伊須留岐比古神社 石川県鹿島郡中能登町石動山 式内社(能登国能登郡 伊須流支比古神社)
能登国二宮
旧・郷社
現在の祭神 伊弉諾尊
[配祀] 伊弉冉尊・大物主命・天目一箇神・市杵島姫命
[合祀] 宇気母智神・厳島姫神・天津彦根神・大屋津姫神・罔象女命・豊受大神・武夷鳥神・奇稲田姫神・天乃夫日神・加夜奈流美神・大山咋神・予美戸神・奥津姫神・勢夜数良姫神・久々乃智神・天児屋根神・上津綿津見神・天照大神・活津彦根神・曽布利神・丹生津姫神・火産霊神・田心姫神・手名槌神・奥津彦神・羽山戸神・三穂津姫神・須勢理姫神・御歳神・高姫神・火之炫比古神・阿須波神・高照姫神・大山祇神・久那戸神・中津綿津見神・溝咋姫神・木花咲耶姫神・神直日神・多紀津姫神・磐長姫神・大直日神・天手力男神・金山彦神・高龗神・底津綿津見神・少彦名神・埴山姫神・屋船神・天八千々姫神・経津主神・八幡大神・久々利姫神・予母津事解神・湯津磐群神・天満天神・太玉神・猿田彦神・気比大神・熊野久須比神・金山姫神・志奈津彦神・金刀比羅神・神大市姫神・天溝根神・抓津姫神・波比伎神・天櫛明玉神・足名槌神・香山戸神・事代主神・天香山神・甕速日神・高皇産霊神・天富神・天鈿女神・武甕槌神・高良玉垂神・埴山彦神・志奈津姫神・天宇受女神・天尾羽張神・熱田神・速玉之男神・大綾津日神・白鬚大神
本地
大宮(男体)虚空蔵菩薩
客人(女体)十一面観音如意輪観音
火宮聖観音
梅宮勝軍地蔵不動明王
剣宮倶利迦羅不動明王

「神道集」巻之四

能登国石動権現事

そもそもこの権現は、男体・女体倶に立たまへり。 先づ男体は本地は虚空蔵。 この仏はこれ利益莫大なり。
[中略]
次に女体は、本地は如意輪観音なり。 この仏はこれ一面にして六臂なり。 思惟するに如意輪は珠の形なり、
[中略]
また七社の王子在す。 本地は皆七仏薬師なり。
第一の社は本地は善逝薬師如来これなり。 この仏は七仏薬師の内には、第一なり。
[中略]
第二の社は本地は善吉祥薬師如来これなり。 この仏はこれ七仏薬師の内には、第二番の仏なり。
[中略]
第三の社は本地は称吉祥薬師如来これなり。 この仏はこれ七仏薬師の内には、第三番の仏なり。
[中略]
第四の社は本地は称名珠妙薬師如来これなり。 この仏はこれ七仏薬師の内には、第四番の仏なり。
[中略]
第五の社は本地は消除病患薬師如来これなり。 この仏はこれ七仏薬師の内には、第五番の仏なり。
[中略]
第六の社は本地は消滅苦悩薬師如来これなり。 この仏はこれ七仏薬師の内には、第六番の仏なり。
[中略]
第七の社は本地は薬師瑠璃光如来これなり。 この仏はこれ七仏薬師の内には、第七番の仏なり。

「拾芥抄」下

諸寺部第九[LINK]

石動寺

在能登国、虚空蔵、智徳上人光仁第四草創

「石動山古縁起」

大日本北路州能登国羽咋郡石動山金剛証大宝満宮縁起
天地開闢、須弥百億於俾都而名四洲、 然南閻浮提各在護命、其護命云石也、 三名朝字・動字・竹字云、 此三石、於三千大千世界為枝葉累広、 故得三千大千世界名、此従三石生万物種子、 無此三石精、莫有情・非情一切万物、 自此三石光生福・智・愛、忝日・月・星是於為三徳、一切衆生三徳精宝也、
[中略]
忝朝字有阿逸多王宮津那賀原、尸棄大梵王・光明大梵王宮也、 動字玲瓏涌在金剛証宝満宮、 竹字在岩金嶋宮、
[中略]
福祐自在天目一箇尊預座在峰、名金剛証宝満峰石動山、神鏡曠博記六巻云、
然仁皇十代崇神天皇、忝天照太神宮御勅奉順、作諸国神社、示託定、崇作十三番当山、勅方道仙優婆塞行給、 亦去神代三百歳余、御即位以後六年己丑歳、召石凝姥初子、真経津鏡鋳移在、召天目一箇尊初子、神代宝剣鋳移在、当三番鋳移在宝剣納当山、 同六年己丑歳次三月十三日宝満宮立柱、四月晦日上棟、六月十三日御鎮座、
方道仙人天竺摩訶陀国行仙、七百歳経劫日本来、自仁皇九代開化天皇御宇、住中洲鈴御崎、 当十一代垂仁天皇、第一皇子誉津別王至三十歳無宣言、 此方道仙人依受勅、於宝満宮御宝前、以仙法令祈誓白、 其則、誉津別王空飛鳴鵠叡覧在、其何耶、始言語有出音、 爾後仙軈有登空、其間三十代八百年、以神威桟為護持、
当四十四代元正天皇御宇、霊亀二年蒙貴敬護持、役優婆塞於金剛証宝満宮、行求聞持頭巾法、
[中略]
同霊亀二年丙辰歳次、割越中四郡為能登州、是方道仙人登空故勅在、 依宝満大権現勅託智徳上人優婆塞陀、太朝大師号蒙元正天皇、 養老元年三月三日石動山登着、住求聞持頭巾法、 天平勝宝八年六月七日卯剋、令大礼堂造新、
仁皇四十六代孝謙天皇賜勅使、勅使左大臣藤原家通公、 天平宝字元年歳次丁酉三月十一日勅使下着、御宿大宮坊、 住持優婆塞陀智伝権大僧都、入峰三十九度、太朝大師第一御弟子也、 同三月十三日、勅使左大臣家通公、金剛証宝満宮御宝前而献拝、御殿排扉、 柔和忍辱勅宣云、忝喜哉、従天地開闢明星為大興、現虚空蔵身、示六大無碍大深誓、
[中略]
天平宝字七年歳次癸卯六月十三日、自孝謙仙洞依令旨、御重祚謂有宣旨、 即則忝此優婆塞、於当山為剣珠如意、奉為二位・三宮造新、於中禅動字閣求聞持頭巾行、有入峰降伏祭・刹那誠勤護摩劫採灯行、 上皇天平神護元年歳次乙巳十月九日即位、重祚在、於是忝此書替前正一位大僧正太朝大師位、 勅使永平卿、当山贈賜、為祝重会、 太朝大師於金剛証宝満宮御宝前、奉上拝、 忝宝満宮六句偈授大師給、
無上福智大明星 値遇不断優婆塞 天地開闢為不失
諸神摩頂先業滅 不失人身生々世 我苦与楽授吉祥
[中略]
当山大宝満宮相殿、九神九曜星王在、 正殿大宝満宮、忝是虚空蔵灌頂仏、宝冠五仏座在、 二位宮十六神、三宮十六神相殿在、 総山中一千二百二十一社湯津石村、八万三千山神護法、木火土金水神所、 如山石木生、可貴可敬者也

「飛州志」巻第四

岩井戸権現宮

能州石動山天平勝宝寺説曰南閻浮提各有護命其護命者石也、 名朝字動字竹字、是日月星之三精生万物種子、云云、 其朝字石は月氏阿逸多王宮にあり、 動字石は大日本金剛証大宝満宮にあり、 竹字石は震旦金島宮にあり、 神鏡曠博記巻之六曰、 天照太神天目一箇命を以て鎮定の時、伊弉諾・伊弉冊の二神、陰陽和合の処、金剛証大宝満宮石動山と名く、 故に人皇十代崇神帝の即位六年己丑神代の宝剣を摸し、大比古命を以て当山に鎮納し玉ふ、 同年摩訶陀国の行仙法道仙人日本に来り、越中州末崎にあり、則法道に勅して神祠を建つ、 同十一代垂仁帝の御宇王子誉津別宮、当山に行啓在まして、神威を鎮護し玉ふ事二十九年、同御宇五十四年乙酉七月七日薨す、其行宮を大宮坊と称せり、 法道住山七百八十年に至つて、大宝年中登空す、 同四十四代元正帝の御宇霊亀二年乙卯、越中四郡を割て能登国とす、 同御宇養老元年丁巳四月、越智の泰澄勅を奉して当山に住す、 同四十六孝謙帝の御宇天平勝宝八年甲午、勅願によつて講堂を造立し玉ひ、其余一山の寺院悉く成る、 因て石動山天平勝宝寺と称せられ、吾日域の鬼門を守護すべき旨、泰澄を鎮護国家の大法師として加賀・能登・越中・越後・佐渡・信濃・飛騨七州を寄せらる、 所謂祭神五社、 第一本社大宮大権現は伊弉諾尊、本地虚空蔵菩薩、 第二客人大権現は伊弉冊尊、本地十一面観世音菩薩、 第三火宮蔵王大権現は大物主神、本地聖観世音菩薩、 第四梅宮鎮定大権現は天目一箇命、本地勝軍地蔵菩薩、 第五剣宮降魔大権現は市木島姫命、本地倶利迦羅不動明王也、 延喜式神名帳曰伊須流支比古神社云云、 猶詳なるに及ず
岩井戸権現宮は現在の木葉神社(岐阜県高山市上宝町岩井戸)。同社には石動比古大神を配祀している。

「加賀能登神社由来書上」

伊須流岐比古神社

石動山者金剛証大宝満宮、 本社者五社大権現之御神所に御座候、 人皇十代崇神天皇之御建立に而御座候、 本社者福智恵円満虚空蔵菩薩・同十一面観音、 火宮正観音、梅宮勝軍地蔵、剣の宮倶利迦羅不動、 惣而八十末社に御座候、 然者朝字・動字・竹字と申、三朝に三つ之名石御座候由、日・月・星辰三徳、万物之種子と申伝候、 当山に者動字石御座候故、石動山と申候、 天平勝宝八年に泰澄大師悉寺院開闢之故、天平寺と申候、 崇神天皇御宇(己丑)年三月十三日宝満宮立柱、四月晦日上棟、六月十三日御鎮座候より丙寅貞享三年迄、千七百七十八年に罷成申候

「能登国名跡志」坤之巻

石動山五社権現[LINK]

又石動山は二の宮より一里半登るなり。 一国第一の高嶺なり、 昔此山は天より星落て石となり、天漢石と号す、 今講堂の辺にあり。 開山泰澄大師、養老二年登山、 已前は此石ゆるきて山震動してあれしによつて石動山といへり、 本社五社権現は伊須流伎比古の神社是なり、 大宮は伊弉諾冊の両命なり、 火の宮は大物[主]命、 剣の宮は市木島姫、 梅の宮は天目[一]箇命なり、 五神五社なり。 本地虚空蔵、十一面観音、正観音、大聖不動、倶利迦羅不動の五尊なり。

「和漢三才図会」巻七十

石動寺[LINK]

二宮の上に在り 石動山と名く  寺領五百石
伽藍の坊舎多有り 十町余上に五社権現有り 所謂其の本地は虚空蔵・十一面観音・聖観音・倶利伽羅不動・大聖不動
天智天皇の勅願 養老年中の草創 開基泰澄上人 天正年中の兵火に回禄す 前田利家卿再興

「塩尻」巻之七十六

○或問、近世民間六十六部とて回国す、如何なる寺社をか順礼するにや。 予曰、是近き比の野俗なれば、参詣の所もさだまらず、六十六ヶ所の寺社に、一部法花経を奉納し奉る。 其次は宝永四年東武旭誉が板行せし一幅に見へたり。
下野滝尾山(千手)  上野一宮(弥陀)  武蔵六所明神  相州八幡(釈迦)  豆州三島(釈迦)  甲州七覚山(同上)  駿州富士(阿弥陀)  遠州国分寺(釈迦)  三州鳳来寺(薬師)  尾州一宮(大日)  濃州一宮(薬師)  江州多賀(弥陀)  伊勢円寿寺(不動)  勢州朝熊岳(福方)  志州常安寺(正観音)  紀州熊野本宮(弥陀)  泉州松尾寺(千手)  勢州上太手(正観音)  和州長谷寺(十一面)  城州加茂社(正観音)  丹波穴太寺(十一面)  摂州天王寺(正観音)  阿波太亀寺(虚空蔵)  土佐五台寺(同上)  伊予一宮(正観音)  讃州白峯(千手)  淡路千光寺  播州書写山(如意輪)  作州一宮(釈迦)  備州[前カ]吉備津宮(弥陀)  備州[中カ]同上(同上)  浄土寺(正観音)  芸州厳島(弁才天)  防州新寺(正観音)  長州一宮(同上)  筑州宰府天神  筑後高良玉垂(釈迦)  肥州千栗(弥陀)  肥後阿蘇宮(十一面)  薩摩新田(弥陀)  大隅八幡(同上)  日向法花嶽(釈迦)  豊後由原(弥陀)  豊前宇佐(同上)  石見八幡(同上)  雲州大社(釈迦)  伯州大仙寺(地蔵)  隠岐託日(釈迦)  因州一宮(同上)  但州養父(文殊)  丹波成相(千手)  若州一宮(釈迦)  越前平泉寺(釈迦)  加州白山(弥陀)  能登石動山(虚空蔵)  越中立山(弥陀)  飛州国分寺(釈迦)  信州上諏訪(文殊)  越後蔵王権現(釈迦)  佐渡小比叡山(正観音)  出羽湯殿山  奥州塩竈(釈迦)  常州鹿島社(同上)  下総香取社(十一面)  上総一宮  阿波清澄寺(虚空蔵)
右の内にても亦霊なる所を順礼するもあり。 山城にて八幡、清水、大和にて東大寺、興福寺、法隆寺にて納経す、尾州にて熱田国府宮寺定たるもあり、国々にて其志す寺社に納め侍るとぞ。

「石川県鹿島郡誌」後編

伊須留岐比古神社[LINK]

○伊須留岐比古神社(字石動山ネノ乙部壱番地鎮座)
当社は延喜式内社にして伊須留岐比古の命を祀る郷社なり。 明細帳の祭神名は、五柱にして所謂両部神道時代
 本社大宮大権現。 伊弉諾命 本地福智円満虚空蔵菩薩
 同客人大権現。 伊弉冊命 本地十一面観世音大士
 火宮蔵王大権現。 大物主命 本地正観世音菩薩
 梅宮鎮定大権現。 天目一箇命 本地将軍地蔵菩薩
 剣宮降魔大権現。 市木島姫命 本地倶利伽羅不動明王
と尊称し来れり その後御由来御尋ねにつけ書上申帳(貞享延宝寛永宝暦文化文政度等)の表本地仏祭神名等多少の相違はありしも五柱の神名に於異なる事なし、
[中略]
神社縁記に曰く往昔星天より墜ちて三石われ三方に散る その一は大日本北路州能登国金剛証大宝満宮に落つ 此の石を動字石と名づく 之れあるが故に石動山といふ(星三石わかれて墜るは天の三光に象れるなりと)
崇神天皇の六年北陸巡按使大比古命勅に依りて宝剣を鎮納し又僧法道に勅して宮社を建てしむ 垂仁帝第八王子誉津別命御歳三歳に至るも言ひ玉はず即ち当山に令して祈祷せしむ修法八年飛ぶ鳥を見て始めて言をなし給ふ、 皇子止まりて当山に住し給ふ薨じ給ふや一山の内に葬る誉津石権現の地是なりと、 皇子宮居の跡を、大宮坊として一山の看司職たり。 養老元年泰澄来りて勅を奉じ一寺を建て名づけて石動寺と称し以て伊須留岐比古神社の供僧房に充つ既しにて僧房三百六十余棟を駢へて壮観を極む 天平年中一山を天平寺と総称し神社を金剛証大宝満宮伊須留岐比古五社大権現と称す。