S t u d i o U T A H I M E / K A N S U I G Y O
Maria Sama Ga Miteru
マリア様がみてる
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毛糸の天使


「風邪が流行っているので、うがい手洗いを徹底して欲しいと」
 志摩子さんは何故だかちょっと伏し目がち。
「うん」
 紅茶を一口すすると由乃はカップを置く。
「寒くなるから、肌着や下着でうまく寒さ対策をして欲しい、と」
 と言いながら、祐巳さんの視線はふらふらと泳ぐ。
「冷えは女性の大敵だもんね」
 一般論だが、そのとおりなので由乃は頷く。
「本格的なシーズンになる前に、かわら版でも告知して欲しい、と保科先生がおっしゃっていたのよ」
「それで真美さんがここにいるのね」
「そのとおり」
 真美さんはメモ帳を閉じる。
「で、なんで蔦子さんがいるわけ?」
「強いインパクトが必要だから、写真があったほうがいいって、真美さんが」
 と他人事みたいに言う割には、蔦子さんは当然のことのように薔薇の館の二階の会議室に座っている。
「状況はわかったけど」
 由乃はもう一口紅茶を飲む。なんだか変な雰囲気だ。
「それで今回は」
 祐巳さんは一度何か言いたげに由乃を見てから、
「志摩子さん」
 と横を向いてしまう。志摩子さんは覚悟を決めたように目を上げ、
「これ」
 と言いながら何かをテーブルの上に置く。最初由乃はセーターかと思ったが、それにしては小さい。これは、もしかして───
「パンツ?毛糸の?」
「そうなの」
 と答えるのは祐巳さんで、
「告知を出すにあたって、具体的な素材があったほうがいいでしょうって、先生が」
「保健室の備品なんですって。新品よ」
 真美さんの手の上で、クロームのシャープペンシルがくるりと回る。
 それはパンツではあるけれど、体育のときに着るスパッツの丈を短くしたような感じで、もちろん毛糸だからもこもこしていて、決してお色気のあるようなものではない。
 まあもともと人に見せるようなものではないので構わないんだけれど、それはともかく。
「これの記事を書くなら、真美さんが原稿を書けばそれでいいんじゃないの?」
「健康管理の呼びかけだから、生徒会も協力して欲しいと、先生が」
 と志摩子さんが言うけれど、言っていることは正しいけれど、何か変だ。由乃が少し遅れてこの会議に参加するまで、いったい何があったのだろう?
 そこで蔦子さんがカメラに手をかけるのが由乃の目に入る。
「ねえ、ちょっと聞いていい?」
 由乃は腕を組みながら背中を椅子に預け、
「何でみんなこっちを見ているの?」



 毛糸のパンツのモデルなんて聞いたことがない。
「そういうのは志摩子さんがやったらいいんじゃないの?」
 今ここにいるメンバーのうちで、もっとも美人なのは志摩子さんである、と由乃は信じて疑わない。けれど。
「そんなの絶対ダメです」
 二杯目の紅茶を持ってきてくれた乃梨子ちゃんはにべもない。
「祐巳さんは?」
「わたしスタイル良くないから」
 そんなの理由にならないと思うんだけど。
 もちろんパンツが素材であるのだから、制服を脱ぐか、そうでなくてもスカートをまくったりする必要はあるかもしれない。
「健康、というイメージなら、由乃さんが一番合ってると思うんだけどな。手術して元気になったんだから」
 反論する前にとどめを刺されてしまったような気がして、思わず両手を握る。祐巳さんにこんな的確な攻撃ができるなんて信じられない。 誰かが入れ知恵したに決まってる。 
「瞳子ちゃんは?演劇部だし、ぴったりじゃない?またお手伝いってことで」
 自分で言っていてなんだが、もう何でもありだ。
「いくらなんでもそれは頼めないよ、由乃さん」
 白薔薇、紅薔薇には仲間がいるが、今この部屋で黄薔薇には仲間がいない。すなわち、由乃の味方をしてくれる人はいない。
 こんなときに限って令ちゃんいないんだから。令ちゃんのバカ。
「どこで撮る?」
 蔦子さんの声がする。考えろ、由乃。あきらめるな!
「そっそうだ、蔦子さんとこの、あの子、笙子ちゃんは?モデルだったんでしょ?」
「笙子ちゃんはちょっと事情があって撮れないんだわ」
 即答。
「日出実は別の記事書いてて時間が取れないのよ、由乃さん」
 真美さんにはまだ聞いてません。
 しかし。
 写真部にも新聞部にも隙がない。
 ということは、ここまでなのか。
 どうにもならないのか。
 ならば。

 青信号!令ちゃんのバカ!!

「何よ!」
 由乃は声を荒げ、両手をテーブルについて立ち上がる。
「脱げばいいんでしょう!脱げば!」
 氷のような静けさがあたりを支配し、誰も何も言わない。志摩子さんと祐巳さんが視線を交わし、そしてうつむく。
 それを睨みつけていると、誰かが由乃の手を取る。驚いて由乃が見るといつの間にか蔦子さんがそばに立っていて、由乃の手を持ち上げ、胸元に両手で包むように握っている。
「違うわ、由乃さん」
 眼鏡のレンズの向こう側にある蔦子さんの瞳は少し潤んでいるように見え、キラキラと星のような輝きを放っている。
「穿くのよ」







「モデルもいいし、写真も申し分ない。適切な修正も入っている」
 蔦子さんは腕を組んでつぶやく。
「それは事実だけど」
 祐巳さんは否定しない。当然でしょ。
「そして着用をアピールする効果もある」
 真美さんはシャープペンシルの消しゴム側で自分の頭をちょんちょんとつつく。
「それも事実だけれど」
 志摩子さんも否定できない。当然でしょ。
「でも、どうするの、これ」
 と真美さんが言うけれど、由乃は引かない。
「撮った以上は載せてもらいましょうか」
「ボツよね、残念だけど」
 ため息をつくのは蔦子さん。
「ボツね」
 うなずく真美さん。見れば、祐巳さんも志摩子さんも安心したような顔つきになっている。由乃は低い声で、
「だったらさあ、最初から」
 そこでビスケット扉が開き、令ちゃんと祥子さまの声が聞こえてくる。
「ごきげんよう」
「あら、今日は何か会議があって?」
「じゃそういうことで」
 小さな声で真美さんが言い、
「撤収」
 蔦子さんと二人で原稿や写真を持って、令ちゃんと祥子さまとすれ違って部屋を出て行ってしまう。
「あれ、何かあったの」
 令ちゃんはテーブルの上にあった由乃の写真には気づかなかったようだ。祥子さまも。
「おお茶入れてきますね」
 何故か祐巳さんが流しにダッシュする。志摩子さんも立ち上がると無言で微笑み、素早くくるりと向こうを向いて早足で祐巳さんの後を追う。
「どうしたの?由乃ちゃん?」
 祥子さまには話しにくいし。
「何?由乃?」
 令ちゃんはにっこりと笑って尋ねてくる。あの時令ちゃんさえいてくれればこんなことにはならなかったのに。なんてタイミングが悪い奴なの。
 それに真美さんや蔦子さんの口車に乗せられた、じゃなくてだまされた、と言ってやりたいんだけど、二年生同士での出来事を三年生に話すのは、言いつけるみたいで武士らしくない。それにここには祥子さまもいるから、令ちゃんが悪いと主張しても同意してもらえないだろう。
 なんか悔しい。でも誰にも言えない。でも悔しい。
「由乃?」
 それもこれも、令ちゃんが、あの時。
 祐巳さんと志摩子さんのヒソヒソの話し声が聞こえてくる。
 悔しい。
 由乃の腕がそのへんの空気をかき集めはじめる。そのとき。
「令」
「祥子?」
「由乃ちゃんに何かしたの?」
「何もしてないよ」
「由乃ちゃん」
 祥子さまは柔らかく微笑み、
「令に話せないようなことなら、私が聞いてあげてもよくてよ」
 かき集めた空気の塊が、散らばって薄れていく。
 祥子さま、綺麗。隣に座っている令ちゃんも、何故だかとても綺麗。祥子さまと一緒のときって、令ちゃんこんな感じなんだ。
 由乃は座ったまま両手を広げ、深呼吸してから、
「かわら版のある企画が中止になりまして」
「まあ」
「ちょっと悔しい、と」
 それは残念ね、と祥子さまは言うだけで、詳しく聞いてはこない。用意していた「令ちゃんのバカ」は、どこかへ行ってしまった。
 だから、今由乃は後であの写真を見せて、令ちゃんを驚かせてやろうと思っている。そっちのほうが楽しそうだしね。
 蔦子さんが「毛糸の天使」とタイトルをつけていたあの写真を。



 (おしまい)




あとがき

ごきげんよう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。

某所での書きかけの完成版です。
一発ネタでここまでやるのか?という疑問をお持ちの方も多いとは思いますが、季節ネタということで。
創作活動においては勢いはとても大切ですよね。

それでは、ご意見ご感想をお待ちしています。
ごきげんよう。



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