『木漏れ日の中で』
Written by Speaker
夏――変わらぬ季節の、ある日曜日。家族連れや、カップル、ジョギングや散歩をする人達で賑わっている公園。太陽がもうすぐ空を昇りきろうかという時、そこに、新たに一人の女性が足を踏み入れた。
その女性は、パールグリーンのワンピースに身を包み、蒼い瞳で辺りを見回すと、赤みのかかった栗色の髪を軽くなびかせた。
「……さて、と」
彼女は歩き慣れた公園内の道のりを軽やかに進んでいった。木漏れ日が時折、彼女の美しい長髪を照らし、輝かした。
しばらくして、辺りに美しい旋律が響き始めた。その音色を耳にした女性は、沸き立つ心を抑えながらも、足を速めた。そして彼女は、先にあるベンチに腰掛け、チェロを奏でる青年の姿を見つけた。速めていた足取りを緩め、その代わり、満面の笑顔を浮かべ、ゆっくりとその青年の下へと歩み寄っていった。
青年も彼女の存在に気が付くと、演奏を止め、微笑み返した。
「お待たせ、シンジ」
「うん、待ってたよ、アスカ」
「バカ! ……で、今日は何を弾いて、聴かせてくれるのかしら?」
「はぁ……考えてくるの、けっこう大変なんだよ?」
「それもあんたの役目でしょ。あたしは聴衆なんだから」
「わかってるよ。今日演奏するのは……」
そうして、月に一度の、二人だけの時間が始まった。
*****
二人は既に22歳になろうとしていた。シンジは中学校卒業後、高校に進学し、現在は大学4年生となっていた。一方、アスカは既に大学を卒業していたので、中学校を卒業すると就職という道に進んだ。とはいえ、二人ともエヴァのパイロットであったという事情により、シンジは再び先生の下に戻らなければならなくなり、アスカは日本に留まる事になったものの、ネルフに関係していた企業に就くしかなかった。当然、ある程度の監視付きで、である。もっとも、使徒との戦いから8年以上も過ぎた現在では、その監視の目も解かれつつあった。
では、なぜ二人はこうして顔を合わせているのか。それは8年前に遡る。シンジが第三新東京市を離れる日、アスカは彼に一つの約束をしたのだ。それは月に一度、必ず待ち合わせをする、というものだった。そして、その日は第一週の日曜日であること、それまではお互いに絶対に連絡を取らないこと、どうしても都合が合わない時のみ、メールで伝えるということだった。
シンジはもちろん彼女の申し出を受け入れた。互いに今までと異なる環境に身を置くのだから、慣れるまでの間、気の知れた仲間との時間が欲しかったのだ。
だが結局、彼らの毎月の対面は、途切れることはなかった。年月が経つにつれて、それは習慣、生活の一部となっていたのである。
会いに行くのは、もっぱらアスカの方であった。これは単純に経済的な理由である。そして、落ち合う場所は、シンジの住む町の郊外にある森林公園というのも、流れの中で自然に定着したのだった。
初めのころ、シンジがアスカの食生活を心配してか、手軽に作れる、栄養バランスを考えたレシピを彼女に渡していた時期もあった。これは彼女にとっては不快だったらしく、
『ヤダ! そんなメンドーくさいこと出来ないわよ!』
と彼女は渋ったのだが、
『毎日じゃなくていいからさ、たまには作ってみてよ。頼むからさ』
と懇願するシンジに押し切られ、しぶしぶそれを受諾した。今ではアスカの料理の腕は、持ち前の努力により、シンジに引けをとらぬものとなっていたので、レシピの受け渡しはなくなった。が、シンジは知らぬことなのだが、彼の書いたレシピはすべて、アスカの机の引出しの中、その奥にあるファイルに大切に保管してあるのだった。
*****
アスカはシンジの隣に座り、彼の演奏に耳を傾けていた。
もう一つ、アスカがシンジに取り付けた約束があった。それは、逢う度に必ず、一曲でいいからチェロを弾いてみせること。これにはシンジも驚いた。アスカがその時に言った言葉はこういうものだった。
「せっかくのアンタの取り柄なんだし、止めるなんて勿体ないわよ。アタシに聴かせる為でいいから、続けて」
彼は今、その時の彼女の言葉に感謝していた。演奏する中でチェロ本来の楽しみを知ったのだ。また、彼女に聴かせる曲選びも、彼の楽しみの一つだった。彼はチェロの練習をするときは、常に一人で行っていた。アドバイザーはいない。いや、アスカだけが彼のアドバイザーであった。
シンジの演奏が終わると、アスカの耳に、再び公園の喧騒が戻ってきた。アスカはさも満足気に、彼に対して評価を述べた。
「まぁ、前回より向上したんじゃない? すずめの涙くらい」
「そんなぁ、また? たまには褒めてくれたって、いいじゃないか……」
「あら? あたしは十分褒めたつもりよ? まぁ、あたしを充足させるには、まだまだ腕が足りないってことよ! 次回の課題ね」
つまらなそうに、不平を漏らすシンジに、アスカは笑顔で返した。悔しかったら、あたしが拍手を送るような演奏をしてみなさいと言わんばかりに。だが、シンジは一度も彼女の課題をクリアしたことは無かった。正確には、クリアさせてもらえないのだ。しかし、二人はそれで良かった。彼女が彼の技量を認めることが無い限り、この、二人の時は終わることはないのだから。
「ところでシンジ、就職活動はどうなのよ? 旨くいってる?」
「ああ、一応、内定はもらったんだ。研究室のほうが急がしい位だよ。でも、僕が働くなんて、まだ実感湧かないや」
シンジは大学で情報工学を専攻しており、既に中規模の、ソフトウェア制作を行っている会社に就職が内定していた。その会社はネルフとは関係のない、一般企業だった。
*****
彼が、工業大学への進学を決めたという話をアスカにした時、彼女は驚きの声を上げた。なぜ、音楽大学へ進まないのかと。その問いかけに対する彼の返答は、
『チェロは趣味でいい、趣味で留めておきたいんだ……』
というものだった。アスカはその言葉の真意を掴んだのか、それ以上の追求をすることはなかった。
*****
「そんなコト言ってるからダメなのよ! ……ま、その方がアンタらしいけどさ……」
そうして、しばしの沈黙が流れた。日は南の空の頂上へ達し、穏やかな夏の涼風が二人の間を駆け抜けていった。
「……おなか空いてきちゃった」
「そうだね。なんか食べに行こうか?」
「もちろんシンジの奢りでね!」
「それはないよアスカぁ……」
情けないシンジの声に、アスカは思わず笑ってしまった。そんな彼女に連れられ、シンジも笑った。そして、シンジがチェロをケースにしまい終えると、二人はベンチから立ち上がり、寄り添いながら公園を後にした。
この数年後、そんな彼らの面会は終わりを告げることとなるのだが、その理由は、二人だけが、知っている。
End
読んでくださった方々、ありがとうございます。
約一年ぶりとなります、忘れ去られたような、短篇書きのSpeakerです。
月刊ASUKAの『新世紀エヴァンゲリオン 鋼鉄のガールフレンド2nd』(長い作品名だ)に感化され、再び一つ書いてみました。
ブランクが大きく、まさに0からのスタートだったので、稚拙で読みにくい文章になっていないかと不安(元々そうだったかもしれませんが)もありますが、評価されるのは読者の皆様。
叱責激励、絶賛罵倒、お待ちしておりますので、よろしくお願いします。
では、失礼します。
約一年ぶりにSpeakerさんから投稿していただいた「木漏れ日の中で」でした〜。
すっごくお久しぶりですね。でもこうしてまた作品を投稿してくださり、本当にありがとうございます!
んーこういう雰囲気のSSっていいですね。すげー好きです。
二人の間に存在する空気、情景を、チェロというものを通して綺麗に描かれており、読後感が大変心地いいです。
数年後にこのシンジとアスカの面会が終わったっていうのは、もうわざわざ面会しなくても、いつでも会える関係になったからですよね。
末永くお幸せに、って感じですな。
作者のSpeakerさんに作品のご感想をっ!
感想は作家の元気の源、是非お願い致します。
久々の投稿とは思えないぐらい完成度が高かったですよ。
これを機に、また投稿活動を再開してくださるとうれしいです!
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