もしもアスカが…〜マグマダイバー2〜
By:GURDEN
ミサトから、修学旅行中の戦闘待機を言い渡された翌日。
修学旅行に出発していく友人たちを、シンジはアスカと共に無事に見送り終えた。
アスカを意識してしまって、挙動不審になっているシンジを、友人達は置き土産とばかりに散々からかっていってくれた。
むくれたシンジに、二人はお詫びのお土産を確約して笑顔で旅立っていった。
ほんの少し、寂しさとも諦めともつかない気持ちがシンジの胸に過ぎる。
けれど、すぐに同じようにヒカリを見送ったアスカと、二人きりになってしまった気まずさに落ち着かなくなった。
まだ、完全に元には戻っていないアスカとの仲と、そんな状態での自分の受け答えが、これ以上アスカの機嫌を損ねないかと気になる。
とても心配していたのに、気付くとシンジはうやむやの内にアスカと普通に話せるようになっていた。
葛城邸へと帰る道すがら、次々とミサトに対する愚痴をこぼすアスカの相手をしていたら、自然とそうなっていた。
楽しそうに笑いながら、何くれと自分に話しかけてくるアスカを見ていると、シンジも楽しくなる。
ころころと表情を変えて、自分の隣に笑っているアスカが居ることに、シンジは心底安堵を感じた。
そして、ここ数日、実は自分がとても落ち込んでいたことに気がついた。
アスカと喧嘩をしているのは、嫌なのだとはっきりと思い知る。
その事に気づく前は、気恥ずかしくて、ケンスケの言う通りにアスカと話合いなんてするもんかと誓っていた。
けれど、こうしてアスカの笑顔を見ていると、嬉しくて、それもいいかも知れないという気持ちにさせる。
何より、アスカを不快にさせてしまっていたのが、自分の行き過ぎた行動のせいだったのなら、謝らなければならない気がした。
喧嘩したことなど気にしていないかのように、明るく普段道りに接してくれているアスカの気持ちが嬉しかった。
だから、ある程度、アスカに向き合う覚悟を決めかけていたシンジではあったのだが。
「信じらんない!アンタ、これの何処が分からないわけ!?あー、もう、貸してみなさいよ!!」
「う、うん…」
ミサトが仕事に出かけ、留守になっていた部屋についた途端、ミサトの言いつけ道りシンジの勉強を見るといって、
アスカはシンジの部屋に乗り込んできた。
いつも、二人きりの時は決して、自分からはシンジの部屋に入って来ようとはしないのに。
肩が触れてしまうほど近い位置から、覆いかぶさるように端末を覗き込んできているアスカの気配に、シンジは硬直する。
たぶん、教える事に夢中になっていて、どれほど自分がシンジに近づいているのか気づいていないのだろう。
何か、落ち着かないや。
ここまで近い接近は、アスカの喘息を知ったあの日以来だった。
狭い部屋に満ちる少女の甘く爽やかな匂いが、僅かな空気の流れに乗って至近距離のシンジの元へ届く。
それは何故かシンジから考える力を奪い取ろうとしてくる。
今までにも、一緒に居るときに何度か感じた事あるアスカの匂いなのに。
アスカがシンジの部屋で、ここまでシンジに接近しているのは、シンジに勉強を教えるためなのに、
肝心の、教わる側のシンジが、アスカの存在に気を取られて、気が漫ろになってしまっていた。
結果的に集中しきれず、アスカの講義内容への理解が今一歩及ばない。
ごく至近距離に感じるアスカの存在に、シンジは何故か緊張し、汗を掻く。
「だから!物質ってのは詰まるところ暖めれば膨らんで体積を増やして、冷やせば小さくなるってわけ。
その、暖めると膨らむ性質を『熱膨張』って呼ぶの!ついでに言っとくと、
暖めた物質を急激に冷やすと、中と外の体積の違いによって爆発することもあるのよ。分かった?」
仲違いしていた事など微塵も感じさせないような態度で、アスカはシンジに講義していく。
講義するために端末を覗き込んでいたアスカが、画面から視線を移してシンジが理解しているのか確認するように、
シンジの顔を覗き込んできた。
シンジは思わず間近に迫ったアスカの顔を呆けたように見詰めてしまう。
「ちょっとシンジ!ちゃんと聞いてるの!?」
「う、うん…」
自分を見詰めて赤い顔で惚けた生返事を返すシンジに、アスカの頬にも朱が差した。
「何見てるのよ!」
照れくささを隠し、まるで威嚇するようにアスカが噛み付く。
その剣幕に押されたシンジが我に返った。
慌てて場を取り繕い、弁解していく。
「べ、別に何でもないよっ!ただ、良く分かるなって思って・・・」
「これくらい別に何でもないわよ。大学の授業に比べたら初歩の初歩だし」
ごまかしの為に出てきたシンジのアスカに対する賞賛とも取れる言葉に、アスカはぷい、と顔を背けて視線を逸らした。
今までに数えるくらい目にしてきたアスカの照れた仕種が、今日はやけに気になった。
いつのも通りのアスカの仕種のはずなのに、とても可愛らしく見える。
シンジの胸の鼓動が、痛いほど早まっていく。
何だよこれ!
治まれ、治まれ、治まれってば!
アスカに気付かれないうちに必死に自分をコントロールしようとしたシンジは、ケンスケやトウジの指摘や、ミサトの問いかけを思い出す。
シンジは自分の顔に血が上っていくのを感じた。
一緒に居ることにいつの間にか慣れてしまって、普段は気にも留めなくなってしまっていたが、
こうして改めて間近でアスカを見てみると、アスカの造形は整っていた。
赤みを帯びた金髪に青い瞳で、白人種特有の彫りの深い顔立ちは、どこかオリエンタルな蟲惑さと未成熟な甘さを兼ね備えている。
結果として、アルビノである綾波レイとはまた違った、異国情緒溢れる神秘的な美しさがあった。
アスカの顔立ちの繊細さなどとうに知っていたはずなのに、初めて出会った時の様に落ち着かない。
まるで初対面の女の子を前にしているようだった。
今さらながらにこれほどの美少女と同居していて、親しく言葉を交わしたり、間近に接していることを意識した。
そう。
アスカも『女の子』なのだ。
だから、自分が守ってあげなくてはならないと思ったのだ。
綾波レイにも感じたように。
守りたいという気持ちは、綾波レイよりも強いかもしれない。
綾波レイには、穏やかで、ずっと側に居て、彼女と同じ空気をいつまでも感じていたいと思う気持ちを感じる。
守るといってくれた彼女に守られたいという気持ちもある。
けれども、彼女は女の子で、自分は男だ。
トウジではないけれど、女の子に守られたいと思う自分は何か間違っている気がしていた。
それはとても格好悪い。
綾波レイに守られたように、今度はシンジが彼女を守らなくてはなら無いと思う。
出来るかどうかは別として。
好き・・・なのかどうかは良くわからないが、好意は感じる。
彼女の事が気になる。
ならば、アスカに感じるこの気持ちは何なのだろう。
彼女は綾波レイとは違う。
元気で、うるさくて、わがままで、生意気で、いつもシンジに無茶を言う。
でも、アスカは可愛くて、綾波レイよりもシンジにいろいろ構ってきて、元気だったくせに喘息の発作を起こして倒れたりする。
無茶をしないかどうか、いつも気になる。
この気持ちがケンスケ達の言うような気持ちなのだろうか?
断言することは出来ないけれど、自分にとって大事な人だということは自覚し始めていた。
アスカの事はいつも側にいて、無茶をしないかどうか見張って、自分が守ってやりたい。
彼女はどこか、自分の体に無頓着な所がある。
あんな酷い発作を起こすくせに、あんまり自分の体を省みない。
放っておくと、いつの間にか無茶をしている。
危なっかしくて放っておけない。
ふと、シンジはアスカに謝らなくてはならない事があるのを思い出し、自分の気持ちを少し理解した。
あぁ、そうか。
僕、アスカのこと、すごく大事だと思ってたんだ。
アスカがシンジのことをどう思っているかはともかく、シンジにとってはアスカは、いつのまにか大事な家族の一人になっていた。
だから、アスカを心配するあまり、アスカに干渉しすぎてしまっていたのかもしれない。
シンジは、アスカが自分をどう思っているかを気にせず行動していて、アスカを不機嫌にさせてしまっていたのだ。
シンジと同じように、アスカがシンジを家族だと思ってくれているとは限らないのに。
随分と馴れ馴れしい態度を、一人の女の子に対して取ってしまっていた事に気づき、シンジはアスカに申し訳なくなっていた。
けれど、その一方で、期待が膨らむ。
でも、もしかしたら、アスカも僕と同じように思ってくれているのかも。
だって、トウジは、僕と一緒にいる時のアスカ、お父さんに叱られてる時の妹さんみたいだって言ってたし。
それって、僕の事、アスカも家族だって思ってくれてるってことだよね!?
「あのさ、アスカ」
「何よ?」
アスカに対する罪悪感と期待からシンジは反射的に話しかけ、間近できょとんと自分を見詰める青い瞳に狼狽えた。
「その、ゴメン…」
結局、出てきたのはいつもと同じ口癖だった。
「……はぁ?あんた、いきなり何謝ってるのよ?」
シンジには、怪訝そうに歪められたアスカの顔が、怒っている顔に見えた。
アスカと向き合っていると、アスカが発しているオーラのようなものに、シンジは押しつぶされるような気がする。
そのくせ、謝罪しなければならないという自分の気持ちまで内側から膨れ上がり、
シンジは内と外の二つの圧力に押しつぶされてしまいそうになる。
「ま、アンタが何を謝っているのかアタシには関係ないけど?謝るくらいなら、最初から謝るような事をしなければいいのよ!
それに!一応言っておくけど、アンタの勉強見てるのは、ミサトの命令だからだからね!勘違いしないでよ!?
いつもアタシの事気にかけてくれてるからじゃないんだからね!?」
「う、うん…」
赤くなったアスカの、シンジの謝罪を誤解して念を押した言葉に、シンジの謝ろうという気持ちが萎える。
思わず俯いたシンジは、自分の顔のすぐ近くにアスカの胸の膨らみがあることに気付いた。
アスカはシンジの肩口から身を乗り出して、左手を机に置いて支えながら、シンジの顔を覗き込んでいる。
修学旅行の見送りから帰って来てすぐに勉強を始めたので、アスカは学校の制服のままだ。
だから、露出はいつもより少ないが、それを差し引いても、こんなにも近くでアスカの胸の膨らみを見るのは初めてだった。
しっかりと膨らみを感じさせる形に、一瞬で全身に血が駆け上る。
アスカの甘い匂いまで、同時に強くなった気がして、シンジはとても居た堪れなくなり、鼓動が早まった。
気恥ずかしさと共に視線を逸らしたが、アスカをとても意識してしまって、シンジは実感する。
アスカはやっぱり、『女の子』なんだなぁ。
僕らとは本当に全然違うや。
確かに、言葉はきついし、感情に任せて行動するところは直して欲しいけど。
喧嘩したりしてむかつくこともあるけれど。
あんまり辛い目には合わないでいて欲しいと思う。
以前見たように、夢の中でまで悲しい思いをして泣かないで欲しい。
いつも笑っていて欲しいな。
アスカの力になれる事って、何か無いのかな。
そんな風に思っている自分が居ることにシンジは気付いた。
シンジの助けなどアスカは必要としておらず、また必要ないのかもしれないけれど。
アスカの力になりたいと思う自分の気持ちが、アスカに干渉しすぎる原因になっていたのかもしれなかった。
シンジはそれに気づいて決意する。
そんな風に自分が大事に思える相手に、好きになってはもらえなくても、せめて嫌われたくはない。
それなら、アスカにちゃんと僕の気持ちを伝えて謝らなくちゃ!
「あ、あのさ!」
勇気を振り絞り、シンジはアスカに伝えたいことを伝えるために口を開く。
アスカに嫌われたくは無かったから。
「アスカにとっての僕はどうなのか良く分からないけど。あのね、アスカは、僕にとって大事な人なんだ!」
「え…」
「だから、勝手に心配しすぎっちゃって、アスカに嫌がられてるの分からなくって、しつこくしすぎてたのかもしれない。その、ゴメン…」
「え!?あ、アンタ、いきなりなに言い出すのよ!?」
予想外に大きく、狼狽したアスカの声に、シンジは驚き、びくつきながら顔を上げた。
アスカは驚いてシンジから飛び退り、胸の前に両手を引き寄せていた。
そして驚愕に目を見開き、呆然としている。
淡い桃色の唇が、言葉にならずにうっすらと開閉を繰り返していた。
シンジはその動きにどきりとする。
感じてしまった胸の高鳴りに後ろめたさを感じたシンジは、アスカから視線を逸らして続けた。
「だって、だから、アスカはこの前怒ったんだろ?僕がしつこくアスカの喘息のことを聞いたりしたから。
ごめん、アスカの気持ちも考えないであんなことして・・・」
「ちょ、ちちちちちちょっと待って!!」
せっかく勇気を振り絞って、自分の気落ちを話して許しを乞おうとしていたシンジを、何故かアスカが焦りながら制してきた。
「アンタ、突然、何、言い出してるのよ!!」
驚いたシンジがアスカを見ると、アスカは真っ赤に染まってすっかり狼狽えていた。
「あ、あ、あ、アタシがアンタの大事な人って、アンタ、それ意味分かって言ってるの!?本当に何言いだすのよ!!」
シンジはアスカの態度を、自分への否定ととって、胸が痛くなった。
予想はしていても、好意を否定されるのはやはり良い気分はしなかった。
でも、仕方ないよね。
シンジはどこか泣きたい気持ちを抑え、諦めの表情を隠して、小さく微笑む。
「うん。ゴメンね。やっぱり、迷惑だよね、僕なんかに思われてたら」
家族であると思っているのはやはり自分だけだったのだ、と、シンジは落ち込んだ。
隣に居るアスカを見ている事が出来ず、顔を隠すように俯いた。
やっぱり、僕なんかは誰にも必要とはされていないんだ。
暗く重い気持ちがシンジを支配していく。
今まで、いつも感じていた馴染みのある感覚だった。
だって、アスカみたいな人間が僕なんか好きになってくれるわけ無いし…。
そこへ、慌てたようなアスカの声が聞こえてきた。
「べ、べ、べ、別に迷惑なんかじゃないわよ!?ただ、アタシとアンタはまだ出会ったばかりで、
そんなにお互いの事知ってるわけじゃないもの。急にそんな事言われてもまだ困るってだけよ!
それに、あたしには加持さんもいるし。でも、だからって、別にアンタが嫌って訳でもないけど…」
「え!?」
シンジは、思ってもみなかったことを言い出したアスカに固まってしまった。
思わず顔を上げて、アスカの顔を凝視する。
シンジの隣で、いつもはっきりとした態度と行動をとるアスカが、何故かもじもじとしている事に気付く。
そんなアスカの顔は、照れているのか、今まで見たことが無いほど赤く染め上がってしまっていた。
「そ、そりゃあ、初めて会った時は冴えない奴だと思ったけど、すぐに結構頼りになるかもなんて思ったり」
「え!」
アスカの言葉はシンジの脳を稲妻のように貫いた。
頼りになる!?
僕が!?
シンジは自分が一息で高揚するのを感じた。
そう言ってくれたのは、めったなことでは他人を認めようとしないアスカだ。
信じられない気持ちも勿論あるが、嘘ではなく、本当のことだと感じた。
アスカの独白は終わりではなく、まだ続いている。
息を飲んでアスカの独白に耳を傾ける。
くらくらと目がくらみそうなくらい強く感じる期待に、シンジは気が遠くなりそうだった。
「それなのに、普段は内罰的ではっきりしなくてイライラさせられたり」
「……」
そんな状態で聞いたアスカの不満そうな声に、シンジは傷ついたが、それでも良く内罰的だと怒鳴るアスカの気持ちを理解する。
もしかして、僕って、アスカに期待、されてる?
必要とされてるの!?
アスカが自分に何を求めているのかまでは、シンジには分からないが、それでも自分の行動がアスカに注目されていることを感じた。
ほんの少しの恐れと共に、自分を見ていてくれる人が居ることへの喜びがこみ上げてくる。
それも、人一倍厳しく、何事にも真剣に取り組もうとするアスカが。
シンジは自分の顔に血が集まって熱くなっていくのを感じる。
「なのに、いつもアタシの身体の事気にかけてくれたりして、結構、いい奴かなぁ?とか思ったりもするし・・・」
アスカも自分が口にしていることが恥ずかしいのか、普段の傍若無人なまでのアスカらしさが微塵もない。
何故かとてもしおらしい。
「え。う、うん」
「だ、だからね!?そのう…」
そのうえ、アスカの目元は赤く染まり、青い瞳は潤みを帯び始めている。
その視線にとらわれたようにシンジは動けなくなった。
その間もアスカは恥ずかしそうに俯いたり、思い直してシンジを見詰めたり、と落ち着かないようだった。
「う、うん…」
そんなアスカの仕草を見詰めているうちに、何故か、シンジも全身が燃えるように熱くなってきていた。
どこか、すがりつくような物を感じるアスカの瞳から目が離せない。
知らず知らずのうちにシンジは喉を鳴らしていた。
「ア、アタシもシンジの事、嫌いじゃないわよ!?」
結局、真っ赤な顔でぷいっと視線を逸らして言われた言葉に、シンジは頭を殴られたような衝撃を感じた。
アスカには、嫌われていると思っていた。
アスカはシンジの言うことを素直に聞いてくれることはあっても、加持さんが好きと公言していたし、何かと比べられていたから。
それが。
嫌いじゃないということは、自分はアスカに好かれているということになる。
予想外の事に、シンジは何も考えられなくなっていた。
「え、え、え、ア、アスカ、それって…」
「ご!誤解しないでね!?アタシが今一番好きなのは加持さんなんだからね!?アンタはその次よ次!
アンタは二番目!!いいわね!間違えないでよ!?」
「え、え、う、うん。分かった」
ぐい、と赤く険しい顔でシンジに詰め寄ったアスカに気おされ、思わずシンジは身を引く。
けれどすぐにアスカは照れたように、恥ずかしそうにして視線を逸らしてしまって、普段の迫力は微塵もない。
加持の次にシンジを好きだといったも同じようなアスカの台詞に、内心飛び上がらんばかりの喜びを感じながら、
シンジはコクコクと首を振り続けた。
「で…?その、い、いつからアタシの事、その、だ、大事な人だって、思ってくれてたの?」
普段高飛車な言動の多いアスカが、両手を体の前に回してもじもじと恥ずかしそうにシンジに問いかけてきた。
ちらりと頬を染めてシンジを見るアスカには、どこと無くシンジに甘えたような仕種が見え隠れしているように思える。
発作を起こした時や、シンジがアスカの身体を気遣ったときぐらいしか見ることが無かったアスカの様子に、シンジの胸が高鳴った。
こんな風に、普段の会話の中でそんなそぶりを見せてくれたことなど、今までは無かった。
その事がより一層、アスカが自分に好意を抱いてくれている、という事実に真実味を与えてくれていた。
もしかして、アスカも僕と同じなのかな?
僕のこと、家族だと思ってくれているのかな。
そう希望を持ったシンジは、ほんの少し緊張を和らげ、安堵の気持ちを抱いてアスカに答える。
「い、いつからって、その、わかんないけど。多分、アスカが喘息だって知った時からかな・・・」
「え?」
「その、さ。すごく苦しんでたアスカを守ってあげたいって思ったんだ」
ちらり、と、シンジが赤く染まった顔でこっそりとアスカの様子を確認すると、アスカは赤い顔で恥ずかしそうにしながら、
大人しくシンジの言葉を聞いてくれていた。
そのことに嬉しさを感じたシンジは、いつに無く饒舌になり、自分の気持ちを打ち明け始める。
誰かに対して、何も構えず素直に自分の気持ちを話すのは、生まれて初めての事だったかもしれない。
アスカの身体を心配するあまりとはいえ、シンジが主張する事を大人しく聞いてくれる事のある、アスカが相手だったこともあったのだろう。
シンジはいつに無く素直に自分の気持ちを吐露していた。
「それで、この前、アスカと喘息についてケンカしちゃった時、何でアスカの事守りたいって思ったのか考えたんだ。そして、気づいたんだ!」
アスカは、シンジを食い入るように見つめてくれていた。
全身をうっすらと桃色に染めて、夢を見るような眼差しでシンジを見つめているアスカに、シンジは少し、得体の知れない不安を感じた。
何かを間違えているような気持もしたが、懇願するかのようなアスカの瞳にシンジは緊張する。
こくり、吐息を飲み下し、シンジはアスカに自分の思いを吐き出した。
「僕、アスカの事、いつの間にか大事な家族の一人だと思ってたんだって!」
「え゛…?」
アスカから漏れた声は、感動に打ち震えているような声ではなく、聞き捨てならない何かを聞いたような声だった。
それと平行して、アスカが身に纏っていた甘さを感じさせる雰囲気が、一転してぎすぎすと爆発をこらえるようなものへと変わっていく。
「でも、そう思ってるのって僕だけだと思ってたから、アスカに嫌われて無くって、良かったよ…って、ア、アス、カ…?」
シンジは、誰かに自分の好意を打ち明けるという初めての行為に照れていた。
そして話す事に夢中になっていたシンジは、話し終えてアスカの異変に気づき、顔を青ざめさせ始めた。
な、何?
何でアスカ、怒ってるの…?
顔を伏せていて、アスカの表情は分からないが、全身から発散されている怒りのオーラに、恐怖で生唾を飲み込む。
激情を押し殺し、平坦になっていても震える声でアスカが問う。
「……アンタ、どういう意味でアタシに大事な人とか言ってた訳?」
「え…」
突然、今までの好意的な反応から、一転。
とても攻撃的なアスカの反応に晒されたシンジは混乱した。
何故アスカがこれほど怒り狂っているのかが判らない。
「だ、だから、僕は…」
「家族だって思ってるって言いたいの!?」
シンジの言葉をさえぎるように放たれたアスカの言葉には、紛れも無い怒りがあった。
理由の判らない唐突なアスカの怒りに、シンジはなすすべも無くおろおろとしてしまう。
「え、う、うん。だから・・・」
戸惑うシンジの言葉を遮り、顔を上げて目を吊り上げたアスカが、叩き付けるように叫んだ。
「血が繋がってる訳でもないのに!?まだ逢って数ヶ月しか経ってないのに!?
同居だって作戦上の都合でしかなかったのに何が家族よ!!!!アンタは違うと思ったのに、結局アンタもアイツラと同じなのね!?
アタシの事本気で見てくれてるわけでもないのに、口先だけで都合のいい事言って家族面する奴なのね!?」
アスカの言葉に、シンジは衝撃を受けた。
何をどう言えばいいのか全く分からない。
でも、アスカは自分を誤解していると思う。
シンジはそんな事は思ったことは無かった。
「ち、違うよ!アスカ!僕は本当に…」
「何が違うのよ!血も繋がってない人間が同じところに住んでるからってだけで、家族になんかになれるわけがないでしょ!?」
激昂したアスカの、弾丸のような一言一言がシンジの胸を深く貫いていく。
「いい加減なこと言ってふざけないでよ!もう、二度とアタシに構わないで!!!!」
血の気の引いたシンジは、今すぐ此処から消えてしまいたかった。
しかし、そんなシンジの意識を引き止めるものがある。
拒絶の言葉を叫びながら、アスカは辛そうに顔を歪め、感極まりすぎたのか、両目から涙を迸らせていた。
シンジはアスカにぶつけられた拒絶の言葉よりも、アスカの流す涙のほうが胸に痛かった。
「ア、アスカ…」
涙声混じりに絶叫し終わり、肩で息をする少女の名前を呼んだ途端、アスカは泣き顔をシンジから隠すように身を翻した。
「ま、待ってよ、アスカ!」
思わずシンジは手を伸ばしアスカの手を捕まえたが、アスカはシンジの顔も見ずにその手を力いっぱい振り払う。
そして、その勢いのまま、自分の部屋へと駆け込んでいってしまった。
その姿を呆然と見送りながら、シンジはぽつりと呟いた。
「どうして?だって、僕がアスカを大事な人だって言ったら、アスカ、僕のこと嫌いじゃないって言ってくれたじゃないか。
加持さんの次に好きだって・・・」
何故、アスカがあんなにも怒ったのかが判らない。
ましてや、泣いてしまうなど。
「やっぱり、僕がアスカの事、家族だって思ってるのが気に入らなかったのかな。
そうだよね、僕なんかが…。アスカが好きなのは加持さんなんだし」
それでも、たかがそれくらいでは、あのアスカが泣いてしまうほどの事ではないと思う。
アスカなら、気に入らなければ怒るはずだ。
簡単に、泣いたりなどは絶対にしない。
プライドを傷つけられたら10倍にして返すのが、アスカの信条らしいから。
胸にちくりとした痛みを感じながら、シンジは涙を堪えて呟き続ける。
「もう、忘れたほうがいいよね、アスカの事なんか。二度と構うなって言われたし…」
けれど、今、目の前で見てしまったアスカの泣き顔がシンジを捕らえて離さない。
「何でだよ…。わかんないよ…。家族だと思ってくれてたんじゃなかったの?」
泣きたくなりながらもシンジは必死で考えた。
恐ろしくて認めたくは無かったが、アスカを泣かせてしまったのは紛れもなく自分だという事は理解していた。
自分の何が悪かったのかは判らないが、きっと、アスカを傷つけるような何かをしてしまったのだろう。
ほかでもない、シンジ自身が。
目の前で、シンジと話をしている内にアスカは泣き出したのだから、疑いようが無い。
シンジとの会話の内容にアスカが泣き出すような原因があったのだろう。
けれど、シンジにはその原因がさっぱり分からない。
だけど。
「どうしよう」
初めての経験に、シンジは何をどうしたらいいのか分からないほど、動揺し、呟く。
自分事のを嫌いじゃないとアスカは言ってくれたが、今度こそ、本当に嫌われてしまったかも知れない。
「女の子、泣かせちゃった…」
それも、どんなに辛い事があっても、闘志を燃やして決して泣かないだろう、とても前向きなアスカを。
何がいけなかったのか見当もつかないが、シンジは自分が犯してしまった罪の重さに青ざめる。
こんな自分が、こんな事に直面することがあると思いつく事すら、これまでに無かった。
きっと、これからも永遠に、そうに違いないと思っていた。
自分は誰かに傷つけられるだけの人間で、誰かを傷つけるような事は絶対無いと思っていた。
それなのに。
あのアスカを傷つけた。
これっぽっちも全く想像もしていなかった事態に、シンジは青ざめた顔で混乱し、固まり続けるしかなかった。
あとがき
お久しぶりです。
この話は本当は去年の六月に投稿しようかなぁと考えていた話なのですが、書きあがらなかったので投稿できなかったものです。
しかもまだ、終わってないです。
そしてシンジ君がピンチです。
アスカさんはちょっとやそっとじゃ泣かない(泣けない)と思いますけど、このアスカさんはシンジ君の過保護さに半端なく懐いてると思われます。
だから、別におかしくないかな?と思って強行しちゃいました。
いかがでしょうか…。
こちらの作品は去年の3月に投稿していただいた「もしもアスカが…」の続きとなります。
今回投稿していただいた「〜マグマダイバー1〜」「〜マグマダイバー2〜」をご覧になれば分かりますが、2話でもまだまだ完結してはおらず、今後は「もしもアスカが…」を連載作品として掲載させていただく事になりました。
今後も連載モノとして継続してGURDENさんの作品が拝見できるので、とても嬉しい限りっす!
さてさて今回掲載させていただいた2話はそのタイトル通り、本編「マグマダイバー」が舞台となっております。
前話となる「もしもアスカが…」でアスカが喘息持ちであることが分かってからのシンジの描写は非常にナイスだったのですが、今回のこの2話ではそのアスカへの想いがちょっとおかしな事になっちゃいましたね。
アスカとしては「大事な人」という言葉に別の意味を期待していたようですが、シンジから返ってきた言葉はちょっと意味が違って…。
きっとシンジも自分で気付いていないだけで、本心はきっとアスカの期待している気持ちを彼女に対して持っているのではと思うのですが。
互いに相手のことを想っているのに、ちょっとしたことですれ違ってしまうもどかしさ…。うーん言葉って本当に難しいっすなぁ。
作者のGURDENさんに作品のご感想をっ!
感想は作家の元気の源、是非お願い致します。
すげえええ気になる所で終わってしまったので、もう続きが気になって気になって仕方がありません;
続く次話の完成を楽しみに待っております!
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