汝の名はアルファ
僕は、ガレージのシャッターを開けた。そこにはいつものようにALFA・LOMEO75TSがいた。
なんとなく憂鬱の気分のときはこいつで出かけることにしている。家にいてもろくなことなど無い。
「最後のアルファ・ロメオ」なんていわれているアルファ最後のFR車。伝統のイタリアのメイクス、アルファ・ロメオ。巨匠ジウジアーロによってデザインされた箱のようなボディー。いまだ現行車に続く直列4気筒ツインスパークユニット。前後の重量配分50:50に近づけるためのトランスアクスルドライブのトレイン・レイアウト。アルファ創立75周年だから75という単純な名付け。
しかし、所詮普通のセダン、取り立てるようなことは無い。FRだから特にえらいなどと考える必要は無いと僕は考える。現代では、FFのメリットも多い。
情けないたれ目のマスクが、開けた空をぼんやりと眺めている。ケツについた「75TS」のマークが鈍く光った。
ドアを開けての車に乗り込むと、独特の雰囲気が漂う。角ばったインテリアが時代を感じさせる。天井に張り付いたパワーウインドウなどのスイッチ類、初めての人は中にはいることさえできない特殊なドアノブ、取っ手のようなハンドブレーキ等、多少無理のある操作系の位置など、理解不能な設計は、その設計者の突然の思い付きだろうか。
シンジはキーと握り、ふっと一息ついた後、セルをまわしてエンジンを覚ませた。少し雑音の混じった音が聞こえてくる。今日はアイドリングがなかなか安定しない。
乗りはじめてから、もうだいぶ経つものな。そういえば、いつからこいつに乗っているのだろうか。
アルファはもともと僕の父の車だった。大学生になったとき、突然「もう要らなくなったから、お前にやる」といってアルファを僕にくれた。まるで物乞いに物をやるかのような感覚が少し気になったが、何も言わず受け取った。免許取立てのガキが外車を乗り回すなど、身分相応をわきまえろというものだが、かといって車を手放す気も無かった。とにかく車が必要だったのだから。
友人の受けは冷たかった。
「えっ、シンジって、そんな真っ赤なサニーに乗ってたっけ。」
「そんな変な外車に乗るより、もっと普通のに乗って来た方がいいんじゃない。」
「…盾が変。」
学生であった自分に自分の車を買えるわけが無い。買えるものだったら、初めからこんな車に乗っているわけが無いと思った。なにしろ、アルファはあらゆる意味で「オンボロ」だから。いまだ、その印象は尽きない。
そのとき、もし買えるのなら、もっと、出力、トルク値の良くて、かっちりした設計の車に乗っていただろう。そのころは、アルファはあくまで「道具」にすぎなかったのだから。
国道にのり、町を抜け、僕は峠に向かっていた。自然とノーズがそっちに向いたのだった。これから行くぞ、そうヤツに言い聞かせた。アルファは無言の返事をした。
僕は、アクセルを踏み込んだ。2Lツインスパークユニットが、歓喜の咆哮をあげる。その音は、年代がたってもいまだ健全だ。去勢されたオス犬のようなこいつも、まだまだ現役らしい。
最大出力は150馬力程度。2Lクラスでは、これは決して特別な数値ではない。いまどきは100馬力/Lを越えるような車もざらだ、とどこかの車雑誌で聞いたことがある。
そんなハイスぺックな車に乗ってみたことがあるが、人間が車に乗せられているような気持ちがした。それは、ぼくにこいつ以上の力を乗りこなすような能力を持ち合わせていないだけだろうか。
アルファは、わずかロールをしながら、数あるコーナーを駆け巡っていく。息がぴったり合ったときは、俺自身が舞い踊っているようにさえ感じる。
こうやってコーナーを回っていったとき、昔アルファにこう言われたことがある。
「もっと肩の力を抜いて僕を運転してみたらどうかな?もっとよくなるのにな。」
ふん、車のくせに。昼から酒を飲むイタリア人のたわけごとと、僕は始め気にも留めなかった。しかし、毎日こいつと生活をともにしていくうち、その意味がなんとなく伝わってきた。
確かにそれまでの僕は、腕も無いのに、タイヤを軋ましたり、ケツを出したりすることだけを善しとしていた。それがかっこいいと思っていたのだ。
それは一種の見栄だったのかもしれない。自分の感情・意思と偽られた他人の目。そのようなものに縛られて、自分自身の本当の感性を信じようとしなかった。
峠の頂上にある、駐車場にとまった。夜は走り屋たちが集まってにぎやかな場所だが、今は昼下がり。家族連れのミニバンが一台止まっているだけだった。
そこにある自動販売機で、清志朗が宣伝しているポッカのコーヒーを買った。実はこれを「この場所」で飲むことためにここにきたのだ。
ガチャコン、ゴロゴロ。僕は缶コーヒーを手に取った。コーヒーの熱が心に伝わってくる。
今は初夏、山の下と上では気温差がかなりある。山の風がほほに当たって心地よい。
風が木々の間を通っていく。それに答えて木がゆったりとざわめく。そんな山の木たちの歌声を、車という機械を使って聞きに来るという矛盾を感じる。
いや、僕にとっては、アルファは機械ではないのかもしれない。いったい僕の中の何なのだろう。
そのとき、一台の単車が駐車場に入ってきた。黄色いドゥカティだった。レースでの輝かしい戦歴と、強烈な個性で熱狂的ファンの多いイタリアのバイクである。
そのドゥカティには、控えめなステッカーチューンがされているのが見えた。いわばカフェレーサーといったところだろう。
「おっ、アルファやないか。これ、あんさんのか。なかなかおもろい車にのっとるやないか。」
全身レーシングスーツに身を包んだ、いかにも体育会系のガタイのいい男が話しかけてきた。僕は、少しのけぞってしまった。
「おっと、いきなり驚かせてすまんな。俺、トウジ言うねん。よろしくな。」
こういうバイク人は、明るく話しやすい人物が多い。車より開放的な乗り物だからだろうか。
「このヤマ、よー来るんか。」
定期的とまでは行かないが、気が向いたときにはちょくちょく来る。
「ちょっとあんさんのアルファの音、聞かせてくれや。」
僕はフヴォーンと2、3回空ぶかしさせた。
「やっぱ同じイタリアだけに、音はええな。質のええ大排気量のバイクみたいな、深い乾いた音がするわ。あんたらは、この音を『アルファサウンド』とか呼ぶんやろ。」
このアルファのNAエンジン音は、ターボ車の野太さとはまた違った迫力がある。ターボ車の音をエレキベースとするなら、アルファのは箱鳴りの良いアコースティックギターと形容できるだろう。
とはいえ、その良さに気付いたのは、ほんの最近なのだが。それまでは、車の音など気にしたことはなかった。
「俺のドゥカはな、本当は750F1やねんど、サーキット走るとき以外は排気量を600CC台まで落としてあんねん。こっちのほうが思いっきり踏み込めておもろいからな。」
400ccの場合、トルクを稼ぐために430ccぐらいにボアアップする場合があるが、彼のような目的でボアダウンするのは、僕はあまり聞いたことがない。デチューンの欠点も、考え方によってはプラスになるらしい。
「こいつ、二日と同じ顔を見せることはないんや。今日みたいに調子のいいときもあれば、あんまりエンジンの周りが良くないこともあるねん。いくらセッティングを煮詰めたところで、それは変わらないようやな。まっ、それがこいつのかわいいところやねんけど。」
僕も、アルファがどことなく、いらいらしているとか、うきうきしているとか感じることがある。それは、実際にメーター類に現れないときでも。
時には生きているかのように、僕に直接語りかけてくることもある。
「お互い気が合いそうやないか。また今度、いっしょに走ろうや。じゃあな。」
彼は自分のドゥカティにまたがり、駐車場を去って行った。彼の後ろ姿は、黄色い流星が流れていくようだった。
ブロロロロ・・・、僕は自宅のガレージに帰ってきた。
エンジンを切ってキーを抜いた。静寂がガレージ全体に広がる。
車から降り、ガレージのシャッターを下ろしたとき、一人の女性が髪をなびかせて近寄ってきた。
「また、この車で峠ってところ、行っていたんでしょ。今日、暇だから来ちゃった。」
アスカだった。僕の幼馴染で、現在も仕事場を共にする。
「なんか用か。日曜日ぐらいゆっくりさせてくれ。お前も、例の彼氏とショッピングでも行ってろよ。」
「あいつ、面倒だったから振っちゃった。本当は私が来てほしかったくせに。」
「どうぞ、勝手に言っとけ。」
「しっかし、そんな車なんか乗り回して何が楽しいのかしら。どうせあんたなら『そこに峠があるからさ』とか言うんでしょ。やっぱり、バカシンジね。」
「そこまでわかっているのなら、僕は何もいう必要はないな。」
車に乗ると心が原始に戻るからこれにのっている、僕はそう思う。普段おとなしいといわれている人間ほど深層部で激しさを求める。それはある人はスポーツだったり、或いは音楽・芸術だったりする。 それが僕の場合、車を転がすことだった。
音楽家の場合、自分の楽器選びを、細かい音域の鳴りまでこだわりを持って選び、かつそれをさらに良い音が出るように育てていくという。
僕の場合、車は譲り受けたものである。車を育ててきたというよりは、むしろアルファのほうに、自分の運転を隣から見てもらった節がある。そういう意味では、アルファは、僕の親であり、友達でもあった。
そのとき僕は、親父を思い出した。一見、粗大ゴミを扱うように、僕に車を渡したその親父を。しかし、本当に親父にとって、アルファはただの要らない車だったのだろうか。
この車は、一見ノーマルのように見える。しかし、足回り、吸排気等の必要最低限であるモデファイはなされている。多くの箇所は、僕がへたったパーツ類から僕が変えていったものだが、ハンドル等の操作系は親父がいじったものだ。
いまだハンドルには親父の手の痕がくっきり入っている。魂の爪跡、そういう感じだった。
「ほら、またなんか違うこと考えているでしょ。まったく、昔と変わらないんだから。」
「ごめん・・・。」
また言ってしまった。本当に心の中で謝っているのか、自分にはなはだ疑問がわく。
「この車って、初め見たときはダサかったけど、よく見るとなんかかわいいわね。」
「えっ、そうかな。」
そういえば、最近アルファの女性ユーザーが増えているという話は聞いたことがある。イタリアというファッションイメージがそのままアルファに結びついたのだろうか。
「べ、別にあんたのことを言っているわけっじゃないわよ。まあ、私の母国ドイツじゃ、こんなポンコツ車は作らないわね。」
本当か否か、アスカはドイツで生まれ、幼年期を過ごしたそうだ。
「明日から、また仕事しなきゃなんないんだからね。しゃきっとしなさいよ。」
「言われなくてもわかっているさ。」
ちょうど、夕日が翳りかけたときだった。僕の赤いアルファのような太陽だった。
さあ、また明日からがんばろうか。そう心に誓った。
あとがき
Z- ノ~ こんにちは。かわネコです。
今回はちょっと車物ということで書いてみました。アルファ・ロメオ、聞いたことあるような無いような名ですね。人によっては、座敷の高い車のように思われていたりしますが、イタリア本国では警察から一般庶民まで使う、一般的な車です。日本人にとっては、イタリア車は赤が印象的なようです。
一方のドゥカティは、名前さえ聞いたことがない方も多いでしょう。騎士団のようなフォルム(最新モデルはピカチュウみたいでかわいいです)が印象的なバイクです。こちらも赤が一般的ですが、あえて黄色にしました。とはいえ、僕はバイク・自転車はオフロードが専門(しかもYAMAHA派という軟派さ・・・)なので、詳しいことはあまり知りません。
トウジは、僕の知っているミニクーパーのメカニックさんをモデルにしました。
どちらも、僕の思い出深いやつらです。
アルファ、イタリア車が嫌いな方も、こんな面があるのだなぁと思ってくれれば幸いです。
しかし、レーシングカートドライバーの端くれである僕が、「腕もないのに・・・」のくだりを書いてよいのでしょうか。自分自身がそれにとらわれているような気がします。
こんな凝り固まった作品に、エール罵倒のメールを贈ってくださる方がいたら、大変うれしいです。
Mail: kawaneko-shijimi@hi-net.zaq.ne.jp
当ページにて「SWIMエヴァ」を連載中のかわネコさんに送っていただいた作品です。
かわネコさんどうもありがとうございました〜!
真っ赤なアルファ・ロメオを駆るシンジがとにかくかっちょいいっすね〜!
渋い感じで淡々と語られるシンジの口調がかなり大人っぽくて、読んでてなんだかゾクゾクしてきます。
いつもの優柔不断で鈍感なシンジもいいけど、こういうクールっぽいシンジもいいですね。
後半にトウジとアスカが出てきましたが、あまり深くはシンジに関わってきません。
まるで連載SSのプロローグのように感じられたこの作品、かわネコさんは連載を考えているとのこと。
これは楽しみですね!
作者のかわネコさんにに作品のご感想をっ!
上記メールアドレスまで是非お願い致します。
投稿どうもありがとうございました、かわネコさん。
次回作品も楽しみにしております!
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