掘江神社 佐賀県佐賀市神野西3丁目 旧・郷社
現在の祭神 景行天皇・神功皇后
[配祀] 上筒男神・中筒男神・底筒男神 <風浪権現>
[合祀] 菅原道真・応神天皇・大山祇命・倉稲魂命・天照皇大神・稚日女命・建御名方命・大己貴命・木花咲耶姫命
本地
掘江大明神観世音菩薩
風浪権現十一面観音

「肥前古跡縁起」

堀江大明神

神野の里、堀江大明神、本地観世音菩薩也、 昔神功皇后異国御退治の御時、御陳有し所也、 故に日本二十一社、各爰に影向有て異国を安く成し給ふ、 皇后の御座船を此所に納て、堀江と号し奉る

「神社略記」上

 肥陽佐嘉県神野宗廟風浪大権現
 御神縁略伝
抑肥前州佐嘉郡神野宗廟風浪大権現御鎮座之歴代久遠にして、其権輿無知者衆生済度之御神霊、其曩者大明国より粟散辺土来朝の日、神変一頭の白牛に乗来、応結縁の地を尋ね給ひて、当神野宗廟神社と崇む、
[中略]
当社の来由、中間をのぞき私尋考るに、人皇十二世景行天皇往昔異敵退治の遺跡、未曾有の神秘誰か仰ざる、 其以後、人皇九十代後宇多院の御宇弘安四年、蒙古鎮西に蜂起、此日朝帝追討の勅命を宇津宮に賜ふ、 夫聞世は神国の神変を用と、扶桑六十余の神社、三千七百余社の神祇、一州の一宮一社を当神野県に勧請、尊体を木像に彫刻し上り、各神号を台座に筆記し、先駆後陳八陳備までを顕し、夷敵退治退散の御祈、 是出雲の大社に等く天神地祇素り我朝は神の在し国、往古の神跡を垂、穐津島根法身の大士、光を和、葦原中津国給ひき、 故に八百万神霊験丹誠に拝れ、他の国より吾神国を扶助し給ひ、空より輪法降り、神変の鏑矢奇特の利刀に貫れ、忽当社の妙威神風競起て、賊船悉く海底に破浪せしめ、扶桑泰平、鎮西擁護の腃厚く、昔く勝軍の神社と崇敬奉り則飛廉陽侯を隨身、当社に在て不可思議の戦術炳焉とて、神号風浪権現と拝れ玉ふ是也、 往し蒙古退治の龍䒃社内中央に埋て、今歴々として旧地の岸頭化石に在、
[中略]
 当社内
一 帯刀上社  一 御本地十一面観世音
一 御門一宇  一 十一面観自在石像
一 九輪石塔  一 壱本竹  一 カシ棹竹  一 龍宮池