不安定な 不安と 不行為な 不幸と
不器用な 今日のための ラヴストーリー。





確証 by us

Written by SAT



『確証バイアス』という言葉がある。
客観性を失って、物事を自分に都合のいいように解釈してしまうことだ。
別名『選択的思考』という。

「つまるところ、シンジはアタシのこと好きなんだと思うわけよ」

ベッドに背を預けたままそう呟く。
運悪く風邪をこじらせたアタシは、こうして自宅療養しているものの、
さっきからこんな調子で頭はすっかりオーバーヒートしている。
体温計のデジタル数字は無情にも38.5を示していて、
それがアタシの思考力低下の重大な原因であることは疑いようも無かった。
朝飲んだ冷たいハニーレモン―――シンジが学校に行く前に用意してくれたものだ―――も、
今日のアタシをクールダウンするにはいささか力不足らしい。

「まずはこういう優しさが問題だと思うのよねぇ…」

からっぽのグラスを眺める。
アイツがもうちょっとイヤな奴なら、
アタシだってこんなに苦労はしないのだけど。

枕もとの時計はちょうど昼だ。
今頃学校は昼食前の授業がもうすぐ終わるところ。
きっとそろそろ鈴原が騒ぎ出して。
それをヒカリがたしなめたりして。
相田は笑いながらそれを眺めていて。
ファーストはまだ窓の外を見ているだろう。
そしてアイツは。
シンジは―――今何をしてるんだろう。

碇シンジという少年―――いや青年―――でもないか、
とにかくその中間あたりに位置している年頃のアイツは、
基本的に誰にでも優しい。
それは彼が他人との争いを嫌っているからで、
あの優しさはいわば彼の処世術みたいなものだ。

でも、それでも、アタシに向けられるそれは、違うと思う。
アタシだけが知っている、シンジがアタシにだけ見せてくれる優しさがあると思う。

「つまるところ、シンジはアタシのこと好きなんだと思うわけよ」

だけど、そう思ったその時から、怖くなった。
確証バイアスが。
アタシはほんとに客観的な判断ができているのだろうか。
自分に都合のいい判断に酔ってるだけじゃないだろうか。
シンジはアタシのこと、どう思ってるんだろう。
好き。
嫌い。
好き。
嫌い。
花びらの数で占う恋占いみたいに、思い出をひとつひとつたどってみる。
出会い。蒼い海。黒い髪。一緒に戦ったこと。
共同生活。ユニゾン。助けてくれた手。どうでもいいような会話。
初めて一緒に笑ったとき。初めてケンカしたとき。
それから、初めてチェロを聞いた日のこと。
好き。
嫌い。
好き。
嫌い。
記憶はまるでビー玉みたいにきらきらと透き通っていて、
そのどれにもシンジが映っている。
朝御飯のお味噌汁の香り。喧嘩したこと。あどけない寝顔。
一緒の傘で帰った日。夕焼けのあざやかな紅。
花火をした夜。日直がかぶった朝。
それから、それから、あのときの―――kiss。
好き。
嫌い。
好き。
嫌い。
思考はくるくると定点回転、
想いはぐるぐると幽体離脱。
熱に浮かされた頭は考える事を拒絶して、
心だけが暴れて加速していく。
好き。
嫌い。
好き。
嫌い。
好き。
大好き。
シンジ。
カーテン越しのやわらかな陽光に、つかの間手を伸ばして。
それからアタシの意識は、ゆっくりと闇に落ちていった。







   何か      夢を
      暖かな      見ている    。







目が覚めたとき、既にカーテンの向こうは暗闇で、
無情な秒針の音が部屋にこだましていた。
だけどもうひとつ、それに重なるような、でもそれとは全く違う有機的な響き。
すぅすぅと聞こえる―――寝息。
それはアタシ以外の人間がこの部屋にいる証。
「………全く。病気じゃなかったら、即刻蹴りだしてるわよ」
アタシのベッドに上半身を預けて、ちゃっかり寝入っている馬鹿を見る。
看病してくれたのはいいけれど、そのうち自分も疲れて寝入ってしまったんだろう。
「ばーか。馬鹿シンジ。そういうトコがアタシを困らせるんだっていうのに」
身体はまだ汗ばんでいるけれど、どうやら熱は下がったみたいだ。
いつのまにか枕もとに置かれた氷嚢は間違いなくコイツの気遣いの証。
「ほんと、始末におえない馬鹿よね」
口許がゆるむのもコイツがあまりにも馬鹿だからだ。
幸せそうな寝顔しちゃって。
アタシが普段どんな想いで過ごしてるか知ってる?
シンジを想う切なさがどんなに苦しくて、
シンジがいる愛しさがどんなに嬉しくて、
つまりアタシが、どんなにアンタが好きなのか。
「わかんないわよね、鈍感なんだから」
起こさないように、そおっと、シンジのおでこを指ではじく。
きっとアタシ達はこれからも、こうやって何気なく、
幸せな時間を過ごしていくんだろう。

「………焦ることない、か」

いつか、確証バイアスが確信に変わるまで。
こうしてのんびりと日々を積み重ねていくのも悪くないね。
思えば訓練生時代からのアタシはいつだって張り詰めていて、
こうして緩やかな時間を楽しめるようになったのは、
そう、シンジと出会ってからのような気がする。
シンジはいつだって強力な弛緩剤で、アタシは次第にそれに溶かされていって、
しかもそれがどうしようもなく心地いい。
こうして隣にいる幸せな時間に、アタシを突き動かす衝動は、
I like you よりはいくらか強引で、
I love you よりはいくらか俗悪で、
I want you よりはいくらか依存的で、
言葉にするなら、それは―――。

「      、かな」

自分で改めて言うと、少し照れくさいけれど。
きっとアタシは、
確証バイアスに悩まされるくらい、
どうしようもなく、
コイツにやられてしまっている。

「なんてね………まだ熱があるのかな」

シンジの艶やかな髪に軽く触れながら、
今夜はもう眠ろう。
明日はもっと一緒にいられるように。
一緒に学校に行って、一緒にお昼を食べて、
帰りは一緒にスーパーに寄って。
そんな何でもない一日を、シンジと過ごせるように。



シンジが少し、微笑んだように見えた。
これはバイアスじゃない。確信だ。







   (“I need you.”is END.)


SATさんに投稿していただいた「確証 by us」でした!
どうもありがとうございます〜。久々のSATさんからの投稿、非常に嬉しくて感謝感激であります。

アスカ視点で描かれている今回のこの作品、とても雰囲気が良くて気持ち良く拝見させていただきました。
風邪をこじらせてしまったアスカが呟く「つまるところ、シンジはアタシのこと好きなんだと思うわけよ」って台詞がとてもいいですね。
タイトルの「確証 by us」は「確証バイアス」にかけてるんですね。
さすが、上手いです。

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感想は作家の元気の源、是非お願い致します。



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