僕が最後にアスカと交わした言葉は一体どんな言葉だったのだろう・・・
幾度思い出そうとしても、記憶は蘇る気配すらない。
それは日常の何気ない一言だったのかもしれないし、いつものアスカの怒鳴り声だったのかもしれない、
二人で笑い転げるほど楽しい会話だったのかもしれないし、
もしかしたら、絶望の中でやりきれない悲しみと憎しみをぶつける言葉だったのかもしれない。
どんな言葉でも良かった。
ただ、それがアスカを傷つける言葉で無かったのなら。
| Evangelion Afterward's Story |
|
【第二話 再会】 |
アスカが帰ってきたのは二日前のことだった。
唐突、且つ衝撃的なアスカの帰還から既に二日も経ったというのに、一体どうしたことだろう
僕は一度もアスカと言葉を交わすことも顔を合わすことさえも出来ずにいた。
二日前、アスカが簡単なスピーチを終え、年明け初めての式典は昼前に閉会した。
普段なら職員たちは残された半日の休暇を楽しむために、足早に帰って行くのだが、その日だけは違った。
なんと、壇上を降りてきたアスカに大勢のネルフ職員が殺到し、周りを取り囲んだのであった。
彼らの表情は、興味深々であったり、尊敬と感激、驚きが混じったものなど、様々であった。
アスカには見るもの全てを惹き付けるような魅力があった。
その雪のような肌も、吸い込まれるような蒼い瞳も、流れるような亜麻色の髪も、うっとりと閉じられた瞼の先にのびる
長い睫毛も、洗練された身のこなしも、そのどれもが、ハッと息をのむほどに美しい。
周りを取り囲んだ皆は誰もアスカに声を掛けるわけでもなく、親しげな笑みを投げ掛けるわけでもない。
ただ、アスカのその姿に心を奪われたかのように放心してアスカを見つめるのである。
そのあまりの人数の多さに、アスカは流石に驚いたようだったが、すぐに親しみのこもった笑みを浮かべた。
四年前のアスカからは想像もつかないような、暖かく優しい微笑みだった。
アスカがゆっくりと歩を進めると、前に立っていた職員たちはアスカに道を譲っていく。
そしてその後ろ姿を、再び心を奪われたようにじっと見送るのであった。
その群れの中に南條や水城さんも混じっているのが見えた。
アスカは一人、落ち着いた足取りで出口へと向かって行く。
少し離れたところから見ている僕に、全く気付く様子もない。
やがてアスカが講堂から出て行くと、職員たちの間に静かにどよめきが広がっていった。
皆、感激の声でアスカの噂話をしているようだった。
その輪から少し離れて、僕はアスカの出て行った扉の方を見つめていた。
今ならアスカに追いつく・・・。
でもアスカと逢って何を話す?アスカは僕と四年前のように話してくれるのだろうか。
先ほど感じた厭な予感、激しい胸の痛み、失われた過去の記憶・・・様々な事柄が絡み合い、恐怖となって僕に押し
寄せてくる・・・。
アスカとどんな別れ方をしたのか・・・。記憶を失った僕にはもう分からない。
だから怖い・・・、アスカに逢うのが。
でも・・・やっぱりアスカに逢いたい・・・!今すぐにでも駆け寄って話をしたい・・・。お互い離れ離れになってからの四
年間の話、昔の楽しかった頃の話、今現在の話・・・、どんなことでもいい。アスカに逢いたい、話がしたい、アス
カが懐かしくて仕方が無いんだ。アスカは今でも僕にとって大切な友人だから。
僕は不安を振り払うように、ドアの方へ駆け出した。
バンッ・・・!
重い扉が開く。
「アスカ・・・!」
叫び声が空しく、長い廊下に響いていた。アスカはもう、そこには居なかった。
その日、アスカの研究室に行ってみたが、アスカは居なかった。事務員の子に聞くと、アスカはトップの幹部たちとの
歓迎会に招かれて出掛けていったのだと言う。
歓迎会など一体いつ終わるだろう。
12時前に終わることなどまず有り得ない。時には明け方近くまで及ぶことだってある。
ネルフの幹部達は皆、酒豪で有名なのだ。その日、仕方なく僕は家へ帰った。
翌朝、仕事の前にアスカの研究室に向かうと、既にドアの前に人だかりが出来ていた。皆、アスカが目当てだった。
アスカが研究室から出てくるのを待っているのだと言う。しかしアスカは九時を知らせるベルが鳴っても出てこなかっ
たため、皆仕方なく、それぞれの持ち場へと戻っていった。
僕は遅刻を藤波さんに責められること覚悟で、その場に留まっていた。そして、意を決し、ドアを叩いた。
コン、コン
「・・・僕です・・・シンジです。」
「・・・・・・・・。」
返事は無かった。誰もいないのだろうか、少々ためらいつつもドアを押してみる。
が、ドアは開かなかった。
アスカは研究室には居ないようだった。
僕は諦めて、仕事場へと戻っていった。
この日も結局、アスカとは合えずじまいであった。
一体いつになればアスカに逢えるのだろうか。
ひょっとして、僕はアスカに避けられているのだろうか。
そんな不安が胸をよぎる度、
いや、きっとアスカも本部に赴任したばかりで忙しいのだろう。今日こそは絶対会えるさ。
そう思い直すことで、僕はなんとかギリギリ、普段の自分を保っていた。
その努力のせいもあってか、多くの人は、こんな不安定な僕に気付くことは無かった。
ただの二人を除いては・・・。
「どうしたんだよ、碇。ここんとこ何かテンション低いなー!気味悪いぞ、なんかあったのか?
あっ!そうだ、俺が当ててやろうか?・・・そうだなー、その顔はズバリ男女関係か!?
ハッハッハ、なーんつって!!色恋にはさっぱり関心の無いシンちゃんのことだから、まっさかそんなことは・・・・・・・」
アスカが日本に来てから三日目のことだった。流石に毎日会って毎日喋ってるせいだろうか、藤波さんは一発で全て
を見抜いてしまった。そして余計なことまでも・・・。
「・・・・・・って・・・・・そうなのか碇!!!???」
僕の悩みは色恋や男女関係の悩みとは違うと思ったが、藤波さんに指摘された瞬間、なぜか顔が沸騰したように真
っ赤になってしまった。
「へぇーシンちゃんも、オットコノコだったんだね〜。で、相手は誰よ?」
「ちっ、違いますよ!そんなんじゃなくて・・・。」
「いいって、恥ずかしがるなよ。それにしてもこの俺にまで黙ってるなんて、酷いお方!
まあ、相手を教えてくれたらそれは水に流してやるからさ!」
「だから〜〜〜違いますってば(怒)!!!!!」
あまりにも人の話を聞かず、かつ、僕の悩みを面白がっている藤波さんに、普段は「冷静沈着の鬼(鬼は仕事の鬼。
ちなみに名付け親はやっぱり藤波さんだ)」の異名を持つ僕も流石に切れそうである。
僕とアスカはそんな関係じゃない。アスカは僕にとって、人生でも最も辛く、楽しい時を過ごした大切な仲間であって友
なのである。そんなアスカに心底逢いたいけど、忘れてしまった過去の厭な予感が付きまとって、怖くて逢えない。
だなんて、こんな複雑な悩みをどうやって説明すればいいのか僕には分からない。
「とにかく、そんなんじゃないんだから勝手にはしゃぐのはやめてください。僕にだって、今頭の中がグチャグチャでよく
分からないんです。藤波さんにはいずれ考えがまとまったら話しますから。それまで放っておいて下さい・・・!!!」
流石の藤波さんも、僕の剣幕に驚いたように黙り込んでしまった。やがて、
「悪かったな、碇。気を悪くしないでくれよ・・・。面白がってたんじゃなくて、嬉しかったんだよ。お前が恋愛してるの見
たこと無かったからさ。悩み、早く解決するといいな。」
そう言うと、その白い歯を惜しげもなく見せてニカッと笑った。
途端に、僕は自分の言ったことを後悔した。藤波さんはいつも僕を心配してくれて、いつも僕を助けてくれようとしてい
るのに、僕は・・・!
「藤波さん・・・!あの・・・」
「おっと、言い忘れてた!あのな碇、いくら女に興味が無いからって男には走るなよ!ちなみに俺はストレートだ!」
「よ、余計なお世話です・・・(怒再び)!!!!!」
全く、面倒見がいいんだか、ただのお節介なんだか・・・。これさえなければ本当にいい男なんだけどなぁ。
と、心の中でしみじみ思うのだった。
僕の異変?に気付いたもう一人の人物は、やはり水城さんだった。
彼女は昔からカンが鋭く、その優しい瞳でどんな事も見抜いてしまう人だった。しかし無理やり追求しようとしたことは
一度も無く、いつもやんわりと触れてくるのだった。その話に触れて欲しく無いときは、何も言わなくても、放っておい
てくれた。彼女はそういう人だった。
だから今回もそうだろうと、信じていた。
「碇くん、元気無いのね。何かあった?」
「うん・・・なんでも無いんだ。ちょっと疲れてるだけだと思う。」
いつもならこの辺で察してくれる水城さんが、
「・・・ウソ・・・あの人のことが気になるんでしょ?」
と聞いてきたときは心底驚いた。
「あ、あの人・・・って誰??」
心臓がバクバクして、思いがけず馬鹿な質問をしてしまった。あの人と言ったら当然アスカなのだけど、一体どうしてそ
んなことを水城さんが知ってるのだろう。
そんな僕を見つめる水城さんの表情にはいつも溢れている笑みが無かった。
水城さんは少し青ざめて見えた。
「・・・いいわ。なんでも無いの。ごめんなさい、碇君。」
はぁ、と深く息を吐くと、少し戸惑ったような笑みを浮かべ、それじゃ、と言って水城さんは去っていった。
水城さん・・・あの人ってアスカのことだろうか?でも、どうして水城さんがそんなことを知っているんだろう。
藤波さんにも一言も喋らなかったのに。
いやに胸に引っかかる出来事だったが、この数分後に僕はこの出来事さえもすっかり忘れてしまうような衝撃的な事
件に出会うのだった。
水城さんと別れた後、僕は冬月さんと待ち合わせしているのを思い出し、急いでセントラルドグマ地下三階にある冬月
さんの司令室へと向かった。予定時刻の15:00を既に10分も過ぎている、時計を見た僕は更に焦り、バタバタとネル
フの長い廊下を走った。丁度左の曲がり角を曲がろうとした時だった。目の前に人影が見え、瞬間的に、僕は足を止
めようとした。が、あまりにスピードを出しすぎていたため急に止まれるはずも無く、勢いあまってその人と激突してしま
った。二人とも倒れこむ瞬間、僕はとっさにその人の頭と背中に両手を回していた。
ドッターン!
「いっってぇぇ〜!!!」
後ろに回していた僕の両腕はその人の重みと共に地面に激突した。耐え難い激痛が全身を駆け抜け、そのあまりの
痛みに僕は呻いた。瞳には涙さえ滲む。
「・・・す、すみません!!大丈夫でしたか!?」
激しい痛みに必至で耐えながら、涙で曇った目でその人を見た。顔がよく見えないが、色白の女性のようだった。
「うん、大丈夫だけど・・・この姿勢、ちょっとまずいんじゃないかしら。」
「え・・・・・・?」
言われて初めて、この状況を理解することが出来た。頭と背中に回された両手、はたから見たら僕が彼女を押し倒し
、抱き合っているように見える。
「・・・ご、ごめんなさい!!!!」
頭に血が上り、顔が真っ赤に火照る。ああ、僕はなんてまぬけなんだろう。
「い、今立ち上がりますから!」
そうは言ったものの、僕の両手は相手の後ろに回されているため、起き上がるには一緒でなければならない。
こんな状況は初めてで、恥ずかしさの余り僕は彼女の顔がまともに見れず、俯いたままそうっと彼女を抱き起こした。
いやがおうにも、二人の身体が密着してしまう。腰にまわした僕の指先に、彼女のほっそりとしたウエストが触れる。
そして彼女からはふわりと花畑のようないい匂いが漂う。
そんな些細なことにも心臓が跳ね上がる程ドキドキしてしまう。
僕の脳裏にはいつしかアスカが描かれていた。アスカの細いライン、くびれたウエスト、ちょっと怒ったような表情・・・
今抱きかかえているこの人がアスカのような錯覚までしてしまう。
なんてやらしい想像してるんだ、僕は・・・!
彼女を立たせると、僕はすぐに傍を離れた。これ以上くっついていたら僕の心臓がどうにかなってしまいそうだった。
「ホ、ホントにごめんなさい、お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ・・・バカシンジ。」
・・・バカシンジ・・・?
久しく聞いていない台詞だった。しかし、その台詞を語るのはこの世で一人しかいない・・・・・ !
僕は顔を上げ、初めて目の前のその人を直視した。
「・・・・・・・・・アスカ・・・・・・・・・・・」
アスカだった。紛れも無い、僕が逢いたいと願った正真正銘のアスカだった。
「アスカ・・・アスカなの?」
「・・・!?・・・アンタっ、バカぁ!?今頃気付いたの!?信じらんない!!」
アスカは呆れたとでも言いたそうな顔で僕を見た。
僕はそれでも信じ切れなくて、まじまじとアスカを見つめた。
「な、何よぉ」
たじろぐアスカ。眉を寄せ、少し怒ったようなその表情は四年前と少しも変わっていないのに、でもやっぱり四年前とは
全く違う。アスカはアスカなのに、全身に纏った雰囲気がまるで違う。それはミサトさんやリツコさん放っていたのと似
ていると、僕は思った。
先ほど抱いたアスカの感触がまだこの手に残っている。この手に抱いたのは錯覚ではなく本物のアスカだったのだ。
アスカを見ていると胸がズキズキと痛む。それは不安や恐怖とは違っていた。
この痛みが何なのか、その時の僕には分からなかった。
僕は時間が経つのも忘れてアスカを見つめていた。
これが四年ぶりのアスカとの再会だった。
to be continued...
こんにちは、二月中に書く予定だったのですが、遅くなってしまってごめんなさい(涙)。
ちまちま書いていたら大分かかってしまいました。
次回はアスカ様も本格的に登場します☆
それでは今後ともどうぞよろしくお願いします!
Cruel.A