S t u d i o U T A H I M E / K A N S U I G Y O
Maria Sama Ga Miteru
マリア様がみてる
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薔薇の絨毯


 色の付いた光が幾筋も降り注ぐ中、三奈子は歩いていく。見上げると色とりどりのステンドグラスがきらめき、そこを通り抜ける光を染めている。花の香りが漂い、空気は暖かく優しい。足元には赤いカーペットが敷かれており、その柔らかさが足の裏を通じて伝わってくる。背筋を真っ直ぐ伸ばしたままカーペットに目をやると、端が真っ直ぐ切り取られておらず、不揃いになっているのが見えてくる。
 カーペットの端から自分の足元に視線を移すと、敷き詰められているのはカーペットではなく、薔薇の花弁だということが三奈子にはわかる。頬の紅潮を感じる三奈子を包むように風が吹き、花弁が舞い上がる。三奈子の前に光のトンネルが現れ、その眩い中に一人の少女が立っている。見覚えがある。でも、この人はあの人ではない。三奈子が密かにあこがれていた───崇拝と言っても良い───あの人ではない。あの人の髪は長いけれど、この人はそうではない。それでも三奈子は吸い込まれるように、その光の中へ進んで行く。
 かすかに鳥の鳴き声が聞こえ、光の中の少女は両腕を広げる。
 カチリ、という音は無い。



 約束の時間になってもお姉さまは現れない。卒業式の直後の紅薔薇様や黄薔薇様を是非とも取材したい、と言っていたのは他でもないお姉さまなのに。
「三奈子さま、どうしたんでしょう?」
 日出実は腕時計から目を上げて真美の方を見る。
「このままじゃ間に合わないわ。見てくる。マリア像の前で待ってて」
「判りました」
 真美は小走りに銀杏並木を戻って昇降口に向かう。途中でお姉さまを見かけることは無く、人の流れに逆らって進むとそのまま昇降口に着いてしまう。お姉さまのクラスの下足箱の前から、校舎の奥を覗き込むと思ったより暗いけれど、それでも廊下を歩いている人が何人か見える。そして真美は、その中にマリア様がいるのに気づき、全身の筋肉がこわばるのを感じる。辺りが暗くなり、マリア様の周囲だけがほのかに明るい。
 マリア様───リリアン女学園高等部の制服を着たその人が誰なのか、真美には一目で判ったけれど、それでもマリア様だと思ったのは今まで真美が見たことのないような笑みを浮かべていたからで、軽く揺れる束ねた長い髪の先や、ゆっくりと翻る手のひら、滑らかに踏み出されるつま先から、何か暖かいものが溢れるように放たれているのがはっきりと見える。
 お姉さま───マリア様は真美を見つけると口元がほころび、そこからも優しいものが真美に流れこんでくる。真美の中に熱いものがこみ上げ、涙があふれてくる。妖精とか、神様とか、あまり信じたことは無いけれど、こういう気持ちのとき、人は神を見た、と言うのだろう。それは、極めて文学的なことなのだ。その言葉は、神を見たことのある人にしか通じない表現なのだ。
「真美」
 お姉さまの声が聞こえ、真美の両腕は自然に広がる。お姉さまは真っ直ぐにこちらへ歩いてくると、真美の正面に立ち、優しく真美を抱き寄せる。 
「お姉さま!」
「真美、来てくれたの?」
 真美は答えるかわりに、お姉さまにの体に回した両腕に力をこめる。
「ありがとう、真美」
 何か答えなきゃいけないんだけれど、言葉にならない。
「祥子さんに取材するんだっけ?」
 とお姉さまの声が聞こえるが、そんなことを言いたいのではない。少なくとも今は。
「卒業おめでとうございます、お姉さま」
 抱きついたままやっと声を絞り出し、そしてお姉さまを見上げると、そこにはマリア様ではなく、お姉さま、築山三奈子さまの顔がある。
 まるで、花みたい。



 マリア像の前は結構な人がいて、なんとなく眺めるうちに先代の薔薇様たちもいるのに日出実は気づいた。蓉子さま、聖さま、江利子さま、ちゃんと三人そろっている。これは大事件だ。もしかしたらもの凄いインタビューが取れるかもしれない。
 でもお姉さまも三奈子さまも戻ってこないし、この状況では一年生の日出実一人でインタビューを敢行することはできそうにない。仕方なく日出実はマリア像の前を離れ、校舎に向かって歩き出す。少し歩いたところで、お姉さまと三奈子さまがこちらに歩いてくるのが視界に入る。三奈子さまは雲の上を歩いているかのような足取りで、お姉さまは三奈子さまの腕にしがみついて寄り添って歩いている。お姉さまのさっきまでの鬼編集長ぶりはすっかりどこかに吹っ飛んでしまい、今はすっかり可愛らしい少女みたいになっている。というか、実は何もしなくても少女なんだけどね。
 お姉さまと三奈子さまがとても幸せそうに見えるから、日出実の中にあったあせりが薄らいでゆく。新聞部員としてやるべきことはもちろんあるけれど、何も今、それをしなくたっていい、と思える。 三奈子さまの微笑がそんな日出実の気持ちに同意してくれているような気がして、そして日出実は新聞部員として大切なことを思い出し、二人に歩み寄る。
「三奈子さま、ご卒業おめでとうございます」
 立ち止まって三奈子さまは日出実を見て目を細め、日出実の耳元の髪を手のひらでなでる。
「ありがとう、日出実ちゃん」
 三奈子さまに触れられた頬が熱い。お姉さまがいつの間にか三奈子さまから手を離し、日出実を見つめている。
「わたしからもお礼を言うわ。日出実、ありがとう」
 日出実はとても素直に、素朴、と言っても良いほどの気持ちで三奈子さまを尊敬している。その三奈子さまがとても優しく美しくて、それにお姉さまもとても可愛らしくて素敵で。
 わたし、新聞部に入ってよかった。お姉さまとスールになってよかった。そう思うと感動してしまって、もうなんだかいてもたってもいられなくて、気がつくと三奈子さまの胸に飛び込んでいて。そのまましばらくの間、優しく抱きとめられたままでいると、
「さて、薔薇様方の取材に行きましょうか、ルーキーさん」
 三奈子さまの声が聞こえる。見上げると、三奈子さまは微笑んで少し首を傾げ、
「もうこれからはベテランよね?」



 お姉さまのこんな素敵な笑顔を、今まで見たことがないわけではないことを真美は思い出した。スールになってしばらくは、よくこんな笑顔を見せてくれた。でも、確か、リリアンかわら版で生徒会、つまり薔薇様方を集中的に扱い始めたときから、お姉さまは笑わなくなった。
 そうよ、それで当時わたしはどうしていいかわからなくて───
「ごきげんよう」
 振り返ると蔦子さんがカメラを持って立っている。隣にいる笙子ちゃんもカメラを持っているけれど、お姉さまの微笑みと全く同じ微笑をたたえていて、真美は驚いてしまう。
「や、蔦子さん、いいところへ。撮ってくれる?」
 動揺が声に出ないように注意して真美は答える。
「もちろん」
 蔦子さんは笑ってカメラを構え、真っ直ぐお姉さまに向ける。新聞部の三姉妹がそろっているのに、全員で記念撮影をするのではなく、お姉さまだけにレンズを向けている。
「それでは三奈子さま、よろしいですか?」
「ええ」
 お姉さまの笑顔がいつもと違うことに、蔦子さんは気づいているのだ。
 蔦子さんには敵わないな。
 真美は頬を緩め、そして目を伏せて息を吐く。
「紅薔薇様の答辞、素敵でしたね」
 蔦子さんの声が聞こえ、シャッターを切る音が響く。
「ええ、とても感動したわ。なんて素敵。もう最高」
 目を開けると、笙子ちゃんもカメラをお姉さまに向けている。さっきとはうって変わって大真面目な顔だ。笙子ちゃんのことを「プチ蔦子さん」だと言っていたのは誰だったろうか。
「わたしね、蔦子さん」
 お姉さまは蔦子さんのカメラのレンズを見つめ、
「わたしは祥子さんのことが好きだったんだわ」
 蔦子さんはカメラを縦に構え直す。
「わたしも好きですよ」
「令さんや、江利子さまのこともね」
「聖さまや、蓉子さまだって素敵です」
 笙子ちゃんはしゃがみこんであおるようにお姉さまを撮っている。お姉さまは幼い子供を見るような目で笙子ちゃんのカメラを見下ろしている。お姉さまは笑って、 
「だから必死に追いかけてたの」
 そのときから、お姉さまは以前のように笑わなくなった。でも今の真美はお姉さまの気持ちがよくわかる。好き、という気持ちが妙な方向に突出していたのだ。それはつまり、青春なのだ。
 判ってましたよ、そのことは。ずっと前から、お姉さま。
「でも、もうその必要はないの」
 蔦子さんは真っ直ぐ立つとカメラを下ろして、
「お顔を見ればわかります」
「よかったですね」
 そう言って笙子ちゃんはシャッターを切る。お姉さまは大きく振り向いて、スカートの裾が少し広がる。
「追いついたのよ」
 部室に令さまと祥子さまに拉致されてインタビューされてから、お姉さまは以前の笑顔を取り戻した。この無理やりなインタビューもどきは、真美と祥子さま、令さまが仕組んだ出来事だった。
「でも本当はね」
 お姉さまは不意に真美の方を向いて少し前かがみになり、額を真美の額に寄せてくる。束ねた長い髪が揺れ、切りそろえてある前髪の向こうで、瞳が黒く澄んで深い。
「最初から同じ場所にいるんだ、って気づいたの」
 知ってましたよ、そのことは。ずっと前から、お姉さま。
 だってわたしはあなたの妹ですもの。
 大好きな、お姉さま。
 真美は両手で包むようにお姉さまの手をとる。



 以前の三奈子なら、きっと大騒ぎしていたことだろう。目の前で、由乃さんが中等部の生徒、菜々さんにロザリオを渡したのだ。相変わらず掟破りをやってくれる、由乃さんという人は。
「お姉さま、どうします?」
 真美が聞いてくる。
「取材、してみますか?」
 日出実ちゃんも聞いてくる。
「真美」
「はい」
「あなたに任せるわ」
 真美は花が咲いたように笑う。
「わたしは、ひとりの友人として、あの人たちと話がしたいの」
「判りました」
 真美がそっと手をつないでくる。
「だから、真美、日出実ちゃん」
 三奈子は順に二人の顔を見ながら言い、
「しっかり目に焼き付けておくのよ」 
 三人で声を出さずに笑う。近づけた顔を見合わせて。
「写真撮りまーす」
 蔦子さんの声がする。
「さ、一緒に写してもらいましょ」
「ええ、お姉さま」
「はい、三奈子さま」
 もう一方の手で三奈子は日出実ちゃんの手をとる。真美と日出実ちゃん、二人と手をつないで、三奈子は歩き出す。祥子さんと令さんのいる方へ。薔薇の花が咲いている方へ。 



 (おしまい)




あとがき

 ごきげんよう。
 ここまでお読みいただきありがとうございました。
 今回は短いですが時間が無いのでこれが精一杯という感じです。
 「ハロー・グッバイ」に三奈子さまが全く出てこないのでついこんなのを書いてしまいましたが、まあ「卒業前小景」で出てきたので、これを卒業式の前半、と見れば妥当なところなのかもしれない、と思ったりもしているわけなのです。
 で、新聞部新聞部とやっているうちにアニメ4期で写真部が大変なことになっているので、これもいずれ何か作品で語りたいと思っています。
 茶話会に笙子ちゃんだけ出てきてその後の蔦子さんカットって何でやねん。
 え、ラジオドラマ「フレーム・オブ・マインド」の繋ぎのとこやってるの?
 Special CD 2 のジャケットが蔦笙なの?
 うわー!
 こっこれもいずれ何かの形で語ります!
 それではみなさんごきげんよう!



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