マンションのベランダに、男が一人たたずんでいる。
彼は、漆黒の闇に包まれた街を、飽きることなく眺めていた。
何かを憂いているかのような表情で。
彼の名は碇シンジ。
先の忌まわしき大戦の英雄である。
大戦当時14歳であった彼も、今は26歳になっていた。
12年の歳月は、彼を少年から立派な青年に変えていた。
今夜はどうしても眠れなかった。
明日彼自身に起きる、大きな変化への喜びと不安が彼をそうさせた。
彼は、明日結婚する。
12年間常に共にいた女性と。
明日から、彼女との関係は恋人から夫婦へと変わる。
夜空を見上げながら、彼の胸に色々な思い出が蘇る。
心身共にボロボロになるまで戦った事。
全てが終わってから与えられた、不必要な名声。
やっと手に入れた日常。
その、どんなときにも彼女は傍にいた。
開け放した窓から、部屋に風が吹き込んだ。
その風で、テーブルの上にあった地図が音を立ててめくれる。
それはドイツに行く前に買った地図だった。
その地図を見てシンジが思い出したのは、1年前の夏の始めに2人でドイツへ行った事。
シンジにとっては始めての海外旅行、アスカにとっては久しぶりの帰省であった。
「ドライブでも行きましょ。」
旅行中のある日、アスカからの突然の提案だった。
「今から?」
「そっ。今からよ。」
シンジが出掛けることを躊躇したのも無理はない。
時計の針は午後9時半を指していたからだ。
「いーから、行くったら行くの!」
微々たる抵抗むなしく、シンジはドライブへと連れ出された。
海岸線に沿って、アスカは少し早めのペースで車を走らせる。
助手席のシンジは、カーステのBGMに合わせながら、肘掛けにリズムを刻んでいる。
なんだかんだ言っても、アスカと二人で出掛ける事は、彼にとって楽しいようだ。
そんなシンジにアスカが話しかける。
「なによ、文句言った割には楽しそうじゃない。」
「別に文句なんか言ってないって。」
「でも『えっ?』って顔はしてたわよね。」
「いいから前見てって。危ないなぁ。」
「うま〜くごまかしたわねぇ・・・。」
しばらくして、砂浜近くにアスカが車を止めた。
「ちょっと、降りて歩こっか。」
砂浜を2人は黙って並んで歩いた。
誰もいない浜辺を歩きながら、シンジはアスカの方をちらちらと盗み見ていた。
夏の間にちょっと日焼けしたアスカに、いつもとはまた違った魅力を感じたからだ。
もちろんアスカは気づいている。
その得意げな顔を見ても明らかだ。
でも、何も言わない。
もう少し、この静かな時間を楽しみたいから。
しばらくして、アスカの方からその沈黙を破った。
「シンジ、アタシを見るのもいいけど、空も見てみなさいよ。」
「えっ・・・?」
気づかれていたことに、ちょっとばつの悪そうな顔をして、シンジは空を見上げた。
そこに広がるのは、満天の星空。
放心したように空を眺めているシンジの手に、暖かい物が触れた。
少し驚いたようだが、シンジはそれを優しく握りかえした。
「まったく、ドライブに誘うのも、星を見せるのも、手を繋いであげるのも、ホントは男の役目でしょ?」
照れ隠しに、アスカが憎まれ口をきく。
「・・・ごめん、アスカ。」
「アンタのそーゆーとこが、玉に瑕なのよねぇ・・・。」
「うん・・・でも、最初から何もかも相性がよかったら、それはそれで変だよ。」
「ま、確かにね。他人なんだし、自分の好みとどこかは違わないと気持ち悪いわね。」
「た、他人って・・・。」
「ばぁ〜か。恋人じゃないって意味の他人じゃなくて、アンタの言った『人はそれぞれ違うもの』って言う意味よ。」
「な、なんだ、そういう意味か・・・。」
「なによ、びっくりした?」
「それは・・・まぁ・・・ちょっとは・・・。」
「気がちっちゃいわねぇ。アンタは間違いなくアタシの恋人なんだから、もっと自信持ちなさいよ。」
「・・・ありがと、アスカ。」
こんなちょっとした会話も、2人にとってはかけがえのない時間に思えた。
少し前までは、心の余裕がないくらいに追いつめられた2人だから、余計にそう思えたのかもしれない。
「ねぇアスカ。僕にちょっと不満があるんだよね?」
「さっきの事?アンタの良い部分に比べたら、大した事じゃないわよ。」
「でも、ずっと一緒にいるんだったら、直していきたいな・・・。」
「え・・・・・・?」
シンジの爆弾発言に、今度はアスカがびっくりする番だった。
(・・・な、何よ?い、い、今のって、プ、プロポーズって事?!え・・・?なんて答えればいいのよぉ?!)
「・・・もういい加減遅いし、そろそろ帰ろう?」
シンジはそう言うと、混乱するアスカを横目に車の方へゆっくり歩き出した。
帰り道はシンジが運転し、助手席でアスカは思考のループにはまったままだった。
(アスカ、びっくりさせてごめん。いつかもう一度、同じ事を君に伝えるから・・・。)
アスカにちゃんとプロポーズしたのは、日本に帰ってきてから半年後。
真っ直ぐに目を見据えて言ったのは
「ずっと、一緒にいよう。」
の一言だけだった。
「やっと叶えてくれるんだ、アタシの夢・・・。」
泣きながら笑って、アスカにはそれ以上は言葉にならなかった。
明日から、彼女との関係は恋人から夫婦へと変わる。
もう2度と、アスカは『恋人』としては彼の目に映らない。
新しく『妻』として彼の目に映る。
それでも、アスカへの変わらない思いが一つだけ。
ずっと、離れたくない大切な人。
END
BGM:RCサクセション アルバム「HEART ACE」より「海辺のワインディング・ロード」
あとがき
お久しぶりです。
現在、遊びまくった大学生活のツケを精算するのに必死なCHACKです。
さて、久々に書いた今回のはどうだったでしょうか?
前に書いた「帰れない二人」の後日談として書いてみました。
バレバレだったアスカの夢を叶えてあげました。
次はどうしようか、迷ってます。
ちょっと長めの連載物を書いてみたいと言うのもありますし、
今まで通り、短めのをこつこつ書いていくのも悪くはないですし・・・。
まぁ、今は大学が忙しくてそんなに時間は割けないんですが。
ただ、「書かない」っていう選択肢は今のところ無いので、
大きくインターバルは空くかもしれませんが、何らかの形で続けていくことになるでしょう。
それでは、また次回で。
最後に、ここまで読んでくださってありがとうございました。
written by CHACK