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2002年10月1日に千葉県沿岸に上陸した台風21号がマリーナを夜半に直撃した。 最大瞬間風速52メートルに加えて、運悪く満潮時と重なったため高波、高潮にもあおられて、まず浮き桟橋が破壊された。 その後マストが倒壊し、桟橋のクリートに食い込んでしまったためハル(船体)を突き破って海水が浸水した。 製作期間5年を費やした愛艇「アスタマニャーナ」はあえなく沈没した。 ← これが沈没現場だ! 船は水深4メートルの海底、ドッグハウスの天蓋部分だけが浮いていた。クリートに絡んだマストが船体を突き破ったのだ。 |
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10日後に引き揚げられた愛艇を見て絶句した。 損傷があまりにもひどかったので、もう焼却して荼毘に付し鎮魂しようと何度も考えたが、どうしても出来なかった。 かといって修復する気力が沸かなかったので、とりあえず我家の庭に運んだ。
← キャビン内部(だった空間)から後部を見る。 |
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← 同じく船首方向を見る。
修復の気力が無いまま2年の歳月が流れていったが、2004年の9月になって突然、もう一度この愛艇で海に出たいと思うようになった。 修復の前に損傷の状況をまとめてみると。 1、左舷の外板が上から3枚目まで自艇マストの衝突により破れた。 2、キャビンはドッグハウス天蓋がかろうじて浮かんでいた以外は装備品、積載物は全て流失行方不明。オープニングハッチも流失不明。 |
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3、ラダー及びピントル&ガジョンは流失不明。 4、幸いメインセール及びガフは取り外していた為無事。ジブセール及びジブファーラーは要修理。 ← 船首部左舷の破損状況、被害は甚大だが致命的ではないと思うべきか? |
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5、デッキは数箇所で破壊。 ← 後部デッキ(これはすでに下地材が貼られている補修段階の画像です)。
修復開始するため、まずマリン合板を調達するためネットで検索した結果、国内で名古屋のミヨシコーポレーションがオランダのブロンジール社の製品を扱っていることが解った。 オクメ(ガブーン)13ミリ厚、5ミリ厚 4X8サイズを各1枚と、サペリ(アフリカマホガニー)5ミリ厚(4X8)を1枚購入して修復に備えた。 |
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↑ ハル外板3枚目の補修作業、GL構造の船体は外板面積が比較的小さい。 しかし、外板の追加は新艇を建造する以上に繊細な作業だろう。
← こちらは2枚目だ、補修の面積が大きくなってきた (^^;) もう1枚、最後のシアストレークを加えれば外板は終了だ。 |
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次はデッキの修復だ。 損傷箇所は左フォア(前部)、左サイド、右アフト(後部)、右サイド。 デッキは5ミリのマリン合板の下地材の上に7ミリのチークバテン(細木)を張り合わせた構造なので、修復範囲を最小限にして時間と材料を減らすため、下地材が無いかダメージを受けているところのみを接合して修復した。もちろん失われたビーム(建築では垂木に該当)も復元した上でだ。 |
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ドッグハウスの天蓋を乗せ固定し、新しく製作したオープニングハッチを取付けた。 次は化粧直し(再塗装)だ。 化粧直しの手順は‥‥ 1、ハル外壁の喫水線より上部ニス仕上げ部分は下塗りのエポキシ層はベルトサンダーで全て木肌が傷まないよう慎重に削り取る。この作業は修復の中で最もハードな気を使うやりたくない作業だ。 2、次はエポキシ、サンデイングシーラー、ウレタンニスをそれぞれ2ないし3回塗装。 |
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3、ウオターライン(喫水線)を慎重に決めて塗装 4、フジツボを取り洗浄した喫水線下には自己研磨船底塗料を塗装。
テイラーは回収出来たがラダ−はピントルとガジョンごと流失してしまったので、新たに製作した。ピントル、ガジョンは当初発注したアメリカの鋳物屋は既に製造中止しており、米国内で見つからなかった。 しかし英国で探した、クラシックマリンという船具屋で特注できた。 |
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↑ 8カ月に及ぶ修復作業で自宅作業場での作業は完了。 |
↑ お釈迦になったエンジン、電装を外注に出す為業者の工場に向けて陸送。 |
ホームポートにてマストを立て、儀装を終え ポンツーンに3年ぶりに浮かんだ勇姿。 感激ひとしお。
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