右肩が重い。
人のアタマってこんなに重いのね。
アンタが疲れてるのは十分分かってるわ。
でも・・早く起きてくれないかな・・・シンジ。
居眠り
written by sonora
週番の仕事を終えて、家に帰って「ただいま!」と言ってもシンジからの返事はなかった。
家の鍵を開けたままで出かけるようなヤツじゃないから、家にいるんだろうとは思ったけど。
今日は特別暑かったから、シャワーでも浴びてるのかもしれない。
アタシはそう思って自分の部屋へ戻ろうとした。
「・・・何やってんだか、全く」
この前ミサトにねだって買ってもらったベージュのソファ。
テレビが見やすいようにリビングに置いたそのソファにシンジは座っていた。
だらしなく足を伸ばして、腕組みをして、目を閉じている。
電車の中で寝てるオジサンと同じような格好だ。
「シンジ、ちょっと・・・ねぇ」
軽く肩を叩いたけど反応はない。
カバンをソファに放り出して制服のまま寝ちゃってるから、帰ってきてすぐに居眠りし始めたみたいね。
「ま、ほっとけばすぐ起きるでしょ」
アタシはそう結論付けて初めの目的通り部屋に戻った。
最初に、暑苦しい制服からいつものTシャツとハーフパンツに着替えて、それからいつも通りカバンの中から空のお弁当を出した。
お弁当箱なんて夕飯が済んでから一緒に洗えばいいのに、洗うのは早いほうがいいから、とかなんとか言ってシンジはいつもアタシを急かす。アスカ、お弁当出してって。
だからいつの間にか言われる前に出すのが癖になっちゃってるアタシがいる。
「シンジー、おべんと・・・あ」
シンジが寝てることを思い出したのは、部屋を出てそこまで声を上げてからだった。
やっぱり癖になっちゃったわね、とどうでもいいことを思った。
ときどきコクリコクリと傾いでいるシンジを見て、アタシは言った。
「ムリもないか・・・昨日は大変だったもんね」
昨日はいつもと変わらない午後になるはずだった。
そうならなかったのは・・・そう、使徒の襲来があったから。
9番目の使徒。アタシが本物を見るのはこれが4体目。
まるでクモみたいな図体で、人間の目みたいな模様が入ってる気持ち悪い使徒だった。
そいつがなんと、ネルフが停電してるときに襲ってきたからさぁ大変。
動力は予備の電池、武器はパレットライフルが1丁だけ。出撃はエヴァに乗ったままずるずると腹ばいで。
作戦通り、使徒が出してくる溶解液をアタシがガードしてる間にライフルで攻撃して、それであっけなく使徒殲滅には成功した。
問題はそのあと。
まずはいつも通り使徒戦の後始末をした。電力がまだ復旧しなくて、ほとんど全部手作業で。
それが終わって帰れるかと思ったら、ネルフ内がごたごたしてて着替えも出来ないまま外に放り出された。
「何で停電してるだけで着替えもできないのかしらね」
「仕方ないよ、停電って言ったって大事なんだからさ」
「それは分かるけど・・・まぁいいわ。おかげでいいもの見れるしね」
放り出されたアタシたちの頭上に広がっていたのは、普段なら絶対に見ることのできない星空だった。
まるでプラネタリウムみたい、と思って、すぐにその考えがバカげたものだと気づく。
プラネタリウムが夜空のコピーなのであって、その逆ではあり得ないから。
「電気、人工の光がないと星がこんなに綺麗だなんて皮肉なもんだね」
「でも、明かりがないと、人が住んでるって感じがしないわ」
「・・人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ」
「さっすが優等生! てっつがくぅ」
アタシがふざけて返した答えに、ファーストはなんの反応もしなかった。
その代わりなのかもしれないけど、体育すわりをしたままファーストは空を見上げて、
「・・闇の中に浮かぶ光・・こんなに綺麗なのに」
ぽつりとそう言った。
しばらく3人でそうしていると、やがて電気がついてようやく電力が復旧。
急いで着替えて家に帰ると、いつもならもう眠りに落ちている時間になっていた。
アタシもシンジもそのままベッドに直行して眠りについた。
ひどかったのはその後だ。
「しんちゃ〜ん、あすかぁ」
ミサトのバカでかい声で起こされたのは夜中の2時を過ぎた頃。
思わず飛び起きて外に出ると、アタシの部屋の前の廊下でだらしなく笑うミサトがいた。そしてそのミサトの向こうにシンジ。
「本日は使徒殲滅、まことにご苦労様でありまーす、なんちってぇ」
「ミサトさん・・・また飲んだんですか?」
呆れたんだか怒ってるんだか分からなかったけど、いつもよりも低い声でシンジは言った。
でもそんなことはおかまいなしにミサトは、そうでありまーす、と場違いな陽気さで答えた。
こうなったらもうどうしようもない。
アタシたちは、ちょっとぉ、やめなさいってばぁ、とくねくねしゃべるミサトを無理やり部屋に押し込んだ。
そして2人で疲れ気味の目配せをしてまた眠りについた。
よくよく考えたら散々な日だった。
「ミサトも、使徒戦の後くらいおとなしくしてくれればいいのにね」
相変わらずソファにだらけたままのシンジに言ってみても答えはない。
右に左に傾いでいるのがちょっとだけ可哀想だった。
「しょーがない、特別だからね」
アタシはそう言うと、空のお弁当箱を流しにおいて、また部屋に戻ってブランケットを引っ張り出してきた。
いつか、アタシがリビングで昼寝をしたときにシンジがおろしてくれた真新しい黄色のブランケット。
別にアタシ専用のものになったわけじゃないけど、置く場所がないからアタシの部屋においてあったものだ。
「アンタ、バカだから風邪なんて引かないでしょうけど」
「・・・・」
「でも、しょーがないから掛けてあげるんだからね。感謝しなさいよ」
「・・・・」
「だから今度・・・・って、何言ってんだろ、アタシ」
寝てる人に何か言ったところで返事があるわけがない。
さっとブランケットを広げると、それをシンジの胸元あたりまでふわりと掛けた。
でもやっぱり何か可哀想なのは、コクリコクリと首が揺れているからだろう。
仕方ない。この借りは必ず返してもらおっと。
心の中で呟いて、アタシはシンジの隣に座って、彼の着ているワイシャツを軽く引き寄せる。
思惑通り、アタシの肩にシンジの頭が寄りかかる格好になった。
「別に他意はないのよ。ただ首が疲れるかもって思っただけなんだから」
アタシは誰にでもなく言い訳していた。
ちらりと目を走らせれば、そこには無防備なシンジの寝顔があった。
すごくカッコいいわけでも、可愛いわけでもない。
男性っぽくはないけど、少年とまではいかない。
あらゆるモノの真ん中みたいな顔ね、とふと思った。
「この借りは3倍にして返してもらうわよ?」
つんつん、と柔らかいほっぺたを空いている左手でつっつくと、シンジはほんの少し眉を顰めた。
気づけば、アタシが肩を貸してあげてから1時間ほど経っていた。
右肩がずしりと重い。
眠ってる人の体が重いとは良く聞くけど、頭もこんなに重いのね。
疲れてるのはアタシだって良く分かるわ、シンジ。
でもアタシも、そろそろ肩が限界なんだけど・・・。
「もー、早く起きなさいよぉ」
そう言ってもシンジは全く起きてくれない。
かと言って無理に起こすのは気が引ける。
もうこれは3倍返しじゃ済まない。絶対10倍にしてもらうわよ。
アタシはその『10倍返しプラン』を頭の中で練ることでもうしばらく時間をつぶすことにした。
「ふふっ、覚悟してなさいよ」
「・・・・」
「でも、バカなくせに頭だけは一丁前に重いんだから」
「・・・・」
「もう2度としてやんないからね、分かった?」
それはアタシの独り言のつもりだった。
だけどその時だけ、シンジは言った。眠ったまま、一言。
「ごめ、ん・・ね」