1.ロゼッタストーン


  rossetta_stone 1799年、ナポレオン率いるフランス軍がナイル河口のロゼッタ村から掘り出した黒い玄武岩は「ロゼッタストーン」と命名され、古代エジプト史上最大の発見となりました。
■ロゼッタストーンの発見

1798年7月、フランス軍総司令官ナポレオン・ボナパルトは3万5千の精鋭を率いてエジプト侵略を開始しました。占領後、ナポレオンはイギリス軍に対抗するために海岸線防備の強化を図り、地中海沿いの要塞の改修工事を命じました。
カイト・ベイ要塞はナイル河口のロゼッタ村に位置していましたが、その改修の過程で一兵卒が黒い玄武岩の石碑を掘り起こしました。時は1799年8月、旅団長プーシャール大尉は事の重要性を認めてナポレオンに報告し、このエジプト学史上最大の発見が公になったのです。
高さ114cm、幅72cm、厚さ28cm、重さ762kgのこの玄武岩の石碑は後に「ロゼッタストーン」と命名されることとなります。

■ロゼッタストーンの特徴

ロゼッタストーンの碑文は3層に分かれ、上から「ヒエログリフ」、「デモティック」および「ギリシャ文字」の順に文字が刻まれています。

「ヒエログリフ」は紀元前3千年頃にエジプトで発明され、紀元4世紀まで使われた古代象形文字です。ラテン語で「神聖な」を意味する「ヒエロ」(聖職支配階層を意味する「ヒエラルキー」の「ヒエラ」と同源)と、同じく「刻み込む」を意味する「グリフ」から成っており、日本語で「聖刻文字」と呼ばれることもあるようです。

「デモティック」はエジプト民衆の言葉(「デモ」はデモクラシー(民衆主義)の「デモ」と同源)であり、ヒエログリフを簡易に崩した文字ということができます。

「ギリシャ文字」はロゼッタストーンが作られた時代にエジプトの支配者階級で使用されていた言葉でした。当時のエジプトはプトレマイオス朝(エジプト通史では第30王朝)の時代であり、紀元前332年のアレキサンダー大王のエジプト遠征に端を発した王朝でした。したがって、人種的にはギリシャ=ローマ系であり、使用言語も同様にギリシャ語なのは当然ということができます。

フランス軍は、ロゼッタストーンのギリシャ文字部分を簡単に読む事ができました。その内容は、プトレマイオス5世の戴冠記念祭に関する布告文であり、紀元前196年のものであることが解りました。

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