秒の定義について

令和7年12月2日

秒の定義

『国際単位系(SI)第9版(2019)Ver3.01 日本語版』[LINK]によると,国際単位系における「」の定義は以下の通りです.
秒は,セシウム133の原子の基底状態の二つの超微細構造準位の間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍の継続時間である.
(第13回CGPM, 1967-1968)
秒(記号は s)は,時間のSI単位であり,セシウム周波数 ΔνCs,すなわち,セシウム133原子の摂動を受けない基底状態の超微細構造遷移周波数を単位 Hz(s-1 に等しい)で表したときに,その数値を9192631770と定めることによって定義される.
(第26回CGPM, 2018)
この定義の文言を読んでもわかり難いと思いますので,少し噛み砕いて説明してみます.

セシウム133の基底状態

セシウム(Cs)にはいくつかの同位体が有りますが,安定同位体は原子核が55個の陽子と78個の中性子(合計133個の核子)から成るセシウム133133Cs)だけです.
陽子の数が奇数で中性子の数が偶数ならば,原子核のスピンは必ず半整数(奇数×1/2)になります. 133Csの場合,原子核はスピン II = 7/2)を有します.

Cs原子は55個の電子を持っており,その内の54個は1s軌道から5p軌道までを占めています. これら54個の電子の状態は安定しており,あまりCs原子の電磁気的性質や化学的性質には関わってきません.
残りの1個の電子(価電子)は通常は6s軌道にあります.これは価電子のエネルギーが最も低い状態で「基底状態」と呼ばれます. これに対し,6p軌道より上は外部から何らかの形(たとえば光)でエネルギーを与えられた状態で「励起状態」と呼ばれます.

Cs原子の電子配置

軌道主量子数(n方位量子数(l電子の数 
6s601価電子(基底状態)
5p516 
5s502 
4d4210 
4p416 
4s402 
3d3210 
3p316 
3s302 
2p216 
2s202 
1s102 

超微細構造

価電子はスピン Ss = 1/2)と軌道角運動量 Ll = 0,1,2,……,n - 1)を持ち,その間に相互作用(スピン-軌道相互作用)が生じます. 全角運動量 J(= L + S)の量子数 J は |l - s| から l + s までの値をとり,価電子のエネルギー準位が分裂します(微細構造). ただし,基底状態では l = 0 なので,微細構造は生じません.
また,原子核と電子の間にはクーロン引力が働いていますが,133Csの場合は原子核もスピンI を持つので,スピン間にも相互作用(スピン-スピン相互作用)が生じます. 合成角運動量 F(= I + J)の量子数 F は |I - J| から I + J までの値をとり,価電子のエネルギー準位が更に分裂します(超微細構造). 基底状態では J = 1/2 なので,F = 4(7/2 + 1/2)または F = 3(7/2 - 1/2)となります.

超微細構造準位の間の遷移

133Csの原子に特定の周波数の電磁波をあてると,基底状態の価電子と原子核のスピンが
 逆向き(F = 3)→同じ向き(F = 4):電磁波を吸収
または
 同じ向き(F = 4)→逆向き(F = 3):電磁波を誘導放出
と反転します.
このように価電子のスピンの向きが反転する事を「超微細構造準位の間の遷移(超微細構造遷移)」と呼びます.

電磁波は量子論的には「光子」と考えられます. 電磁波の周波数を ν,プランク定数を h (6.62607015×10-34 J・s)とすると,光子のエネルギーは となります.
光子のエネルギーが超微細構造準位の間のエネルギー差 ΔW と一致する時,価電子のスピンの向きの反転(=超微細構造遷移)が起きる確率が最大になります. この時の電磁波の周波数(セシウム周波数)が
 ΔνCs = ΔW/h = 9192631770 Hz
と定義されます.

なお,2018年版の定義では「摂動を受けない」という条件が付加されています.
この場合の「摂動」とは,具体的には
・磁界によるゼーマンシフト
・真空チャンバなどからの黒体輻射によるシュタルクシフト
などを指しています.