Break from the convention
Written by F
モニターから光が飛び込んでくる。対戦型格闘ゲーム。僕はこれが好きだ。自分の意識の有無の境界で指が動く。
その指に操られ自分のキャラが動く、相手のキャラを追い詰める。詰める、詰める。
タバコの匂い。けだるい空気。人の匂いはしない。無機質な空間。ゲームセンター。ゲームにのめり込んでいる
と、人の存在を感じなくなる。対戦ゲームなのに、自分とモニターだけの世界になる。
その瞬間が好きだ。コンピュータとの一体感。そして、それから開放される瞬間が…
「やたっ、碇君の勝ちだねっ」
「くっそー、勝てねーよ。いつの間にそんな上手くなったんだ!?」
「これで今日は碇の4連勝かいな。とほほ、ついとらんわ」
「鈴原君がついてないんじゃなくて、碇君が強いんでしょっ」
綾波が僕のわき腹を小突く、ケンスケが心底悔しそうに僕している。トウジが、みんなが僕の周りにいる。学校
にいる時よりも、ずっとずっと素の姿で。こう言う毎日が幸せだって、たまに思うことがある。掛け値なしの友
達。自分をさらけ出すことが出来る瞬間。小さい頃は、みんなで集まって大騒ぎするのを見て、何が楽しいんだ
ろうって思ってた。でもそれは、拗ねてただけなんだと今は思う。苛められて、自分の殻に閉じこもっていただ
けなんだと。
椅子から立ちあがって、タバコの匂いのする空気を吸い、吐き出す。ふらっと酔うような感覚。軽い眩暈。
「おい、もう一度やろうぜ。今度は負けねーぞ」
対戦機の向こう側で、ケンスケがドンドンとディスプレイを叩いている。よほど悔しかったんだろう。ちょっと
前まで、僕はケンスケに手も足も出ずに負けていたから。でも今日はどうも気がのらなかったので、ケンスケと
の再戦はひとまず断ることにした。
「ん。うーん、ちょっと疲れちゃったから休ませてよ。一回外の空気吸ってきたいんだ」
「おいおい、勝ち逃げかよー」
案の定口を尖らせるケンスケ。ケンスケは、結構凝るタイプだからな。
「後でまたやるよ。トウジとの勝負もまただろ?そっちやっててよ」
「そやな。勝負つけよか、ケンスケ。これまでの対戦成績は12勝12敗。白黒つけたるで」
「そんな数字まで良く覚えてるなぁ。へへ、まぁいいだろ。軽くもんでやるよ」
話がまとまったところで、僕は学ランを肩にかけて椅子から離れる。その椅子に、今度はトウジが座る。この瞬
間、ほっとするような寂しいような、少し不思議な気分になる。寂しいような気がするのは、主役が自分でなく
なるからかもしれない。僕は、寂しがり屋なのかな。
背中の方でトウジとケンスケ、女子達の歓声を聞きながら、僕は口にした通り、外の空気を吸いにでることにし
た。少し喉が乾いていたから、飲み物を売っているところへ。このゲームセンターは、屋上に出られるようにな
っている。確かそこに自動販売機もあったはずだ。僕は古びたビルの狭い階段を、上に向かって歩き始めた。
ドアノブをひねると同時に、外の空気と強い西日が差し込んでくる。今年の残暑は特に厳しくて、9月でも真夏
と変わらない日が続いている。もう5時を回る頃だが、まだうだるように暑い。さっと屋上を見まわして、僕の
ほかに人影が無いことを確認する。ゲームセンターは、僕のような中学生にとってはそんな安全な場所じゃない。
屋上への出口のすぐ側に、自動販売機がぽつんと一台置かれている。あまり利用者もいないのだろう。何処とな
くさびれているような気がする。売り物の中身は痛んでいないことを期待して、烏龍茶を一つ買った。
屋上を囲っているフェンスにもたれて、なんとなく考えていたのは綾波の事。綾波は、クラスの人気者だ。明る
くて、屈託が無い。彼女のことを嫌いって言う人間は、まずいないだろう。成績もまずまずで、先生の受けも良
い割に、こんな風に学校がえりに寄り道するようなところも持っている。そんな綾波と、僕のようなあまり面白
みの無い男が仲良く出来ているのは、彼女の転校初日の朝、ちょっとした事件が僕と綾波の間で起こったことが
きっかけだった。
あの朝。僕はいつも通りアスカと一緒に、学校に向かって走っていた。僕はどうも朝が苦手で、毎日遅刻ぎりぎ
りの時間で登校していた。
「今日も、転校生が来るんだってね」
担任のミサト先生から、そう聞かされていた。
「まぁね、ここも来年は遷都されて、新しい首都になるんですもの。どんどん人は増えてくわよ」
僕の寝坊に付き合って、アスカも僕と一緒に走っていた。この頃は、何の屈託も無くアスカとやっていた。
「そうだね。どんな娘かな?可愛い子だったらいいな」
「もォ……」
学校まであと少し、もう少ししたら学校が見えると言うところで、突然。曲がり角の向こうから走ってきた女の
子がいた。僕はそれに気づかなくて…
ガツーン
見事に二人は正面衝突した。頭をぶつけ、痛みを堪えてうずくまっていたのだが、その時ちょっとした加減で、
ぶつかった相手の子のスカートの中が見えてしまった。
それが、綾波レイとの出会いだった。
初めて彼女を見た人間は大抵、一瞬息を呑む。そのあまりの白さに、不可思議な感覚に囚われる。いつも笑顔の
彼女だが、まれに一人で沈思している時がある。そんな時の彼女は、本当に神秘の世界の住人のように思える。
そんな雰囲気を纏う。
彼女は特別な人間、普通と違うと言うのは事実だ。人気者の彼女だけど、ちょっとしたいじめみたいなことは、
たまに目にする。もちろん綾波は、そんなことにくじけたりする子ではないが、内心傷ついてもいるはずだ。表
に出さない彼女の強さは、健気だと思うし、憧れもする。僕などは、ちょっといじめられただけで捻くれていた
から。
そこまで考えて、さっきちょっとおかしかったアスカのことを思い出した。そう言えば、アスカも特別なのかも
しれないなと。青い瞳、亜麻色の髪。彼女も小さい頃、日本人とドイツ人のクォーターだということで、随分周
りからちょっかいを出されていた。その頃のことをもう少し思い出してみようとしたところで、背中から声をか
けられた。
「黄昏てるね。どうしちゃったの?パンツ覗き魔」
声の主は、今まで考えていた彼女だった。
「ん…綾波か。別に、黄昏てなんかいないよ。それより、いい加減パンツ覗き魔ってのは止めてくれよ。もう何
度も言ってるだろ、あれは事故だったんだから」
初めて会った時のあの事件で、僕はいまだに彼女にからかわれている。人聞きが悪いし、いい加減止めて欲しい
のだが。しかし彼女は悪戯っぽく笑って、
「だめだよーだ。碇君のせいで、私お嫁に行けなくなっちゃったんだもん。碇君はずっと、パンツ覗き魔だよ」
「お嫁に行けないって、そんな。大袈裟だな」
「ふふ。ね、どうしちゃったの?随分長いこと外にいるね。相田君が待ちわびてるよ」
「え、そんなに時間経ってる?」
そう言えば、いつのまにか烏龍茶は空になり、西日も弱くなってきている。
「うん。もう二十分くらい外にいるよ」
「そか、なんかぼーっとしてたのかな。十分くらいのつもりだった」
「あはは、碇君らしいね。じゃあ、行こうよ。碇君がいないとつまんないよ」
綾波が、僕の手を引っ張る。それに従いながら僕は、逆の手で空になった缶をゴミ箱めがけて投げた。カランっ
と、乾いた音がして、それがちゃんとゴミ箱に入ったことを告げた。
「これで雪辱は果たしたからな。シンジ」
もう日の暮れた郊外を、僕とケンスケが二人で歩いている。他の友達とは、もう別れの挨拶をした。
「ちぇ。もうあの機種じゃ負けないと思ってたんだけどな」
一息入れたあと、ゲームに戻った僕だったが、ケンスケに2度続けて負けてしまっていた。あの時途中で休んだ
りせずに、連勝していた調子に乗りつづければ良かったかもしれないと、ちょっと後悔する。
「まーでも、碇は強くなったぜ。ホント。前はゲーム全般からきしだったのにな」
「へへ、相田先生のご指導のおかげですよ」
ケンスケやトウジに色々なところに連れていって貰ったおかげで、僕の世界は随分広がったような気がする。ケ
ンスケとバス釣りに行ったり、トウジとストバスをやったり。
「うむ、感謝してくれ」
「あ。そう言えば今日プラモ買いに行くって言ってたけど、それは良いの?」
「あー。プラモ資金ゲーセンで使いこんじまったよ。それはまた今度だな」
「うわ。そんな使ったの?」
「お前に負けたのが悔しくてな」
ケンスケの率直な所が、僕は好きだ。トウジに言わせると、「自分の欲望に素直なやつ」。人付き合いでは意外と
ドライ部分を持っているのに、凝り出すと止まらない激しさも持っている。
「今度こそ完全勝利するよ、今日は最後負けちゃったけどね」
「馬鹿言え、そう簡単に行くかよ」
そのまま肩を並べて、ずっと話しながら歩いた。そしてケンスケとも別れる交差点に辿り着く。こういう時って
誰もしもがちょっとした名残惜しさと言うか、孤独感に襲われるんじゃないだろうか。それは実感できるほど大
きなものじゃないかもしれないけど、確実に存在するような気がする。
「じゃあ、ここまでだな。今日はなかなか楽しかったぜ」
「うん。それじゃあ…」
また明日。そうして僕は、ここから一人になる。
見知った街並を、何も考えずただ家に向かって歩く。実際何かは考えているのだろうが、10分前に何を考えてい
たかを思い出すことも出来ない。日はすでに暮れ、辺りは真っ暗になっている。8時。しかしまだ、父さんや母
さんは帰っていないだろう。
自宅。郊外のマンションに辿り着き、その時の気分でエレベーターを使わずに階段を登る。タン、タタンッ。途
中からその時の気分で掛け上がった。僕の家のある5階まで走って登ると、ちょっと息が乱れる。
カードキーを差し込むと、玄関は真横に開く。外よりもやや涼しい空気が、微かに頬をなでた。玄関に入ってま
ず、僕は視線を下におとした。
「あ、お帰り。ちょっと遅かったんじゃない?」
家にアスカがいることは、靴を見て分かっていた。
「ただいま。ゲームの方でちょっと燃えちゃってさ」
「もォ…。習い事行ってたアタシより遅いじゃない」
「ごめんごめん。ね、今日の夕飯何だって?お腹減ってるんだよね」
アスカは、良く僕の家に来る。僕の両親も帰りが遅い方だが、アスカの両親は世界中を飛び回る仕事をしていて、
1年の内半分程しか家に帰ってこない。だからアスカは、小さい頃からよく僕のうちに来ていた。親同士の仲が
良かったから、僕の両親が色々頼まれていた部分もあるのだろう。
「うん、と。今日は肉じゃがだって。あと、アタシがサラダ作ったからそれも食べなさい」
「へーいへい。じゃあ、食べようよ。アスカも夕飯まだなんでしょ?」
「アンタが遅いから、お腹ぺこぺこよ」
家にいる時は、アスカと普通に出来る。普通に。煩わしいなんて思わない。それがどうして、学校では煙たく思
ってしまうのか。学校にいる時の僕は、普通じゃないのか?そんなことはないのに。なんだか、よく分からない。
「ほら、なにぼーっとしてんのよ。火ぃつけて肉じゃが温めてよ」
「あ、了解了解。母さんの肉じゃが美味しいんだよね」
「うん。アタシも大好き。ユイおばさまの肉じゃが」
アスカとわだかまり無くいられる、それだけじゃない。心なしか、学校にいる時よりも落ち着いた気持ちでいら
れのはどうしてだろう。
答えは出でない。自分の中のこの間隙の理由が、僕にはわからない。分からなくても、良い事なのか…?
「じゃあ、また明日ね」
「うん、お休み」
食事が終わり、アスカは隣の家へと帰って行く。もうしばらくすると、父さんたちも帰ってくるだろう。
また明日も、学校がある。