河上神社 鹿児島県肝属郡錦江町城元 旧・郷社
現在の祭神 鵜草葺不合尊・神武天皇・五瀬命・稲飯命・三毛入野命
本地 阿弥陀如来・薬師如来・観世音菩薩

「三国名勝図会」巻之四十五

川上大明神社[LINK]

仮屋之村にあり。 祭神四体(各衣冠の木像なり)。 其左右に仏像石神神鏡を安す(左位には、一板に阿弥陀、一板に薬師を画き、一円板に、阿弥陀、薬師、観音の像を刻せり。又神鏡を掛たり。右位には八乙女石像八体)。 社説に、上古天竺摩訶陀国の末姫、此郷に渡海し来れり、祭神は其姫を崇めたりといふ。 然れども、神体四座あり。 其故詳ならず。 当社より一町余、戊亥の方に、摩訶陀といふ所あり。 当初彼姫居住の処なりと云伝へたり。 当社川上にあるを以て、川上大明神と称ずといへり。 天正十二年丙戌十二月、建部重堅、同重虎、再建せし事、棟札に見えたり。 今の社殿は、持明夫人より、慈眼公の為めに福を祷り、再建し玉ふとぞ。 祭祀正月元日、二月初卯日、九月九日、十一月初卯日なり。 賽会には、若干の供物を薦め、大祓、神楽、清所舞、内侍舞等あり。 其中二月初卯日には、其社庭にて田畝耕種の祭式を行ふ。 俗に打植祭と唱ふ。
此社地の大さ四段ばかり、樹木生ひ茂れり。 当社の前は水田なり。 鰻鱺鮒の二魚は此神の使属なりとて、闔邑の人殺し及び食することを禁ず。 当社より未申の方に、一小山あり。 大さ二畝ばかり。 鰻山と呼ぶ。 当社の前に溝水あり。 御手洗川と名く。 川幅一間半許。 上文川上とは是なり。 当社の社地に発源し、当村の海に入る。 其川に鰻鮒の大魚多し。 大鰻魚死したる時は、社司の徒、彼鰻山に葬る。
神前には、仮屋之村より供物を備へ、神官祓法をなし、神楽を奏ず。 座主報恩寺、社司永江氏。 当社は此邑の総鎮守なり。
[中略]
○境内諸神 祖母宮  △母上宮  △稲荷神社  △稲妻神社
以上四社、各衣冠木像二躰を安す。
△神石 神石二つあり。伊勢両宮を勧請す。
△立石 霧島神社を勧請す。
△五重の石 開聞神社を勧請す。
△本地堂 中央阿弥陀、夾侍薬師、観音。
△伽藍神祠 石祠なり。