3.ツタンカーメン

mask 黄金のマスクで有名なツタンカーメン(紀元前1347年〜1338年)は、その墳墓が盗掘されなかった唯一のファラオ(古代エジプト王)です。
エジプトにあるカイロ博物館はエジプト各地からの発掘物を集大成した古代エジプトに関する最大の博物館ですが、その中でも常に観光客で賑わっているのは、このツタンカーメン墳墓からの発掘物なのです。

■ハワード・カーター

ツタンカーメン墳墓の発掘の最大の功労者は英国人ハワード・カーターです。余り裕福な生まれではないカーターは、スケッチ作業員(当時、写真は極めて高価だったために出土品の記録はスケッチ画で代替していた。)として1890年にエジプトにわたり、三十数年の歳月をかけて幻の王ツタンカーメンの未盗掘墳墓を発見しました。

■幻の王「ツタンカーメン」

ツタンカーメンは古代エジプト史上忘れ去られた王でした。それはその義父であるアメンホテップ4世が当時権力を持っていた神官達に対して宗教改革のクーデターを起こし、その失敗と共に、歴史の汚点として古代エジプトの公式な歴史書から葬り去られたためです。
しかし、カーターはある出土物に注目していました。その古代エジプトの出土品には、nkr という名前が刻まれていたのです。これは「re」太陽神ラー、「kheper」幸福の昆虫ケペル(別名スカラベ)、および「nb」食物を入れる篭(ネブ)で、ネブ・ケペル・ラーと読みます。既に見てきたように、カルトゥーシュ(楕円形の枠)はファラオのみに許されており、明らかにネブ・ケペル・ラーは古代エジプトの王と推測されるのですが、不思議なことに、その存在自体が公式な歴史書に記されていなかったのです。

実はこのネブ・ケペル・ラー王こそツタンカーメンでした。実は、ファラオは2つの名前を持っていました。一つは生まれたときの名前で、これがツタンカーメンであり、もう一つがファラオに即位した時の名前(即位名)でネブ・ケペル・ラーだったのです。

■奇跡的に隠されていた墳墓

カーターはこの幻の王ツタンカーメンの墳墓を求めて、当時既に発掘されつくされていたルクソール西岸の「王家の谷」を隅々まで発掘しました。時には他者の嘲笑にあいながらも、カーターは1922年にツタンカーメンの墳墓を思いがけない場所から発見したのです。それは、既にカーター自身が過去に一度発掘を手掛けていた場所で、何と、後世のラムセス6世が墓を作るときに人夫達が生活をしていた場所でした。つまり、当時既にツタンカーメンの存在は忘れ去られており、ラムセス6世の墳墓を作った人夫達はツタンカーメンの墳墓の上に小屋を建てて生活していたのでした。
このような偶然のもとに隠されていたツタンカーメンの墳墓は、カーターの不屈の努力により発見されるに至ったのです。
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写真:ツタンカーメンの厨子を開封するカーター(左下)


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