雪降る街と彼女と彼
By:シータ
突然、背中に寒気が走った。
思わず震えた身体を自分で抱きしめる。
「寒ぃ・・・」
自然と口からその言葉が零れた。
「大丈夫?アスカ。」
心配そうな声と共にアスカの顔を2つの瞳が覗きこむ。
その真摯な瞳にあるのは純粋にアスカのことを気遣う気持ち。
くすぐったいけど、不快じゃない。
むしろ、嬉しいと今では素直にそう思える。
だから、アスカは心配を溶かすような柔らかい笑顔を浮かべて言った。
「大丈夫よママ。心配しないで。」
「そう。良かった。」
娘の笑顔と言葉にアスカの母は表情を緩めると安堵の白い息を吐いて顔を離した。
「だいぶ冷え込んで来たわね。早く家に帰って温かいものでも飲みましょう。」
そう言うと歩き出す母の背中をアスカは見つめた。
血の繋がらない母親。
いつでも母親を辞められる人。
別に嫌いではなかった。でも、好きでもなかった。
自分とは関係のない、ただの他人だとそう思っていた。
だけど、今は・・・・
アスカは首に巻いたマフラーを軽く手で直すと歩き始めた。
買ったばかりのブーツが雪を踏む音が響く。
隣に並んだ娘に向かって母が話しかける。
「でも、これぐらいで寒いだなんて。やっぱりコートはあの白いのにした方が良かったんじゃないの?」
「嫌よ。好みじゃないもの。」
「確かにそのコートはあなたにとても似合っているものね。」
そう言って彼女は赤いコートを着たアスカの姿を見た。
これは、先月に2人で買い物に出かけた時に買ったものだ。
マフラーも、ブーツも、手袋も、ニットの帽子もそうだ。
親子で買い物をしたのは今日を含めてもまだ指折り数えられる程度でしかない。
「まあ、あなたは数ヶ月前までは日本にいたんだからこっちは寒く感じるかもしれないわね。」
「そうね、あっちは常夏だったから冬もへったくれもなかったわよ。」
セカンドインパクト以来、日本からは夏以外の季節が消滅してしまった。
逆にドイツではインパクト前の北欧並にまで平均気温が下がった。
そして、それらは16年経った今でも変わっていない・・・
ふと、背中に違和を感じてアスカは足を止め背後に振り返った。
「・・・・・・」
「どうしたの?アスカ?」
突然足を止めた娘を不思議に思い母も足を止める。
娘の視線の先には雪の降り積もった真っ白な道と、黄昏に黒い影になりつつある町並みしかない。
「何かあったの?」
問いを重ねるとアスカはやっと母のほうへと顔を戻した。
「別に、何もないわ。」
「そうなの?」
「そうなの。もう、心配性ねママは。」
言うと、アスカは笑った。つられて母も恥ずかしそうに笑った。
だが、その瞬間にアスカはぱっと身を翻すと今きた道を駆け出し始めた。
「アスカ!?」
「ちょっと散歩に行って来るね!!」
「えっ!?ちょっと、アスカ!!」
「夕ご飯にまでは戻るから!」
そう叫ぶようにして言うと横道へと姿を消していった娘に彼女は溜息を吐いた。
白い、白い溜息だった。
* * * * * * * * * *
街頭の灯り始めた町をしばらく走っていたアスカだったが、やがてゆっくりと減速し足を止めた。
大した距離は走っていないが雪の中を走るという重労働にすでに息が上がっている。
荒く吐く息は白く、身体が熱を帯びているのを感じる。
汗が冷えたときのことを考えて少し躊躇したが、結局アスカはマフラーを緩めコートのボタンを一つ外した。
その隙間から冷たい外気が入ってくる。
街の中でもそれなりに年季の入った家が立ち並ぶこの地区では夜になると熱が一気に逃げてしまい急激に気温が低下する。
だから、この時間帯では住宅街ではほとんど人を見かけない。
時折見かける人も家路を急ぐ人ばかりだ。
この街の冬は寒い。
あの街の冬は温かかった。
それは、何も日本が常夏の島だったからだけではないと思う。
ずぼらな家主と、気の弱い少年と自分。
ペットにペンギンもいたっけ・・・・
あの国で自分に暑い冬ではなく温かい冬を経験させてくれたかけがえのない家族達。
今、自分が義理の母親とほとんどわだかまりなく過ごせているのも彼らのおかげに違いない。
血は繋がらず、苗字もバラバラ、出身も経歴も趣味も好みもみんなバラバラ。
それでも自分たちが家族でいられたのは3人がお互いのことを家族だと思っていたからだ。
曖昧だけど血よりも強い絆。
だから戦いが激しくなり3人が家族であることを放棄したとき、それはいとも簡単に崩壊してしまった。
だけど、戦いが終わりお互いにためらい、罪悪感を抱えながらももう一度家族になりたいと思ったときそこにはより強い絆で結ばれた家族ができた。
お互いを思う気持ちが本当の家族をつくる。
理想論みたいだけど本当のことだと思う。
アタシはそれを知っている。
だから、今ははっきりと言える。
アタシは今のママが大好き。
* * * * * * * * * *
雪が再び降り始めた。
アスカの足はいつの間にか近頃よく足を運ぶ公園へと向かっていた。
今ではこの街にも本当の家族ができた。
ずっと本当の家族になれなかった自分と、血の繋がった父と、血の繋がらない母の3人の家族。
やっと温かい血の通った家族になることができた。
だけど、何故だろう。
時々、背中がスカスカするような感覚に襲われる。
嘘ばっかり・・・
本当はもう分かっている。
今ではアイツがいないから。
振り向いてもそこに情けない顔で自分の後ろを歩く少年がいないから。
初号機のパイロットだった少年。
冴えない奴だと思った少年。
初めはつまらない対抗心を燃やしていた。
クラスメートだった少年。
同居人だった少年。
家事が上手いということにはすぐに気付いた。
情けなかった少年。
不器用だった少年。
内罰的で見ているとイライラすることもあった。
時には喧嘩もした少年。
自分を助けてくれた少年。
不器用だけど優しいことにも気が付いた。
時々、頼りになった少年。
笑う少年。赤面する少年。
チェロを弾く少年。
嫌いじゃなかった少年。
どこかで心惹かれていることに気が付いて、頭でいつも否定してきた。
自分のプライドを打ち砕いた少年。
嫌いだった少年。
大嫌いだった少年。
自分を見捨てた少年。
憎かった少年。
だけど、毎日病室に足を運んでくれた。
臆病だった少年。
一人ぼっちだった少年。
優しかった少年。
自分のために泣いてくれた少年。
初めてキスした少年。
気が付けばいつも一緒だった。
振り向けばいつもそこにいてくれると思っていた。
嫌いじゃない少年。
好きな少年。
大好きな少年。
大好きなアイツ。
「・・・・シンジ」
結局、最後まで好きだと言えなかった少年の名前をそっとアスカは呟いた。
ドイツに帰ってきてからも何度か手紙をやり取りした。
でも、素直じゃない自分と不器用な少年のこと、手紙の文面はいつも妙に硬いか軽いかどちらかだった。
電話はする気にはなれなかった。
最初は意地を張って喧嘩になって取り返しが付かなくなる事が怖かったから。
今では声を聞いたら泣き出さずにはいられないから。
雪は空から尽きることなく舞い降りてくる。
雪は街を空を道を白く覆い隠していく。
雪は無常に降り続く。
雪を見ると自分がいかに少年と離れているかを感じてしまう。
雪を見ていると心が妙に冷たくなって胸が騒ぎ始める。
今はこんなに熱くて切ないの心も、いつかはこの雪景色のように白くおぼろげに霞んでいってしまうのかもしれない。
今、自分が歩いてきた足跡を雪が消していくように少年との記憶も一つまた一つと思い出せなくなっていくのだろうか。
いや、・・・そんなの絶対にイヤ!!
「はっくしゅん」
アスカはくしゃみを一つした。
気が付けば汗が冷えてすっかり身体も冷たくなっている。
「・・・・帰ろっか」
感傷的な雰囲気に水を差されたアスカはそう呟くと踵を返した。
ぶらぶらとゆっくり歩いていくと出口の近くで公園の地図と睨めっこをしている人影を見つけた。
出口に近づくにつれて姿がはっきりしてくる。
傘も差さず帽子も被っていないのですっかり頭に雪が積もっている。
その姿には見覚えがあるような気がした。
気のせいだ。
後姿が似ているだけだ。
そう、思いながらもゆっくりと背後から近づいていく。
近づくにつれて、その人物が何をしているのかがはっきりした。
手に持った地図と公園の周辺図を照らし合わせているのだ。
良く分からないのか手に持った地図の向きを色々と変えて見たりしている。
やっぱり似ている・・・・
やがて、それは確信へと変わる。
アスカは静かに近付いて行くとその人物の後ろから声を掛けようとした。
だが、
「くしゅん!」
変わりに出たのは威勢の良いくしゃみだった。
とても近くから聞こえたくしゃみにその人物が振り返った。
「あ・・・」
手袋のはまった両手で口元を押さえたアスカを見て、振り返ったシンジの驚いて開いた口から音がこぼれた。
「・・・・・・・・」
一方のアスカは口元を覆ったまま動けなくなっている。
お互いその少し間の抜けた格好で見詰め合ったりして。
「アスカ?」
シンジがアスカの名前を呼んだ。それがアスカの金縛りを解くきっかけになった。
「シンジ!!」
アスカは少年の名前を呼ぶと恐ろしい勢いで彼に抱きついた。
「うわっ!!」
完全に不意を打たれたシンジはそれでも何とかアスカを受け止めようとして、でも結局、慣れない雪に足を取られてそのままアスカもろとも後ろに倒れた。
雪は優しく2人を抱き止めた。
* * * * * * * * * *
・・・その後、公園で何があったかは言うまい。
言う必要もあるまい。
ただ、少年が告げた言葉に少女が嬉し涙を流して、
それから、少女が雪の日を好きになったことは記しておこう。
* * * * * * * * * *
「・・・・で、あんたが愛しいこのあたしに会うためにわざわざ貯金はたいてドイツまでやって来たことは分かったけど何でこんなところにいたのよ。」
「それが、ミサトさんのドイツにいる知り合いの人のところに泊めてもらうはずだったんだけど道に迷っちゃってさ。」
「はぁ、本当にバカねあんたは。」
「だって全然知らない外国の町なんだよ。しょうがないじゃないか。」
「はいはい。で、どこなのよ?その人の家ってのは。」
「ここだよ。」
「・・・・・・・本当にここなの?」
「うん。ほら、印がついてる。」
「これ、あたしの家よ。」
「え?でもミサトさんは・・・」
ドイツにいる知り合いの人のところ・・・・・・・・
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「嵌められたわね。あんた」
「・・・・みたい。」
「まあ、いいわ。ママにはあたしから言っておくから。」
「お願いします。」
「で、どうする?部屋は一緒にしてもらう?」
「そ、そんな・・・」
「冗談よバーカ。」
くすくすと笑いながらそう言うとアスカはシンジの腕を引っ張って家路についた。
自分が彼を連れて帰ってきたときの母親の顔を想像しながら。
あとがき
久しぶりの投稿です。
しばらく期間が空いたので書き方を忘れて大変でした。
テーマはとりあえず『雪』
雪国育ちなので雪の街には多少思い入れがあります。
今年はたくさん降るといいなぁ・・・。
シータさんに投稿していただいた「雪降る街と彼女と彼」でした〜。
んーやっぱ寒い日にはホカホカのLAS小説を読んで温まるに限りますな。
ナイスな作品をどうもありがとうございます、シータさん!
一年中夏の日本とは違い、セカンドインパクトの影響で北欧並の気温になってしまったドイツの街の中を、母と共に歩くアスカ。
義理の母とのわだかまりも無くなり、心には充足感があるはずなのだけれど、でもどこか気持ちに欠けた部分を感じている。
それは…そう、日本での家族のこと。そして家族の中でも、一番身近にいた少年のこと。
距離が離れてしまっていることを再確認して感傷的な気分になるアスカだけど、そんな彼女の前に現れたのはその当の少年、シンジ。
雪の中の二人の再会を、雪がまた優しく受け止めてくれて…。
うーんなんて描写が美しいのでしょう。
「雪」をキーワードにしたこちらの作品、十二分に堪能させていただきました!
作者のシータさんに作品のご感想をっ!
感想は作家の元気の源、是非お願い致します。
今年は雪が降る冬になるんでしょうかね。
えびは関東圏に住んでいるのであまり雪とは縁がないのですが、是非降って欲しいなぁ。
シータさんどうもありがとうございました。次回作も期待しております!
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