永久(とわ)の誓い
written by ジン
少年が目を覚ました時、聞こえてくるのは波の音だけ…。
静寂が支配するこの世界は、すでに誰もが知っている世界ではなかった。
幾千物星が瞬く空。
まるで血のように真紅に染まった海。
その海に突き刺さっているエヴァシリーズの巨大な十字架。
そして辺り一面に広がる、かつて“街”と呼ばれていた残骸。
サードインパクトにより全てが廃墟と化した世界で、一人の少年と一人の少女が砂浜に静かに横たわっていた。
少年は隣に横たわっている少女をしばらく見つめ、そっと少女の上に跨るとその白く細い首筋に手を掛けた。
少年は自分を受け入れてくれない少女の事が怖かった。
拒絶される事を極度に怯える少年は、半ば無意識に少しずつその手に力を込める。
喉を圧迫され呼吸が出来なくなった少女は、包帯が巻かれていない片目をあけ少年を見つめた。
特に抵抗するわけではなく、少女は少年の頬を包帯の巻かれている右手でそっと撫でた。
その瞬間、少女の顔に滴が一つ、二つと零れ落ちる。
それと同時に少年の手に込められた力が緩み、そのまま少女の胸に顔を埋める。
少女からは少年がどのような顔をしているか見えないが、少年の口から漏れる嗚咽で、少年が泣いている事が少女にははっきり解った。
そんな少年を見つめ、少女は呟く…。
「気持ち悪い……」
艶のある黒髪に漆黒の瞳、どこか中性的なイメージがある線の細い少年。
名は『碇 シンジ』
まるで夕焼けの空を連想させる髪色に紺碧の瞳、端正な顔立ちに凛々しさを兼ね備えた少女。
名は『惣流・アスカ・ラングレー』
アスカはもう一度、今度はシンジにはっきりと聞こえる様に言った。
「気持ち悪い……早く退いて…」
聞こえているのか聞こえていないのか、シンジはアスカの胸の中で泣き続ける。
アスカは上体を起こし、お互いの顔が触れるか触れないかのギリギリの距離で、シンジを見つめて言った。
「どうしてやめたの…?」
シンジは何を言われているのか解らず、嗚咽を堪えながらアスカを見つめた。
「どうして殺してくれないの?」
シンジは先程まで自分がアスカにしていた事を思い出した。
「そ、そんなつもりはなかったんだ……ごめん…」
「殺してくれないのなら退いてくれる?」
シンジは未だにアスカの上にまたがっている事に気付いた。
「あっ…ごめん……」
シンジは再び謝りながら立ち上がった。
自分の上からシンジがいなくなると、アスカも立ち上がりシンジと真正面から向きあった。
アスカの眼差しに耐えられなくなったシンジは、視線を彷徨わせて言った。
「その……本当に…ごめん…。どうかしてたんだ…ボクは……」
「惜しくなったの?アタシを失うのが」
「何を…言ってるの…?」
「そうよね、アタシを殺したら抱く事が出来ないものね」
アスカは続ける。
「アンタ、アタシが欲しいんでしょ?アタシを抱きたいんでしょ?抱きたいなら抱けば良いわ。その代わり、終わったらちゃんとアタシを殺して」
アスカは手首に付いているプラグスーツのボタンを押した。
プシュと言う空気が抜ける音がして、今まで身体にフィットしていたプラグスーツが緩む。
アスカは首元に手をやると、勢い良くプラグスーツを引き裂いた。
「ア、アスカ!何してるんだよ!?」
突然の事に驚くシンジを無視して、アスカは頭や腕に巻き付いている包帯も苛立たしそうに剥ぎ取り叫ぶ。
「さぁ!早く犯りなさいよ!!」
シンジは恐る恐るアスカを見て、ハッと息を呑んだ。
シンジの目に映ったのは、上半身一糸纏わぬアスカ。
しかし、それはいつか病室で見た白く透き通るような身体ではなかった。
右手の人差し指と中指の間から腕の付け根まで、白い肌を引き裂くように赤黒い蚯蚓腫れが続いている。
腕だけではない、アスカの白く眩しい筈のお腹にも、いくつもの傷痕の様な痣で埋め尽くされていた。
そして包帯を取った左眼は紺碧の瞳ではなく、白く濁っていた。
「…アスカ……」
シンジは呟き、目を伏せた。
エヴァとのシンクロ率が高ければ高い程、自分の手足の様に“それ”を操ることが出来る。
しかし、その代償に受けたダメージもそれに比例してパイロットに伝わりやすくなる。
例えばエヴァの腕が折られた時、パイロットの腕が物理的に折れる事は無いが、繋がった神経パルスを通して折れた時と同等な痛みを感じる。
エヴァ量産機と戦っていた時のアスカのシンクロ率は、100%をゆうに超えていた。
したがって量産機に食い千切られた腹や、ロンギヌスの槍によって裂かれた腕、貫かれた左眼はエヴァを通してアスカにも傷痕を残したのだった。
光を感じられる右眼で、アスカは自分の身体を見ながら言った。
「こんな醜い身体じゃ抱く気が失せるかしら?」
「アスカ…もう…もうやめてよ……」
シンジが搾り出すような声で呟く。
「はんっ、こんなアタシはもういらない?汚されたアタシに興味はない!?」
アスカの声がだんだん荒くなる。
「アタシはもう価値がない!?生きている意味はない!?犯らないならさっさと殺しなさいよ!ほらっ!!」
アスカはシンジの両腕を掴むと、自分の首元にその両手を添える。
「やめてよ!」
アスカの手を振り解きシンジはうつむく。
「どうして…どうしてそんな事言うんだよ……」
「もういい…アンタには頼まない」
そう言うとアスカはうつむいたままのシンジの横を通り過ぎた。
サクッサクッサクッ……
未だうなだれているシンジに聞こえるのは、砂浜を歩くアスカの足跡。
その足音がパシャッパシャッパシャッと言う音に変わる。
「アスカ!?」
振り向いたシンジが見たのは、もう下半身が紅い海に浸かっているアスカだった。
「アスカ!!」
シンジがアスカに追いつきアスカの腕を掴んだ時には、すでにお互いの胸まで海に浸かっている状態だった。
「離して!離しなさいよ!!」
シンジの手を振り解こうとしながら、尚も歩き続けようとするアスカ。
「嫌だ!離さない!!」
それを必死に押さえようとするシンジ。
「もう放っておいてよ!アタシはアタシの意思で死を選ぶの!だから邪魔しないで!!」
「何で…何で死のうとするんだよ!?アスカ!」
「誰もアタシを見てくれないから!もうエヴァに乗る必要もないから!!アタシの欲しい物を誰もくれないから!!!」
「誰も見てくれなくてもいいじゃないか!自分の為に生きて行けばいいじゃないか!!」
「違う違う!!アタシが欲しいのはそんな言葉じゃない!!!」
「じゃあ、アスカの欲しい物って何なんだよ!!」
ヒステリックに叫ぶアスカにつられてシンジの声も荒くなる。
「アタシが欲しいのはたった一つの言葉!それをアタシに誰もくれなかった!!ママも、加持さんも、アンタも!!」
アスカの紺碧の瞳と白く濁った瞳に涙が溜まる。
「アタシはずっとそれを望んでいた!誰かがその言葉をくれるのを待っていた!ううん、アンタがアタシにくれるのを待っていた!!それなのに……アンタはアタシに何もくれない!アンタは自分が傷付くのが怖いから何もしない、何も言わない、何も見ようとしない!!もう嫌なの!!一人でいるのは嫌なの!!そんな思いが続くならアタシは死を選ぶ!!一人で生きて行くのはもう嫌なの!!!!」
そこにはかつての強いアスカの姿は無かった。
エヴァに乗る事で保たれていたプライドと言う彼女自身を守っていた鎧を失い、まるで捨てられた子猫の様に怯える少女がそこにいた。
アスカは涙を流し泣いていた。
そんなアスカを見て、シンジは初めて気が付いた。
(アスカが死のうとしているのは、アスカをここまで追い詰めてしまったのは…ボクのせいだ……拒絶されるのが怖くて、アスカを失ってしまうのが怖くてずっと言えなかった言葉を、アスカはずっと待ってたんだ…)
シンジは掴んでいるアスカの手を放し、後ろからアスカを抱きしめた。
「離してよ…」
シンジのその瞳に映る物は、迷いでも恐れでもなく強い決意の眼差し。
「お願いだから離して…」
シンジは今まで一度も口にしなかった言葉を告げようとしていた。
「もうアタシを苦しめないで…」
シンジのずっと隠していたアスカに対する気持ちを…。
「アスカ………好きだ…」
「アンタなんか嫌いよ!」
「それでもボクは…アスカが好きだ……」
「大嫌いって言ってるのに……」
アスカは抱きしめられているシンジの腕を、両手でそっと包んだ。
(アタシが……アタシが欲しいのは………)
抱きしめている手をほどき、シンジはアスカを正面に向かせ、もう一度抱きしめて言った。
「愛してる」
(アタシが欲しかったのは……シンジ…)
アスカの頬に先程から流れている涙が、今は暖かい物に感じられた。
「やっと…やっと言ってくれたのね……」
そしてアスカも優しくシンジを抱きしめる。
今なら言えると思った。
自分の正直な気持ちを…。
「アタシも…アンタを、シンジの事…愛してる……」
アスカの告白を受けて、シンジはアスカに対する罪悪感が胸に溢れた。
「ごめん…アスカ……」
「どうして…謝るの?」
「ボクが臆病だった為にアスカに辛い思いさせて…」
「もういいの……今シンジが傍にいれば…抱きしめていてくれれば……」
アスカはシンジの首に回した両腕に力を込める。
それに答えるように、シンジもアスカの腰に回している両腕に力を込める。
暫くお互いの温もりを確かめ合った後、不意にアスカはシンジの両肩を掴み、真っ直ぐシンジを見つめて言った。
「一つ…約束して欲しいの……もしそれを守ってくれるなら…アタシの身体も、アタシの心も、アタシの全てをアンタにあげる……。それとも、こんな身体のアタシはいらないかしら…?」
アスカはさっき見た自分の姿を思い出した。
抜群のプロポーションを誇り、自慢だった滑らかで白く美しい身体の面影は、今やどこにも無い。
不安げな表情を浮かべるアスカに、シンジは正直に答える。
「ボクは…アスカの全てが欲しい……」
アスカはシンジのその言葉が、その気持ちが、自分を必要としてくれている事が嬉しかった。
「なら約束して…。もうアタシを一人にしないで…。アタシよりほんの少しでもいいから長く生きて…。シンジがいなくなってしまうと言うなら、先に逝ってしまう様な事になるなら、アタシはその前に命を絶つ。シンジのいない世界にアタシの生きる意味は無いから…。だからお願い……ずっとアタシの傍にいて…。眠る時はアタシを抱きしめていて…。目覚めた時にはアタシの横にいて…。何時までもアタシを離さないで見つめていて……」
アスカの瞳を見つめ返しシンジが答える。
「ボクはアスカの傍にいるよ。そしてアスカより一日でも、いや一分、一秒でも長く生きる。アスカが逝ってしまう事があるなら……本当は何時までも一緒にいたいけど、死が二人を別つ時が来てしまったら、アスカを見届けた後、ボクもすぐ後に続く。ボクにとってもアスカのいない世界は耐えられないから…」
「シンジ……」
「アスカ……」
二人の視線がお互いを真っ直ぐに見つめる。
「『ボク』『アタシ』は、永久に『アスカ』『シンジ』と共に…」
そしてアスカは静かに瞼を閉じる。
シンジはそっとアスカを抱き寄せ、誓いの口付けを交わす。
長い時を経て、心が重なり、二人の想いが、今一つになる……。
皆様初めまして、《駄作製作マシーン》のジンと申します。
最近ゲーム等で再びエヴァに触れる機会がありそれらをやってみても、自分の中のエヴァは97年の夏から完結する事はありませんでした。
そして偶然こちらを見つけ皆様の作品を読ませて頂き、ほぼ全作アスカ嬢が幸せになる様子に心温まる反面、それでもどこかに何かが引っかかっている感じが残っていました。
初めて(この引っかかりはどうすればなくなるのだろう?)と考え始めた時、とてもシンプルで簡単な答えが浮かびました。
(自分で終わらせれば良いんだ)
そして出来上がったのがこの作品です。
内容としては『まごころを、君に』の追加SSで、こちらに掲載されている烏様に近いです。
でも、何とか自分の言葉と想いで書く事が出来たと思っています。
書き終えた今、7年近く心の中でくすぶっていた物がやっとなくなった感じがしました。
最後に、初SSで読みにくい文にも関わらず最後まで読んで下さった皆様、そして僕にエヴァを完結させるきっかけを下さったえび様に、敬意と感謝を込めて。
有難う御座いました。
ジンさんに初投稿していただいた「永久(とわ)の誓い」でしたー。
投稿どうもありがとうございました、ジンさん!
ジンさん初SSのこちらの作品でしたが、大変楽しく拝見させていただきました。
EoE後の二人っきりの世界で、お互いの真の気持ちを曝け出し、やっと心が通じ合ったシンジとアスカ。
ジンさんが見つけ出した答え。それは我々エヴァファン(LASファン)にも通じるものがある答えであるかと思います。
その気持ちを再認識させてくれたこちらの「永久(とわ)の誓い」。
ナイスな作品をどうもありがとうございました。
作者のジンさんに作品のご感想をっ!
感想は作家の元気の源、是非お願い致します。
いや本当に面白かったです。是非ジンさんの次回作も拝見したいと思います。
完成楽しみに待っています!
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