S t u d i o U T A H I M E / K A N S U I G Y O
Maria Sama Ga Miteru
マリア様がみてる
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兆しの季節


蔦子さまは、とても事務的にさらっと言った。
「あさって、うちに来てくれる?今日撮った写真の整理をするから」
あんまりあっさり言うので、笙子は何が起こったのか良くわからなかった。
「笙子ちゃん?」
「あっ、はい、あさってですねっ」
こっ声が裏返っちゃった。
「ちょっと、大丈夫なの?」
と言って蔦子さまは顔を近づけてくる。
「今日撮った写真の整理をするのよ。明日から冬休みだから、部室が使えないでしょ。うちには機材もあるから」
「わたしはデジタルですけど」
「知ってるって。パソコンもプリンターもあるから大丈夫。カメラとメモリーカード忘れないでよ」
「はい」
「あさって10時にこの駅まで来て。迎えに行くから」
と言って蔦子さまはペンで書き込みした地図を渡してくれる。パソコンのプリントアウトだ。
「新聞部のプリンターで打ち出してもらったやつよ。真美さんに頼んでね。来年度は写真部もパソコンが必要ね」
蔦子さまは立ち上がるとコートをはおって、
「じゃ、これから薔薇の館のパーティーに行ってくるから。笙子ちゃんは先に帰っててね。部室の鍵は大丈夫よね?」
笙子は答えなかった。どうしても聞きたいことがあったから。でも聞けない。
「蔦子さま」
「なあに?」
「どうして私をパーティーに誘ってくれないんですか?祐巳さまもだめとは言わないと思うんですが」
聞かないつもりだったのに、言葉が先に出てしまった。
蔦子さまは手にもったかばんを置いて上半身をかがめて、笙子に顔を近づける。レンズの向こうの黒い瞳に、やさしい微笑みが漂う。
「今笙子ちゃんを連れてったら、質問攻めに会うに決まってるでしょ。姉妹になりました、って言うならそれで終わりだけど、そうじゃないでしょう」
蔦子さまはさらに顔を近づけてきて、
「説明が大変だわ。そうしたら、撮影どころじゃないでしょう。あの人たちは、わたしに写真を撮って欲しいわけだから」
蔦子さまは背を伸ばし、
「もっとも、面白ければなんでもいい、という人たちでもあるんだけどね」
「そうなんですか?」
「そうよ」
蔦子さま笑ってかばんを持つと、部室を出て行く。
「じゃ、明後日。待ってるから」
「ごきげんよう、蔦子さま」
「ごきげんよう、笙子ちゃん」
ドアが閉まった。
蔦子さまに、お呼ばれしちゃった。写真部の活動の続きで、それ以外の何でもないんだけど。パーティに呼んでもらえなかったのは残念だったけど、お呼ばれしちゃったうれしさが、次第にこみ上げてくる。顔が、勝手に笑ってしまう。もしこんなところを誰かに見られたら、きっと変な人だと思われるに決まってる。日出実さんにバッタリ会わないようにしなくちゃ。
もしかして、これは何かの兆しなのかしら。



笙子ちゃんを自分の部屋に呼ぶことに抵抗がなかったわけではないが、写真を早く整理したいし、マリア像前の記念撮影は笙子ちゃんと手分けして撮ったので、蔦子がまだ見ていない写真もある。学校の部室を使うのは手続きが面倒だし、機材ならここにもある。だから別に、蔦子の部屋の中央にある大きなテーブルに写真が散らばっていて、今その写真を笙子ちゃんが整理していたって、別に変なことじゃない。
「これは、山百合会のクリスマスパーティの写真ですね?」
「そう」
「わたしが見てもいいんですか?」
「写真部だし、いいと思うけど」
「武嶋蔦子、として個人的に撮影したものではないんですか?」
「なるほどね」
一人で撮っていたときは話は簡単だった。これからは笙子ちゃんも本格的に撮影を始めるから、こういうことは増えていくだろう。
「部室で、祐巳さんや志摩子さんの写真を見てるでしょう?未発表のやつを」
「はい」
「写真部として、外に漏らさなければ大丈夫よ。新聞部だって、部として情報を確保しているのであって、真美さんだけが知ってるとか、日出実さんだけが知ってるとか、そういうことはないはずよ」
「そう、ですよね」
「まあ、真美さんと日出実ちゃんは姉妹だから、二人だけで知っている、ということはあるでしょうけど」
このことは理屈では問題ないかもしれないが、祐巳さんたちは意識していないかもしれない。今度会ったら、はっきりさせておかないといけないかもしれない。蔦子が撮った写真は笙子ちゃんが見ることもあるし、その逆もありうると。
「それに、問題がありそうな写真が撮れちゃったら、見せないから大丈夫よ」
蔦子がそう笑って言うと、笙子ちゃんも笑う。ゆるいカーブを描いて流れる髪が、楽しげに揺れる。
「蔦子さま」
「何?」
「いい解決方法がありますよ」
「どうするの?」
「いつも一緒に、撮ればいいんですよ」
そうくるとは思わなかったが、確かにそうだ。蔦子は思わず笑みを浮かべる。
「冗談ではないですよ」
笙子ちゃんはそう言って、蔦子の服の袖をつかむ。
「山百合会のパーティだって、わたしが一緒に行っていれば、別に考えずに済んだんですよ」
「そんなに行きたかったの?」
「いえ、そういうわけでは」
いずれにせよ、写真部の情報を共有する人として、笙子ちゃんを正式に紹介しなければならない時がくるだろう。近い将来。
正式に、笙子ちゃんを。
誰として?
これは、何かの兆しなのだろうか?



「このかたはどなたですか?」
由乃さんが連れてきた中等部の生徒に見覚えはなかった。有馬菜々、というその子は落ち着いて堂々としていて、中等部の生徒にしてはしっかりしすぎているようにも思えた。薔薇の館なのにあの落ち着きようだったのだから。
「中等部の生徒で、有馬菜々さん。由乃さんが招待したのよ」
「どういったご関係なのでしょう?」
蔦子はそれを言うべきかどうか迷い、次の写真を手にとる。菜々さんと、由乃さん。由乃さんが何故菜々さんをパーティに連れてきたのか。そんなことは簡単だ。由乃さんは、菜々さんのことが気に入っているのだ。由乃さんに限って、単に令さまに会いたい、というような人を親切心で連れてくる訳がない。由乃さんが自発的につれてきたのだ。
「よくはわからないけど」
「由乃さまは、このかた、菜々さんのことが気に入っているんですね」
「どうして?」
蔦子は驚いて笙子ちゃんを見る。笙子ちゃんはとても穏やかな表情で、
「この写真を見ればわかりませすよ」
と言って一枚の写真を手にとって見せる。それには楽しそうに笑う菜々さんが写っている。確かにこれを見れば、疑う余地はない。由乃さんは、きっとこの子を妹にするつもりなのだろう。それは、もう一枚に写った由乃さんの笑顔を見れば判る。兆し。ここにある写真に、その兆しがはっきりと現れている。



「ここに写っているのは、瞳子さんですね」
「そう」
「演劇部で、有名な人ですよね」
瞳子ちゃんと可南子ちゃん。あの日瞳子ちゃんはふさいでいるようでいて、可南子ちゃんは妙に明るかった。瞳子ちゃんはパーティを楽しみに来たんじゃなくて、可南子ちゃんに無理矢理連れられて来たみたいだった。そんなとき、由乃さんと菜々さんが来たのだが、場の雰囲気が変だったので、
「それじゃ、取りあえず、集合写真を撮っちゃいましょうか」
と言ったのだ。反射的なものだったけど、変な緊張はそれで一気に解けた。
「表情が硬いですね」
「最初は、様子が変だったのよ」
「変、ですか?」
「ああ、ごめん。これ以上は話さないでおくことにするわ。ごめんね」
「いえ」
瞳子ちゃんの態度はだんだん打ち解けていったけど、パーティの途中でいなくなってしまった。可南子ちゃんが帰った後だ。その後しばらくして、目を赤くした祥子さまと祐巳さんが戻ってきた。蔦子は察してその時の祐巳さんを撮らなかったけれど、祐巳さんと瞳子ちゃんの間で何かあったとみて間違いない。祐巳さんは瞳子ちゃんを妹にするのだろうか?それはわからないけれど、この写真に写った祐巳さんを見ていると、いつもと違う表情が見て取れる。ここにも、兆しが現れているのだ。



「笙子ちゃんの撮った写真を見せてくれる?」
「はい」
「こっちは写真部、として撮ったものだから、私が見ても問題ないわね」
「はい。そうです」
笙子ちゃんは大きくてまちのある封筒から写真の束を一つ、二つと取り出す。これはパソコンのプリンターで打ち出されたものだ。
「最近のプリンターはきれいねえ」
「色の再現性に関して調べましたが、難しいですね、デジタルは」
「基準がないからね。sRGBなんか範囲が狭すぎて、基準になんかなりゃしない。業務用のシステムは値段が高すぎる。というわけで、笙子ちゃんのセンスに、すべてかかってるのよ」
「そうなんですか」
「そう。責任重大よ」
蔦子は笑い、
「アナログも、結局同じようなものだけどね」
写真の束を手にとり、テーブルに広げる。クリスマスのマリア像前の出来事が、テーブルの上によみがえる。
「大変だったわね、このときは」
「わたしなんか、「あなた誰?蔦子さんはどこ?」って何回言われたかわかりませんよ」
「笙子ちゃんのデビューだったからね、事実上の」
「結構凹みましたよ。でも、カメラの後の液晶画面に助けられました。撮った写真を見せると納得してくれるんです」
「最初はそんなものよ。そのうち笙子ちゃんも有名人になるわよ」
蔦子は写真を一枚手にとり、
「わたしの弟子なんだから、ね」
と言ってもう一方の手を笙子ちゃんの頭に手を乗せ、くしゃくしゃとなでる。
その写真には三人の生徒が写っていて、そのうち二人には見覚えがある。
「桂さんとお姉さまね。もう一人は誰かしら?」
笙子ちゃんは写真を覗きこみ、
「あ、テニス部の人ですね。覚えてます。確か姉妹の契りではなく、ただの記念写真だ、とおっしゃっていましたが」
「一年生ね、もう一人は。桂さん、妹にするのかな?」
「そこまでは、なんとも」
「いい写真ね。感情がちゃんと写ってる」
「ありがとうございます」
しばらく蔦子はその写真に見入っていたが、
「兆し、か」
とつぶやくと、笙子ちゃんが驚いたような顔をして、
「同じこと考えてました。前触れ、みたいなものが、この人たちから出ていて」
「そう思う?」
「はい」



冬の寒さをしのぐ方法はいくつかある。あるものは眠り、あるものはさなぎとなり、またあるものは卵のまま、冬を過ごす。その間、動きがないように見えるものもあるが、確実に、次に向けて動き出している。由乃さん、祐巳さん、そして桂さん。みんな、次に向けて動き出している。
「蔦子さま、お茶をどうぞ」
「ありがとう。これじゃどちらがお客様だかわからないわね」
笙子ちゃんが微笑む。とても暖かい微笑み。蔦子は写真にうまく写れない笙子ちゃんが時折見せるこの微笑みがとても好きだ。
これも、兆しなのだろうか?
わたし達の未来を暗示しているのだろうか?



蔦子さまが写真に見入ってしまってしばらく経つので、テーブルに載っていたポットに手をかけて、
「蔦子さま、お茶をどうぞ」
と言うと、蔦子さまは、
「ありがとう。これじゃどちらがお客様だかわからないわね」
と言って笑う。とてもやさしい微笑み。笙子はこの微笑みが大好きだ。隙のないはずの蔦子さまの、とてもやさしい微笑み。
そして、兆し。いまここにこうして二人でいるのも、兆しかもしれない。蔦子さまは姉妹を作らないと聞いているけれど。
まだ未来のことは白紙だけれど、こうやって時を重ねていけば、いつかは・・・。
「蔦子さま」
「なあに?」
「いえ、なんでもないです。お茶をどうぞ」
「ありがとう。変な子ね」
「ふふふ」
「変な子」
蔦子さまの手が笙子の頭の上に乗り、髪をくしゃくしゃとなでる。



(おしまい)




あとがき

ごきげんよう。浜野黒豹です。お泊まりシリーズを書いているうちに原作が冬休みになってしまったので、またしても蔦子さまの部屋が舞台になってしまいました。でも、今回は上品な内容です(笑)。
お気づきのかたもいらっしゃるかと思いますが、タイトルの「兆しの季節」は中島みゆきの歌からのものです。2005年12月の原作新刊「未来の白地図」では様々なことが動き出しました。それで、未来を予感させるような、そんな内容とタイトルにしてみました。とは言っても、またしても蔦笙で、真美さん日出実ちゃんは残念ながら名前のみ登場、そして我らが桂さんも登場、という感じです。まあ、桂さんは写真に写っているだけですけどね。
つたないお話ですが、お読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想お待ちしております。ごきげんよう。

願わくば、これを読んでくださった皆様、読んでいなくても笙子同盟に来てくださった皆様、笙子同盟の皆様、管理者さま、みなさんに良い出来事がありますように。



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