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Maria Sama Ga Miteru
マリア様がみてる
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カウント・ゼロ (第一話)


01 煙


「リリアン女学園?」
久美子はそう聞き返した。
「そうだ。そこなら安全だ。おまえはしばらくの間、そこに通うことになる」
父はタバコを灰皿に置き、
「今の学校は危険になった。敵に通じているものもいると言う話だ。この厄介ごとが終わるまでは離れていたほうが良いのだ」
「でも、わたし、行きたくありません」
「念のためだ。手続きは全て済ませてある。心配するな」
「でも」
「秘書の平池がおまえの面倒を見ることになっている。もう決まったことだ。わかるな・・・」
父はタバコの火を消した。それは、この話は終わり、という合図でもあった。久美子は会釈をして、父の書斎を出た。
久美子は自室に戻ると、そのままベッドに横になった。リリアン女学園。都内の有名な女子校で、森の中にある。たしかに今の学校よりは安全だろう。久美子が行きたくないのは、今の学校に親しい友人がいるから、などと言うわけではない。むしろ友人はいない。母が自殺してから作り上げた生活のペースを乱されるのが面倒だったからだ。
母は約一年前に自殺した。久美子は「父が殺した」とののしり、父を責めたこともあった。今はもうそうは思わないが、それ以来、「母の喪の仮面」を身につけるようになった。それは、棺の中の母の顔をモデルに喜怒哀楽を加えた表情のことで、独特の冷酷さがあり、これに耐えられる人はあまりいない。久美子はそうやって壁を作り、いままで学校で過ごしてきた。リリアンに行っても、同じようになるだけだろう。

ドアがノックされる。久美子が
「どうぞ」
と言うと、
「平池です」
と言いながら入ってくるこの女性は20代後半ぐらいか30代前半ぐらいか。黒いスーツを着ていて、黒いかばんを持っている。週明けから、どのように行動すべきか、的確に説明してくれる。それによると、この家を出て、もっと目立たないマンションから車で送り迎えしてくれることになったらしい。
「生活に必要なものはそろえてありますが、不足があれば何でも言ってください。質問はありますか?」
久美子は首を横に振った。
「そう。じゃ、来週からよろしくね。」
平池さんは右手を出してきたので、久美子も右手を出して握手する。母の仮面を浮かべたまま。



02 冷たい微笑み


朝の一年菊組の教室で、転校生が一人紹介された。もう既にリリアンの制服に身を包み、先生の横に立つその人は、先生から「谷中久美子」(やなかくみこ)と紹介され、一言挨拶をするために一歩前へ出た。
「谷中久美子と申します。訳あって、こちらでお世話になることになりました。皆さんにはいろいろとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
内藤笙子は、へえ、かわいいと言うか、綺麗な人だな、と思いながら挨拶を聞いていた。髪は長くまっすぐで、前髪もまっすぐに切りそろえてある。紅薔薇さまと白薔薇のつぼみを足したような感じだ。でも祥子さまのような華はないし、乃梨子さんのような凛々しさはない。頭は良さそうだけど、儚げなところがある。久美子さんは挨拶を終えると微笑んだが、それは笙子が今まで見た事のないほど冷たい微笑だった。せっかくの美少女なのに、これではだれも寄り付かないだろう。しかもこの微笑みは冷たく見えるように訓練して身に付けたもののように思える。笙子は昔モデルをしていたことがあるから、それがわかる。
「内藤さんの隣に席を作っておいたから、そこに座って。内藤さん」
「はい」
「谷中さんにいろいろ教えてあげてね」
「はい」
笙子は先生に言われるままに返事をする。いつのまにかあったこの空席はそのためだったのかと、やっと理解できた。
先生は久美子さんを席に座らせると、ホームルームを終わりにして出て行った。そのとたん、クラスメイト達が集まってきて、次々に質問が浴びせられる。
「久美子さんはどちらにお住まいなの?」
「以前通ってらした学校はどちら?」
「申し訳ありませんが、プライベートなことはあまりお答えできないんです。」
一瞬静寂が訪れる。笙子も意外な回答に驚いてしまう。
「では、ご家族のことは?」
「それなら、少しは」
「ご兄弟はいらっしゃるの?」
「いいえ、一人娘、なんです」
「ご両親はお元気?お父様のご職業を聞いてもいいかしら?」
「母は死にました」
またも訪れる静寂。
「ごめんなさい」
「いいんです。もう平気ですから」
そこで授業開始のチャイムが鳴り、クラスメイト達は自席に足早に戻っていく。
「久美子さん」
笙子が声をかけると、久美子さんはあの冷たい微笑を返してくる。
「リリアンはいい学校だから大丈夫。わからないことがあったら、何でも私に聞いて」
久美子さんはただ頷くと、教科書を広げた。
久美子さんの持つ寂しさが、頭から離れない笙子だった。



03 リリアン女学園高等部


休み時間になるたびに人が集まってきて、聞いてもいないのにこの学校のことを教えてくれる。昼食はどこで取るのがいいか、とか、特別教室の位置とか。人気のある先生は誰とか。どんな部活動があるか、とか。面倒見がいいというのか、おせっかいなのか。悪気は無いのだろうが、久美子はそっとしておいて欲しかった。しかし、初日はこんなものだろうと思い、流れに任せている。隣に座っている、たしか内藤さんはあまり話し掛けてこないし、ときどきいなかったりしたので、それが久美子にとっては救いだった。リリアンでは下の名前で呼び合うことも始めて知った。それでみんななれなれしかったわけだ。その他に「姉妹(ス−ル)」と言う制度があって、みんなはとても重要視しているようだったが、ここしばらくひとりでやってきた久美子にとっては、どうでもいいことのように思われた。



04 取材


久美子は勝手がわからないので、昼食は教室で取ることにした。お弁当を出していると、内藤さん、ここでは笙子さんか、が、
「久美子さん、五分だけいいかしら」
というので、
「かまいませんよ」
と答える。
「では、こちらに」
ついていくと、教室の後の扉を出たすぐのところに、この学校の生徒が二人立っている。たたずまいからして、上級生のようだ。一人は縁なしレンズの眼鏡をかけていて、カメラを持っている。もう一人は、前髪をヘアピンで七三に分け、メモとシャープペンシルを持っている。
「こちらは写真部の副部長、武嶋蔦子さま。こちらは新聞部の編集長、山口真美さま」
笙子さんが紹介してくれると、この二人は
「ごきげんよう、久美子さん」
久美子の名前を知っている。
「ごめんなさい久美子さん、わたし、蔦子さまの後輩で、写真部なんです」
笙子さんが謝ってくれる。なるほど、そういうことか。
「後輩じゃなくて、妹でしょ」
「ちょっと真美さん、今はそんなこと言っている場合じゃないでしょ」
これが例の姉妹ってやつか。蔦子さんと笙子さんは、微妙な関係のようだ。
「お願いがあるんですが」
あらたまって真美さんが言う。
「あなたを学校新聞で紹介したいんだけど、問題ないかしら?」
「お断りします」
久美子は間髪を入れずに答える。
「どうして?あなたのこれからの学園生活を有意義にするために、有効な手段だと思うけど?」
「理由はお話できませんが、わたしのことは公にしないでいただきたいんです」
「ただの学校新聞よ?」
「それでも、です。」
真美さんと蔦子さんは顔を見合わせていたが、
「わかりました。またお話しましょう。勝手に名前を調べた件は謝るわ」
「ごめんなさい」
笙子さんがまた謝ってくれる。
「それじゃ。ごきげんよう」
上級生二人は去っていった。
久美子は笙子さんと席に戻り、一緒にお弁当を食べた。笙子さんはばつが悪いのか、あまり話さなかった。



05 久美子


放課後。二年松組の教室。清掃直後。
「謎の美少女現る、か」
真美さんがつぶやく。
蔦子は真美さんの席の隣に座り、
「あの子、今朝車で来たわよ」
「何故知ってるの?」
「いやほら、わたしは朝写真撮ってるから」
「撮ったの?」
「撮ってない。隠れてなかったし、雰囲気が変だった」
「ちょっと、詳しく教えてよ」
真美さんは蔦子ににじり寄る。
「車は黒かったけど、普通の車。でも専門の運転手がいるようだったし、あの子が降りる前にサングラスした黒服のお姉さんが出てきて、そのあとにあの子が出てきた。校門に入るまで、そのお姉さんが付き添ってた」
「それで?」
「それだけ。でもあの子、かなりのお金持ちの娘と見た。」
「でも車は普通のだったんでしょ」
「うん。外車じゃなくて、そんなに大きくもなかった。でもそれは、お金持ちである、ということを隠しているみたいに見える。」
「なるほどねぇー」
真美さんが机に突っ伏したとき、校内放送が入った。
「二年松組の武嶋蔦子さん、山口真美さん、一年菊組の内藤笙子さん、一年桃組の高知日出実さん、至急生活指導室まできてください。繰り返します。二年松組の・・・」
蔦子と真美さんの周りに、わらわらとクラスメイトが集まってくる。
「蔦子さん、どうしたの」
祐巳さんが心配そうに尋ねる。
「心当たり、なし」
蔦子がそう言うと、
「右に同じ」
と真美さんが言う。
「じゃ、ちょっといってくるわ」
蔦子と真美さんは教室を出て歩き出したが、祐巳さんや由乃さんは後をついてくる。
生活指導室に着くと、志摩子さんや紅薔薇さま、黄薔薇さまの姿も見える。リリアン報道陣一網打尽なので、気になる人は多いようだ。
「お姉さま!」
「真美!いったいなにやらかしたの!」
見れば築山三奈子さまも来ている。
「いえ特になにも・・・あっ」
蔦子は右手で真美の口をふさいだ。
その時、生活指導室のドアが空いた。
二年松組の担任が、
「武嶋さん、山口さん、内藤さん、高知さん。皆さん入って。」
と言うと、三奈子さまに気づき、
「築山さんも中に入って」
と言う。そして五人が中に入ると、ドアが閉じられる。
中にいたのは各クラスの担任だけだった。教頭先生とか、学園長とか、偉い人はいない。
二年松組の担任が言った。
「皆さんの普段の活動が優秀なのは周知のことだ。しかし、一年菊組の谷中久美子には、近づかないで欲しい。というか、これは希望じゃなく命令だ。高等部は生徒の自主性を尊重しているが、今回は別だ。彼女に対する取材行為、写真撮影は禁止する」
「なぜですか」
三奈子さまが反論する。
「理由は話せないが、彼女の安全にかかわることだ。彼女がリリアンにいることを外部のものに知られたくないんだ。」
「かくまっているんですか?」
蔦子が言うと、
「まあ、そうだ。彼女のことを公にしないでくれ。たとえ校内新聞でも、だ。」
「わたしはどうすればいいんでしょう?」
笙子が問う。
「君は谷中さんの隣の席だったね。プライベートを根掘り葉掘り聞くようなことをしなければ、普通でいいよ。彼女を助けてやってくれ」
「はい・・・」
「以上。質問は?」
「はい」
「山口さん」
「この中であったやり取りは、他言無用ですか?」
「もちろんだ。他には?」
挙手するものはいなかった。
「よし。本日の指導は終了する。成績や内申書には無関係だから心配するな」

ドアを開けて蔦子は他の四人とともに廊下に出る。先生は出てこなかった。祐巳さんや由乃さん、志摩子さんが走り寄って来る。
「蔦子さん、真美さん、大丈夫だった?」
祐巳さんはとても心配そうな顔で、
「大丈夫。問題なし。」
蔦子は祐巳さんの肩をぽんぽんとたたく。
「リリアンかわら版の方向性について、アドバイスをもらっただけ。大丈夫。」
真美さんが言う。
「そう。それなら良かった」
祐巳さんは文字通り胸をなでおろしている。
「じゃ、このへんで。ごきげんよう」
蔦子は笙子ちゃんの手を取り、写真部の部室へ向かう。



06 ボツ


「転校生の記事はボツになったわ」
新聞部の部室で、真美は部員達に告げる。
「お姉さま」
日出実が口をはさんでくるので、大丈夫、とウィンクしてみせる。
「転校生の彼女ね、直接交渉してみたんだけど、対人恐怖症、っていうのかな。そんな感じで。取材拒否されたけど、そんなんだからどうしようもなかった」
「それじゃ、しょうがないですね」
部員の一人が答える。
「だから、代わりの記事を探して書いてちょうだい。早めにね」
真美はそう言うと椅子に座り、ため息をついた。
「お姉さま」
日出実が小声でも聞こえるように座ったまま近寄ってくる。
「大丈夫よ。でも、あの子、気になるわね」
「でもああいわれてしまっては、取材は無理ですよ」
「方法はあるわ。記事にはできないけど」
「方法って?」
「助ける、という名目なら、お近づきになれるわ」
「具体的には、どうするんですか?」
真美は伸びをして、
「まだ何も思いつかないけどね」



07 氷の壁


「笙子ちゃんの隣の席なんだって?」
「はい」
写真部の部室で、蔦子は笙子ちゃんにあの子、谷中久美子のことを聞いている。
「どんな感じ?」
「綺麗な人ですが、儚げで、何か心に傷と言うか、痛みがあるようなんです」
「心に傷?」
「はい。笑顔を見ればわかります。あの久美子さんの笑顔は、人を寄せ付けない壁のような、冷たい笑顔なんです」
「ふうむ」
「だからわたし、久美子さんがどこの誰かなんて、もうどうでもいいんです。久美子さんを、あの冷たい壁の中から救い出してあげたいんです」
「どうしてそう思うの?」
「わたしもカメラの前ではうまく笑えませんでしたから」
笙子ちゃんは大きく息を吐く。
「人前であんな笑顔しかできない久美子さんを、助けてあげたいんです」
笙子ちゃんの目から、涙が一粒落ちる。蔦子は思わず抱き寄せる。
「わたしには蔦子さまがいますが、久美子さんには誰もいないんです」
笙子ちゃんは一目で、不自然なあの子の笑顔の奥の傷を見抜いたに違いない。賢くて、優しい子だ、笙子ちゃんは。
「わたし達に、何ができるかな」
「わかりません。でも、わたし、久美子さんの友達になってみようと思います。」
「そうだね。それがいいと思うよ。」
蔦子は笙子ちゃんを抱く腕の力を強めた。



08 薔薇の秘密会議


山百合会は生徒会だから、転校生の情報はすぐ手に入る。
「一年菊組、谷中久美子。この子が今日の「リリアン報道陣呼び出し事件」の原因に違いないわ」
紅薔薇さまが紅茶のカップを置きながら、
「令もそう思うでしょ」
「タイミングを考えるとそうだね。転校生が来て、新聞部が取材に行った。で、何か理由があって、お咎めを受けた」
「やっぱりそうお思いですか」
志摩子は紅茶を飲み、乃梨子に聞いてみる。
「朝、見かけました。車で送迎されているようです。教室の中のことはわかりません。こうなるとは思ってなかったので」
「どんな車だった?様子は?」
紅薔薇さまが乃梨子に詳しく聞いている。
「黒い車でしたが、普通のよく見かける国産車です。専門の運転手がいるようでした。あと、保護者のような人が」
「どんな感じの?」
「女性だったんですが、二十代後半ぐらいで、母親と言う感じではなかったですね。サングラスしてましたし」
「お金持ちの娘、なんでしょうか」
祐巳さんが口に出す。
「何か事情がありそうね」
由乃さんも話しに乗ってくる。
「祥子」
「なに、令」
「お金持ちがみんな友達だとは思わないけど、お父様に谷中久美子のことを聞いてみたらどうかな。谷中産業とか言う会社の社長の娘かも知れない」
「面白いわね。今日帰ったらお父様に聞いてみるわ」



09 笙子さん


三日も過ぎると、もう誰も久美子に話し掛けてこない。母の喪の仮面のせいだ。これに付き合いきれる人はほとんどいない。しかし。
「久美子さん」
にっこりと微笑むふわふわの美少女。
平気なのか無理しているのかわからないが、笙子さんは今日もなんだかんだ話し掛けてくれる。久美子を怖いとか、扱いにくいとか、思わないのだろうか。笙子さんが披露してくれたある先生の失敗談では、面白すぎて危うく喪の仮面を崩しそうになった。
笙子さん。久美子は母が死んで以来初めて、興味を持てる人に出会った。
「笙子さん」
「はい」
「今日は笙子さんのことを、聞いてもいいかしら」
それを聞くと、お弁当の包みを開いていた笙子さんの顔がパッと明るくなった。
「ええ、いいわよ」
お弁当を食べながら、笙子さんが話してくれる。卒業したお姉さんのこと、中等部のときに高等部のバレンタインイベントにフライング参加したときのこと、そこで写真部の蔦子さんに出会ったこと。高等部で蔦子さんと再会できたこと。蔦子さんを追いかけて、写真部に入っちゃったこと。
蔦子さんは笙子さんにとって特別な人のようで、蔦子さんの話をするとき笙子さんの瞳はキラキラ輝いている。憧れと言うには少し強いその感情をなんといったら言いのだろう。まるで淡い恋心のようだ。久美子は蔦子さんにも会ってみたくなった。でも、自分は母を助けられなかった人間で、だから、誰にも会わず、氷の城に閉じこもるべきなのかもしれない。今までそうしてきたように。
「久美子さん?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないの」
笙子さんはこちらがびっくりするほど顔を近づけていたけれど、もとのように離れて、
「今日、良かったら写真部によっていかない?」
「でも、帰る時間は決まっているから」
車で平池さんが迎えに来るので、時間をずらすわけにはいかない。
「ちょっとくらいならいいでしょ」
ちょっとくらいなら、か。
母が死ぬ前の自分だったらどうしただろう。でも今の久美子には、母の死以前のことなど何も思い出せない。
「ね?」
笙子さんは整った顔を少しかしげて、こちらを見ている。
「わかった。寄らせてもらうわ」
「やっほう!」
笙子さんの大げさな喜びぶりにまた喪の仮面を崩しそうになった久美子だったが、行ってみる気になったのは笙子さんの顔が天使のような微笑をたたえていたから。平池さんにはあとで携帯で連絡しておけばいい。



10 薔薇の秘密会議(2)


「谷中久美子さんの件だけれど」
祥子さまはため息をつく。放課後の薔薇の館。
「何かおわかりになったんですか?」
志摩子の問いに、祥子さまの顔が険しくなる。
「わかったんだけれど・・・どうしたものか、と思ってね」
祥子さまは座ると、こう切り出した。
「お父様と直接取引きのある会社に、「谷中」のつく会社はなかったのよ。ただ」
「ただ?」
令さまが聞く。
「ビジネスの世界で、大企業の幹部なら、谷中の名前を知らない者はないって。谷中と言えば、いわゆる「裏」の世界で活動している大物だと言うのよ」
「裏の、世界」
「そう。表向きにできないことをいろいろ引き受けてくれる、闇の業者」
「でも、「谷中」なんてありふれた苗字なんじゃないですか?」
志摩子が聞くと、祥子さまは、
「その谷中一族が、今トラブルにあっているらしいの。かなり大規模な。それで、比較的安全なリリアンに娘を疎開させたの」
と言って、ため息をつく。
「それ、確かなんですか?」
「トラブルは事実。娘を疎開、というのはお父様の推測よ。でも、タイミングといい、久美子さんの状況といい、正しいと思うわ」
「わたし達はどうすればいいんでしょう?」
志摩子が尋ねると、
「リリアンの中は安全だよ」
と令さまは言い、
「リリアンの外のことは、警察がする。だから、親の職業は関係なく、普通に接すればいい。問題はないよ」
「そう。ただ、このことは内密にね。お願いするわ、みなさん」
祥子さまはそう言って、紅茶を飲み干した。





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