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Maria Sama Ga Miteru
マリア様がみてる
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眠れぬ夜の姉妹


 全然眠れない。
 お布団にもぐってもうかなり時間が経っているのに。
 楽しかった遊園地での出来事が次々と思い出され、それこそ走馬灯のように笙子のまぶたの裏に再生される。走馬灯って言うよりは、もっと明るい、最新型の薄いテレビのように、キラキラと、くっきりと。
 蔦子さまの声も、周囲のざわめきも、左右の耳からだけじゃなくて、前からも後ろからも響いてくる。気がつくと、まぶたの裏どころじゃなくて頭の上のほうの空間全体に遊園地が広がっていて、そこに蔦子さまが立っていて、広げた手のひらに柔らかく風が吹いていて。
 次々と走馬灯のように記憶がよみがえるのはその人が死ぬときだって言うけど、でも、こんなに楽しかったならもう死んじゃってもいいかもしれないと笙子は思う。本当に。
 もう寝ようと思って目を閉じて体を横にしているわけなんだけれど、さっきからそんな具合なのでなんか手に力が入っちゃってシーツをつかんでみたり、背中がもぞもぞするような気がして寝返りをうってみれば勢いがつきすぎてお布団がばっふんと音をたてたりで、なんだか全然眠るどころじゃない。死んでもいいと思ったばっかりなのに生きる力に満ち溢れている右手の拳に気づいて、あわてて指を開いてシーツを離してみたりして。
 わたしって、変な人?



 全然レポートが進まない。
 明日までの提出ではないから、別に今急ぐ必要はない。しかし期限はあるわけで、だから計画的に少しずつ進めたいと思っているのに。
 何冊も机に積まれた参考文献というやつの一冊を手に取り、さっき挟んだしおりをつまんでページを開く。確かに眼は文字を追いかけていくけれど、文章が脳に伝わってこないのだ。仕方がないので別の本をとり、同じようにページを開き、文字を追いかける。克美の頭の中の上のほうを、文章が流れて飛んで行き、ふわふわした雲の群れに紛れてしまう。
 なぜこんなことになっているのか、克美はよく知っている。家族の誰にも、特に笙子には悟られまいとしていて、それはうまくいっているようだが、いつまで持つかはわからない。
 お正月に笙子がくれたあの写真。カメラ目線で微笑むその人の写真は、淡いピンク色の封筒に克美の書いた短い手紙と一緒に入って江利子さんのもとへ届けられた。写真を送る、という建前だったから、手紙の内容はほんの挨拶程度のものだった。それなのに。それだけだったはずなのに、今、色の違う妙に厚い別の封筒が本の山を押しのけて、克美の机の真ん中に置かれている。細いサインペンで書かれた滑らかな差出人の名前は「鳥居江利子」。



 なんかもうやっぱり全然眠れなくて、でも明日は学校だから眠らなくっちゃと思うんだけど、またいつの間にか蔦子さまが立っていて、そして蔦子さまの指が四角いフレームになって、そこからいろいろな出来事が映画みたいに飛び出してくる。
 祐巳さまが蔦子さまに「なぜ写真を撮らないの?」と聞いたシーンが見え、笙子はつい頬が緩んでしまう。そこで今度は紅薔薇様の「どうして?」が映って、さっきから懸命に我慢している笑いが限界を超える。
「ぅふえっ」
 思わず変な声が出ちゃって勉強中のはずのお姉ちゃんが苦情を言いに来るんじゃないかと思うけれど、笑いは止まらない。笙子は上半身を起こし、眼を開けようとするが、おなかがずっと笑っているので苦しくて、また変な向きで布団に倒れこんでしまう。声を押し殺して笑ったまま。



 この封筒が届いてからもう一ヶ月も経つのに、克美はまだ中身を見ていない。単なるお礼状であれば、こんなに厚みはないはずだ。江利子さんは、克美に何か語りたいことでもあるのだろうか。それで便箋の枚数が多くなってしまったのだろうか。だとすると、何が書かれているのだろう。そうではなくて、拒絶のメッセージが延々と書かれているのかもしれない。薄っぺらな封筒なら、何のためらいもなく開けられるのに、どうして江利子さんの封筒はこんなに厚くなってしまったのだろう。
 克美はこの封筒を開けるのが怖いのだ。そして、開けられないまま一箇月が経ってしまったのだ。
 座ったままため息をついて部屋を見上げ、その封筒から視線を逸らす。いつもの本棚、いつものカーテン。静まり返った空気の中に、小さく物音が聞こえてくるのに気づく。笙子の部屋が少し騒がしいようだが、たまにあることなので別に気にはならない。
 笙子の部屋と違って、克美の部屋にはあまり装飾がない。笙子のように秘密の写真を隠して飾っているわけではないのだが、あの写真は克美の本棚の隅に、小さなアルバムに入れられて置かれている。江利子さんが花のように微笑む写真を見ようとして、この新しいアルバム小さなアルバムに手をかける。それには、あの写真だけが入れられている。真ん中あたりのページを開くと江利子さんの笑みが強い香りを放ち、本当に花が部屋に咲いているよう。そして美しいその花の隣に小さく写りこんでいるのが克美だ。記念写真、十代の思い出、チョコレート、お守り。こうして考えると、偶然なのだろうが、笙子も克美も、宝物──写真を、大切な瞬間を、武嶋蔦子さんからもらったことになる。不思議なものだ。
 克美は机の上の封筒に手に取り、差出人の名前をもう一度読む。思い切って開けてみようと思う。その時、
「ぅふえっ」
 うめき声が聞こえる。
「笙子?!」
 克美は封筒を持ったまま立ち上がる。



「笙子っ!」
 いきなりドアが開いて、お姉ちゃんの声が聞こえる。
「笙子!」
 お姉ちゃんはベッドの上の笙子に駆け寄り、両肩に手をかけて、笙子の体を揺すってくる。
「大丈夫なの?」
 変な姿勢で突っ伏したまま動かないのだから、きっと具合の悪い人みたいに見えるに違いない。笑いのあまり腹筋が痙攣して動けなくなっているとは、夢にも思わないだろう。
「・・・笙子?」
 どうやらお姉ちゃんは笙子の顔が笑っているのに気がついたようだ。上半身を起こされやっと目が開いた笙子は、涙だらけの目でお姉ちゃんの呆れ顔を見る。
「心配したじゃないの。何やってるのよ」
 お姉ちゃんの言葉は相変わらずきついけど、声の調子は柔らかい。笙子はそのままお姉ちゃんに抱きつく。しがみついているせいか、やっと笑いが収まってくる。
「・・・呆れた」
 つぶやきが聞こえる。笙子はお姉ちゃんに回した腕に力を入れる。しばらくそのまま抱きついていたけれど、笙子の息が落ち着いたのを見計らったのか、お姉ちゃんは体を離して
「何があったの?」
 と聞いてくる。
「思い出し、笑い」
「・・・呆れた」
 顔をこちらに向けたまま、お姉ちゃんは目だけ動かして視線をそらして見せる。最近お姉ちゃんはこういう表情をするようになった。それが何だか嬉しくて愛しくて、笙子はまたお姉ちゃんに抱きつく。
「ちょっと、こら」
 お姉ちゃんが笙子の体を押し返すので、ベッドの上に投げ出された四角い紙が笙子の視野を横切る。笙子は手を伸ばしてその封筒を取りあげると、そこには滑らかな文字で、「鳥居江利子」と書かれている。



「江利子・・・さま?」
 笙子にだけは気づかれまいとしていたのに、何もかも終わった、と克美は思うけれど、克美の腕は動かない。その手紙を笙子の手から今すぐ取り上げることもできるのに。
 自然に手首を返して封筒の反対側を見る笙子に、お正月に時のようなためらいはない。
「あ、お姉ちゃん宛だ」
 今だって無理に取り上げれば、笙子はその封筒を渡すだろう。でも、克美の手は動かない。
「どうしてこれを持って来たの?お姉ちゃん?」
「何言ってんの。笙子がへんな声出すから、あわてて持ったまま来ちゃったのよ。別に持ってきたわけじゃないわよ」
「そっか。ごめんなさい」
 取り返すなら今だが、それでも克美の手は動かない。まるで、何かを待っているかのように。
「あれ?」
 差出人が江利子さん、ということ以外に気づかれることはないはずだが、そのとき何故か克美の胸が高鳴る。
「消印が一ヶ月前だけど、開けてないの?」
 クロームの稲妻が走り、目の前が真っ白になる。しかしすぐに霧は晴れ上がり、笙子の部屋に戻る。カチリ、という音はない。
「お姉ちゃん?」
 笙子のベッドに腰掛けたまま動かなくなっている克美は、目の前の笙子の笑みに気づく。穏やかにゆれる花のような。
「開けてみる?」
 これを、多分これを克美は待っていたのだ。笙子は全部知っている。お正月の写真のときは及び腰だった笙子が、今はこんなに頼りに思える。
「なんか怪しいでしょ、この厚み」
 と言う自分の声は震えていなくて、いつも通りだと克美は思う。
「江利子さまって、いたずら好きだった、って聞いたこともある、わたし」
 笙子の言うとおりで、苦情が延々と書かれているわけがない。あの江利子さんが送ってよこしたものなのだから。
「よし。開ける」
 もうためらいや恐れはない。克美は付き添っていて欲しかったのだ。子供だと思っていた笙子に、あの時、校舎の裏で一緒にチョコレートを食べたときのように。
 克美はそのまま指で糊付けされた封筒の端を切っていく。すると、顔を出したのは色とりどりの紙で、安っぽい印刷に様々な大きさの字が躍っている。その束を掴んで引っ張り出し、一枚ずつ広げてベッドの上に置く。何割引のセールとか、何とかクーポンとか、何とかが当たる、とか、そんな内容が書かれている紙がずらりと並ぶ。これらが全部、はちきれんばかりにあの封筒に詰まっていたのだ。一ヶ月もの間。
 克美は自分の弱さに笑ってしまいそうになる。
「商店街のチラシ?」
「そうみたいね」
「江利子さまは何て?」
「それは、これ」
 と言って克美は白い便箋を一枚広げる。もう笙子の前でも恥ずかしいという思いはない。そしてそこには、写真をありがとう、と、お礼にお買い得情報を送ります、と、また会いましょう、と、その三つのメッセージだけが書かれている。
「でも」
 笙子はチラシを見比べながら、
「どうしてこんなにたくさんあるの?」
「江利子さんのお父さんは地元の商店街の会長だ、って聞いたことがあるわ」
「そういえば微妙にローカルな内容よね、お姉ちゃん」
 笙子の言葉に頬が緩む。本当は聞いたことがあるんじゃなくて、よく知っていることなんだけれど。
「でもどうしたのかしら、江利子さん」
 それを聞いた笙子は不思議そうに顔を傾げる。克美は何とかクーポンを一枚取り上げ、
「期限が切れてるわ。これも、それもね」
 笙子を見ると、顔中にいたずらっぽい笑みが広がっている。
「開けなかったの、お姉ちゃんでしょ」



 お姉ちゃんは変わった。あんまり感情を顔に出さなかったし、出してもきつい目つきばっかりだった。でも今、お姉ちゃんは顔を真っ赤にして黙り込んでいる。こんなにかわいいお姉ちゃんを、笙子は今まで見たことがない。
 お姉ちゃんが黙ったままなので、何とかしなくてはいけない。それは多分笙子の役目だと思う。
「ねえお姉ちゃん」
「何よ」
「羊羹、一緒に食べない?」
「羊羹?」
 お姉ちゃんは少し驚いたように笙子の目を見る。この作戦は成功しそうな感じ。
「今日蔦子さまにもらったのが二つあるの」
「二つも?」
「小さいやつなの」
 この羊羹は蔦子さまの伯父様がカメラのポーチに仕込んでいたものだ。蔦子さまは、伯父様は知る人ぞ知る羊羹の達人で、テレビにも出たことがある、と言っていたけれど、本当かどうかはわからない。それで羊羹なら芋のやつや栗の入ったやつとかたくさん家にあるからと言って、笙子に二つともくれたのだ。
「食べてもいいけど、笙子はもう歯磨きしちゃったんじゃないの?」
「もう一回するから平気」
「ふうん」
 お姉ちゃんはチラシを一枚手に取る。
「食べたらそのまま寝ちゃう、にハワイを賭けるわ」
 その抽選券の期限はもう過ぎているけれど、椰子の木が楽しげにひらひらと揺れる。お姉ちゃん、調子が戻ってきたみたい。
「じゃ、夜のお茶、ということで」
 羊羹は冷蔵庫だし、キッチンに行かないとお茶もない。どうせ眠れなかったのだからと、笙子はお姉ちゃんの手をとって立ち上がる。お姉ちゃんも笙子について立ち上がる。
「笙子」
 そう言うとお姉ちゃんは立ち止まり、手を強く握り返してくる。
「ありがとう」
 振り向くと、お姉ちゃんが微笑んで立っていて、とてもきれいで、とてもかわいい花が咲いているみたい。



 (おしまい)




あとがき

 ごきげんよう。
 ここまでお読みいただきありがとうございました。
 今回は内藤姉妹、特に克美さまのお話です。笙子ちゃんに続いてさりげなく本編登場を果たしている克美さまですが、今後も江利子さまとのからみとか、あるいは無関係でもいいので活躍してほしい人です。令ちゃんが合宿でいないときなんか、由乃さんの家庭教師とかできそうですよね。

 ところで、「祐巳・祥子編ももうすぐ終わり」とのことですので、本編が一段落したらまたサブキャラ編をやってほしいと思ったりしているのですが、「マーガレットにリボン」ではメインキャラの番外編で、「フレーム・オブ・マインド」や「キラキラまわる」も番外編と言えばそのとおりで、そういえば「お釈迦様」なんてのもあって、そう考えるとなんか最近番外編ばかりのような気がしないでもないですよね。

 私としてはまあ、蔦子さんと笙子ちゃんのその後を読みたいのです。もし祥子さま令さま卒業後もお話がそのまま続くなら、ぜひ書いてください先生!もちろん克美さま、それに新聞部の皆さんや桂さんの話もお願いします!

 ・・・なんだか訳がわからなくなってきたのでとりあえず今回はこのへんで。

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 ごきげんよう。



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