赤き泉から生まれしものは
2017年、6月。
事の起こりは、ミサトが「休みが取れたから、今度の土曜日にシンちゃんのバースデーパーティをしましょ!」と言い出したことだった。
それだけなら良かったのだが、ミサトは「お祝いの準備なら任せなさいっ!」などとのたもうたのだ。
どうやら、高校入学の日に、ミサト作の祝い膳から逃げ出すために友人達と祝った事を、2ヶ月後の今でも残念がっているようだ。
とは言うものの、ミサトもさすがに1人で大量の料理を作るわけには行かず、ヒカリに手伝いを頼んだようなのだが・・・
「準備が出来るまで、出かけててね」
当日、ミサトとヒカリに家を追い出されたシンジは、困った顔で、結局近所をうろうろしていた。
ミサトの料理の腕前を考えると、さすがのヒカリでも、どうにかなるとは思えなかったのだ。
「何しとんのや」
同じ所をぐるぐると歩き回っていると、やって来たトウジに呆れ顔で尋ねられた。
シンジにとってみれば、今1番会いたくないと言うか、よりにもよって、と言う相手だった。
「トウジ、ごめん、本当にごめん・・・」
「ど、どないしたんや、急に」
人様の愛しの彼女を、あんな危険な台所に放り込むなんて、僕は何て奴なんだ、とシンジはぶつぶつと言う。
「だ、大丈夫やて、委員長にどないかならん料理なんてあらへん」
「トウジは、ミサトさんの料理を知らないから、そんな事言うんだよ・・・」
「・・・いや、実は知っとる、どさくさで食わされた事あるさかい、知っとるけど・・・ほんでもワイは、委員長を信じとる!」
「甘いわ、鈴原君」
トウジの背後から、冷めた声が響いた。
「あれは、信頼とか友情とか根性とか、その辺りでどうにかなる代物じゃないわ。
そう・・・司令の美的センスと語彙センスがどうにもならないのと同じ」
「綾波、今、父さんの美的センスと語彙センスは関係ないだろ?!」
「つまり、世の中にはどうしようもない事がたくさんあるって事・・・」
「無視しないでよ、綾波!」
レイがどこまでも淡々と言うものだから、逆に急所に突き刺さるような思いだ。
「大丈夫だよ、シンジ君、今日のミサトさん料理は、僕に任せてくれたまえ」
一緒にやって来たカヲルは、にこにこと言う。
「口の中にATフィールドを張れば、どんなに不味い料理でも耐える事が可能さ」
「そないに器用な事、ほんまに出来るんか?」
「僕を甘く見ないでくれたまえトウジ君、ATフィールドを張り続けて10ン年、今となっては自由自在さ」
「よっしゃ、ほんなら、今日の主力はカヲルっちゅうことで・・・」
「2人とも・・・盛り上がってる所悪いけど・・・」
シンジがおずおずと言う。
「僕が心配なのは、料理には、味見が付き物だって事なんだよ」
「は?」
「え?」
「それは・・・つまり、ヒカリさんが、ミサトさん料理を、何の防御もなく口にすると言う事?」
レイの言葉に、シンジは恐る恐る頷く。
「何やってるのよーっ、さっさと中に突撃して、ヒカリを助けなきゃ駄目でしょっ!!」
怒鳴り声がしたので振り向くと、朝から姿が見えなかった同居人にして仲間・・・にして彼女、の姿があった。
アスカは、腰に両手を当てて頭から湯気を出さんばかりだ。
その後ろから、マナが慌てたようにアスカの持っていた荷物(アスカが怒った勢いでかなり振り回されていた)を引き取った。
次の瞬間、我に返った一同は弾かれたように走り出す。
自宅に戻ると、シンジは勢いよく玄関の扉を開けた。
「あらぁ、碇君、もぉ戻って来たのぉ?」
ふらり、と出て来たヒカリの頬は紅潮しており、どこか足元がおぼつかない。
「うふふ・・・碇君、お誕生日おめでとぉ〜」
とろんとした目をしたヒカリは、くすくすと明るく笑うと、そのままシンジの首に抱きついた。
「い、委員長〜!!」
「ヒカリ〜?! ちょっとシンジ、何ボケっと突っ立ってんのよ!!」
「離れろや、シンジっ!!」
「そんな事を言われても・・・う・・・動けない・・・」
「でれでれ嬉しそうな顔をしてるわよっ!」
「うふふふふ」
「やだ、あたしったら、修羅場に来合わせちゃった?」
1人で後ろからのんびりと来たマナが、面白そうにこちらを見ている。
「決してそんなわけじゃ・・・っ」
「おお、珍しい光景」
タイミングが最悪の時に、ケンスケが現れて今の状況を写真に撮った。
シンジが呻き声を上げているのも構わずに。
「碇君・・・何が起きてるんですか?」
マユミがその後ろから顔を出し、冷ややかな目をして聞いた。
「僕も聞きたいよ、それ〜!!」
「・・・委員長、何や酒臭うないか?」
「やだぁ、トウジったらぁ〜、あたしがお酒なんか飲むわけないじゃなぁ〜い、うふふ・・・」
トウジの質問に、ヒカリの意識は彼の方に向かい、今度はトウジに寄りかかる。
シンジは、やっと解放され、目を白黒とさせた。
「・・・いや、洞木さん、君は今、どう見ても泥酔状態だよ? 酷く酔っ払ってるってことさ」
「あたしはぁ〜、お酒なんて飲みませぇんっ!!」
ヒカリはトウジにしがみ付いたまま、真っ赤な顔とうつろな目でカヲルを睨む。
「でも、料理にお酒が入る事はあるわ」
「ミサトーっ、アンタ、ヒカリに何食べさせたのよっ!!」
レイの指摘を聞いて、アスカは憤慨しながら台所に向かう。
「えー、お赤飯作ったの、味見してもらっただけよ」
「どうやったら赤飯で酔っ払うんですか、ミサトさんっ!!」
ようやく立ち直ったシンジが叫ぶ。
「・・・とりあえず、水くれや、水」
ヒカリを支えながら入って来たトウジが、弱り切った顔で言った。
急いでアスカが水の入ったコップをトウジに渡し、トウジはヒカリの口元にコップを持って行ったが・・・
「やだぁ、トウジ・・・口移しで飲ませて?」
「く・・・っ?!」
ふふっ、と笑顔で見上げられ、トウジは耳まで真っ赤になる。
アスカがすかさず、トウジに蹴りをお見舞いした。
「な・・・何すんねん、惣流、せえへんわ、そんな、どさくさで・・・」
「明らかに誘惑に駆られてる顔してたわよっ!」
「・・・で、これが赤飯、ですか?」
シンジは、ミサトが示した鍋の中を覗き込む。
確かに、赤い、赤いには赤いが・・・。
「うーん・・・これは・・・赤いご飯ではあるけど、お赤飯じゃないよね、それぐらいあたしにもわかる」
「見た目は雑炊かリゾットですが・・・このニオイは一体・・・」
「そもそも、赤飯が真っ赤って変だろ」
鍋の中に広がる赤い泉を見ながら、マナ、マユミ、ケンスケが引き攣った顔でこそこそと話す。
「・・・これをどうやって作ったか説明して」
レイがミサトを睨んだ。
「えっと、ご飯を準備して、小豆を入れたわ。
それから味付けに、ケチャップと唐辛子と豆板醤とタバスコとコチュジャンと赤味噌とトマトピューレとハバネロと・・・」
「あ・・・明らかに赤飯の材料じゃない物の方が多い・・・っ!!」
シンジは頭を抱えた。
「赤いご飯だからお赤飯よっ!」
「・・・ほんで、酒はどっから来たんでっか?」
トウジが不機嫌に聞く。
ヒカリはと言うと、トウジの首に抱きついたまま、すーすーと寝息を立てていた。
「それらを入れて炊き上げた後、隠し味に赤ワインを1瓶入れたのよ!」
「何で過熱後に入れたんですかーっ!!」
「碇君、そういう問題ではなく、もっと根本的な所だと思いますが・・・そもそも、そんな大量に入れたら隠し味ですらないですよね」
「せめて、タバスコとか赤味噌とかと一緒に入れてたら、アルコール分は飛んでたのに・・・!!」
「君にとって、タバスコは許容範囲なのかい、シンジ君・・・」
「ミサトの料理だから、ハードルが極端に下がってるだけよ」
シンジのツッコミにならないツッコミに、友人一同は呆れ顔だ。
とにもかくにも、鍋の中身の正体は判明したわけだが、それが何かの救いになったわけではない。
「折角作ったんだから、食べてよね」
「ミサト、アンタ、ヒカリがあんな状態になったのに、これをみんなに食べろって・・・」
「ヒカリちゃんは真面目だから、お酒に免疫が出来てなかっただけよ、きっと。
みんな、ちょっとくらいお酒を口にした事はあるでしょ?」
「ミサトさん、僕ら、未成年ですよ?」
「未成年でもハメを外す事はあるじゃなーい」
「わ・・・私は、法律守って、お酒を20歳まで飲まない事にしてますからっ!!」
マユミが叫ぶように言って後ずさり、何とかミサト赤飯から逃れた。
「あたしっ、丁度、戦自の訓練の一環で、お米は固めに炊いた玄米のみって期間に当たってるんです!」
本当か嘘かは知らないが――おそらく嘘だろうが――ミサト赤飯は限りなく液状に近いため、マナも口に出来ない。
「ケンスケ君、貴方、前にウチでお酒飲んだ事あったわよねん?」
「そ・・・それがですね、実は、学校にバレて、停学の危機なんですよ〜。
料理に入ってるとは言え、帰り道に先生にでも会ったらマズイな〜とか思うんで・・・」
ははは、と引き攣った笑いを浮かべて、ケンスケも逃げた。
停学云々は嘘である事は、シンジも知っているが、何も言わない。
「お赤飯は嫌い・・・血の味がするもの」
「しないわよっ!」
レイの言葉にミサトは叫んだ。
確かに、本来はミサトの言う通りだが・・・このミサト赤飯は、そんな味がしても驚かない。
「トウジ君、貴方、食欲旺盛よね?」
「委員長、しっかりせぇや〜」
「・・・無視?」
「むにゃ・・・やだ・・・トウジ・・・ちゃんと『ヒカリ』って呼んでぇ・・・。
2人っきりの時は、ちゃんと言ってくれるじゃないのぉ・・・むぎゅ・・・すぅー・・・」
「・・・ヒカリ、そないに引っ付かれたら・・・ワイ・・・どないも止まらへんやないか・・・」
すかさず、アスカが本日2度目の蹴りを入れたので、トウジはその場にばたりと倒れた。
何の事はない、普段よりも遥かに弱いキックなのだが、熊に出会ったら死んだ振り、ミサト赤飯回避には気絶の振り。
「もぉ、アスカったら、食べる口減らしてどうするのよ。
それじゃ、責任持って、アンタは食べるわよね」
「え・・・シンジ、アンタのパーティなんだから、アンタが食べなさいよ」
「お・・・お祝いだよね、祝ってくれてるんだよね、それなのに僕にそんな事を言うんだ・・・酷いや、アスカ・・・」
「罰よ、罰っ、ヒカリに抱きつかれてデレデレしてた罰っ」
「あれは事故だってば!」
「じゃ、いただきます」
割って入った声に、シンジとアスカは同時に振り返った。
カヲルが自身ありげな笑みを浮かべながら、ミサトから茶碗を受け取っている。
「そう言えば・・・口の中でATフィールド張るから食べられるって言ってた・・・」
「上手く行くかしら・・・」
シンジとアスカが囁き声で会話を交わす中、カヲルは笑顔のまま一口食べ・・・
「カヲル君ー!!」
「カヲルーっ!!」
結局、その場で泡を吹いてひっくり返ってしまい、シンジとアスカは悲鳴を上げた。
レイが茶碗の中身を観察し、
「・・・よく混ざってなかったみたい、タバスコと豆板醤とコチュジャンとハバネロ・・・辛い材料が塊で入ってるわ・・・」
と結論を出した。
「こ・・・これって、ミサト赤飯はATフィールドより強いって事?」
「ミサトさん・・・何て恐ろしい兵器開発しちゃったんだろ・・・」
「そんなに不味い? ・・・普通においしいわよね、うん」
シンジとアスカが顔を見合わせる中、ミサトは平然と自分の料理をぱくついている。
「・・・ミサトさんがあの赤飯より強いって事は・・・最強なんじゃ・・・」
「あたし達が戦うより、ミサトが出て行って戦ったら簡単だったかもね・・・」
「わからないわ・・・3すくみかもしれない」
「3すくみ?」
レイの言葉に、アスカは首を傾げる。
「紙は石に勝ち、石は鋏に勝ち、鋏は紙に勝つとか。
他に、狐と漁師と鉄砲とかがあるわ」
「ってことは・・・ミサト赤飯はATフィールドに勝って、そのミサト赤飯にミサト本人は勝てるけど、ミサトはATフィールドには勝てない・・・」
「これを証明するには、本当にカヲルが口の中でフィールド張れていたかを検証しなきゃいけないけど」
レイの言葉に、面倒臭い・・・とアスカは呟いた。
そうこうするうちに、いつしかレイから連絡を受けていたリツコがやって来て、倒れているカヲル及び新兵器もどきのミサト赤飯を回収して行った。
これ幸いとばかり、レイもリツコにくっ付いて帰ろうとする。
「あ、レイ、カヲル君を看病する時に、白衣の天使とかやってあげなさいよー」
「白衣・・・リツコ博士から借りればいいの?
それでカヲルは喜ぶ? 早く良くなるの??」
「リツコの白衣って・・・それじゃ、白衣の悪魔になっちゃうわ」
「ミサト、レイに変な事を教えないで頂戴。
・・・そうだわ、貴方、コレを食べて大丈夫だったんだから、特殊な体質なのね・・・この際だから徹底的に調べさせて貰うわ」
嫌〜!!と叫びながら、ミサトはリツコに引きずられて行った。
残された一同は、ぽかんとそれを見送っていたが、やがて、自分達も失礼すると言って帰って行った。
ケンスケは、ちゃんと当日に祝ってやるから、とシンジの肩を叩いた。
トウジは不機嫌な顔で、ヒカリを背負って帰って行った。
「・・・トウジ・・・帰る時、冷たかった・・・」
「そりゃ・・・あんな様子を見せられたら仕方ないわよ。
アレに関しては、あたしも鈴原と同じ意見だから」
2人で残され、シンジは座ったままテーブルに指で丸を描きながら唇を尖らせ、アスカはそんなシンジを睨むように立っていた。
「いいじゃないか・・・最後は、あれだけ積極的に甘えて貰ってさ・・・」
「何、アンタ、羨ましかったわけ?」
「羨ましいって言うか・・・委員長がアスカで、トウジが僕ならどうなるかなって思ったって言うか・・・」
「アンタバカァ?!」
「・・・うん、正直に言うなんて、バカだ、本当・・・」
きっと、自分も空気に残ったアルコールで酔っているのかもしれない、とシンジは思った。
「あ・・・お腹空かない? 何か作ろうか?」
シンジは誤魔化すように立ち上がった。
ミサト赤飯のせいで、結局、ヒカリは1品も作れなかったようで、食べられるものは見当たらない。
「待って、シンジ」
アスカは辺りを見回し、流し台に置いてあった袋を持って来た。
「これ・・・マナの家の台所借りて、作ったんだ・・・けど・・・」
いそいそと袋の中から箱を取り出して開けたアスカは、中身を見て絶句した。
シンジは、そのひしゃげた物体を観察する。
何となく丸い輪郭が見え、白くとろりとしたものがかかっており、箱の中にはイチゴがごろごろと転がっている。
「バースデーケーキ・・・だった物よ。
ヒカリに作り方教えて貰って作ったんだけど・・・運ぶ時に潰れたみたいで・・・。
しかも、冷蔵庫に入れ忘れたから、生クリーム溶けてる・・・」
「で、でも、それぐらい大丈夫、おいしそうだよ、食べよう!」
「アンタ・・・まさかミサト赤飯と比べて、って話じゃないわよね」
「まさか」
いや、少しはあるけど。
シンジは急いで立ち上がり、ナイフと皿とフォークを揃える。
「うん、今日の食事はケーキで決まりだ」
「・・・え、主食?」
「だって、『パンがなければケーキを食べればいい』って昔から言うし」
何より、アスカの気持ちが嬉しかったから、ゆっくり味わいたいとシンジは思った。
「・・・シンジ、それ、ことわざでも何でもないわよ」
アスカはおかしそうに笑った。
【後遺症・その1】
翌日・日曜日の朝。
「う・・・ん、あれ、僕はどうしたんだろう?」
まだ意識が朦朧としたまま、目をこする。
銀色の前髪の隙間を煌かせる日の光が眩しい。
「目が覚めたのね、カヲル」
レイの紅の瞳が、心配そうに覗き込んで来た。
「具合はどう?」
「うん、ちょっと頭が痛いのと吐き気がするけど、大丈夫だよ」
こういう目覚めは、悪くない。
カヲルは微笑んだが、レイは顔をしかめると首を振った。
「頭痛に吐き気・・・後遺症が出てる、良くないわね」
そう言ってカヲルのベッドから離れたレイの姿は、よく知る誰かを想像させ、一気に背筋に冷たいものが走る。
レイは、サイドテーブルから液体の入った瓶を持って戻って来た。
青く透明な美しい波が揺らめき、恐怖を煽る。
「これ・・・私が調合した薬よ、初めてだけど頑張ったの・・・さあ飲んで」
リツコを思い出させたのは、レイが白衣を着ていたからだけではないようだ。
「レ・・・レイ、薬、調合したのかい・・・?」
「ええ、リツコ博士に教えて貰いながら、1晩で完成させたわ。
『とても良く出来てる、完璧よ』って、褒めてくれた」
飲む意欲が、1秒ごとに下がって行くのだが。
カヲルは引き攣った笑顔を浮かべ、自衛に出る。
「ありがとう、レイ、気持ちはとっても嬉しいよ。
で、でも、もう、本当に、動けるから、大丈夫だよ」
「そう・・・カヲルはミサトさん赤飯は食べられるのに、私の薬は飲めないと言うのね。
私の薬は、誰もが認める危険な料理よりも安全性が低い・・・そう・・・」
責めるように見つめられてしまっては、どうにもこうにも逃げ場がない。
「いや、そう言うわけじゃないけど・・・」
「私の事、全く信用出来ないのね・・・そう、わかったわ」
レイは冷ややかさと失望と寂しさが入り混じった眼差しを向けて来た。
「ち、違うんだレイ、君じゃなくて、リツコさんの調合の指示が心配なんだよ、わかるだろ?」
ごめんなさいリツコさん、この際だから貴方を生贄にします。
いや、そもそも、こんな事をレイにさせたのはリツコさんなんだから。
そして、いつも怪しい実験を繰り返してる貴方のせいです、全責任を持って下さい。
昨日の今日で、口の中のATフィールドは自信がなくなったし、飲まずに済ませたいんです。
カヲルは脳内で、やけに早口にリツコに言い訳を繰り出した。
本人に聞こえるはずはないのだけれど。
「大丈夫、問題ないわ」
レイは、ふと頬を緩めて微笑んだ。
「もし、これが失敗作でカヲルが倒れたら、私、ちゃんと看病してあげる。
貴方は死なないわ・・・私、白衣の天使だもの」
こんなにも泣きたくなったのは生まれて初めてだ、とカヲルは思った。
【後遺症・その2】
日曜日、昼下がり。
「トウジ君、良かったぁ〜! 悪いんだけど、私の代わりにヒカリ見ててやってくれる?」
洞木家を訪れたトウジは、出迎えたコダマによって、勢いよく中に引っ張られた。
その瞬間芸たるや、「ヒカリの具合はどうか」という質問どころか、「こんにちは」も言わせぬものだった。
「私、これから出かけるんだけど、まだヒカリがアルコール抜けてないみたいなのよ。
ノゾミも約束あって出ちゃったし、お父さんも休日出勤だし、ちょうど呼ぼうと思ってたのよね、助かっちゃったぁ〜!
夕方、お父さんが帰るまで、ヒカリのことよろしくね」
いやいやいや、年頃の男女2人きり、しかも女が酔いが抜けんと無防備とか、何ぼ何でも、もうちょい警戒して貰わんと。
ちゅうか、つまり、親父さんが帰って来たら鉢合わせするわけやから、気まずい事この上ないやないか。
「いくら親父さんがワイの事を気に入ってくれとる言うたかて、限度っちゅうモンが・・・ちょい待って下さいコダマ義姉さん!」
トウジの叫びも意に介さず、コダマは笑って出かけてしまった。
これから数時間、ひたすら本能プラス煩悩と戦えと言うのか、あの義姉(本人が断固としてこう呼ばせている)は。
深々と溜め息をついたところ、奥の部屋からすすり泣きが聞こえて来て、飛び上がる。
幽霊には少し季節が早い・・・ではなく、よく考えたら、奥にはヒカリがいるのだった。
「ヒ・・・ヒカリ? ワイ、トウジやけど・・・どないしたんや?」
しっかり閉ざされた扉の前に立ち、恐る恐る部屋の外から声をかけると、ヒカリは大声でわっと泣き出した。
1日目が抱きつき魔、2日目にも後遺症があって泣き上戸になる酔っ払いっちゅうわけか・・・。
「帰って、お願いだから帰って! もうトウジに合わせる顔がないの!」
「お、落ち着けや、昨日はちょっと酔っ払っただけや、な?」
「ちょっとなんてレベルじゃないのはわかってるわ、全然記憶がないもの。
それで、人間、酔っ払ったら本性が出るのよ・・・私は不潔な女なんだわ!
もう恥ずかしくて外に出られないし、トウジに悪くて、付き合い続けるなんて無理よ!」
「待てや、覚えてへんのに、何で不潔なんて言うんや」
確かにシンジに抱き付いたのは面白くなかったが、だからと言って付き合うのをやめるなんて選択肢はない。
「覚えてないから、みんなに聞いたの・・・自分で聞くのは恥ずかしいから、お姉ちゃんに聞いて貰ったんだけど。
そしたら、私・・・男の子みんなに抱きついて・・・キ・・・キスしまくったんだって。
トウジともまだなのに、本当にごめんなさい・・・私、もう一生部屋から出ないわ!」
えっと・・・つまり、からかってやろうと嘘を言ったら、予想外にダメージが大きかった、と。
せやから、この状況をワイに押し付けて出かけた、っちゅうことでっか、コダマさん・・・。
「大丈夫や、コダマさんが冗談言うただけやって。
キスなんかしとらへんし、みんなに抱きついたわけでもあらへん!
大体、すぐに眠ってしもたしな」
「ほんと・・・? 気を遣って、そんな事言ってるんじゃないの?」
「ワイが嘘苦手なん知っとるやろ、ちょっとシンジに抱きついただけや」
「・・・・・・・・・」
あ・・・しもた。
「ああ・・・途中で眠っちゃわなかったら、きっと、お姉ちゃんが言ったような事、しちゃったに決まってる!
アスカにも碇君にも申し訳ないし・・・私はトウジにふさわしくないわ、お願いだから私がこれ以上みじめにならないうちに帰って〜!」
「せやから落ち着けって、ワイはそない立派な人間ちゃうし、ヒカリは今もまだ酔っておかしいなっとるんや!
そんだけ具合悪いんやから誰も怒っとらへんから!
取りあえず、ちょっと出て来て水でも飲めや、そんで横になっとったらええがな、な?」
「やっぱり私はおかしいのよ〜、もういいから帰って〜!」
ヒカリは一貫して涙声だ。
「なぁ、水持って来たから、ちょっと開けてくれや、頼むわ・・・」
「嫌、絶対に嫌ぁ・・・」
泣き上戸の相手は、1人では辛い。
親父さん、早よ帰って来て下さい・・・トウジは弱り切って天を仰いだ。
<あとがき>
2カ月遅れのシンジ君誕生日ネタ。
皆のすなるサルベージなるものを我もしてみむとてするなり、ってことで。
シーズン中に、小説板に投下したものを、加筆・修正させて頂きました。
いろいろとカオス、雰囲気的には、かなりタイトル詐欺(でも、海じゃないし、泉だし)。
唐突に、赤い食材をひたすら鍋にぶっ込むミサトさんが頭の中に現れたんです・・・誕生日ネタなのに、ごめんよシンジ君。
シンジ君だけ哀れなのも気の毒なので、おまけでカヲル君&トウジ君にも苦労してもらいました(苦笑)。
3人とも、苦労の引き金を引いたのは義理の姉格、ってことで、タイトルは「義弟はつらいよ」でも良かったかも(ぇ)。
まあ・・・1番大変だったのはヒカリちゃんな気がしないでもないですが。
ちなみに、私は全く飲めない人間で、ニオイだけで酔っ払うクチです(酷)。
笑い上戸でも泣き上戸でもなく、ひたすら意識が飛んでボー・・・って感じですね。
ちなみに、熊に出会ったら死んだ振りはしちゃいけません、念のため
(目が熊より高い位置にある立った状態のままの方が、熊が勝手に恐れてくれるそうです)。
どうでもいいですが、「親父さん」と書いて発音は「おやっさん」です。
とにもかくにも、こういうアホアホしいネタは書いていて楽しいです・・・次こそ真面目な1品をと思いつつ。