エポキシ樹脂の安全性を考える




1 反応型樹脂の毒性について


接着剤や塗料のうち化学反応を応用して、硬化・重合をさせるものには、一定程度の毒性があります。

エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂のように主剤と硬化剤を反応させて硬化させるもののほか、 ポリエステル樹脂のように硬化剤と硬化促進剤としての触媒を用いて硬化させるものは反応型樹脂です。 酢酸ビニルエマルジョン(木工ボンド)やでんぷん糊、にかわのように水分が抜けて固化したり 熱変性を利用したりするものは非反応型接着材です。塗料でいえばアルキド系のニスなども非反応型です。 一方、1液性のものであっても、空気中の水分に反応して硬化するシアノアクリレート(瞬間接着剤) のようなものは反応性を持っています。

反応型接着剤には、程度の差はあっても人体への反応性、感作性があると考えられます。 ここでいう樹脂の毒性とは、接着・塗装作業中に人体及ぼす毒性であって,硬化・養生の完了した 樹脂や塗料は当然反応性を失っており無毒であるといえます。

以下にエポキシ樹脂の接着作業上の毒性を示し、安全な使用法について述べてみたいと思います。

2 エポキシ樹脂の毒性について


エポキシ樹脂接着剤や塗料は、エポキシ化合物とアミン系硬化剤がセットになっていて、 それらのいずれもが、反応性を持っています。反応性の化合物は皮膚への接触あるいは呼吸によって 人体に何らかの影響を及ぼします。

以下に急性毒性の評価法として一般的なLD50(半致死量)とSPI(アメリカプラスティック工 業会)による資料をめやすとして示します。

※ 以下のデータについては「エポキシ樹脂ハンドブック」(新保正樹 編 日刊工業新聞社刊)より引用し、 語句・単位などの表現上を一部手直ししました。
LD50(半致死量 mg/kg)

一般に用いられている表現

単一経口投与、ラット

単一塗布、ウサギ

 予想致死量、ヒト

 極めて強い毒性

   1mg/kg

   5mg/kg以下

 ひとなめ1滴

 強い毒性

  1~50mg/kg

  5~43mg/kg

   4g

 中程度の毒性

  50~500mg/kg

  4~340mg/kg 

   30g

 わずかな毒性

 500~5000mg/kg

 350~2810mg/kg

   250g

 実際上無害

 5000~15000mg/kg

 820~22590mg/kg

   1000g

 比較上無害

  15000mg以上

 22600g/kg以上 

  1000g以上


ここでいう半致死量とは、動物実験において一定量の毒物を投与したとき個体の半数が死亡する 投与量を体重で割った比率のことです。通常は体重1kgあたりの投与量をmg単位で表します。 したがってこの値が少ないほど毒性が強いということになります。


SPI 皮膚刺激の等級

 クラス 1

 実質的に刺激なし

 クラス 2

 弱い刺激性あり

 クラス 3

 中程度の刺激性あり

 クラス 4

 強度の感作性あり

 クラス 5

 強度の刺激性あり

 クラス 6

 動物にガン惹起の疑い


以上の等級に基づいたエポキシ樹脂と硬化剤としてのアミンの毒性を示します。

 

エポキシ樹脂の毒性と刺激性

    物質の名称

 LD50(mg/kg)

 SPI分類

ビスフェノールA型液状エポキシ樹脂

 10000~11400

  2

ビスフェノールA型固形エポキシ樹脂

   30000

  1

エポキシノボラック液状半固形樹脂

   3000以上

  2


硬化剤(アミン系)の毒性と刺激性

    物質の名称

 LD50(mg/kg) 

 SPI分類

 ジエチレントリアミン

    2080 

  4.5

 トリエチレンテトラミン

    4340

  4.5

 テトラエチレンペンタミン

  2100~3900

  4.5

 ジエチルアミノプロピルアミン

    1410

  4.5


以上を概観してみるとエポキシ樹脂よりも硬化剤の方が毒性が強いことがわかります。これはエポキシ樹脂よりも硬化剤(アミン系物質)のほうがより強い反応性を有することによります。ただ、アミン系の硬化剤はポリウレタンの硬化剤(イソシアネート)に比べれば、空気中に蒸気となって拡散しにくいので,直接的な接触を避けることで安全に使用できます。 ただし、低粘度のエポキシ樹脂接着剤は分子量が小さい(分子の網や鎖が小規模)ので大気中に拡散しやすく呼吸器から取り込まれ、血液中に吸収されやすいといえます。また皮膚組織からも取り込まれやすいといえます。またトルエン・MEK(メチルエチルケトン)などの溶剤で希釈したエポキシ樹脂塗料を低粘度エポキシと俗称している場合があります。 溶剤混合型のエポキシ樹脂塗料も分子間の引力が低下していることと溶剤の大気中への拡散に助けられることで、低粘度エポキシ樹脂塗料よりさらに体内への吸収性が高まります。もちろん溶剤そのものの毒性も無視できません。低粘度・溶剤仔混合型のエポキシ樹脂を扱う作業では、吸引や皮膚の曝露に注意しなければなりません。
また、硬化が完了したものは当然ながら反応性がないので毒性がありません。ビールの缶の塗装にもエポキシ樹脂が使われていることからも安全であるといえます。ただ硬化が完全でないと未重合・未反応の部分が毒性を発揮する場合があります。また、未反応の硬化剤は水と結合し て炭酸塩を生じて塗装面を白濁させ、強度も劣化させます。混合比を正しくし、クランプ・養生中の温度管理も行い完全に硬化させることは、強度・美観・安全の点で大切なことです。

3 エポキシ樹脂とポリエステル樹脂・ポリウレタン樹脂との安全性の比較


形成材や塗料及び接着剤としてポリウレタン樹脂が幅広く使われるようになりました。ここではポリウレタン樹脂に比べればエポキシ樹脂ははるかに毒性が弱いことを述べてみます。


ポリウレタン樹脂の硬化剤として使われるイソシアネートは強い毒性を持っています。モノマー(単量体)のイソシアネートは大変強い毒性を持っています。例えば自動車のインパネ(計器盤)、シートなどを形成する工場では、タンクにモノマーのイソシアネートを貯蔵して使って います。成形機に送る手前の密閉空間で主剤と混合し大気中に漏れないようにしています。さすがに塗料では危険ですので単体のイソシアネートを使いません。プレポリマーといってイ ソシアネートの単量体どうしが繋がって鎖状になったものを用意します。しかしそれでも危険性はあります。少量の未反応の単量体が含まれているからです。またプレポリマーであってもイソ シアネートは強い反応性を持っているので、人体へ作用は強いのです。ポリイソシアネートの場合は感受性の個人差が大きく過去にイソシアネートの感作を受けた人やアレルギー体質の人は、 超微量でも吸入作用による症状を呈することがあります。エポキシ樹脂でのアレルギー反応の事例もありますがポリウレタン樹脂に比べればはるかに少ないようです。(統計によるデータはありませんが、筆者の経験・見聞からの判断です。)


イソシアネートの毒性についてのデータを示します。

※以下のデータについては「ポリウレタン樹脂ハンドブック」(岩田敬治 編 日刊工業新聞社刊) よりその一部を引用しました。

ここではLC50という半致死量が使われています。LD50は経口投与が適当なものに使わ れる測定法であって、主に気体または大気中に拡散することによって人体に作用する半致死量に はLC50が使われます。通常1立方メートルあたりに存在する試験物質の量をmgで表します。 この環境下で半数の個体が致死する試験物質の濃度で表します。この場合は体重比という考え方 はとりません。エポキシ樹脂の硬化剤は蒸気になって拡散する量が少なく、ポリウレタン樹脂の 硬化剤であるイソシアネートは蒸気になって拡散する量が多いとうことから、人体への作用のし かたが異なります。したがって、エポキシ樹脂についてのLD50とイソシアネートについての LC50を単純に比較することは意味がありません。

エポキシ樹脂は主として接触によって、ポリウレタン樹脂の硬化剤は空気中に拡散したものを 吸入するという点で毒性の様態に違いがあります。


LC50(半致死量(mg/立方メートル)

  物質の名称

  雄のラット

  雌のラット

ジイソシアネート(TDI)

   350

   310

ジイソシアネート(HDI)

   310

   350

ポリイソシアネート(TDIベース)

   3830 

   3820

ポリイソシアネート(HDIベース)

   425

   400

MINDURCB-67(塗料系)

   3752

   3752

DE MINDURN-75(塗料系)

   760

   800

 

FRPやステッチアンドグルーの接着剤や成形材として使われるポリエステル樹脂についてはどうでしょう。 まず、主剤・硬化剤・硬化促進材の揮発性・拡散性が問題です。イソシアネートと同様に大気中への蒸発性が強いという点が問題になります。接触と吸入による急性中毒に気をつけなければ いけません。エポキシ樹脂に比していっそう作業場の換気に注意する必要があります。

また主剤・硬化剤ともに強い引火性があり、40℃以上の作業環境では使用しないほうがよ いと思います。

以上のことから反応型の接着材をアマチュアが安全に使うという点で、毒性とともに大気中 への蒸発・拡散の度合い、引火性を考慮する必要があります。

その点でエポキシ樹脂は反応型接着剤の中では、気をつけて使えば、比較的扱いやすい接着・ 塗装材料だということができます。

 


4 安全な作業のために


エポキシ樹脂を使った接着・塗装をするときに安全性の点で気をつけるべきことを以下にまとめてみます。


 使い捨て手袋を着用する。

 長袖・長ズボンを着用する。

 ・低粘度エポキシ樹脂を扱うときは保護めがね・マスクを着用する。

 ・休憩時・作業終了後には、うがいをする。

 ・手についてしまったエポキシ樹脂を剥すときにシンナーをつかわないこと。

   溶剤では殆ど取れないし、かえって皮膚への吸収を促進するおそれがある。

  筆者の経験では納豆をこすりこむとはがれやすくなるということがあったが、

  ぼろきれでふき取って取れない分は、何もしないで皮膚上で硬化させて時間をおいて剥すのがよい。

 ・道具のうち可能なものは使い捨てをこころがける。

   混合・塗布のため道具を例にとれば、わり箸や板切れで自作したへらを使いその都度捨てていくほうがよい。

 ・繰り返し使用したいパテナイフなどは、紙やぼろきれで拭くだけにしてシンナーで洗わない。

   硬化してからサンディグすれば安全。(ただしサンディングの際はマスク着用のこと)

 ・刷毛は安物を使って使用するたびに捨てていく。

   シンナーで洗っても簡単には取れないし、安全上問題がある。

 ・皮膚反応が出たら、しばらく使用を中止しする。

   残念だが、接触の繰り返しがさらにアレルギー反応を固定化する。

 ・そばにいるだけで発疹や咳が出るようならエポキシ樹脂使用をやめて別の材料を使う。

 ・サンディングの際は防塵マスクを着用する。

 ・エポキシ塗装では、スプレーガンや霧吹きを使わないで刷毛を使う。

 ・塗装の際は、換気をよくする。戸外でやるかカーポートのような開放構造の場所が理想的。

 混合比を正しくし、温度管理も適正に行なうことにより未重合・未反応の成分をなるべく残さないようにする。

 


5 環境ホルモンとしてのエポキシ樹脂


環境ホルモンとは、女性ホルモン擬似物質のことです。ベンゼン環(亀甲型の分子要素)を持った物質のなかには、相当数の女性ホルモン擬似物質があります。女性ホルモン擬似物質は自然 界にも存在し、大豆イソフラボンも今話題になっています。細胞核の受容体がイソフラボンを女性ホルモンと取り違えて結合し、女性ホルモンとしてふるまうことによる効果が期待されます。 その一方で、大豆から摂取するなら問題はありませんがサプリメントとして大量摂取すると、子宮内膜増殖症、乳がんなどのリクスを高めるなどの危険があります。


工業製品としての化学物質の中に含まれる環境ホルモンは、自然界に存在するものにくらべてその濃度が桁ちがいに大きいのが特徴です。これが環境中に放出されると、自然の生態系を破 壊・かく乱していくことになります。また、人体への影響も懸念されます。


その工業製品による環境ホルモン物質の代表格がビスフェノールAです。ビスフェノールAは多くのプラスティック製品の原料になって、エポキシ樹脂の主原料でもあります。そこで、製品 としてのエポキシ樹脂には一定量の未反応・未重合のビスフェノールAが含まれている可能性があります。

これが人体に取り込まれると前述した毒性とは別の問題が生じます。体内に吸収されるとホルモンとしてのふるまいをするようになるということです。 このことにも留意して、作業環境の換気に注意し、手袋・マスクの着用、うがいなどによってエポキシ樹脂との接触・吸入をなるべく避けるようにすれば安心して使えます。 また、硬化していないエポキシ樹脂を投棄することは、環境破壊の点から厳にいましめたいと思います。



6 まとめ


すぐれた性能を持つ接着剤がアマチュアのボートビルディングの技術を飛躍的に進歩させました。 とりわけエポキシ樹脂が木造艇の構造的強度を高め、デザインの質的向上を果たしてきた役割には大きなものがあります。


安全についての知識を持ち、作業の中にそれを生かしながらエポキシ樹脂を使って、強く、 美しく、高性能の木造艇を建造されることを願っています。



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