、悟空は水をもらいに行くが、吝嗇な如意真仙に断られてしまった。
[『西遊記』第53回]
- 李靖
-
李淵(高祖)・李世民(太宗)の二代の皇帝に仕えた実在の武将。没後に仏教の護法神・毘沙門天と習合して、武神・托塔李天王として信仰された。
-
『西遊記』では、金
(前部護法)・木叉(恵岸行者)・
の三人の息子及び英貞という幼娘がいる。托塔李天王は玉帝の命により四大天王・
太子・二十八宿・九曜星官等をはじめとする十万の神兵から成る大軍団を率い、降魔大元帥として孫悟空討伐に向かった。孫悟空の部下である独角鬼王と七十二洞の魔王を捕らえることが出来たが、孫悟空の捕縛には失敗し、観音菩薩の助言で二郎真君の援軍を求めることになった。
[『西遊記』第5回]
-
『封神演義』では、息子の名は金
(文殊広法天尊の弟子)・木
(普賢真人の弟子)・
となっている。李靖は仙道を志して度厄真人に師事したが、後に下山して俗世に戻り陳
関の総兵となった。自殺した
の復活後に燃燈道人の薦めに従って棄官し、後に三人の息子とともに姜子牙(太公望)率いる周軍に加わった。
[『封神演義』第11〜14回]
変の六
- 六耳
猴
-
三蔵法師に破門された悟空が水簾洞に帰るとそこにもう一人の悟空がいた。三蔵にも観音菩薩にも玉帝や地獄の十王にもどちらが本物の悟空か区別がつかない。地蔵菩薩に仕える神獣・諦聴と釈迦如来だけが、偽悟空の正体が六耳
猴であることを見抜くことが出来た。
-
釈迦如来によると、六耳
猴とは四猴混世の一種で、よく音を聞き、理を察し前後を知り、万物ことごとくを明らかにする妖猴である。
[『西遊記』第57〜58回]
- 地湧夫人
-
陥空山無底洞に棲み、三蔵法師を誘惑しようとした魔女で、正体は釈迦如来の香花と宝燭を盗んだ金鼻白毛鼠精である。托塔天王父子に捕らえられて一命を救われた彼女は、托塔李天王を尊父、

太子を尊兄と拝し、日夜香を焚いて父子の位牌を祀っていた。
[『西遊記』第80〜83回]
- 森羅殿
-
仏教・道教における地獄の閻魔王の宮殿

太子
-
元来はインドの夜叉神で、「毘沙門儀軌」や「北方毘沙門天王随軍護法真言」では仏教の護法神である毘沙門天の第三子、「北方毘沙門天王随軍護法儀軌」では孫と説かれる。日本でも「秘鈔問答」や「尊容鈔」で毘沙門天の五太子(最勝・独健・

・常見・禅貳師、あるいは、禅尼只・独健・
・鳩跋羅・甘露)の一人とされ、毘沙門天曼荼羅に描かれた例も有るが、独尊としての信仰はほとんど見られない。
-
道教に取り入れられてからは強力な降魔駆邪神として信仰され、特に福建や台湾では神軍総司令・王爺麾下の五営神軍の中営軍を率いる中壇元帥として崇敬されている。一般の道教信者には太子爺の愛称で親しまれている。
-
『三教源流捜神大全』によると、

の前世は玉帝麾下の大羅仙で、身長六丈、首に金輪を帯び、三頭・九眼・八臂を有し、口から青雲を吐き、足に磐石を踏み、一度叫べば風雨を呼び、天地を震動させるという。托塔李天王の三男として生まれ、幼時に竜王と争ったことが原因で父親と対立して自殺した。その霊魂は釈迦如来により蓮の根や葉から出来た新しい肉体を得て復活し、九十六洞の妖魔を退治した。
[『西遊記』第83回]
-
孫悟空が弼馬温の役職に不満を持って天界を飛び出した時、

太子は玉帝の命を受けて孫悟空討伐に向かった。三面六臂に変身して斬妖剣・
妖刀・縛妖索・降妖杵・綉毬・火輪の六種の武器を駆使して戦ったが、孫悟空には及ばなかった。
[『西遊記』第4回]
-
『封神演義』では、

の前世は乾元山金光洞の太乙真人の弟子の霊珠子である。玉虚宮の命によって李靖の三男として生まれ、幼時に竜王と争ったことが原因で父親と対立して自殺した。その霊魂は太乙真人の処に帰って蓮の根や葉から出来た新しい肉体を得て復活し、姜子牙(太公望)率いる周軍に加わった。
[『封神演義』第11〜14回]
-
道教や小説における颯爽とした

太子と比べると、『西遊妖猿伝』における
太子の姿は実に情けない。
変の七
潔
-
西海竜王の妹と
河の竜王(袁守誠の項を参照)の子で、正体はスッポンである。父竜王が魏徴に処刑された後は伯父である西海竜王に引き取られていたが、そこを抜け出して黒水河を乗っ取った。
[『西遊記』第43回]
- 摩昴
-
西海竜王の長子。三蔵法師を捕らえて喰おうとした従弟の
潔を討伐するために派遣された。
[『西遊記』第43回]
- 袁守誠
-
長安城の西門で開業している百発百中の易者。長安の
河の竜王は彼の予言を出し抜こうとして玉帝の勅諚に背き(雨の降る時間と量を故意に変更した)、その罪で魏徴に処刑されてしまった。
[『西遊記』第10回]
変の八
- 巨霊神
-
『漢武故事』によると、東郡から漢の武帝に送られた侏儒で、武帝の寵臣・東方朔が西王母の仙桃を三度盗んだことを暴露した。
-
『西遊記』では、孫悟空討伐のために天界から派遣された

太子麾下の神将の一人で、あっさりと返り討ちにあった、
[『西遊記』第4回]
変の九
- 魏徴
-
最初は群雄の一人・李密に仕え、唐軍に降って皇太子・李建世の東宮官になり、玄武門の変で李建世が殺された後は李世民(太宗)に顧問官として仕えた。「人生、意気に感ず」という句は、名君・太宗に巡り会った時の魏徴の述懐とされる。以上は史実。
-
玉帝の勅諚に背いた
河の竜王(袁守誠の項を参照)は魏徴に処刑されることになり、太宗の夢に現れて命乞いをした。太宗は処刑の日時に魏徴と碁を打っていたが、魏徴は夢の中で魂を飛ばして竜王を処刑してしまった。竜王が太宗の違約を冥府の法廷に告訴した時、冥府の判官・崔
(生前は魏徴の親友)に手紙を書いて太宗の命を救った。
[『西遊記』第10〜11回]
鬧天の章
鬧の一
- 弼馬温
-
孫悟空が最初に天界で与えられた役職(御馬監の正堂管事)。避馬瘟(馬の疫病避け)の語呂合わせになっている。悟空は当初は真面目に勤務していたが、この役職が等級外の下等なものであることを知って激怒し、天界を飛び出した。
[『西遊記』第4回]
鬧の六
- 黄袍
-
碗子山波月荘に棲む魔王。宝象国の第三王女・百花羞を拐って妻としている。人間に化けて宝象国に乗り込み、三蔵法師を虎の姿に変えてしまった。その正体は二十八宿中の奎宿である。
[『西遊記』第28〜31回]
盤糸嶺の章
怪の一
- 虎先鋒
-
黄風大王配下の妖魔の一人であまり強くない(八戒ごときにあっさり殺されてしまう)。その名の通り、正体は虎である。
[『西遊記』第20回]
- 九頭
馬
-
乱石山碧波潭の万聖竜王の娘婿。なかなか強力な妖魔で、悟空は二郎真君の助力を得てようやく倒すことが出来た。その正体は九頭虫(または九頭鳥)である。
[『西遊記』第62〜63回]
怪の二
- あなたは出発する時には一人で……
-
何弘達という長安の占い師が玄奘に、「鉄の金具つきの漆塗りの鞍をつけた、老いさらばえた赤い馬にまたがって行くそなたの旅が見える。そなたは成功するぞ」と予言した。玄奘はこの予言に従い、瓜州で自分の新しい馬を赤い老馬と交換したという。
- 巽二郎
-
車遅国で妖仙・虎力大仙と三蔵法師が法力比べ(雨乞い)を行った時、虎力大仙が五雷法で召喚した神々の一人で風を司る。
[『西遊記』第45回]
-
ただし、『西遊妖猿伝』では名前を借りただけで、内容的にはほとんど無関係である。
怪の三
- 七仙姑(蜜娘、
娘、
娘、斑娘、
娘、
娘、蜻娘)
-
盤糸洞には七人の女妖魔(蜘蛛精)が棲み、それぞれ捕らえた虫たち(ミツバチ、アブ、クロバチ、ハンミョウ、ブヨ、ウシバエ、トンボ)の命を助けて、自分の養子としている。
[『西遊記』第72回]
-
この七仙姑は、上記の七人の女妖魔と養子達とをそれぞれ組み合わせたものだろう。
- 蝗婆婆
-
『西遊記』には直接対応する人物は登場しないが、盤糸洞の女妖魔の「盤糸洞の主」という要素を独立させたものと考えられる。
[『西遊記』第72〜73回]
怪の四
- 紫金鈴
-
麒麟山の魔王・賽太歳の使う三つの鈴で、それぞれ火・風・砂を吹き出す。
[『西遊記』第70〜71回]
- 百眼道人
-
別名は多目怪。黄花観に棲む妖道士(『西遊記』では百眼魔王という名)で、眼から怪光線を発する。『西遊記』では盤糸洞の女妖魔(蜘蛛精)の兄弟子である。その正体は大百足なので、毘藍婆菩薩(正体は牝鶏らしい)を大の苦手としている。
[『西遊記』第73回]
怪の五
- 高太公
-
烏斯蔵国(チベット)の国境近くの富豪。その第三女・翠蘭に猪悟能という男を婿に取った。猪悟能は仕事は真面目にこなすが、底抜けの大飯喰らいで、正体はどうも妖怪らしい。
[『西遊記』第18〜19回]
- 猪悟能
-
前世は天河の水軍の大将である天蓬元帥(北極四聖と称される道教の降魔神の一)だったが、酒に酔って嫦娥(月の仙女)に戯れ、その罪で下界に追放された。その際に魂が牝豚の胎内に入ったので、豚頭人身の姿で生まれた。
-
福陵山雲桟洞に棲んで人を喰っていたところを観音菩薩に出会い、猪悟能という法名を授かった。その後、烏斯蔵国の高太公の第三女・翠蘭の婿になっていた時に、三蔵法師の二番弟子となって猪八戒の別名を授かり、西天取経の旅に同行することになる。経典を唐にもたらした後は、天竺に戻って浄壇使者に任ぜられた。
[『西遊記』第8回、第18回〜]
怪の六
- 張八足
-
『西遊記』には直接対応する人物は登場しないが、盤糸洞の妖魔(七仙姑を参照)の「蜘蛛精」という要素を独立させたものと考えられる。
怪の七
- 毘藍婆菩薩
-
紫雲山千花洞に棲む女菩薩。二十八宿中の昴日星官(昴宿)の母親で、その正体は牝鶏らしい。
[『西遊記』第73回]
-
なお、妙法蓮華経等では、毘藍婆は羅刹女の一人とされている。
怪の八
- 八戒 天尊を騙って…
-
車遅国において悟空・八戒・悟浄が三清(元始天尊・霊宝道君・太上老君)に化けて、虎力仙人・鹿力仙人・羊力仙人の三妖仙を騙すエピソードが元ネタだろう。
[『西遊記』第44〜45回]
- 清風・明月
-
与世同君の下で修行している童子の名を借りたもの
[『西遊記』第24〜25回]
観音院の章
追の一
- 恵岸行者
-
托塔李天王の次男で俗名は木叉といい、出家して観音菩薩の弟子兼護衛者となった。
-
観音菩薩が蟠桃大会に招かれた時には、自ら鉄杖を武器にして孫悟空と戦った。また、観音菩薩が西天取経の僧を探す為に唐土に旅した時にも同行した。孫悟空は良く観音菩薩に助けを求めるので、恵岸行者の出番も意外と多い。
[『西遊記』第6回、第8回、第12回等]
追の二
- 烏巣禅師
-
浮屠山の樹上に鳥の巣のような庵を作って修行している僧。三蔵法師に『般若心経』を伝授した。
[『西遊記』第19回]
追の四
- 観音院院主
- 三蔵法師を焼き殺して袈裟(釈迦如来が西天取経の僧のために観音菩薩に託した五つの宝の一つ)を奪おうと謀ったが、悟空が奸計に気付いて広目天王(四天王の一人)から借り出した火避け籠で火を防いだため、三蔵法師の身は無事だった。逆に観音院が全焼した事と、火事場泥棒の黒大王に袈裟を盗まれたショックで院主は狂死した。
[『西遊記』第16回]
黄風大王の章
風の一
- 黄風大王
-
黄風嶺黄風洞に棲む魔王。三昧神風という妖術で悟空たちを苦しめるが、霊吉菩薩の飛竜杖で術を封じられて敗れた。正体は霊山の麓に棲んでいた黄毛の鼬(貂?)で、灯明の油を盗んで逃亡し妖怪となった。
[『西遊記』第20〜21回]
風の三
- 百花羞
-
宝象国の第三王女。黄袍に拐われてその妻となった。前世は天界の香炉に侍する玉女で、実は奎宿(=黄袍)と天上で夫婦約束して、二人で下界に駆け落ちしたのである。
[『西遊記』第28〜31回]
第二部・河西回廊篇
人参果の章
仙の一
- 熊山君
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双叉嶺に住む妖魔の一人。仲間の寅将軍・特処士とともに西天取経の旅に出たばかりの三蔵法師一行を捕らえ、従者を喰ってしまった。
[『西遊記』第13回]
仙の二
- 与世同君
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万寿山五荘観に住む仙人。道号を鎮元子と称する(ただし、『西遊妖猿伝』では鎮元子と与世同君は別人である)。"地仙の祖"と呼ばれる大神仙で、あらゆる物を袖の中に捕らえてしまう「袖裏乾坤」の法を使う。
[『西遊記』第24〜26回]
- 人参果
- 世界でも五荘観の庭にだけ生えている人参果樹が実らす仙果。人間の赤ん坊そっくりの形で、別名を"草還丹"という。三千年に一度花が咲き、三千年経って実を結び、さらに三千年経ってようやく熟する。香りを嗅ぐだけで三百六十歳まで生きることができ、一個食べれば四万七千年寿命が延びる。
[『西遊記』第24〜26回]
- 鹵塩・石脂
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『西遊記』の清風・明月に相当する。清風は1320歳、明月は1200歳になったばかりの若輩者である。ただし、この名前は既に盤糸嶺の章で百眼道人の弟子として使用済のため、『西遊妖猿伝』ではこの別名が用いられているのだろう。
[『西遊記』第24〜25回]
仙の四
- 「天地」を祀る
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与世同君は三清(元始天尊・道徳天尊・霊宝天尊)とは友人、四帝(北極紫微大帝・南極長生大帝・太極天皇大帝・東極青華大帝)とは昔なじみという大神仙なので、祭壇には神々を祀らず、ただ「天地」の二文字だけを祀っている。
[『西遊記』第24回]
屍の五
- 白骨夫人
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白虎嶺に住む僵尸(キョンシー)。三蔵を食おうと三度姿を変じて現れたが、孫悟空に正体を見破られて退治された。しかし、三蔵は悟空が殺人を犯したと誤解し、悟空を放逐してしまう。
[『西遊記』第27回]
屍の六
- 羅刹女
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翠雲山芭蕉洞に住む魔女。牛魔王の妻で、紅孩児の母親である。別名を鉄扇公主といい、火焔山を鎮火し雨を降らせる芭蕉扇を持っている。
[『西遊記』第59回〜第61回]
- 太田辰夫・鳥居久靖訳、『西遊記』(全2巻)、奇書シリーズIV、平凡社
- 小野忍・中野美代子訳、『西遊記』(全10巻)、岩波文庫、岩波書店
- 馮夢竜作、太田辰夫訳、『平妖伝』、中国古典文学大系36、平凡社
- 羅貫中作、佐藤春夫訳、『平妖伝』(全2巻)、ちくま文庫、筑摩書房
- 許仲琳編、『完訳封神演義』(全3巻)、光栄
- 高馬三良訳、『山海経』、平凡社ライブラリー、平凡社
- 李公佐作、前野直彬訳、"古代の「岳
経」"、『唐代伝奇集1』所収、東洋文庫、平凡社
- 入矢義高訳、"梅嶺にて陳巡倹が妻を失いしこと"、『宋・元・明通俗小説選』所収、中国古典文学大系25、平凡社
- 中野美代子著、『孫悟空の誕生』、福武文庫、ベネッセ
- 中野美代子著、『西遊記の秘密』、福武文庫、ベネッセ
- 中野美代子著、『三蔵法師』、中国の英傑(6)、集英社
- 玄奘著、水谷真成訳、『大唐西域記』、中国古典文学大系22、平凡社
- 慧立・彦悰著、長澤和俊訳、『玄奘三蔵』、講談社学術文庫、講談社(「大唐大慈恩寺三蔵法師伝」巻一〜巻五の現代語訳)
- 窪徳忠著、『道教の神々』、平河出版社(文庫版は講談社学術文庫)
- 野口鐵郎・坂出祥伸・福井文雄・山田利明編、『道教事典』、平河出版社
- 二階堂善弘、"

太子考"、『道教の歴史と文化』(山田利明・田中文雄編)所収、雄山閣出版
- 実吉達郎著、『中国妖怪人物事典』、講談社
- 袁何著、鈴木博訳、『中国の神話伝説』(全2巻)、青土社
- 袁何著、鈴木博訳、『中国神話伝説大事典』、大修館書店