浅間神社 山梨県笛吹市一宮町一宮 式内論社(甲斐国八代郡 浅間神社[名神大])
甲斐国一宮
旧・国幣中社
現在の祭神 木花開耶姫命
本地 千手観音

「甲斐国志」巻之五十八
(神社部第四 八代郡大石和筋)

浅間明神[LINK]

〔浅間明神〕(一ノ宮村)  一ノ宮村に鎮座す 西方府城を距ること三里なるへし 御朱印神領弐百三拾四石弐斗 社地三千五百三拾四坪、 神山方壱里 神主屋敷弐千七拾九坪、 社記曰所祀木花開耶姫命なり 延喜式内名神大の神社本州第一の宮なり 垂仁天皇八年(己亥)正月始めて神山の麓に祭らる 今此処を山宮と称す 貞観七年(乙酉)十二月九日今の地に遷座あり 其後建久五(甲寅)年鎌倉将軍家殿舍修造せられ武田氏領国の間も時々造営あり 天正十(壬午)年十月二十二日神領弐百貫文前々の如く御寄附ありて宮社永く破壊せさることを得たりと云 正殿(方三間)拝殿(八間半に四間半)渡殿(六間に壱丈)廊架(拾間に壱間)以上檜皮葺なり 炊殿(五間 弐間)茅葺なり 瑞垣(東西拾弐間 南北九間)隨身門(高一丈五尺)鳥居(高一丈四尺) 東照宮、天正十年御社参の時休息の地に祭り奉ると云 又伊勢大神宮、若宮明神、橋立明神、荒尾明神、稲荷明神、六所明神、天神宮、愛宕権現、藤ノ森社、子持石等皆社中に祀る 三座(みくら)神は隣村末木に在り 土人訛して(めくら)と呼ふ 又当社は桜を神樹とす 信玄社参の時一詠を遺せり
移し植る泊瀬の花のしらゆふを掛てそ祈る神のまにまに
自筆の短冊現存せり (或人云浅間、千眼、同音相通す因りて浮屠氏浅間明神の本地は千手千眼観音薩埵なりと謂ふ又長谷の観音も古より其名あり故に上句暗にこれを含むとなん)