開口神社 大阪府堺市堺区甲斐町東二丁目 式内社(和泉国大鳥郡 開口神社)
旧・府社
現在の祭神 塩土老翁神・素盞嗚神・生国魂神
本地
開口大明神高貴徳王菩薩
牛頭天王薬師如来
生玉明神麁乱荒神

「大寺縁起」

当寺鎮守垂跡の御神三村宮ハ、往昔伊弉諾尊、伊弉冊尊の二神、天のうきはしのうへに立して、ともにはからひて、底つ下に豈国なからむや、との給ひて、すなはち天の瓊矛をさしおろして、さくり給ひける、其ほこ鋒より、滴瀝れる潮こりて、嶋となりぬ。 又もろもろの国を、うみ給ひ、よろつの物を、産みたまひて、天かしたしろしめしける時の御事にや、筑紫日向の国小戸の橘の檍原の塩潮にて、御祓し給ふ御時、あらはれ出給ひし御神、底筒男命、中筒男命、表筒男命、これすなハち住吉の御神、塩土の老翁なり。 又彦火々出見尊の御時、龍宮への御しるしへのまうけ、偏に此御神の御功なりとそ。 凡此森に居住して、無量歳をふれは、白髪の貌を示現す、と託宣したまふ。 又神功皇后、三韓御退治ましましける折ふしも、御力をそへ給ひ、大将軍として、たちまちに、異国の敵戎をたいらけ、一朝の安全、持国利民の霊神、とゝなへ奉られ給ふ。 御出陣の御時、此森より十町はかり東にて、方違の御祓し給ひし其処、今に社ありて、五月三十日、諸人参りもうてぬ。

さて異国を、おほしめすまゝにしたかへさせ給ひ、御帰朝にも供奉ありて、此和泉の浦、芦原の浜より、御舟九艘にて、入御し給ふ。 九艘の小路とて、名を残せり。 百々川の水上の松に、御舩をつなき給ひし所、舳松といふ。 御舩よりあからせ給ひ、御馬、御甲を神にいはひありて、馬の堂、甲の明神とて、ちいさき社あり。 御鋒を埋ミ給ふ所、これより六七町南のかたに、鋒塚あり。
[中略]

凡住吉大明神とあかめ奉りけることは、此瑞森より摂津国住吉へ御影向ありてより、住吉大明神とあかめ奉りける。 当所ハ是和泉の国塩穴下條開口の荘なり。 延喜式にも、和泉の国の神名に開口の神社としるせり。 しかるを原、木戸の人民、よりあつまりて、三村宮と渇仰し奉り、荘号をも三村とそ申ける。 蓋当所ハ御神影向の濫觴として、摂津国住吉の奥の院といふ事分明なるかな。
抑垂跡の御有様をあふきミれは、彼住吉玉手の岸にハ一十五社甍をならへ、此芦原、瑞森には一十三社光りをつらね給へり。 十三社とハ所謂影向の三神、先ハ当社大明神、祇園天王、生玉の明神なり。 勧請の三神ハ、国常立尊、正八幡宮、春日大明神、神功皇后、玉依姫およひ如意大明神、蛭子命、八祖明神、大神宮の内外なり。 今しはらく影向の三社のおほむねをあくれは、往時大明神託し給ひて、吾ハ是都率の内院、第三の高貴徳王大菩薩なりと。 良におもんミれは、内には正しく常寂の室に安住し給ひ、外には恒に真金の蔵を開与し給ひぬ。 ふかく其幽績をたつね究むれは、遮那覚王の印、三世常住の妙寿を現し給ふ。 又牛頭天王ハ医王薄伽の化現にて、理知教の三の薬をほとこし、業鬼大の衆病を療しける。 生玉の明神ハ元より宝函を持し、真俗の栄喜をあたへ給ふ。 麁乱荒神の変化、すミやかに災禍を転し、かへりて福徳を成し給ふ。 国常立の尊ハ、其躰乾坤にみち、其徳万像に通達し給へは、化度利生にもるゝ物なし。 八幡大菩薩ハ、朝家鎮護の御ちかひ、余にすくれ、国土憐愍の御めくミ、いとふかし。 本地阿弥陀如来なれは、一たひ念し奉れは、衆罪を滅す。 現世の利益、後世清浄土のたのミ浅からす。 春日大明神ハ、天地ひらけてより、貴賎安穏、君臣上下の品、もつとも此御神の御威力也。 方便同居の場にハ、利他の法水をそゝき給へり。 いつれの人か、其妙なる御いつくしミにもれ、誰か其渇仰をなさゝらんや。