荒田神社 兵庫県多可郡多可町加美区的場 式内社(播磨国多可郡 荒田神社)
播磨国二宮
旧・県社
現在の祭神 少彦名命・素戔嗚尊・木花咲耶姫命
本地 十一面観音

「峯相記」[LINK]

 二宮荒田大明神は、天平勝宝七年五月七日、女体の唐人束帯赤衣にて、天降り給へり。 其の地の住人山ノ繁雄、耕作ノ最中也。 又其ノ地ニ明源上人と云う人有り。 相共に急に参向して降臨の由来を問ひ申さる。
 我は上界より下れり、本地十一面観音也。汝等に宿縁有り、神殿を此地に造り進すべしと云々。
後、朝に繁雄が取り置きし青苗悉く杉と成れり。 神歌に云う
 取りたてし山のしげ雄が ゆふ苗の
      あくれば杉と生ひかはりけり
 其夜雷電おびただしくして山崩れて殊勝の霊地顕れ給う。 彼こたるべしと示し云う。 上人繁雄相共に神殿を造り奉る。 降臨の所をばかうたち(神立)とて社頭より西に有り。
 其後 延暦年中 田村麿呂将軍専ら崇敬し、神領四至を定め荒田大明神と号す。 神殿改造の時、上棟の白馬六十疋奉らると云々。
 当国丹波将軍の管領たる間、両国の土貢にて神殿を造り遷社の時勅使を立てられ、正一位を授かり奉りて当国第二ノ宮とす。

「中世諸国一宮制の基礎的研究」

播磨国

Ⅱ 二宮

1 荒田社。 荒田大明神。
5 本地十一面観音(峯相記)。
6 的場村の東にある寺内村の地名は、荒田神社の神宮寺があったことに由来するとされる。