「やっぱり、降ってきちゃったか……」


 HRが終ってから一体何十分が過ぎただろうか、面倒極まりない週番の仕事をようやく終え、下校しようとした時にそれは起こった。

 自分の目の前に広がる、空から雨粒が降ってくる光景に少女―――惣流=アスカ=ラングレーは無意識のうちに呟いていた。

 現在、雨から身を守る手段を持たないアスカにとって、出来ることといえば、雨が止むまで学校で雨宿りをすることしかない。

 そういえば、天気予報でも雨と言っていたらしいし、現に、同居する少年からも登校する際に傘を持って行くように言われていた―――ような気がする。

 というのも、今朝の記憶があいまいなのだ。 記憶力が悪いわけではない―――それどころか、自分は人並み以上の頭脳を持っていると自負しているくらいだ。

 体調はいつもと変わらない、いたって健康だ。

 いつもと違うところを一つ挙げろと言われれば―――自分の隣にいるべき人がいないことを挙げるだろう。

 今頃、ネルフで行われている実験に協力しているはずだ―――もう一人の青い髪をした少女と共に。


「何で、アタシ一人除け者なのよ。 同じチルドレンの一員なのに」


 理由なんて何度も聞いた。 聞く度にうんざりした感じで説明するミサトの表情は今でも頭に残っている。

 ただ―――納得していない―――否、頭の中では解っているが、心が納得していないと言うのが正しいだろうか。


「……雨なんか大嫌い」


 ポツリと呟いたその言葉は、窓の外で激しくなってきた雨音によって響くことなくかき消される。

 雨は昔から好きではなかったが嫌いでもなかった―――あの使徒と戦うまでは―――あの日もこんな雨の日だった。

 シンクロ率が低下しバックアップしかすることができなかった―――だが、それに反発し使徒に対する先制攻撃。

 降り注がれる光―――自分の心を覗かれ、思い出したくない過去の記憶が掘り起こされる。

 そして、それから間もなくして―――自分はエヴァを下ろされることになった。


「あれからもう半年か……早いもんよね」


 特にすることもないため、窓から依然変わることなく降り続ける雨を眺めていたアスカがそう呟いた。



「成長」

by KATU

 

 半年前―――自分はエヴァに搭乗し、ゼーレとの最終決戦に挑んだ。

 ただ、かつての様に望んで搭乗し戦ったわけではなかった―――気がついたらエヴァに搭乗し、「死」という恐怖から逃れるために、そう―――死に物狂いで戦った。

 あの戦いには戦自も参加していた―――だが、自分は躊躇なく壊し―――そして、殺した。

 悪いことをしたとは思わない、そうしなければ―――今頃、自分が死んでいたことだろう。 ただ―――気分が良いものでもなかった。

 そして、正真正銘の最後の戦い、ゼーレの切り札でもある―――九機の白い悪魔―――エヴァ量産型の全機投入。

 しかし、それは自分の敵ではなかった―――弐号機の真実、ママが自分のそばにずっと居て、共に闘ってくれることを知った時、自分はエヴァと一体となった。

 今まで出来なかった動き、戦い方―――結果、崩れ落ちていくエヴァ量産機。

 最後の量産機のコアを鷲掴みにし、それを握りつぶした瞬間、自分は勝利を確信した。

 しかし、それは仮初めのものだった―――最後の量産機が崩れ落ちたのに呼応するかのように、再生される量産機―――自分が残された時間はもうなかった。

 所詮、自分はシンデレラだったのだ―――魔法の時間は終わった、この先に残っているのは「死」だけである。

 ただ、シンデレラとは違うのは、シンデレラは最後に王子様が来てくれた。 自分には―――誰もいない。


『……やんなさいよ』


 呟いた言葉は気泡となるだけで誰にも聞こえずに消えていく。

 消えてよかったと思う―――こんな言葉、誰にも聞かれたくなかった―――自分も聞きたくなかった。

 しかし、その言葉に呼応するかのように、量産機の一機が「ニヤっ」と下卑た薄笑いを浮かべると手に持っていた大剣を放つ。

 呆然と立ち尽くす弐号機に真っ直ぐ向かっていくそれは、飛行中に大剣から槍へと変化を果たし―――弐号機の頭部に吸い込まれていく。

 アスカの目にはそれがスローモーションに見えた―――よく、交通事故にあう直前にその当事者にはそれがスローモーンションに見えるという話を聞く。

 「死の恐怖」が人間に与える最後の集中力―――ただ、身体が反応しなかれば何の意味もない。


 ―――……やっぱり、嫌! 死にたくない!


 一度は死を覚悟したとしても、その恐怖は並大抵のものではない。

 実際に、死が現実に迫るとその恐怖感に屈伏してしまう―――死にたくない、死にたくないと呪文のように繰り返し心の中で唱える。


 ―――死にたくない! ……だから、助けてよ。


 アスカの頭の中に浮かぶ一人の顔。

 それは、かつて自分が好きだと公言していた加持でもなく―――自分がずっと求めていたママでもなかった。

 いつも、ネガティブで、気が弱く、最初に会った時は何故チルドレンになれたのかさえ解らなかった。

 でも、自分が悲しんでいた時には元気づけてくれ―――限りない優しさで自分を包んでくれる。

 そして―――自ら拒絶してしまった人。


 ―――……シンジ。


 頭にその名前が浮かんだのと同時に、自分の身体に衝撃を感じた。

 ただ、その衝撃は頭に襲ったのではなく―――自分の横から―――まるで、自分に覆いかぶさるようなものだった。

 背中に地面を感じる、自分の目の前に広がるのは先ほどまでの白い巨人ではない―――紫の巨人だった。


 『よかった、間に合った』


 夢じゃない、確かに目の前には初号機がおり―――碇シンジが自分を助けてくれた。

 そこで、僅かに残っていた内部電源が底をつき目の前が真っ暗になり―――初号機の姿はもう見えず、自分の周りに広がるのは暗闇だけだった。

 ただ、もう恐怖はない。 彼なら―――シンジなら、いつもギリギリで見せてくれる不思議な力できっと全ての敵を殲滅してくれるだろう。 それは、希望とか憶測ではない―――何故か確信めいたものがある。

 その数十秒後、暗闇に支配されていたエントリープラグに一筋の光が差し込む。


 『大丈夫! アスカ!!』


 「ほらね」と心の中で思った。

 以前の自分だったら、自分が倒せなかった敵を簡単に殲滅したシンジの力に嫉妬し、助けられたことに対し激しい嫌悪感を抱いたことだろう。

 しかし、今の自分は違う―――単純に嬉しかった―――助けてくれる王子様は自分にもいたのだ。

 だけど、感謝の気持ちを素直に言うなんて出来なかった―――出てきたのは、かつてのような憎まれ口。

 ただ、かつてのとは違い―――その言葉には様々な意を込めた。


 『遅いわよ! 馬鹿シンジ!』


 客観的に見れば大した声ではなかっただろう―――だけど、自分ではこれまで―――そして、これからもこれ以上の大声は出すことはないだろうと思った。

 それにしても、馬鹿シンジなんて単語を最後に使ったのは何時のことであろうか。

 しかし、そんなことはどうでもよかった―――とりあえず、今はシンジに助けてもらえた嬉しさに浸っていたかった。


 

 「あっ、もうこんな時間。 雨は……相変わらずね」


 随分、思い出に浸っていたようだ―――壁に掛けられた時計を見ると、自分が最後に見た時より一時間以上経過していた。

 しかし、目の前に広がる雨の量は大して変わらず、若干雨音が小さくなったような気がするが―――気のせいだろう。


 「仕方ない、シンジに電話して迎えにきてもらうしかないわ。 実験が終ってたらいいんだけど」


 深夜にまで及ぶ実験ではないということは聞いていた。

 だから、運が良ければ、実験が終っているかもしれない―――それどころか、もうすでに帰宅しているかもしれない。


 「あら? あれって……もしかして!」


 鞄から携帯を取り出し、メモリに登録されている「馬鹿シンジ」に発信ボタンを押そうとした時だった。

 こんな時間だと言うのに、傘を差した誰かが校門をくぐり校舎に向って歩いている。

 最初は誰だか分らなかった―――しかし、校舎に一歩一歩近づいてくるたびにその正体が分かり始めてきた。

 そして、その傘の隙間から顔が見えた瞬間だった―――アスカは、鞄を引っ手繰るようにして掴むと教室を飛び出した。

 一応、週番の最後の仕事は、教室の鍵を掛けることなのだが―――そんなことはアスカの知ったことではない。

 その人物が校舎に着いたのは、アスカが下駄箱に駆け込んできたのとほぼ同時のことだった。


 「あれ、どうしたのアスカ? そんなに急いで」


 やはり―――アスカの予想通り、あの人物の正体はシンジであった。

 そして、アスカの姿を見てかけた言葉に、アスカは「うっ」と返答に詰まる―――シンジの姿が見えたから思わず駆け出しちゃったなどということが言えたら どれほど楽だろうか。

 もし、そんなことが素直に言えたら―――自分達の関係もきっと変わっているだろう。


 「な、何となくよ! 何となく!! ほら急に意味のない行動ってしたくなるじゃない! それよそれ!」


 「うーーん、そんなことあるかな……」


 「と、とにかく、アタシのことはどうだっていいの! それより、シンジは何で学校に来たのよ」


 「そうだった、そうだった」と言って、シンジがアスカに差し出しのは一本の真っ赤な傘―――アスカの傘だった。

 自分よりも遅くに家を出たシンジには、自分が今日傘を持っていないという事実が解っていたのだろう。

 それにしても、下校時刻はもうとっくに過ぎているのに、学校に来るなんて―――とんだお人好しである。


 「もう、ちゃんと朝言ったじゃないか雨が降るって」


 「うっ、い、良いじゃない、過ぎたことをとやかく言うのは男らしくないわよ!」


 「……まぁ、いいか。 じゃあ、一緒に帰ろうか」


 アスカは考えた―――帰ることに異存はない、というか大歓迎だ。

 しかし、ただ帰るだけではつまらない―――何かないだろうかと、持ち前の明晰な頭脳を持って様々な案を考えては破棄をする。

 そして出てきたのは、単純なものであった―――世の中、複雑にするより単純な方が効果的なものが数多くあるものだ。


 「オッケー、じゃあ、帰りましょうか」


 下駄箱から、自分の靴を取り出す変わりに上靴を入れ、靴を履きながらそう答える。

 そして、シンジから手渡された傘を片手に持ち―――何故か、傘立ての中に入れるとシンジの隣に立つ。

 シンジにはアスカの行動が全く理解できない―――というか、誰だって理解できないような気はするが。


 「何ボーっと突っ立ってんのよ。 早く帰りましょうよ、アタシお腹すいちゃった」


 「えっ、あれ? な、何で、傘持たないのさ! それじゃ帰れないじゃない」


 「あーっ、あの傘は置き傘にするわ。 今度、またこういうことがあるかもしれないし。それに、傘ならそこにあるじゃない」


 アスカが指差す方―――そこにあるのは、シンジが今持っている傘。

 つまり、アスカが打ち出した作戦は単純明快「相合傘作戦」だ。

 しかし、アスカがそうする真意を読み取れるほど、シンジは鋭くはない―――もし、それほど鋭ければ今頃二人の関係は―――以下略。


 「な、何でそんなことする必要があるのさ! 僕には意味が全然……」


 「うっさい! とにかく、それで決定なのよ! ほら、さっさと歩く」


 こうなると、何を言ったとしてもアスカは意見を変えることがないだろう―――そこまで長い付き合いというわけではないが、それくらいは分かる。

 シンジとしては、アスカと二人で相合傘をするということ自体に別に文句は無いのだが―――やはり、恥ずかしいという気持ちが出てくるものだ。

 とりあえず、下校時間でなくてよかったと自らの幸運に感謝しつつ持っていた傘を広げるのだった。


 

 「ちょ、ちょっとアスカ、くっ付き過ぎだって!」


 「なーに言ってんのよ、こうしないと二人とも濡れちゃうじゃない。 気にしない、気にしない」


 まるで恋人のように寄り添いながら歩く二人であるが、どこがぎこちない。

 こういうのに慣れていないのと恥ずかしさからか、シンジは歩きにくそうにしており。

 一方のアスカも自分で言っておきながらも十分気にしており、その頬はリンゴのように赤く染まっている。


 ―――ちょ、ちょっとだけ恥ずかしいけど、シンジも意識してるし良い傾向ね……。 それにしても、こいつ、背が伸びたわね。


 チラッと隣を見れば、頬を赤く染めたシンジの顔が目に映る

 出会った当初は自分の方が僅かに背が高かったというのに、今では、頭半個分くらいシンジの方が背が高い。

 シンジも成長期ということなのだろうか―――そういえば、父親であるゲンドウも長身の部類に入る。


 ―――アンタが司令みたいにならないとは思うけど……あんな髭になりませんように。


 「どうしたの、アスカ? 変な顔して」


 「えっ!? な、何でもないわよ」


 「そう。 じゃあ、良いんだけど……」


 シンジのその言葉から、二人の間にまた沈黙した空間が広がる。


 しかし、二人ともその空間を無理に壊そうとはしない―――二人でいるからって喋り続ければならないなんていう決まりはないのだから。


 ―――それにしても、シンジも日々成長してるもんね……。


 そう言えば、最近は昔のようにすぐ謝る癖がでなくなったような気がする―――自分が間違ってないと思うことは、はっきり言ってくる。

 それに伴って内罰的なことも言わなくなってきたし、もはや、自分が出会った最初の頃の面影は無くなってきている。


 ―――でも、一つだけ……全然変わらないこともあるわ。


 それは―――自分に優しいところ―――あれから、半年、シンジはいつだって自分に優しくしてくれる。

 特に、あの最終決戦からの一ヶ月間、自分は肉体的に衰弱していたため入院を余儀なくされたが―――シンジはずっと看病してくれた。

 あの時は、シンジの限りのない優しさに触れて―――過去に罵倒し拒絶したシンジに対して申し訳なさのあまり涙を流した。


 ―――アンタの優しさは反則なんだから……アタシをこんなんにしたんだから責任取りなさいよね。


 シンジは自分のことをどう思っているのだろうか、好きなのか―――それとも嫌いなのか。

 でも、どう思っていようが自分の気持ちは一生変わらないだろうから―――必ず、自分が手に入れてみせる。

 だが、焦りはしない―――ゆっくり―――そう、こんな歩くようなペースでもいいから距離を縮めていきたい。

 最終目標は、自分からではなく彼の方からの告白。

 時間はかかりそうだが大丈夫―――あの使徒との戦いの頃に比べたら時間なんていくらでもある。


 ―――アタシだけが好きなんて納得いかない! ぜーったい好きって言わせてみせる!


 雨の日の誓い―――果たされるのはいつの頃だろうか……。


 

 <終わり>


 

 <後書き>

 ここに投稿するのも久しぶりです。 お久しぶりです、シン改めKATUです。

 えーっ、今回は「アスカがシンジと相合傘で帰ってる時にシンジの成長に気づく」というテーマで書いてみました。

 なんか微妙にしんみりしちゃってますな、雨という題材がこうさせたなのかも。

 あと、これは自分の作品では初めてなんですがシンジのアスカに対する気持ちは出してません。

 いっつも付き合ってからか告白する話しか書いてこなかったので、微妙に新鮮かも。

 それにしても、アスカが主役すぎてシンジがほとんど脇役キャラにw

 今思えば、一人称で書いてもよかったかも。

 あと、このSSでは、EOEの部分を微妙に書いてますが、このシーンを描くのは今回が初めてです。

 今まで書くことがなかったから、良い経験になったかも。

 あと、休止していたHPの方も復活しましたので、そちらもよろしくです。

 では、今回はこの辺で〜〜。




シンさん改めKATUさんに投稿していただいた「成長」でした!
いやーお久しぶりでしたね。久々に作品を拝見できまして、またその内容も非常にナイスなもので、感激ですよっ!
KATUさんが後書きで書かれていますように、このお話のテーマとなるのは「成長」。
主にアスカから見たシンジの「成長」が描かれていますが、文中にはしっかりとアスカの「成長」部分も含まれていますね。
初々しく、そして過去の事を振り返りながらも前に進んで行く気持ちが感じられるアスカの気持ち。
無理矢理相合傘に持っていっちゃうアスカの行動に萌えを感じながら、シンジ、そしてアスカの心の成長をとても楽しく拝見させていだきました。

作者のKATUさんに作品のご感想をっ!
感想は作家の元気の源、是非お願い致します。

復帰第1弾から非常に素敵な作品でした。ブランクなぞ微塵も感じさせませんですなw
次回作も楽しみにしておりまっす!



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