| The Wis Presents |
| 〜暗い空にまた陽は昇る〜 |
| Episode16: A reencounter |
| 第16話 愛しき人 PartT |
新横須賀港
新横須賀が面する相模湾の波は今日も穏やかの様だ。
ここには勿論いないが、十数キロ東に居るであろう波乗り達の残念な顔が目に浮かぶ。
無骨な軍艦のマストの上を海鳥が飛び交う港の空に、大きなそして特徴的な飛行機雲が伸びる。
「・・・SST(超音速旅客機)か。あの方向だと、第3新東京国際空港・・・碇司令のご帰還かな。」
旧世紀ならば、夏も終わりに差し掛かる月。
しかし葉月や南風月といった別名は、もはや意味をなさない。
吸い込まれる様な快晴の夏空に伸びる飛行機雲が消えてゆくのを見た男は、見上げていた視線を港へと戻した。
「さて、俺も帰るかね。」
その呟きは港の波音へと消える。
「暇ですねー。」
「ああ、つまんねーな。ちょっくら、遊びに行くか?」
「え、どこへですか?大尉ぃ。」
まだ顔に少年の様な幼さを残す部下を、悪しき遊びに連れ出そうとする不良士官。
寄航時の何時もながらの光景だ。
「まぁ、着いて来いって。カジもいくかー?」
「今日は別件で用事だ。」
「おーい、カジ。何処に行くんだ?」
普段と違ってつれない同僚に少し呆気にとられ、思案する彼。
「ありゃ、ナンパですよね。流石、陸の撃墜王カジ大尉です!」
兵士が羨望だろうか、尊敬だろうか、その両方が混じる表情を向ける。
「・・・なーに言ってんだか。ナンパしに行くような目には見えんかったがな。あれは・・・」
少しの間を置き、少々下品な笑いを浮かべながら彼は続けた。
「お前には五年、いや、十年早いなぁ。」
・・・
近世頃には活気があり名のある宿場町であったものの、現在の神奈川県西部はあまり重要視されていない地域の一つである。
第二次遷都計画の中止が発表されて以来、第3新東京の玄関口と言う立地は意味をなさなくなり、腐る程存在した再開発事業も途端に立ち消えした。
新横須賀市もその例に漏れず、駅前の市街地を抜けるとすぐに田畑が広がる『古き良き日本』の風景となる。
またこの街は別の問題も抱えている。
人口十数万人、その3分の1以上が国連軍関係者という歪な人口構成であり、市街地を歩けば日本語より英語を聞く機会の方が多いと揶揄される程である新横須賀。
大規模な基地群が存在する土地柄、悪評によって人口流入もあまり期待できない反面、基地群を抱えている事によって有り余る雇用と政策補助金等で市の財政的には非常に潤っており、半ば放置状態にある旧東京圏の中ではどちらかと言えば恵まれた存在ではあるのは皮肉である。
国連軍のジープを運転する加持。
新横須賀から第3新東京まで至る国道は、第3新東京市域に入った辺りから非常に荒れており、立往生を食う羽目になった。
沿道には軍事車両の残骸や、遺棄された装備などが転がっており慌しい撤退が行われたのを物語っている。
「JSSDF、戦略自衛隊か・・・」
戦車の残骸の破片だろうか、それとも他の車両のだろうか、はてはVTOL重戦闘機のものだろうか。
今となっては原型すら留めていない残骸の僅かに読み取れる、”JSSDF”という文字列を見る。
「まったく、戦場掃除も満足にしないのか。標識もぶっ壊しやがって。」
路上に転がる、邪魔な道路標識をガードレール沿いへ捨てる。
ふと、ガードレール脇にまるで石炭のように丸焦げになった物体が目に付いた。
それは紛れも無く、高温によって肉体が蒸発してしまった兵士の亡骸だった。
「・・・出来るわけないか。」
・・・
第3新東京国際空港
第二次遷都計画の一環として整備されている相模湾内新横須賀沖3.5kmの人工島に所在する海上空港、それが第3新東京国際空港である。
同時に運輸省国土再生審議会の航空政策部会において示された、水没した旧東京国際空港の代替として整備される旧首都圏新空港でもある。
計画では2015年度内には開港し、新都への遷都前に周辺整備を進めるものであったが、政府による予算凍結によって事業の9割まで完了しているのにも拘らず建設は中止された。
もっとも『国際空港』と言うのは第3東京遷都同様の納税者への建前であり、ネルフ本部への迅速な物資搬入の為に建設された飛行場といっても良い。
その為、軍用規格の長大なコンクリート滑走路や国連空軍の大型輸送機をも整備可能な巨大格納庫まで建設されており、その性格はどちらかと言うと空軍基地に近い。
それでも建前をあくまで重視しているのか、大規模な旅客ターミナル、空港と対岸の新横須賀市を結ぶ地下鉄など交通網も国際空港として遜色ない程度に仕上がっているのは驚きである。
第1旅客ターミナル・到着ロビー内
「なんでまた、この空港は建設途中で放棄を?」
人影が全く無く、まるで使用感の無いロビー内にシュナイダーの声が通る。
「所詮、委員会に整備させられてたというのが本音だからね。」
冬月は簡潔にその疑問に答える。
シュナイダーは、政治家は何を考えてるんだか・・・と呆れた様にその大きい肩をすくめた。
確かに数千億円もの予算を掛けてここまで建設したのならば、維持費を考えても完成させて周辺の経済的効果を取った方が得だっただろう。
但し、既に委員会の後ろ盾が存在しない第3東京へ利便を図るような事業は、表向きには和解したといっても現政権と新霞ヶ関の本音――ネルフに対しての日本国政府の優越性の誇示から外れる。
つまるところ、十年以上もの間軽んじられ、時には良い様に虐げられた第二東京のプライドの問題なのである。
「放っておけ。有能な奴が政治屋になってもらっては、我々の障害としかならん。」
それに短期的にはこの状態の方が都合が良い、とゲンドウは続けた。
シュナイダーは暫くしてから納得し、彼らは無人の入国審査ゲートと税関を抜け、迎えのVTOLが待つヘリポートへと足を進めた。
・・・
同刻
第3新東京市 湖尻峠付近
湖尻監督所(旧第9監視施設)
戦略自衛隊の侵攻の際、運良く攻撃対象とされなかった監視所の一つである第9監視施設。
第3新東京市全域を見渡せる場所柄、現在は市域再建工事の監督所が置かれているのである。
N2弾頭弾によって吹き飛ばされた天蓋は、既に目測で3分の2以上塞がれており、灰鉄色の都市基盤となって再建が進んでいる。
同時に、小さくなったとはいえ未だ穴から覗かせるジオフロント内の地底湖と大森林が非現実的な光景を演出し、工事規模の大きさを物語っていた。
対外的な非公開・機密事項が多すぎる為にまず有得ないが、人類史上最高レベルの建造物として世界的な遺産に指定されても不思議では無いだろう。
監督所の中ではこの巨大プロジェクトに携わる大手ゼネコン社員とネルフ職員が各々の仕事の為、忙しく動き回っている。
ミサトもつい先程まで、プロジェクト全体のミーティングに参加していたのだ。
丁度、本部にある自らの執務室に戻ろうと席を立った時、ミサトの携帯の着信音が鳴った。
< 葛城さん、先程碇司令の乗られたSSTが第3新東京国際空港へ到着しました。 >
「了解。日向君、迎えのVTOLは現地についてるかしら?」
< はい、15分前に空港に到着しています。 >
「ご苦労様。碇司令のことだから出迎え等は不要よ。無駄な事に時間と費用を使ったら怒られるわ。後、セントラルドグマA7工区の事故の件はどうなったかしら?」
< 第7工区ですが、多少工程が遅れるものの工期には支障なしとのことです。 >
< ピーピーピーピー >
突然、携帯電話のキャッチホン機能により着信音が鳴る。
「了解したわ。こんのクソ忙しい時に・・・ちょっと待ってて。はい、こちら葛城ぃ!」
不意に声に力が入りすぎる。
大人気なくイラついているのは重々承知だが、超過勤務が続き寝不足なミサトにそれを抑えることはできなかった。
だが直後にミサトは激しく後悔することとなる。
< ・・・碇だ。 >
「い、碇司令!し、失礼致しました!」
< ・・・よかろう。本日、国連軍情報部の士官が君宛に機密資料を運んでくる。丁重に迎えるように。 >
「は、了解致しました。・・・むっきぃー次から次へとふざけんじゃないわよ!」
ミサトはこのむしゃくしゃした気持ちを空になったコーヒー缶に向け、それを勢いに任せ投げつける。
直球とでも言うのだろうか、缶は目には見える程度の残像を残しゴミ箱へと吸い込まれた。
・・・
第二発令所
「葛城二佐、今日は特段機嫌悪いな。」
仕事に一息つき、マグカップに残る冷めたコーヒーを啜りながら青葉は隣の同僚に声をかけた。
「最近、仕事山詰めだからなー。まったく本部長にもなってからは殺人的量なんだぜ。」
「日向もご苦労様だ。」
隣の同僚は話の受け答えこそするものの、視線は目前の書類の束に向かっている。
「よくわかってるな・・・青葉。」
ミサトは最近精力的に仕事をこなす様になったと思われている。
但し、全体の仕事が数倍に膨れ上がった為、『数倍』仕事しているだけのミサトは、割合の観点では以前と然程変わっていなかったりする。
その為、日向も無論『数倍』の仕事量をこなさなくてはならないのだ。
ネルフに安息の日々が訪れるのは何時になるのだろうか。
仕事に溺れかかる同僚の姿を眺めながら、本気でそんな事を心配する青葉だった。
・・・
正午を少し過ぎた頃
第3新東京市 宮ノ下町
ジオフロント東第14ゲート
ジオフロントへ至るトンネルの入口、ここに本来存在する筈の重厚なゲート施設は戦略自衛隊の侵攻ルートであった為に破壊されてしまっている。
資材搬入の際に邪魔になる事から撤去作業こそ行われたものの、天蓋に人員を割かれているのか再建はされておらず、
入口の脇にコンテナサイズのプレハブ事務所が警備員詰所として設置され、工事現場でお馴染の橙色のガードフェンスがトンネルを塞いでいる状況だ。
「停止してください!」
ゲートの警備に付いていた保安部員は前方から迫る国連軍のジープに気づき、声を張り上げた。
そのジープを運転する国連軍制服姿の男は保安部員のすぐ横に停め、答える。
「国連軍情報部北米部局のB・スミス大尉だ。碇ネルフ司令より私の事は連絡が入っていると思うのだけどな?」
「ご苦労様です、大尉殿。このまま直進して頂きますと、ジオフロント地表部への直通リニアレールになりますのでお進み下さい。後・・・、ここから先も道路が荒れてる場所がございますので、気を付けてください。」
「まぁ、しょうがないと思って諦めるよ。」
前方では他の保安部員によって入口を塞いでたフェンスの一部が退かされ、ジープを進めるのに丁度良い位の隙間が出来ていた。
「ああ、君たち。」
国連軍の士官は保安部員を呼ぶとバツの悪そうな顔をし、続ける。
「本部には連絡しないでおいて貰えないかな。何分遅刻してるものでね。」
「はは、了解しました。大尉殿。一応記録はしますが、こちらから下に連絡はしませんよ。」
この保安部員は多少は頭が回る様で言葉の意図をすぐ理解し、答える。
もっとも彼には、本当の意図までは分からなかっただろうが。
助かるよ、と国連軍の士官は彼らに感謝し、フェンスの間を通り抜けトンネル内へジープを進めた。
案外にもすんなり通ることの出来た加持。
「まったく、IDカードも確認しないとは暢気だな。まぁ、国連軍も同じだが――」
これは大分紛れ込んでるな。
ふと職業柄か頭に浮かんだ考えに真剣な顔つきに変わる加持。
しかしすぐに考えるのを止め、頭の中から考えを消すように、アクセルを踏み込む。
「ま、今までもそうだった事だし、今更か。」
・・・
国連非公開特務機関ネルフ日本本部長、葛城ミサト二佐。
彼女の怒りは既に頂点に達し、臨界状態を向かえていた。
『臨界状態』とはどの様な状態か説明すると、本部長執務室へ報告をしに来た職員が、そのドアを超えて湧き出る怒りのオーラに恐れ慄き、逃げ帰るレベルである。
核分裂炉における臨界状態にはチェレンコフ光という発光が伴うことで有名だが、ミサトの禍々しいオーラはまさにこの粒子物理学的な放射現象と似通っていた。
既にゲンドウから伝えられた時間から1時間も過ぎているのにも関わらず、一向に例の国連軍士官は来ない。
そればかりか、ジオフロントへ入ったとの連絡すら無いのである。
1時間!1時間もあればどれだけの仕事が出来たか! と、心の中で叫ぶミサト。
残業に次ぐ残業により、鬱憤やストレスを極限まで溜め込んだ状態のミサトである。
もはや暴走状態まであと僅かと言ったところであろう。
どんな奴かは分からないが、タダでは帰さない。
そんな物騒な決意を心で固めた直後に、ドアがノックする音が聞こえた。
コンコン
「勝手に入りなさい。何の用?」
例の客に関しては未だ連絡が無いことから、日向かそこら辺の職員だろうと思い、ミサトはドアに背を向け書類を読みながら返事をする。
「はは、頑張ってる様だな、葛城。」
「・・・え?」
ミサトは、後ろを振り返る。
先程まで目を通していた書類の束が豪快に舞い落ちるが、それでも呆然と彼女は声の主を見つめた。
声の主はその優しい瞳でこちらを見つめる。
「――ただいま、葛城。」
次回予告:
ミサトの前に現れた加持。
再会に涙を流し、嗚咽するミサトだがそれも束の間。
加持から驚きの情報をもたらされ、それはネルフの未来が茨の道である事を知ることとなる。
次回、〜暗い空にまた陽は昇る〜 第17話「愛しき人 PartU」
(タイトルと内容は勝手に変更される可能性もあります)