大嶽山那賀都神社 山梨県山梨市三富上釜口 旧・村社
現在の祭神 大山祇神・大雷神・高龗神
本地 聖観音

「甲斐国社記・寺記」第四巻

由緒書上帳(山梨郡下石森村 羽黒修験 観音寺)

甲斐国山梨郡万力筋上釜口村釜戸ノ庄 那訶都神社大嶽山金剛坊大権現 社地五町四方余 当社往古人皇四十四代元正天皇の御宇養老元丁巳三月十八日笛吹川の源と国司ヶ嶽に鎮座す 次に今の社へ御遷の時鳴動す夫より折々鳴動す 依て鳴渡ヵ崎と呼 今那訶都に依て国司ヶ嶽は奥院と申伝る 往古日原氏宮之丞とて社主有しが聊の事有て大破に及 数年来之間小祠有り 干時宝永中日原氏之二男宮松とて出生す 七才の時託宣の事有て日々参詣の信翼夥し 元文五庚申年正月二十一日より再建の企て東叡山御支配と成 金剛坊大権現との神位御令旨下増益社頭繁栄し諸堂不残建立す 拝殿眺望は東方に川浦観音の森 谷底を見渡せは参詣の老若行来の人手に取る斗に思ふ 絶景にして岩岨嶮岨して数十丈難量 中程に行者越と云名有 是に少の洞穴有 三方は流の音不絶云々 橋四ヶ所に掛渡し 誠に清浄霊地にして石壇高く百壇斗り上て本地堂有 又女人堂とも称し従是上え少女といふ共登事不免 社額物梯子数三十斗り登 巌伝に攀登り拝殿 掛作り南向 三方高欄危防くなり 従是石壇二十斗り上て本殿 向同断なり 金剛坊大権現薬仙坊大天狗相殿に而奉崇武運mojikyo_font_012501護の霊神 運強事を安との神の誓深故に金剛と申 都鄙遠近の貴賎詣て殊に武家御方より御信仰不浅 又鎮火重病難病之願主たえなき事 大祭三月十八日 小会鋪正月二十一日六月二十一日九月初九日
 本殿 壱ヶ所 九尺四方 但し銅瓦
 拝殿 壱ヶ所 掛作り二間三間駒丈
 壱組高さ弐尺三寸長さ弐尺八寸
 但し白味
 本地堂 壱ヶ所 四間半八間半
 本尊 伝教大師御作正観音壱躰鎮座す
 鐘楼堂 壱ヶ所 壱丈四方 鐘の指渡 二尺五寸
 高さ四尺六寸 半鐘 壱口指渡 壱尺二寸也
 鳥居 壱ヶ所 但し石にて高さ壱丈二尺余通り二間程
 末社 八ヶ所 但し小祠