石浦神社 石川県金沢市本多町三丁目 式内論社(加賀国加賀郡 三輪神社)
旧・県社
現在の祭神 大物主神・大山咋神
[配祀] 天照大神・菊理媛神・天児屋根命・市杵嶋姫命
[合祀] 誉田別命(応神天皇)
本地 十一面観音

「加賀諸神社縁起」上

石浦山王社略縁起

夫当山石浦山王社は石浦郷七村の産土神にて、十一面観音をは本地仏となしたり、 其開闢を尋るに、石川郡に一俗士あり、芋掘藤五郎と呼へり、 其妻をは大和国長谷郡に住る松浦氏の娘にて美清女と呼へり、 夫婦諸共神仏を尊敬す、故に石浦郷の鎮守神として、長谷の地主山王権現を石浦村に勧請し、長谷観音を造立して本地仏となし、社地を撰て神殿・仏閣を造営し、聖武天皇の御世天平十一年四月朔日遷宮式をなしたり、 一郷の邑民神供を奉りて郡郷の惣社、一郷七村の産土神と崇めたり、 夫より星霜押移り、国乱に稍く衰微すといへとも社殿恙なき処、 天正八年閏三月兵火に罹り社殿仏閣悉く焼失し、神宝仏体をは山中へ取のけ、後氏子とも山中より居家へ遷坐して守護神となしける処、 世治り天下泰平に属するに依て、慶長七年上石浦村の地に氏子共社殿を再建して、三月二十九日愛宕坊をして遷宮式を執行せしめ、是によりて別当石浦山慈光院と号し、世々奉仕せしかは、世人慈光院地主五年とも石浦山王とも呼へり、 石浦郷七村の産土神にて、金沢城地は郷内山崎村の地なるにより城中の産土神かりしかと、故ありて卯辰山観音院の山王をは産土神とせられたり

「加賀能登神社由来書上」

石浦神社

一、当寺観音堂者、養老年中之草創、松浦氏之女性建立、 和州長谷之観音勧請之地、至于今年九百六拾有余年、 往古於日域号大和・鎌倉・加州石浦三長谷、堂宇善尽美尽而、 石河郡石浦庄内笠舞・保嶋・上石浦・下石浦・今市・下野・木新保、已上七ヶ村之人民奉貴敬之由古老申伝候、 然所、中古乱国之砌、依凶徒之放火堂宇・本尊・縁起等悉焼失仕候、 雖世移物換、霊跡不変故ニ稍得国泰民安之時節、於大聖鎮座之此地営造茅宇、安置古仏霊威十一面之尊容屡擬旧観歴代