Gehen wir! 40000ヒット記念(って言うのも何ですが…)
   実験的ザッピングSS

すれ違い、心と心 アスカ

中編2


Illustration:緋色樹




惣流・アスカ・ラングレー




 ガタッ

 涙が出てしまった所を見られないように、そして何よりシンジの顔を見ているのが辛くて、あたしはまるで逃げるように教室を後にした。

 いや……こんなの……。

 廊下を走りながらも涙が止めど無く溢れてくる。
 泣くまいと思えば思うほど、苦しくなるぐらいに次々と瞳から涙が零れてくる。

 どうしてこうなっちゃうの?
 何でこうなっちゃうの?

 ……答えなんか見つからない。
 だって自分でも自分の気持ちが判らないのにっ…!

ここまでのシンジ
この先のシンジ


.




「……アスカっ!!」

 いつのまにか屋上まで出ていたあたしにヒカリが声をかけてきた。
 息を切らしている様子を見ると、教室からずっと追いかけてきてくれたみたい…。

「はぁはぁはぁ……一体どうしたのよ、アスカ」
「………………」
「いきなり飛び出していっちゃたから、びっくりしちゃった」
「ごめん、な、なんでもない……の」

 顔を伏せていたあたしは急いで涙を拭い、何とか笑ってヒカリを見上げた。
 でも顔が強張ってるのが自分でも判る。
 ちょっとでも気を抜くと、喉の奥から鳴咽が漏れてきてしまいそう。

 そんなあたしの不自然な笑みにちょっと悲しそうな顔をするヒカリ。

「アスカ……碇君と何かあったの? やっぱり変だよ、今日のアスカと碇君…」
「……う、うん…」
「よかったら話してくれないかな…? アスカのそんな悲しそうな辛そうな顔、私見たくないよ」

 ヒカリの優しい言葉と本心からあたしを心配してくれている表情に、あたしの心は嬉しい感情が湧きあがった。
 でもそれ以上に、大事な親友に迷惑をかけてしまったという気持ちの方が大きく浮かび上がってくる。あたしの心に負の感情が渦巻いている証拠だ。
 ヒカリの心遣いが…今は痛い。

「あ、ありがとうヒカリ、ちょっとシンジと喧嘩しちゃって……。あははっ、いつもの事よ…いつもの……」

 ヒカリに心配かけまいと、無理にまた笑顔を作って答える。
 でもきっと全然笑っているようになんか見えないと思う。…自分が情けない……あたし何やってるんだろう。

「アスカ…」

 そんなあたしの心情を察したのか、ヒカリは先ほどよりずっと悲しそうな表情になった。

「…何でもないの…本当に………」

 そのヒカリの表情を見て、何とか止めていた涙がまた瞳に溢れてきた。心が弱くなっているせいか、心配してくれているヒカリに甘えたい気持ちがあったのかも知れない。

「…アスカが何でもないって言うんだから、私はもう何も聞かないわ。ただ碇君とちょっといつもより喧嘩しちゃっただけなんだよね? 少し時間を置けば気分も静まるわよ。アスカと碇君の仲は、親友の私が一番知ってるんだから」

 ヒカリはそう言うと、両手で優しくあたしの頭を抱きかかえてくれた。

「……うぐっ、ひっく………ご、ごめんヒカリ…」


 ………………………
 ママに抱かれるのってこんな気持ちなのかもしれない…。
 あたしはヒカリの胸に顔を埋めながら、暫しの間泣いた。


ここまでのシンジ
この先のシンジ


.







 結局あたしは昼休み中ヒカリと一緒に屋上にいた。
 泣きはらした酷い顔で教室に帰りたくなかったし、ヒカリに元気付けて貰ったといっても、教室に戻るのが正直嫌だった。シンジと顔を会わせてしまうのが嫌だった……というより怖かった。
 まだ気持ちの整理が出来ていない。仲直りしたいとい気持ちはあるのだけど、今会うとまたおかしな態度をとってしまうような気がするから…。

 5時間目の授業ははっきり言って何の授業だったのかさえ覚えていない。ずっとあたしはこれからどうすればいいのかを考えていた。
 答えは簡単、ちょっとしたきっかけがあればいいのだと思う。いつものように軽口の一つでも言ってやれば、いつも通りのあたし達に戻れるんじゃないかと思う。心配してくれたヒカリの為にも、今度こそは素直になりたいと思う。

 シンジもあたしの気持ちは判っているだろうから…。
 だから……さっきみたくまた……シンジ。

v  放課のチャイムが鳴って授業が終わってすぐに、鞄を持って帰ろうとしているシンジとすれ違った。でもシンジはあたしの顔を見ようともしないで教室から出ていってしまった。
 もうあたしを見てくれないのだろうか、という考えが頭を過ぎって悲しくなったが、同時にちょっとホっとした。「素直になる」と心に決めたのだけど、クラスの皆がいる前なんかではきっとそんな風に振る舞えないだろう。プライドが許さない、14年間人に弱みを見せず、完璧を装って生きてきたあたしのプライドが許さない…。

 ヒカリは学校が終わった後もあたしと一緒にいてくれた。2人でウィンドウショッピングやお茶をしているうちに気分は大分落ち着いてきた。わざとシンジとの事の話題に触れなかったヒカリだったが、別れ際に笑って「頑張って」と言ってくれた。
 ありがとう…ヒカリ。人前では駄目だけど、これなら家でシンジに素直になれそうな気がする。

 ヒカリと別れたあたしは、日が沈みかけた街中を抜け家路に着いた。途中コンビニの前を通った時晩ご飯の事が頭に浮かんだけど、あたしはそのまま通り過ぎた。きっとシンジはご飯を作ってるに違いない。今日はいつものようにシンジと晩ご飯を食べるんだから…。
 いつものように今日あった事を話しながら食事をするあたしとシンジ。その光景を頭に思い浮かべると、何だか嬉しくなってきた。
 そしてふと、あたしはある事を思い出した。

 そうだ、あの時ゴミ箱に捨てちゃった楽譜!!
 あれをきっかけにシンジと…。

 やっとこれで仲直りできるかもしれない。あたしは軽くなった気持ちと共に、マンションへの帰り道を急いだ。


ここまでのシンジ
この先のシンジ


.




 マンションの扉を開けるとゆっくり玄関に入り、あたしは小さく深呼吸した。足元にはシンジの靴が置いてある。部屋の中には明かりが点いているし、シンジが家の中にいるのは確かだ。

「……ただいま」

 いたって普通に言ってみる。そうよ、だってもうシンジと喧嘩を続ける事なんてないんだから、仲直りするって決めたんだから…。

 だけど靴を脱ぎ、キッチンの方へ向かうにつれて鼓動が高鳴ってきた。シンジが何も言ってくれなかったらどうしよう…。
 キッチンまでやってきたあたしは、わざと顔を自分の部屋の方へと向けていた。でもキッチンにシンジがいるのは気配で判る。

「あ、アスカ……お、おかえり」

 あたしにかけられたシンジの声…。ちょっとたどたどしい感じがするけど、いつもの……シンジの声だ…。
 あたしは思わず反射的にシンジの方へと顔を向けた。
 目が合った。

 何だか…シンジの顔を真正面から見るのって随分久しぶりのような気がする…。


「た、ただいまシンジ。あ、あの……あたし着替えてくる」

 シンジの瞳の中に自分が写ってるのを見てなんだか恥ずかしくなってきたあたしは、早口にそう言うと急いで自分の部屋へと向かった。

「う、うん!」

 背後からシンジの何とも嬉しそうな声が聞こえる。

 ……よかったぁ…! これでいつも通りのあたし達に戻れそうな気がする! まぁまだちょっとギクシャクしてるけどね。
 嬉しい気持ちを押さえながら部屋に戻ると、急いで楽譜を拾おうと身体を屈めてゴミ箱の中に手を伸ばした。

 ………………………
 ………無い。なんで……無いの…?
 ……どうして…?

 よく見ると楽譜だけじゃなく、他のゴミも全部奇麗に無くなっていた。

 これって………シンジが?

 心の中にまた嫌な感情が沸き上がってきたあたしは、勢い良く自分の部屋のドアを開けた。


ここまでのシンジ
この先のシンジ


.




「シンジっ!!」
「あ、着替え終わった? すぐ食事の用意するから……?」

 名を呼ばれて振り返ったシンジの顔が、あたしの顔を見て照れたようなものから驚きの表情へと変わった。

「な、何アスカ?」

 おどおどといった感じでシンジが聞いてくる。

「……あんた、まさかあたしの部屋に…入った?」

 心の中でどんどん大きくなっていく感情を抑え、あたしは絞るようにして何とか声を出した。

「は、入ってないよ。ただ…」
「だだ?」
「あ、あの……ドアの近くに置いてあったゴミだけ集めたけど。明日は燃えるゴミの日でしょ? だから、さっき纏めて下のゴミ置き場に捨ててきたんだ…」

 この言葉を聞いて、抑えていた感情が心の中で弾けた気がした。

 これで…楽譜をシンジに渡して仲直りするつもりだったのに…。
 それなのにこいつは勝手にあたしの物を……!
 裏切られた……またあたしの心が裏切られた!!

「………なんで…」
「えっ?」
「…なんで、そんな勝手な事するのよっ!!」

 パンッ!

 またあたしはシンジの頬を叩いていた。そう、一昨日の最悪な夜のように。
 本当はシンジがあたしの部屋のゴミを捨てる事なんて良くある事。でも今はそんな事はどうでもいい事だった。
 あたしの気持ちを踏み躙られた気がして、あたしの想いが裏切られたような気がして……ゴミを…楽譜を捨てられたという行為がただただ許せなかった。

「な、なにするんだよアスカっ!」

 声を荒げるシンジ。それに触発されるようにしてあたしも大声を出してしまう。

「なにするんだじゃないでしょ!? バカっ! 大バカっ!!」
「ぼ、僕はアスカに気持ち良く部屋を使ってもらおうと思って……アスカに喜んでもらえると思って……」
「自分勝手にそんな事思い込むんじゃないわよっ! あたしの気持ちも知らないくせに……何にも判ってないくせにっ!!」
「そんな……アスカの気持ちなんて僕に判るわけないじゃないかっ!!」
「あんた判ろうとしてないじゃない! あたしの気持ちを全然判ろうとしてないじゃない!!」
「そんなの判らないよっ! アスカだって……アスカだって僕の気持ちを判ってないじゃないかっ!!」

 ドンッ!!

 悲鳴のようにそう叫んだシンジが、キッチンテーブルを力任せに叩いた。


ここまでのシンジ
この先のシンジ


.




 ガシャン!

 シンジがテーブルを叩いた反動で、テーブル上に置かれていたコーヒーポットが大きな音を立てて床に落ちた。
 その音に驚いて…というよりシンジのその行動に驚いてしまい、あたしはビクっと身体を震わせた。

 シンジはやっぱり男……あたしとは違う人間なんだ。
 あたしの気持ちを判ってくれない、他人…なんだ……。

 あたしは率直にそう思った。
 そしてシンジとは気持ちが分かり合えない事を感じたあたしの頭に、不意に昔の記憶が蘇った。


「……………」
「……………」

 部屋の中を沈黙が支配する。

 強がって、背伸びをして生きてきた自分。一人で生きて行くんだ、パパもママもいらない。
 でもそれは誰かに自分を見ていて欲しかったから。一人ぼっちは辛いから、寂しいから…。
 思い起こされる過去のトラウマ。忘れたい嫌な思い出。

 いや……こんなの嫌だ……。

 シンジに裏切られた、気持ちを無視されたという想いに囚われたあたしの心は、相手にされない……誰も自分を見てくれないという最も恐れる恐怖感に満たされてしまった。
 目の前のシンジは何も言ってくれない。あたしがこんなに苦しんでいるのに、シンジは……何も声をかけてくれない。


ここまでのシンジ
この先のシンジ


.




 ルルルルル…ルルルルル…

 その時、沈黙を破るかのように電話が鳴った。
 シンジはその音を聞くと、あたしには何も言わないでその場を離れていってしまった。

「…はい、葛城ですけど……」

 シンジの声が聞こえる。
 あたしはただいつものようにこの声が聞きたいだけなのに、この声であたしに話し掛けてくれるだけでいいのに……。何で…こうなっちゃうの……。

「あ、綾波……あの……」

 シンジの口から出た名前…綾波レイ。
 この女のせいで全てがおかしくなったのに……なのになんでシンジは話をしているの?
 あたしには声を掛けてくれないのに……!!

 頭が真っ白になったあたしは、衝動的にある事を思い立って部屋に駆け戻った。


ここまでのシンジ
この先のシンジ


.







 あたしは家を出た。

 シンジがファーストと電話で話をしている間にあたしは身の回りの荷物をバッグに詰め込み、もちろんシンジには何も言わず家を出た。

 ………………………
 …もう…イヤ……!!

 ファーストの名前を聞いた瞬間、もうあたしは何が何だか判らなくなった。この時はファーストに対して嫉妬というより…憎悪みたいなものを抱いてしまった。
 そんな心がシンジに対する気持ちにプラスされて、あたしはもう居ても立ってもいられなくなって家を出てきてしまった。

 今思うと病気のファーストに対して何て事を思ってしまったのだろうと後悔する。
 シンジとの仲がおかしくなってきてからあたしの心は、相当不安定で荒んでいるみたい……。


 ミサトのマンションを飛び出したあたしが向かった先はヒカリの家。ヒカリには迷惑だろうと思ったけれど、今あたしが頼れるのはヒカリしかいない。
 泣きながら家を訪ねてきたあたしに驚いていたけれど、ヒカリは昼間と同じようにあたしの話を聞き、そして慰めてくれた。
 そのヒカリの心遣いに嫌な過去の記憶がが癒された感じになったあたしは、そのままヒカリの腕の中で泣き疲れて眠ってしまった。
 後で聞くとこの後ヒカリはシンジに電話をしてくれたらしい。

 ヒカリ、本当にいろいろごめん……。


ここまでのシンジ
この先のシンジ


.







 翌日、ヒカリと一緒に学校に行こうと家を出ると、玄関先にシンジがいた。
 でもあたしは気持ちの整理なんてついてないから、シンジを無視してそのまま歩いていった。というより、もうシンジに対してどう接していいのか判らなくなってるから無視するしかなかった。
 気を使ってヒカリが呼び止めてくれたけど、あたしはただ前を向いて歩くことしか出来なかった……。

 学校でもシンジが何度か話し掛けてきたけれど、あたしは無視を続けた。シンジが嫌いだからじゃない。むしろ……その逆。
 きっとまた裏切られるのが怖いんだと思う。シンジにまで裏切られるのが怖いんだ、あたしは……。

 あの夜の事だって、シンジはあたしの為に良かれと思ってゴミを片づけてくれたんだ。元はと言えば、ゴミ箱に楽譜を捨ててしまったあたしが悪いんだ。
 でもせっかく仲直りできると思った矢先に楽譜が無くなってて、焦って、悲しくて、そして裏切られたような気がして…。


 シンジはそれからも毎朝ヒカリの家にやってきた。2階にあるヒカリの部屋の窓から玄関先に辛そうな表情で立っているシンジを見ていると、心が物凄く痛くなってくる。
 でもあたしはシンジ無視し続けた。気持ちをすぐに切り替えるなんて器用な事はあたしには出来ない。出来ないの……。



 そして日にちが過ぎ、シンジとコンサートに行く約束の日から1週間が経った。
 時間の経過と共にあたしの心も落ち着き、ヒカリにも何度も優しく諭されて、今日こそはシンジとちゃんと話をしようと決心した。

 このままの状態が続くなんて絶対に…嫌。
 ちゃんとシンジと話をすれば……そうすればきっと今度こそは……。


 でもその日の朝シンジは…………来なかった。




 触れ合えない、心と心


ここまでのシンジ




 <後編に続く>




 後書きはシンジ編にあります。




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