「ねえ、シンジぃ、あたしがいると迷惑?」
突然、アスカは不安げな眼差しを僕に向け、こんなことを言い出した。
「な、なに言ってんだよ。迷惑なわけないだろ! なんでそんなこと言うの? アスカこそ、僕と一緒にいるのがつらいの?」
ほとんど泣き出しそうな僕を優しく抱きしめながら、アスカは首を振った。
でも、アスカがいきなりこんなことを言い出すなんて、おかしいな?
ん?
くんくん なんだ、この匂い?
ははーん、アスカ、酔ってるんだね。
ったく、もう、心配させないでよ。
アスカったら、酔うといつも以上にわがままで、甘えん坊で、泣き虫になっちゃうんだから。
えっ、なに驚いてるんですか?
アスカは、昔からとっても繊細で心の優しい娘でしたよ。
ただ、ドイツから帰ってきてからのアスカが、思ってた以上に素直になっちゃってて驚きましたけど。
「あたしがつらい訳ないれしょ? あたしはシンジといるらけれ、とーっても幸せなんらから。」
「それじゃ、なんでそんなこと言うの?」
「らーって、あたしのこと、しゅきーって言ってくれないんらもん。」
「へっ?」
「らーかーらー、シンジは、あたしのこと、しゅきなんれしょ。しょれなら、ひっく、いっつもいっつもしゅきって言ってくれないと、らーめーなの!」
「アスカ、じゃない、店長!」
「にゃーにぃ、シンジ♪」
「あの、お客様が近くにいるんだから、もう少し小さな声でしゃべってほしいんだけど。」
「いーやーっ! あたしは声が大きいにょ! しょれと、シンジは、ひっく、いっちゅもあたしをしゅきって言わなきゃらめにゃにょ。」
「好きはいいけど、お店で膝の上に横座りするのはちょっと…」
「にゅわーんでしゅって! シンジはアシュカちゃんを追いらすんですか、そうれすか。シンジ、もう、あたしのこと飽きたのね。ひろいわ、こんなに尽くしてきたのに。」
「あの、アスカさん? そろそろ店長さんのお仕事を」
「ひっく、店長ぅ? しょっかー、今、あたし、お店にいるんらっけ。」
「そうそう、ようやく思い出してくれたんだね。ほら、お客様がお帰りになるから、お見送りしてきてよ。」
「うん、しょしたら、また、らっこしてくれゆ?」
「はいはい、いいですよ。」
「しょれじゃ、行ってくゆ。」
ふらりと立ち上がると、お客様のお見送りをするため、玄関に向かっていった。
GUTEN TAG,WIR SIND Re-Sin'As!3 − アスカの乙女心はシンジ色!−
by じょーい
「お店でアスカが酔うなんて珍しいな。いったい何があったんだろ?」
「アスカ、酔ってる。碇くん、いやならいやと言った方がいい。」
「レイ、ありがとう。でも、僕はいやじゃないよ。ただ、ちょっと恥ずかしいだけで。」
「碇くんがいいならかまわない。でも、私も抱っこしてほしい。」
レイが頬を赤らめてつぶやいた言葉に反応するかのように、アスカが厨房に飛び込んできた。
「らめー、レイはあっちいけー。シンジはあたしのなにょー!」
シンジに抱きつきながら、レイを追い払うかのように手を払うアスカ。
「アスカ、あなた、酔っぱらいすぎ。ここはお店。あなたは店長。そんなことするなら、やめてもらうわ。」
「ちょ、ちょっとレイ、じゃない、マネジャー。そんな厳しいこと言わなくても…」
「だめ。碇くんがしっかり怒らないから、アスカは甘えてるの。」
「シンジはあたしのこと、怒ったりしにゃいよね。」
首に両手を巻き付け、頭をこすりつけながら、アスカはシンジに甘えていた。
シンジを見つめるブルーアイは不安げな色合いを漂わせている。
「アスカ、とりあえず、お水を飲んで落ち着きなよ。」
シンジはよく冷えたミネラルウォーターをグラスについでアスカに渡そうとした。
「にゃに? おみじゅ? あーん、のめにゃーい。シンジぃ、のませてー。」
「飲ませてって?」
「口うちゅしで♪」
「えー、恥ずかしいよ。」
「にゃんで? いつもおうちれしてくれるれしょ?」
「碇くん、不潔!」
二人の様子を見ていたレイがかすかに震えながら、片方の眉尻を上げながら、冷たい口調でつぶやいた。
思わず直立不動の姿勢で固まるシンジ。
相変わらずアスカは、半分眠りながらもシンジにもたれかかったまま。
「そんなこと言わないで、アスカ。お水飲んでよ。」
ミネラルウォーターの入ったコップをアスカの口元に近づける。
こくこくっ
「ふぅ。ごちしょうしゃま。じゃ、シンジぃ、寝ましょ♪」
「寝ましょって、ちょ、ちょっと、アスカ、なに言ってんだよ。そ、そんな、人前で言ったらだめ…」
「碇くん!」
「ひゃう!」
「私もお水飲みたい。碇くんに飲ませてほしい。」
「レイまで…。」
「それから、一緒に寝ましょ。」
「何言ってんだよ。アスカは酔ってるから、変なこと言ってるだけだってば。」
「うそ。アスカ、とっても幸せそう。」
「はぁ。もう、勘弁してよ。」
シンジが困り果てていると、師匠が厨房に入ってきた。
「おやおや、店長はだいぶお疲れのようですね?」
「あっ、師匠。アスカが酔ってしまったらしくって、仕事にならないようなんです。申し訳ありません。」
「いやいや、今日の客は酷かったからですからね。」
「だめ、師匠さん。これは仕事だもの。これでは店長失格。」
「レイさん、これは手厳しい。しかし、あなたや私と違って、彼女はお酒にあまり強くないようですから、大目に見てあげましょう。」
「命令、ですか?」
「命令というわけではないんですが、レイさんが了解してくれるなら、そういうことでいいですよ。」
「了解。」
「ところで、師匠。お店の方でなにがあったんですか?」
「今日の団体客、どうやらフランスからの企業視察団だったんですが、最初のうちは陽気に騒いでいたんです。」
「そこにアスカが、「お料理はいかがですか?」と聞いたの。」
「そうしたら、誰かがそれに難癖をつけたようで。」
「アスカ、マジギレした。」
「それで、二人ともも引き込まれて飲み比べになったってこと?」
「いや、恥ずかしながら、引き込まれたというよりは」
「買って出た。」
「それはそうです。か弱い女性一人を戦わせては、日本男児の名が廃りますからね。」
「私は大和撫子。」
「まあ、お酒に関しては、お二人は底なしですから、フランス人が束になっても敵わなかったんじゃないですか?」
「はっはっは、そんなことはありませんよ。」
「ええ、敵は殲滅」
「でも、アスカは」
「撃沈」
「かわいそうに。アスカ、つらかったね。」
シンジは慈愛に満ちた瞳でアスカを見つめながら、その細長い指で髪を梳く。
アスカは、シンジに優しく愛撫され、気持ちよさそうに顔を綻ばせる。
レイは、その姿を羨ましそうに見つめながらつぶやいた。
「私も碇くんになでなでしてほしい。」
次の機会には、酔いつぶれた振りをすることを固く心に決めたようだ。
「ところで師匠、彼らの難癖ってなんだったんですか?」
どうやら、シンジは厨房で料理を作り続けていたため、店内の喧騒を知らなかったらしい。
「どうも、奴らの話をつなぎ合わせると、こんなことを言っていたようです。
『ドイツ人は脳まで筋肉でできていて、力任せの融通が利かない野郎ばかり。
それに引き換え、わがフランス人は頭のてっぺんからつま先まで洗練されたセンスに満ち溢れた奇跡の存在』
とかなんとか。」
「それを聞いたアスカは、『もう一遍言ってみなさい、このとんま野郎!』って怒鳴ったわ。」
「あっちゃー、それじゃ向こうさんは怒るよね。」
「それでも、最初のうちは、『おや、元気のいいお嬢さんだねー』なんて言ってたわ。」
「ところが、『最初に出てきた卵焼きはオムレツの出来損ないか? あんなもんがオススメだなんて、お前らの口は野蛮だな。』
と言われた途端、切れてしまってね。」
「アスカったら、鬼のような顔をして奴らを罵倒したの、フランス語で。」
「それで、まずはビールの飲み比べ…」
「続いて、ワインの一気飲み比べをしたわ。」
「はぁ、アスカの自業自得っていうわけですか。」
「違う。碇くんもあの場を見ていたら、きっとアスカの味方になったと思う。」
「そうですね。奴らのいやらしい目つきといい、口汚い野次といい、私も我慢の限度を超えましたから。」
「だから、二人とも参戦したっていうことですか。」
「しかし、私も久しぶりに血が騒ぎました。楽しい飲み合戦でしたよ。」
それはそうだろう。相手の団体客は7名。こちらが3名の計10名で、生ビールの樽(18リットル)三つをあっという間に空にし、
その後、ワインになって、ボルドー、モーゼル、ブルゴーニュ、ラインガウ、シャブリ、ラインエッセンと、フランス産とドイツ産のワインを交互に、都合37本を飲み干したのだから。
そして、最後には、師匠秘蔵の泡盛古酒18年もの、確かアルコール度数65%というのを飲ませたみたいで、お客さんの8割は酔い潰れてた。
「うちって、師匠のこだわりもあって、結構いいワインが揃ってるんだよね。それなのにこんな飲み方したら、ワインがかわいそうだよ。」
空き瓶を片付けながら、シンジはこぼしていた。
「いやいや、碇さん。そう嘆くこともないですよ。あちらさんもそれは誉めてましたし、最後には料理もなかなか美味しかったと言い直してましたからね。特にあの卵焼き。」
「ええ、碇くんの料理、今日も美味しかったもの。」
「むにゃ、シンジぃ、早く寝よーよ♪」
「さあ、碇さん、今日はもういいですから、店長さんを休ませてあげてください。」
「ありがとうございます。それじゃ、師匠、レイ、お先に失礼します。」
「それにしても、アスカったら無茶しすぎだよ。」
背中にアスカをおんぶしたシンジは、店を出て、自宅までの道をてくてく歩き始めた。
後ろから見つめる紅き双眸の熱い視線をひしひしと感じながら。
「うー、あったまいたーい。気持ち悪ーい、あーん、シンジぃ、助けてー!」
「んもう、アスカったら飲みすぎだよ。急性アルコール中毒になったらどうするのさ!」
「 ごめんなさい ・・・ だけど、シンジが一生懸命作った料理を貶されて、我慢できなかったんだもん!」
「それはうれしいけど、本当に心配したんだよ。それじゃ、まずはこれを飲んで。」
「なーに、これ?」
「二日酔いによく利くお茶だよ。僕のオリジナルだけどね。これを飲んでお風呂に入ったら、少しは頭が痛いのも収まるんじゃないかな。」
大きめのマグカップに、熱い濃いめのお茶に梅干しとお味噌を入れ、かき混ぜて濾したものを入れて、アスカに差し出した。
「不味くはないと思うけど、口に合わなかったら無理して飲まなくてもいいよ。」
「ありがとう。ほんと、優しいのね。あれっ、なんか目、赤くない?」
「ん? そうかな。気のせい」
「じゃない! ひょっとして、徹夜であたしのこと看病してくれたの?」
「特別ってわけじゃないよ。実験レポートをまとめなきゃいけなかったから、ついでに、ね。」
「シンジぃ…」
アスカはシンジの胸に飛び込んで、頭をぐりぐりと擦り付けた。
肩がかすかに上下に動いている。
「もう、泣き虫さんなんだから。僕は大丈夫だよ。ほら、一口飲んでごらん。」
梅干しの酸っぱさとお茶の甘苦さが体全体に沁みわたる。味噌の隠し味がコクを醸し出して飲みやすくしている。
「ありがとう。ねぇ、シンジ、あたし、シンジに甘えてばかりで、迷惑かけてるんじゃない?」
「お馬鹿さんだな。僕の方こそ、アスカが一緒にいてくれるだけで幸せ。だから、つい、なにかしてあげたいって思っちゃうんだけど、迷惑?」
「ばかっ、迷惑なわけないでしょ。」
「でしょ。だから、お互いに迷惑だなんて感じてないってこと。
でもね、アスカは人一倍頑張ってきたのに、それ以上に辛くて苦しい思いをしてきたんだから、幸せになって当たり前だし。
僕じゃ役不足かもしれないけど、そのお手伝いができるなら、それでいいと思ってるんだ。」
「ううん、シンジは凄いよ。自分では気付いていないみたいだけど、関わる人を暖かく包み込んで、幸せな気持ちにさせてくれるんだもん。」
「自分じゃよくわかんないや。それより、お風呂、入ってきたら?」
「うん、そうする。」
お湯に浸かりながら、アスカはこれから自分のこれからについて、ぼんやりと考えていた。
ぱちゃっ
お湯を両手に掬い、顔を洗う。
「ふぅ、あったかくって、気持ちいい。
今の自分って、きっとこんな感じよね。
シンジっていうお湯に包まれて、寒さなんて少しも感じないで、幸せに暮らしてる。
ドイツにいた頃とは大違い。
でも、こんな風にシンジに頼りっぱなしでいいのかな?」
「アスカ、具合は大丈夫ぅ?」
「大丈夫よー!」
体の中からお湯の中へと悪いものが流れ出ているのか、次第に気分が爽快になっていくのがわかる。
お気に入りのボディソープで体を洗い流した後は、いつもの元気いっぱいのアスカに戻っていた。
「ふぁー、風呂は命の洗濯ってミサトが言ってたけど、正にそのとおりね。
それと、シンジの作ってくれたスペシャルティーのおかげかな、いつもより気分がいいわ♪」
鼻歌交じりでお風呂から出たアスカは、いつものようにバスタオルで髪をくるみ、白いTシャツにピンクのキュロットという姿でリビングに戻ってきた。
「おかげで気分もすっきりしたわ。」
言葉とともに、シンジの頬へキス。
「うん、顔色もよくなったし、もう安心だね。」
食卓には、トースト、スクランブルエッグ、トマトとレタスのサラダ、デザートの柿、飲み物はアスカお気に入りの冷やしたアッサムティーが並べられていた。
「いつもよりちょっと軽めにしてみたけど、足りないようなら言ってね。」
「「いっただっきまーすっ!」」
いつもどおりの味に安心しながらも、アスカは少しだけ考え事に頭を働かせていた。
カチャカチャ
ジャブジャブ
「さてと、洗い物も終わったし、ちょっとシャワーを浴びてこようかな。」
「ねえ、シンジ。こっちきて。」
ぽんぽんと自分が腰かけているソファの横を叩いた。
「ん? なに?」
「あ、あのね、昨日は、その、ごめんなさい。あたし、よく覚えてないんだけど、きっと、シンジにいっぱい迷惑かけちゃったよね。」
「そんなことないよ。ちょっぴり困ったなって思ったけど、大したことなかったし。」
「ありがと。でも、そんな風に優しい言葉をかけられたら、あたし、どんどんシンジから離れられなくなっちゃう。」
「えっ、アスカは僕から離れたいの?」
「ごめん、言い方が正しくなかったわ。うーんと、心がシンジに依存しきっちゃうっていうか、あたしっていうものがなくなっちゃうような気がするの。」
「…」
「ううん、ほんとはもう、なくなっちゃってるかも。LCLに溶けなくても、こんな風になっちゃうんだね。」
「アスカ、かわいいね。」
「な、いきなり、何を言うのよ。」
「あの頃から思ってたんだ。アスカってさ、本当は、繊細で感じやすい心を持った普通の女の子なんだって。」
「おんなのこ?」
「エヴァのパイロットっていう鎧を外したら、そこにいるのは、アスカっていう14歳の女の子だったでしょ。」
「ふーん、アンタってやっぱり他の男と違ったんだ。」
「そうかな?」
「うん、まったく違う。
ほかの男たちは、あたしの外面しか見てなかった。
合いの子のあたし。金髪蒼眼のあたし。意地っ張りで生意気なあたし。
だから、あたしはいつもひとりぼっち。
大学でも、ネルフでも、本当のあたしを見てくれる人なんて誰もいなかった。」
とつとつと話すアスカを後ろから優しく抱きしめるシンジ。
「そんなこと気にすることないよ。アスカはいつだってアスカなんだから。」
「ありがと。」
アスカはいつの間にかシンジの肩に頭をもたれかけている。
「あたしね、日本に来てよかった。だって、ここには、あたしをちゃんと見てくれてた人がいたから。」
「それって…」
「うん、あなたのことよ。」
「あなた…か、初めて聞いた。」
「そうね。だって、あたし素直じゃないもん。」
小悪魔のような微笑みを浮かべ、肩越しにシンジを見返すアスカ。
「あたし、シンジと引き離された後、心の声を聞いたの。」
「心の声?」
「ドイツでは、また、ひとりぼっちになっちゃったけど、日本にはシンジがいる。あたしのことを受け止めてくれる人がいる。
だから、昔と違って、自分を守るために突っ張る必要なんかないんだって、ありのままの自分でいればいいんだっていう声。」
「それで?」
「気持ちに余裕が出たのかな。それからのあたしって、なんとなく変わった気がするの。」
「うん。今のアスカ、とっても優しいし、前よりもずっと、その、かわいくなってると思う。」
「ほんと? ドイツネルフでも、ちょっぴり人づきあいが増えたのよ。仲良しのオペレーターも結構できたし。」
「よかったね。」
「でも、でもね、やっぱり同年代の男の人とは上手く付き合えなかった。」
「どうして?」
「だって、シンジと比べちゃうから… きゃっ!」
「そんなふうに言ってもらえて、うれしいよ。」
「うふふ、あの頃のあたしからは想像できないと思うけど、シンジのことを思って泣いたりしたこともあったんだから。」
「僕、バカだからうぬぼれちゃうよ、そんなこと言われたら。」
「シンジ、もっと自分に自信持ちなよ。」
「努力してみる。けどさ、アスカって本当に変わったね。もちろん、いい意味で。」
「やだ、恥ずかしい。けど、シンジがそう思ってくれてるならうれしいな♪」
「ほんとだよ。だから、僕はもうアスカなしでは生きていけなくなっちゃった。」
「シンジったら、口が上手くなったのね。どこで練習したのかしら?」
シンジの両頬を軽く引っ張るアスカ。
「そんなんじゃないってば。本当にそう思ってるんだって。アスカと離れてから、誰とも付き合ったことなんてなかったし。」
「わ、わかってるわよ。」
天使みたいに素敵な笑顔で僕を見つめるアスカ。
もう、敵わないな。
「僕が好きなのはアスカだけだよ。」
アスカはこくりと頷く。
「私も、シンジだけよ。」
アスカって、こんなに柔らかな笑顔を見せてくれるんだ。
以前、一緒に暮らしてた時にはなかったよね。
ドイツでの生活に秘密があるのかな?
そんなこと考えてたら、ぼーっとアスカの顔を見つめちゃっていた。
「ん? あたしの顔になんかついてる?」
「え、ううん、なんでもないよ。ただ」
「ただ?」
「あんまり笑顔がステキだから、その、見惚れちゃった。」
「ば、ばかっ!」
「うん、ばかだもん。」
顔を見合わせて笑いだす二人。
「ねぇ、笑わないで聞いてくれる?」
「ん?」
「いつも、ありがとうね。」
「どうしたの?」
「だって、シンジったら、愚痴も言わないで、あたしのためにご飯作ってくれたり、お風呂を沸かしてくれたり、お蒲団干してくれたり、お掃除してくれたり…」
「ははっ、そんなの、今までだってずっとやってたじゃない?」
「実はさ、あたし、ドイツに連れてかれて、向こうで家族と一緒に暮らしてる間、家事の手伝いもしてたのよ。
それでね、かなり重労働だってことがわかったんだ、家の中の仕事って。
だから、その、これまでシンジに迷惑かけてたんだって反省してたの。」
「二人とも全然手伝ってくれなかったもんねー。」
「あたしって、素直じゃなかったし。心の中では感謝してたのに、口では貶したり、怒鳴ったりして。バカよね、ほんと、なにやってたんだろうって落ち込んじゃう。」
「気にしなかったって言えば嘘になっちゃうけど、でも、アスカやミサトさんが美味しそうに食べてくれて、本当にうれしかったんだ。」
「えっ?」
「中2でこっちに来るまで、先生のところに住んでたって、前にも話したよね。
その時は、離れに住まわされて、食事もいつも一人でしてたから、僕の作ったものを食べてくれる人がいるっていうだけでうれしかったんだ。」
「…」
「お弁当だって、お風呂だって、自分のためじゃない、誰かのためにする、僕のしたことを喜んでくれる人がいるのが楽しくて。」
「ところでさ、今日って、なんか予定入ってる?」
「特にないけど、どうして?」
「じゃーん! 大学の友達にもらったんだ、映画の無料招待券!」
「もらった? 奪い取ったんじゃないの?」
「あはっ、アスカじゃあるまいし。」
「なーんですって! そんなこというのはこの口か!」
シンジのほっぺたを左右に引き伸ばす。
「いひゃ、いひゃいよ、あひゅひゃ。」
「そんなに本気で引っ張ったりしてないでしょ。んもう、失礼しちゃうわね。」
口を尖らせ、ぷいっと頬を膨らませて横を向くアスカ。
「そんな顔もかわいいよ。」
「な、なに言ってんのよ、もう。」
うふっ、シンジからデートのお誘い、うれしいな。
昨日は、きざなフランス野郎にシンジの料理をけなされて最悪な気分だったけど、今日は朝からとっても幸せ気分。るん♪
こんなに幸せでいいのかな。
そのうち、これ以上の悪いことが起きちゃうんじゃないかって心配だわ。
ああん、だめだめ。
マイナス思考はドイツに捨ててきたんだから。
使徒戦役で負った心の傷は深かったけど、シンジがいてくれたから立ち直れたんだもん。
今は、シンジとの愛を育む時。
いくわよ、アスカ♪
「アスカぁ、次の上映は午後2時からみたいだから、お昼は家で食べてっちゃおうか。」
「うん、わかったぁ。」
でも、何を着ていこうかな。ちょっぴり風が冷たいからパンツルックにしたいけど、かわいくないのよね。
やっぱり、こっちのレモンイエローのワンピースに白ニットのカーディガンを羽織ろうかしら?
でも、いつも似たような感じになっちゃうから、こっちの黒系のタイトスカートに白ブラウスっていうのも捨てがたいわ。
ちょっと大人の女って感じで、いいんじゃない?
うーん、迷っちゃう。
そんなこんなしてるうち、あっという間にお昼ご飯の時間になってしまった。
あーん、結局決まらない。
どうしよう。
「アスカぁ、お昼ごはん、できたからおいでよー!」
「はーい、今行くぅ!」
とたとた
「お待たせ」
「今日はアスカの好きな蟹玉にしたからね。ちょっとリッチにカニ缶一つ丸ごと使っちゃった。」
「すっごーい♪」
「あと、お味噌汁はお豆腐とわかめだよ。」
「いい匂い。ねぇ、早く食べようよ。」
「ちょっと待って。今、お茶を淹れるから。はい、おまたせ。」
「それじゃ」
「「いただきまーす」」
もぐもぐ
うーん、おいしい。
別に一流のシェフってわけじゃないけど、やっぱりシンジが作ってくれるご飯って、おいしいのよね。
なんたって、愛情がたーっぷり入ってるから。
なーんてね。
でも、今日は本当にいいことばかり。
なんか、幸せすぎて怖いくらい。
「どう、味、濃くない?」
「ううん、おいしいわ。」
「よかった。それでさ、今日、映画の後ってなにか予定入ってる?」
「映画の後、って夕方? 特にないけど、なんで?」
「ちょっと行きたいところがあるんだけど、付き合ってほしいんだ?」
「別にいいわよ。で、どこへいくの?」
「それは内緒。」
「えー、けちー。教えてくれたっていいじゃない。」
「楽しみは後にとっておいてよ。」
「わかった。それじゃ、貸しにしといてあげるわ。」
「ははっ、ありがと。」
「ねえ、シンジ」
ちょっぴり顔を赤らめたアスカがシンジに声を掛けた。
「なに?」
「おかわり、いる?」
見ると、シンジが手にしていた茶碗は空になっていた。
「そ、それじゃ、お願いしようかな。」
「はい」
両手で茶碗を受け取ると、いそいそとご飯をよそった。
「どうぞ、よく噛んで召し上がれ。」
「ありがとう。」
受け取ったシンジの顔もなんとなく赤く染まっているように見える。
「なんか、新婚さん…みたいね、あたしたち。」
「ごふっ!」
口に入れたご飯を吹き出してしまったシンジは、ご飯粒を拾いながら、アスカに文句を言った。
「な、なに言い出すんだよ、急に!」
「だ、だって、しょうがないでしょ。そう思っちゃったんだもん。」
もじもじしながら、上目遣いでシンジを見つめるアスカだが、実は、確信犯的にこのセリフを吐いたのだった。
再びシンジと一緒に暮らし始めて半年。
恋人関係にはなったものの、あまり積極的に構ってくれないシンジの態度に、アスカはちょっぴり焦っていた。
もし、このままの関係が続いたら、シンジとはただの友達関係に戻ってしまうかもしれない。
そんなのは絶対にいや。
「それとも、そんな風に見えるの、いや?」
おそるおそる様子を伺うようにシンジを見るアスカ。
「い、いやってことはないよ。ただ、急に言われてびっくりしただけ。」
「そう、それじゃ、新婚さんみたいにしてもいい、わよね?」
「ちょっ、それは。」
「やっぱり、だめ、なの?」
まいったな。
こんな風に言われたら、絶対に拒否れないじゃないか。
アスカはそれを承知でやってるに決まってる。
でも、確かにアスカが不安に思っちゃうのも無理ないよね。
僕はやっぱりだめシンジで、言わなきゃいけないことを先延ばしにしてるんだから。
「だめ、じゃない、かな。」
「ほんと! 本当にほんとよね。シンジ、今、ダメじゃないって言ったわよね。」
「うん、いつかはアスカとそうなりたいって思ってるから。」
「いつか?」
「うん、今はまだ学生だから無理だけど。ちゃんと、この手で、アスカや、その、自分の家族を守ることができるようになったら。」
「シンジ、ありがと。待ってるね、あたし。」
にっこりと頷くシンジ。
「それじゃ、ご飯、食べちゃおう。」
なんとなく、ぽわんとした心地でその日のランチタイムは過ぎていく。
「「ごちそうさまでした!」」
「それじゃ、僕が洗っておくから、アスカは着替えてきなよ。」
「いつもごめんね。」
きょとんとした顔でアスカを見つめるシンジ。
「ど、どうしたのよ。あたしの顔になにか付いてる?」
「いや、アスカから、ごめんねなんて言葉が出てきたからびっくりしちゃって。」
「ひどっ! それじゃ、あたしがまるで極悪な女にしか聞こえないじゃない!」
「極悪って。素直じゃないって言えばいいのに。」
ぐっ。
思わず息を飲み込むアスカ。
そう言われれば、素直にシンジに謝ったことなんてほとんどなかったっけ。
ヒカリには当たり前に言えるのに、シンジには言えない言葉がたくさんある。
それでも、シンジはあたしのことをちゃんとわかってくれてたんだ。
それに引き換え、あたしはシンジをちゃんと見てきたのかな?
でも、大丈夫。
今日からあたしは変わるの。
だって、シンジの本心が聞けたから。
「あたしって、天邪鬼だったから、シンジには素直になれなくて。でも、今日からは素直になるわ。覚悟してね、シンジ。」
「覚悟?」
アスカの微笑みに顔を引きつらせたシンジ。
これからどんな運命が僕を待ち受けているんだろうかと、一瞬不安に胸を騒がせたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
なぜなら、アスカの笑顔がこれ以上ないほど、輝いていたから。
「そうよ。あんたはこのあたしの心をロックオンしたんだから、それ相応の覚悟はしてもらわないとね。」
「はは、それは光栄です。肝に銘じます、愛しのアスカ様。」
「わかればよろしい。ふふっ。」
「あははっ。」
「それじゃ、着替えてくるわね。」
「時間、遅れないでね。」
「わかったー。」
今日見に行った映画は、アスカが見たいと言っていた、セカンド・インパクト前のほとんどの日本人が見たことがあるというアニメ。
風を使う女の子が責めてくる敵から村を守る物語。
なんか、この女の子、アスカに似てるな。
そんなこと思いながら見ていたら、いつの間にか、僕の左手にアスカの右手が重ねられていることに気付いた。
ちょっぴり冷たい手。
思ったより小さな手。
なにげなく横を見ると、真剣な顔でスクリーンを見つめるアスカがいた。
目元には涙の跡がうっすらと残っている。
エンドロールが流れ始めても、場内が明るくなっても、アスカは立ち上がろうとしなかった。
「大丈夫?」
「ねえ、あの子、強くて、優しくって、綺麗だったね。」
「うん」
「あたしたちも、あんな風にこの世界を守ったのかな?」
「どうかな? 他人がどう見ていたかはわからないけど、僕は、この命を懸けて、この世界を守ったって信じてる。」
「そうね。自分を信じなきゃ、ね。」
「それに…」
「それに?」
「僕にとって一番大切なものを、アスカを守ることができたから…」
「シンジ…」
「それなのに、いつも、つらい思いをさせてばかりでごめんね。」
「ううん、そんなことないよ。今、あたし、とっても幸せだもん。」
こてっとシンジの肩に頭を凭れかけるアスカ。
「シンジの肩って、とっても居心地がいいの。」
「そうなの?」
「ずーっと、こうしていられたらいいのに…」
「あのぉ、お客様、すみません。当館は完全入替制になっておりますので、そろそろ…」
「「ご、ごめんなさい。」」
係員に声を掛けられ、あわてて映画館を出るアスカとシンジ。
なんとなく気恥ずかしい思いが二人を取り巻いている。
「あ、あのさ、今朝も言ったんだけど、これから、ちょっと一緒に来てほしいところがあるんだ。」
無言で頷くアスカ。
二人で第三新東京駅からバスで向かったのは、第三新東京市立のメモリアルパーク。
「ここ、墓地じゃない?」
「うん。」
入り口の売店で花束を買うと、シンジはてくてくと小高い丘に向かって歩き始めた。
「ここには何もないって父さんは言ってたけど、でも、母さんのお墓はここにしかないし、僕の思い出もここにしかないから…」
「シンジの、お母さん?」
「そう、僕の目の前で消えてしまった母さん。」
「あたしのこと、紹介してくれるの?」
「うん。
母さん、遅くなったけど、僕の一番大切な人を連れてきたよ。
惣流・アスカ=ラングレーさん。
僕と同じチルドレンで、使徒戦役を一緒に戦った仲間なんだ。
僕は、かつて彼女にとても酷いことをしてしまったのに、彼女は僕のことを許してくれた。
それだけでも感謝しなければいけないのに、彼女のことを愛してしまった僕を受け入れてくれた。
母さん、僕は、もっと自分で責任が取れるようになったら、アスカをお嫁さんにするって決めたよ。
だから、今日はその報告に来たんだ。」
「ちょっ、そん、いきなり。」
「だめ、かな?」
「だ、だめなわけ、ないでしょ!」
アスカの蒼く澄んだ瞳から涙が零れ落ちようとしている。
「アスカ、ずっと待たせてごめん。」
「シンジぃ。」
両腕をシンジの首に巻き付け、まるで幼子が母の愛を求めるかのように口づけをしてくるアスカ。
「本当に待ってたの、ずーっとよ。このあたしをこんなに待たせるなんて、いい度胸してるわ!」
「ごめんね。」
「うそ。あたし、うれしいの。やっぱり、プロポーズはシンジからしてほしかったんだもん。」
「アスカ、愛してる。」
「愛してるわ、シンジ。」
この後、ユイの墓前でアスカは長い間お祈りを捧げていた。
絶対に二人で幸せな家庭を築くこと、シンジを幸せで包んであげること、たくさんの子どもに囲まれた穏やかな暮らしを送ること、などなどをユイに誓ったらしい。
アスカは立ち上がると、シンジの腕に自分の腕を絡ませ、出口に向かって歩き出した。
「あんたのお母さんにもしっかり報告できたし、後は、一日も早くあたしをお嫁さんにできるように頑張ってね♪」
「ははっ、精一杯頑張るよ。ところでさ、今日の夕飯、レジーナでいいかな?」
「そうね、これから帰って作るのも手間だし、シンジが好きなようにして構わないわ。」
「それじゃ、もうちょっとゆっくりしても大丈夫だね。駅前に寄りたいお店があるんだけど、付き合ってくれる?」
「別に構わないけど、なーに、今日のシンジ、いつもと違うわね。」
「そ、そっかな。そんなことないよ。」
「まっ、そういうことにしといてあげるわ。それで、どこに行くの?」
「うん、それも行ってのお楽しみということで…」
「ふーん。」
シンジが訪れたのは、駅前のメインストリートから少し外れたところに建つ一軒のかわいらしいジュエルショップ。
「あんた、よくこんなかわいらしいお店、知ってたわね。」
ジト目でシンジを睨むアスカ。
「アスカの誕生日にペンダントをプレゼントしただろ。あれって、大学の近くのジュエルショップで買ったんだけど、その本店なんだって。
この業界じゃかなり有名らしいよ。洞木さんが教えてくれたんだ。」
「ははーん、ヒカリから聞いたのね。それならわかるわ。確かに、結構いいもの揃えてるわね、このお店。」
「あ、碇様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
「へっ? あんた、なんか頼んであったの?」
「え、あ、うん。」
「こちらが惣流様ですね。本当にお綺麗な方ですこと。」
「あら、綺麗だなんて、そんな。」
「いえいえ、ご謙遜なさらずに。本当にお美しいですわ。」
「あの、それで…」
「これは、失礼いたしました。ただいまお持ちいたしますので、こちらにおかけになってお待ちください。」
一人で納得したかのように、店員は奥の部屋へと戻っていった。
入れ替わりに、他の店員が、二人分のティーセットを持ってきた。
「こちらはサービスとなっておりますので、ご自由にお召し上がりください。」
「どうもありがとう。」
「あら、ずいぶんと気前がいいのね。」
「そうだね。」
「ところで、あんた、何買ったの?」
「もうすぐ実物が来るから、それを見てよ。」
「なによ、そのくらい教えてくれたって…」
アスカが言い終わらないうちに、先ほどの店員が、トレーに小さな箱を乗せて運んできた。
「こちらでよろしかったですね。」
そこには、きらびやかな立爪に小さなダイヤがあしらわれた婚約指輪が乗っていた。
「シンジ、これって」
にっこり微笑むシンジが、アスカの手を取る。
「サイズがよくわからなかったから、アスカに実際に合わせてもらおうと思って。」
「!」
「あら、彼女に内緒だったんですか? なんて素敵なサプライズプレゼントでしょ。さぁ、惣流様、早速つけてみていただけますか?」
あらかじめシンジが頼んでおいたサイズで整えられた指輪は、アスカの左手の薬指にぴたりと嵌った。
「どう、シンジ、似合う?」
胸前で左手の甲をかざすアスカ。
「似合う、と思うよ。」
「ぶぅ。思うよ、じゃなくって、似合うよ、でしょ!」
くすっ。
「うん、とっても似合うよ。」
「そっ、それでいいのよ。」
自分で言わせておきながら、実際にシンジの口からその言葉を聞いた途端、頬を赤らめるアスカ。
「あの、どこか当たったり、違和感があったりとかございましたら、遠慮なくお申し付けください。」
店員に声を掛けられたアスカは、ぶんっという音が聞こえそうな勢いで店員の方を振り返った。
「あ、あんた、い、今の、聞いてなかったわよね?」
「いえ、何も?」
「そ、そう。それならいいわ。指輪は、特に違和感もないし、大丈夫よ。」
「それでは、お包みいたしますので、少々お預かりいたします。」
名残惜しげに店員が手にした指輪を見つめるアスカ。
「別になくなっちゃうわけじゃないんだから、そんな顔しないで。」
シンジが微笑みながら、あたしに向かって声を掛けてきた。
そんなの、わかってるわよ。
だけど、あたしの手元から離れていっちゃうのが不安なの。
でも、そんなあたしの不安を察してくれたのか、シンジがあたしのことを後ろからふんわりと抱いてくれた。
「気に入ってくれた?」
あたしはこくりと頷く。
「よかった。どういうものを選んだらいいか全然わからなかったから、店員さんもいろいろ相談に乗ってもらったんだ。」
「そう。それであの人、あたしのこと、知ってたのね。」
「うん、アスカの写真を見せたりしたから。黙っててごめんね。」
今度は首を横に振る。
「ほんとに?」
「うん。だって、うれしいんだもん。シンジにとっても大切にしてもらってるってわかるし。あたし、生きてて本当によかった。」
店員さんたちの笑顔に送られて、ジュエルショップを出たアスカとシンジは、レジーナへと向かった。
もちろん、アスカの左手にはシンジからプレゼントされた婚約指輪が光っている。
「ねえ、シンジ。あんた、まだ隠してることあるでしょ?」
「へっ、なんのこと?」
「とぼけても無駄よ。ここまでセッティングしたんだったら、レジーナでも何か企んでるに決まってるわ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いくら僕だって、そこまでは考えてないってば。」
「なーんだ、がっかり。どうせなら、最後までこのアスカちゃんを驚かせてみなさいよ。」
「そうはいっても、今日は席を予約しただけだしなぁ。」
「それじゃ、今から師匠さんに言って、サプライズパーティを企画するように頼めばいいじゃない!」
「そんなムチャな。でも、一応、それとなく師匠には声を掛けてみるよ。」
シンジは携帯電話を取り出し、これからアスカと一緒に店に行くので、美味しい料理を期待してますとメールを打った。
この時間は仕込みや開店準備で忙しいので、電話にでることができないことを承知しているシンジの心遣いだった。
ところが、師匠からは、すぐに返事が来た。
「あれっ、早っ! 珍しいな。」
そこには、「OK」とだけ打ってあった。
「師匠さん、なんですって?」
「うん、飛び切り美味しい料理を用意しておいてくれるって。」
「やったー♪」
「よかったね、アスカ。」
お店に着くまで、二人はあれこれ話しながら歩いていたが、アスカはシンジがプレゼントしてくれた指輪が気になるようで、半分うわの空状態であった。
「いったいどんな料理が出てくるか楽しみだね。」
「きっと、あたしたちの好きな料理づくしなんじゃない?」
「本当にそうだったらいいね。」
「それじゃ、入ろっか。」
「オッケー!」
「お待ちしておりました、碇様。」
「あれっ? どしたの、洞木さん。なんかいつもと雰囲気違うけど。」
「今日は最高のおもてなしをするように師匠さんから頼まれてますので。」
「荷物、こちらに。」
「レイ、ちょっとやだ、普通にしてよ。」
「だめ。さ、ご案内するわ。」
「なんか変だね。」
「どうしたのかしら?」
二人は一番奥の小さなバンケットスペースへと案内された。
パンパーン!
「うわっ!」
「きゃっ!」
突然、クラッカーが鳴り響き、紙吹雪が舞い散った。
アスカとシンジは鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くして驚いていた。
「シンジ君、アスカさん、おめでとう!」
「「おめでとう!!」」
「な、何、何なの、これ?」
「碇君とアスカ、婚約したんでしょ?」
「婚約指輪、それは愛する二人の絆。私がほしいもの。」
「ど、どうして?」
目を白黒させて驚くシンジ。
「な、なんでヒカリが知ってんのよ?」
アスカはシンジの言葉を思い出してはっとした。
あのジュエルショップはヒカリに紹介されたって言ってたわ。
っていうことは、シンジがそこで何を注文したか、ヒカリはあの店の店員から聞いて知っていたに違いない。
しかも、今日、それを取りに行くことも。
だから、今日、シンジがここで食事をするって聞いて、サプライズパーティを企画してくれたんだ。
「ヒカリ、ありがと。」
「どういたしまして。碇君はまだわかってないみたいだけど、アスカにはネタバレしちゃったみたいね。」
アスカにウィンクしながら返事したヒカリ。
「でも、よかったわね。あたしまでうれしくって涙が出てきちゃったわ。」
「ヒカリぃ、ありがとう…」
「なに、この納得いかない感。そう、私の心、苦しんでるのね。」
「綾波さん、それは嫉妬というものよ。」
「嫉妬。自分の愛する者の愛情が、他の人に向けられることを恨み、憎む気持ち。」
「あたしがシンジと婚約して、レイが嫉妬するのはわかるけど、あたしはアンタのことが好きだし、シンジだって同じなんだから。」
「碇くんは私のこと嫌いなの?」
「そんなことないよ。」
「それじゃ、好き?」
「もちろん。だけど…」
「好き…碇くんが告白してくれた。碇くんは、私のことが好きなのね。」
「あ、あんたバカぁ? 今日はあたしとシンジの婚約パーティなの。あんたはお呼びでないの。ほら、シンジ、ちゃっちゃと席に着きなさいよ。」
「レイ、僕はレイのことを異性として愛することはできない。なんて言うか、強いて言えばお姉さんとか妹って感じ。わかってくれる?」
「わからない。でも、私がわがままを言って碇くんが困るなら、もう言わない。」
「さあさあ、綾波さん、お手伝いお願いね。」
「ええ、わかったわ。」
「碇さん、アスカさん、ご婚約おめでとう。」
「「師匠!」」
「さて、まずは乾杯ですよ。シャンパンはクリュッグ・グラン・キュヴェを用意しましたよ。オードブルは生ガキです。」
「生ガキ!」
「すっごーい、噂には聞いたことあるけど、食べるのは初めて♪」
「レモンを絞ってもいいですし、こっちのオリジナルソースをかけてもいいです。もちろんそのままでも。」
「それじゃ、僕はそのまま食べてみようかな。」
「あたしはレモンを絞って。」
つるっ しこっ
「うわぁ、濃厚な味ですね。海の恵みを丸ごと食べたみたい。」
「歯ごたえがたまらないわ。レモンの爽やかな香りともよく合ってる。」
「でも、僕たちだけで食べたら、なんか、罰が当たりそう。」
「ははっ、気にしなくても大丈夫。みんなの分も用意してありますから。」
「よかった。こんなにおいしいもの、ヒカリにもレイにも食べさせてあげたいもん。」
「うん、そうだね。」
「シンジ、あたし、本当に幸せ。」
「僕も同じさ。」
「シンジ…」
「まっ、ちょっと目を離すとラブラブになっちゃって。アスカ、目がハートになってるわよ。」
ちょっぴりお茶目に笑いながら、ヒカリがアスカをからかう。
「むぅ、ヒカリぃ、覚えておきなさいよー!」
「わすれたー!」
笑いが絶えない空間。
なんて気持ちがいいんだろ。
あたし、こんなに笑えるんだ。
こんな気持ちにさせてくれたのはシンジ。
シンジって、あたしが素直になる魔法をかけてくれたのかな?
だったら、いっそ、このまま一生魔法をかけ続けて。
あたしが、幸せで身動きができなくなるくらい、シンジ。
「なに?」
「えっ?」
「今、シンジって呼んだでしょ?」
うそ、あたし、声になんて出してないわよ。
どういうこと?
心の声がシンジに伝わったってこと?
もしそうだったら、すごいことね。
「どうしたの? 新しい料理が並んでるのに、手を付けないなんて。」
「あ、いや、ちょっと、うふふっ、実はね、シンジのこと考えてたんだ。」
「僕のこと?」
「そう、シンジって、魔法使いなんだなって。」
「何言ってるの? 僕、魔法なんて使えないよ。」
「このあたしを素直にさせたなんて、魔法以外ありえないじゃなーい!」
「あはっ、そういうこと。それなら、アスカの方が魔法使いだ。」
「なんで?」
「内罰的で閉鎖思考の僕を、こんなに積極的で前向きな人間に変えてくれたんだから。」
「それじゃ、魔法使いの夫婦ってことね、あたしたち。」
「うん、なんか不思議だね。」
「でも、それが運命だったのね。」
「それとも必然だったのかも。」
「さあさあ、せっかく洞木さんが心を込めて作ってくれた料理が冷めてしまいますよ。早く召し上がってくださいね。」
「本当だ。これじゃ、料理人失格だ。」
「さあ、シンジ。食べるわよ!」
「洞木さんもレイも、準備ができたらこっちに来て、一緒に食べようよ。」
「そうそう、ヒカリ、レイ、早く来ないと全部食べちゃうわよ。」
「わかったわ、アスカ。今行くからちょっと待ってて。」
「私、肉、嫌いだから。」
「レーイ、肉だけじゃなくっていろいろなお料理があるんだから、こっち来るの。」
「アスカが怒った。」
紅い瞳に涙を溜めたレイ。
「あー、怒ってない、怒ってなんかいないから、こっち来て一緒に食べましょ。」
「レイ、アスカもこういってるんだから、こっちに来なよ。」
「碇くんが来てっていうなら行くわ。」
「相変わらず、皆さん、仲が良くって羨ましいですね。」
「師匠、それもこれも、この場所があるからですよ。」
「これからもお世話になるわ。師匠さん、長生きして、あたしたちに美味しいお料理を作ってくださいね。」
「そうですよ、僕たちの結婚式にも出てもらいたいですし。」
「あたしたちの赤ちゃんの子守りもしてもらいたいし。」
「アスカ、それは早すぎるんじゃない?」
「ヒカリ、甘いわね。結婚したら、赤ちゃんなんてすぐ生まれちゃうんだから、今からお願いておかなきゃ。」
「そ、そういうものなの?」
「きっと、そういうものよ、ね、シンジ。」
「あははっ、よくわからないや。」
「さて、皆さん揃ったところで、再度、碇君とアスカさんの婚約おめでとうで乾杯しましょう、かんぱーい!」
「「かんぱーい!!」」
初々しい二人を肴に、話に花が咲き、夜が更けるまでパーティは続いていく。
何はともあれ、今日のところは、アスカとシンジの末永い幸せを祈って、乾杯♪
Fin
<あとがき>
お久しぶりです。LAS初心者のじょーいです。
今回は年末年始に体調を崩してしまい、書くペースが狂ってしまいました。
本当は新年あけましておめでとうバージョンにするつもりでしたが、時期を失してしまいましたので、
アスカとシンジの婚約というところで、まとめてみました。
もちろん、これからもビストロ・レジーナは賑やかに営業していきますので、皆さんの応援、お待ちしています。