それでは、私たちがなぜ江東区に公立の夜間中学をつくる運動をすすめているのか、それにたいして江東区はどんな対応をしてきたのか、などについて「Q & A」形式で紹介していこうと思います。


江東区からよその区の夜間中学に通っている人は、どのくらいいるのですか?

江東区には公立の夜間中学がありません。ですから、どうしても夜間中学で勉強したいという人は遠くてもよその区に設置されている夜間中学に「越境」通学しなくてはなりません。その数は、いったいどれくらいになるのでしょうか?
現在、東京都内には8校の公立夜間中学があります。その先生たちでつくる東京都夜間中学研究会では、20年以上も前から毎年、生徒の通学実態調査をしていますが、それによりますと、これまでに江東区からよその区の夜間中学に「越境」通学した人の合計は、700人近くにものぼっていることがあきらかになっています(資料1)。平均すると、1年に30人もの人が、江東区に夜間中学がないためによその区の夜間中学に通っているという計算になるわけです。
この数字は、夜間中学がない区からの「越境」通学者としては群をぬいて多いものです。
1年に30人ということは、かりに、この人たちがすべて3年間夜間中学に通って卒業したとすると、それだけで90人の学校ができることになります。
現在、都内の公立夜間中学でもっとも生徒数の多いのが江戸川区立小松川二中で約100人、平均すると50〜60人ですから、江東区からよその区の夜間中学に通っている生徒だけで学校をつくったとしても、その時点で都内で2番目に大きな学校ができる、という計算になります。これに私たちの自主夜間中学に通っている「生徒」や「区内なら通える」という人をあわせると、いったいどのくらいの規模の学校ができるか、想像もつきません。たぶん、都内でも大きな規模の夜間中学ができるでしょう。
まさに、「江東区にも夜間中学がほしい」というレベルの問題ではなくて、「江東区にこそ、夜間中学は必要だ」というのが現実なのです。

よその区の夜間中学に通っている人たちは、仕事が終わったあとで、何本ものバスや電車を乗りついで学校に通っています。なかには、片道2時間ちかくもかけてよその区の夜間中学に通っている人たちがいるのが現状です。
その努力はなみたいていではありません。私たちは江東区からよその区の夜間中学に通おうとしてきた人を何人も知っていますが、長距離通学に疲れてしまい、病気になって休んでいる、という人がすくなくありません。そして、たくさんの人が通いきれないで途中であきらめざるをえない状況におちいってしまいました。
仕事や家族、自分の体力のことを考えると、卒業まで通いつづけるのは別のところで大きな犠牲をしいることになってしまいます。通学に費やす時間が少なければそれだけ、肉体的な疲労もすくなくなりますし、勉強の時間もよぶんに確保することが可能になります。家族の負担も、くらべものにならないくらいすくなくなることでしょう。

そして、もっと考えなくてはならないのは、このようにしてでもよその区の夜間中学に通いはじめることができる人たちは、ある意味ではまだ「恵まれている」ということができるということです。江東区に住んでいる人が通っているのは、おもに江戸川区立小松川二中と墨田区立曳舟中の2校ですが、いずれも、江東区の北側に隣接しています。JR線の沿線に住んでいたり職場がある人ならば通うのにそんなに時間がかかりませんが、区の南部に住んでいる人たちには遠すぎて通いきることはむずかしい状況なのです。
実際には、多くの人たちが夜間中学で勉強したいと思っているのに、通学事情の関係で「あきらめ」させられているものと思われます。私たちも、「勉強したいけれど、遠くて通いきれない」という人たちにずいぶんたくさんであいました(資料2〜4)。

資料1 江東区から都内夜間中学に入学した生徒の推移(都夜中研調べ)

 1973      6
 1974     22
 1975     37
 1976     43
 1977     35
 1978     26
 1979     40
 1980     59
 1981     48
 1982     25
 1983     23
 1984     21
 1985     34
 1986     19
 1987     23
 1988     25
 1989     17
 1990     14
 1991     14
 1992     19
 1993     25
 1994     23
 1995     30
 1996     28
 1997     21
 計      677人

資料2 江東区内の義務教育未修了者数(1990年国勢調査)

 264人

資料3 江東区内の中学校除籍者数

 1986〜1990 23人
 1991〜1995 19人

資料4 江東区内小中学生の長期欠席(年間50日以上欠席)

       小学生  中学生
 1986〜1990  114    605
 1991〜1995  445    943
 

夜間中学は、国や文部省がみとめていないのではないですか?

けっしてそんなことはありません。国の夜間中学にかんする見解ではいちばん新しいものは、1985年1月22日に中曽根首相(当時)が参議院議長に提出した「答弁書」ですが、それにはつぎのように書かれています。
「中学校夜間学級(いわゆる夜間中学)は、発足当初は、生活困窮などの理由から、昼間に就労又は家事手伝いなどをよぎなくされた学齢生徒などを対象として、夜間において義務教育の機会を提供するため、中学校に設けられた特別の学級であり、その果たしてきた役割は評価されなければならないと考えている。現在、中学校夜間学級に義務教育未修了のまま学齢を超過した者が多く在籍しているが、現実に義務教育を修了しておらず、しかも勉学の意思を有する者がいる以上、これらの者に対し何らかの学習の機会を提供することは必要なことと考えている。……(中略)…当面、中学校夜間学級がこれらの者に対する教育の場として有する意義を無視することはできない」
この「答弁書」をみるかぎり、国が夜間中学の存在や意義をみとめていない、という解釈はできません。

では、法律上も問題ないのですね。

ここでいう「法律」というのは、「学校教育法施行令」のことだと思われます。その25条には、市町村教育委員会が都道府県教育委員会に届け出なければならない事項があげられており、5番目に「二部授業を行なうとするとき」という項目があります。
夜間中学は、法律のうえでは、一部(昼間の授業)がなんらかの事情でずれこんで、時間を変更しておこなっている(つまり「二部」授業としておこなわれている)ものというふうに解釈されています。これについては、東京都で最初の夜間中学(足立区立四中)が認可されるとき、その認可の条件として東京都教育委員会が示した見解で、いまもいきています(東京都がつくった教育体系の図のなかには、はっきりと「二部学級」ということばが書かれており、この体系にしたがって、現在ある8校の公立夜間中学が運営されています)。

夜間中学の正式名称は「××中学校二部」といいます。そして、この考えかたについては、1981年10月7日に文部省中学校教育課の横田課長補佐(当時)が、明快にコメントしています。
「夜間中学は、中学校の教育に位置づけられている学校教育施行令(25条)の二部授業の項によっている。夜間中学は、違法ではない」
これだけでも、問題がないことは明らかですが、先の「答弁書」にも、つぎのようにのべられています。
「夜間学級を置く中学校については、公立義務教育諸学校の学級編成及び教職員定数の標準に関する法律により算定した学級数などに基づき教職員定数に措置し、教職員給与費などを義務教育費国庫負担法により、また、これらの学級数に応じて建物建築費を義務教育諸学校施設費国庫負担法により、それぞれ国庫負担している」

むずかしそうな法律の名前がたくさんでてきましたが、かんたん単にいうと、「夜間中学にかかる経費は、法律にもとづいて支出していますよ」ということなのです。もしも、夜間中学が法律に違反しているものだったならば、このようなかたちでお金をだせるはずがありません。

江東区でおこなわれている義務教育未修了者への対策を教えてください。

残念ながら、教えることはできません。というよりも、何もやっていないのです。すこし古い話ですが、1986年9月8日に江東区教育委員会と交渉をおこないました。そのとき「義務教育未修了者にたいして区がおこなっている具体的な施策を教えてください」と質問したのです。当時の依田学務課長のこたえは、つぎのようなものでした。
作る会 何もやっていないんですね?
課 長 そうです。
毎年何十人もの「越境」通学者をだしていながら、そのこたえがこれでは、ちょっとばかりおそまつすぎると思いませんか?

江東区教育委員会は「夜間中学についての明確な基準がない」ともいっていますが。

たしかに、「夜間中学をつくるには、こういうぐあいにしなさい」という、明文化されたものはありません。それは、文部省のコメントで紹介したように、夜間中学は、それが独立した学校としてではなくて、「二部授業」としておこなわれているからです。「二部授業」というのは、「一部(昼間)」でおこなうのが学校の授業としては原則的なものであるのを、さまざまな事情で時間をずらしておこなっているというものだということは、すでに紹介したとおりです。「一部」の「変形」にあたるものですから、運営の理念や方法はすべて一部に準じており、そこに「さまざまな事情」を考慮して、実際の運営がなされます。
ですから、「二部」に特別な基準など必要がないのです。先の答弁書にもいろいろな法律があげられていましたが、それは「一部」に適用されている法律は、基本的に「二部」にも適用される、というのがあたりまえのとらえかただからです。

夜間中学は広域学区ですから、かならずしも江東区につくる必要はないのではないでしょうか。

夜間中学が「広域学区」制をとっているという事実はありません。たしかに、現実的な対応として、いまある公立の夜間中学には、よその区からの生徒を受け入れています。しかしそれは、全部の自治体に夜間中学がないからしかたなくおこなわれていることなのです。
夜間中学というのは、昼間の学校と同じように義務教育の場です。義務教育の学校を設置するのは、あくまでもその自治体でなければなりません。現に、江戸川区や墨田区の教育委員会では、私たちの問い合せにたいして、「原則的には区民のための(夜間中)学校であり、場合によっては、(よその区の生徒は)受け入れないこともありうる」と答えています。義務教育の学校である以上、この答えは当然のことでしょう。
昼間の学校のことを考えてみてください。「うちの区では、中学校はつくらない方針です。どうしても勉強したい人は、よその区の学校にいってください」といったら、みなさんはどう思うでしょうか。
以前から、昼間の学校の「越境」通学の増加が、義務教育の理念を逸脱したものとして各地で大きな問題になっています。夜間中学といえども、これはまったく同じなのです。「よその区の夜間中学にいけばいい」というのは、国の見解や法律を無視した自分勝手ないいぶんにすぎません。

夜間中学を新しくつくるには、膨大な予算が必要なのではないですか?

夜間中学を新しくつくるといっても、べつに、あらたに土地をさがして、校舎を建てて、という必要はありません。夜間中学は「二部」授業の学級ですから、すでにある学校に併設する、というかたちでいいのです。
これからしばらく、中学の生徒数がどんどんへっていくことが予想されます。その空いた教室を夜間の授業に使えば、なにも新しい校舎を建てる必要もありません。
公立の夜間中学でどのぐらいの費用がかかっているかについて調べてみたところ、教職員の人件費を除くと、多いところで5000万円前後となっています。この金額は、社会教育として週に何回かの勉強会を開く場合にかかる予算とほとんど変わりません。そして、人件費や設備費などは、法律にもとづいて国や都道府県が補助してくれることは、紹介した「答弁書」にも明示されています。