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Maria Sama Ga Miteru
マリア様がみてる
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「ずっとあなたを見ていました」


言葉には魔力がある。舞台に立ち、台詞を話す私はそのことを知っている。形のわからない想いを、一度でも言葉にしてしまったら。その想いが、「好き」という言葉と同じだと気づいてしまったら。言葉には、魔法の力がある。私はそのことを、よく知っている。


ドアの外に人の気配がする。
瞳子ちゃんが戻ってきたのではないか、という考えがよぎるが、そんなはずはない。それでも私は座っていることができなくて、飛び上がるように立ち上がって部室のドアまで歩いていき、ドアを開ける。
でもそこには視界を遮るものは何もなく、ただ廊下が見えるだけで誰の姿も見えない。確かに足音が聞こえたような気がしたのに。私はドアを閉め、さっきまでのように椅子に座り、テーブルに肘をつく。瞳子ちゃんに渡した「退部届」。引き出しから取り出したときに二枚一緒に引っ張り出されてしまったのだが、渡さなかったほうのもう一枚が、今私の目の前にある。


初めて見た時から、この子は普通じゃないと思った。天性の女優。そう思った。他の演劇部員、もちろん私自身と比べても優れていると思った。しっかりと自分の考えを持ち、それを演技で表現できる。そんな子を、私が気に入らないはずはなかった。


私は「退部届」を手に取り、印刷された文字を目で追う。「理由」の欄は空白。瞳子ちゃんがこれを持ってくるとき、ここには何と書いてあるのだろう。瞳子ちゃんが演劇部をやめるのは、部にとっても、私にとっても損失であることは間違いはない。ここに書かれる「理由」を、私は瞳子ちゃんの納得できるように否定できるのだろうか? 何とか否定する方法はないのだろうか?
私は何を考えているのだろう。私は退部届をテーブルに置き、自虐的な笑みを浮かべる。瞳子ちゃんのような子が、正直にありのままの理由を書いてくるはずがない。書かれる理由はただ一つ、「一身上の都合」だけだ。瞳子ちゃんの家庭の事情ならもちろん、演劇部内部の理由でもそう書かれるだろう。瞳子ちゃんが冷静に考えてそうするなら、私はそれを受け入れるしかない。それでも、私は瞳子ちゃんを失いたくない。
私は瞳子ちゃんが好きだ。
部の損失とか、瞳子ちゃん自身のためとか、そういうことはどうでも良かった。私は、瞳子ちゃんが好きだ。だから失いたくない。


瞳子ちゃんはすぐにその才能を現していった。毎週、毎日進歩する瞳子ちゃんを見ているのが楽しかった。瞳子ちゃんと一緒にお芝居をするのがとても楽しかった。私は女優としての、そして舞台監督という立場から瞳子ちゃんを追っていた。純粋に演劇的な興味からだ。
転機が訪れたのは初夏だった。瞳子ちゃんの近くに一人の平凡な生徒が現れた。福沢祐巳、という名前だった。
今思えば、そのころから私の気持ちに変化が起きていたのかもしれない。私は、女優としての松平瞳子のファンであり、そして共演者だった。ただそれだけのはずだった。いつからその言葉を意識し始めたのかは思い出せない。ただ、はっきり言えることがある。私が自分のその想いを言葉にしてしまったのは、福沢祐巳が現れてからだということだ。私がそれに気づいたときから、もう福沢祐巳は瞳子ちゃんの隣にいたのだ。
一度想いが言葉になってしまうと、あとはもうどうしようもなかった。「好き」という想いが、日々強くなるだけだった。


私は立ち上がり、キャビネットの前まで歩いて行くと、引き出しを開けて書類をかき回し、初めに目についた台本を取り出す。何の台本でも良かったが、手に取った古い台本には「ハイネ版タンホイザー」と書かれている。台本をめくると、強く折り目がつけられているページがあって、そのページが勝手に開く。そのページの台詞を目で追うと、台詞が勝手に声になって私の口から出てくる。
「ヴェヌスは美しい女です」
私は大きく息を吸って、続ける。
「優雅で、愛嬌があります。その声は花の香りのよう、やさしい花の香りのようなのです」
声が少しずつ大きくなっていく。
「輝くばかりの黒髪が、その高貴な顔を野性的に包んでいます。その大きな目にじっと見つめられたら、あなただって息がつまってしまうでしょう」
隣の部室から苦情が来るかもしれないけど、声は止まらない。私は背をまっすぐ伸ばし、まっすぐに声を出す。
「その大きな目にじっと見つめられたら、あなただって鎖につながれたようになってしまうでしょう」


好きな相手が自分を好きじゃなかったら、どうすればいい?
好きな相手が望むようにするのが一番いいことよ。
それは正論で、私もそうしようとした。でも瞳子ちゃんは、福沢祐巳とうまく行っていない様子だった。それを利用するとか、そういうつもりは全くなかった。瞳子ちゃんを哀れんで救いを差し伸べたのでもない。私は瞳子ちゃんが好きだった。ずっと瞳子ちゃんを見ていた。助けてあげたかった。でも私には与えられるものが何もない。私ができることは、お芝居ぐらいしかなかった。もし瞳子ちゃんが妹になってくれるならそれはうれしいことだけれど、妹の話や退部届の話は気休めだった。そんなことで瞳子ちゃんが楽になるのなら、私は何でもする。
私は、福沢祐巳だけではなく、私や、もっとたくさんの人が、瞳子ちゃんのことを見ているんだよ、ということを伝えたかった。私は瞳子ちゃんのことが好きだから、そのことを知って欲しかった。
瞳子ちゃんは多分私のところには来ないだろうと思う。それでも、瞳子ちゃんは一人じゃない、ということを知って欲しかった。


ドアがノックされているのに気づいた。
私は台本をテーブルに置き、ドアの前に立つ。さっきの人の気配と関係があるのだろうか。
声を出したせいか、私は少し落ち着いたようだ。もうドアの向こうに立っているのが瞳子ちゃんだとは思わない。むしろ苦情の可能性が高いと思う。
ドアを開けると、見覚えのない生徒が立っている。一年生のようだが、いや、見覚えはある。
「ごきげんよう。ご用件は?」
「ぶ部長さま」
「はい?」
「ああのお聞きしたいことがあるんですが」
「いいから落ち着いて。大丈夫?」
「はっはい」
理由はよくわからないが、この子は大変動揺している、らしい。察するに、苦情の使いっ走り、というところか。
「中へ入って。そのほうが落ちつくでしょう?」
「いえあの」
「立ち話よりはいいはずよ?」
私はその子の背中に手を押し当てて、半ば無理やり部室に引き入れ、ドアを閉める。そしてその子を椅子に座らせ、テーブルを挟んで向かい合う。
私は笑顔を作って、
「苦情?ちょっとうるさかったかしら?」
「い、いえ、そうではないんです」
苦情でないなら、何だというのだろう。
「ご用件は?」
「いえあの、それが、ですね」
私はこの子の動揺ぶりがあまりにもかわいそうに思えてきたので、冷蔵庫から小さな緑茶のペットボトルを取り出して、キャップを開けてからこの子の前に置いた。
「これを飲みなさい。とりあえず落ち着いてからのほうがいいわよ」
「でも」
「上級生の言うことは、聞いておいたほうがいいものよ」
「で、では」
と言うとその子は一気に全部飲み干してしまった。私はその動揺ぶりからは想像できない勢いに少し驚いたが、でもまあ、これで少しは話が通じるようになるだろう。
「時間はあるから落ち着いてね。ご用件は何かしら?」
「わっわたしのことを憶えておいでですか?」
どうも要領を得ないが、悪意があるわけではなさそうなので、私は付き合うことにした。
「えーと、確か合唱部の」
そこで全部思い出した。実現はしなかったが、この子は学園祭で合唱部との合同企画の話が出ていたときにその準備会議に出席していた一年生で、今と同じように非常に緊張していてかみまくっていた恵子ちゃんだ。かわいそうなくらい緊張していたのが面白くて、いや印象深くて、憶えている。
「恵子ちゃんでしょう?」
「ありがとうございます」
恵子ちゃんは頭を下げ、姿勢を戻すと大きく息を吐いた。これで落ち着いたかな?
「確か聞きたいことがある、って言ってたわよね?」
「はい、そうなんですが・・・」
「何でも聞いてちょうだい」
「あの」
恵子ちゃんはうつむいてから、また顔を上げ、意を決したように言う。
「ど、どういったお菓子がお好みですか?」
全く話が見えてこない。でも私は、もはやそんなことは気にしない。
「甘いものなら何でも好きだけど?」
「そういったことではなくて、ですね」
とは言え、もはやなんと言ったものか。私は恵子ちゃんの次の言葉を待つ。
「チ、チョコレートでお好みはありますか?」
そこでやっとわかった。バレンタインだ。おそらく恵子ちゃんかその友達が、私にチョコレートを送ろうとして大胆にも事前に私の好みを聞いているのだ。それは確かに緊張するでしょう、恵子ちゃん。
「チョコレート、くれるの?」
「いえはいそのつもりです」
「ありがとう。でも高いやつとか凝ったやつじゃなくて、普通のでいいわよ。うーん、強いて言えば、ビターより甘いほうがいいかな」
「わかりました!」
さっきまでの緊張がうそのようになくなっている・・・わけではないのか。恵子ちゃんは元気に答えたものの、また下を向いてしまった。そして下を向いたまま、
「私、部長さまのファンなんです」
と小さな声で押し出すように言う。私は微笑んで、
「ありがとう」
と言うと、恵子ちゃんは顔を上げて、私の目を見る。
「ずっとあなたを見ていました」


ズット、アナタヲ、ミテイマシタ。


それは、言葉の魔法。



(おしまい)




あとがき

ここまでお読みいただきありがとうございました。
これは「大きな扉 小さな鍵」に登場する演劇部の部長のお話で、瞳子が部室を去った直後から始まります。短時間で書いた突発ものですが、こういうのを書いてしまうほど「大きな扉 小さな鍵」は内容が濃くて面白かった、ということですね。
それでは、ご意見ご感想をお待ちしております。
ごきげんよう。



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