琴弾八幡宮 香川県観音寺市八幡町一丁目 旧・県社
現在の祭神
琴弾八幡宮応神天皇・神功皇后・玉依姫命
摂社・若宮神社仁徳天皇・宇治皇子・宇礼姫・久礼姫
摂社・武内神社武内宿禰
摂社・住吉神社底土神・赤土神・石土神
末社・高良神社高良玉垂命
末社・松童神社真根子命
本地
中御前(応神天皇)阿弥陀如来
西御前(玉依姫命)大勢至菩薩
東御前(神功皇后)観世音菩薩
若宮二所若宮権現十一面観音
若宮玉女普賢菩薩
末社武内大明神阿弥陀如来
住吉大明神高貴徳王菩薩
高良大明神大勢至菩薩
松童不動明王
隼辰毘沙門天

「七宝山八幡琴引宮縁起」[LINK]

右八幡大菩薩、尋当山垂跡之本誓者、偏是為百皇鎮護、為異国降伏也。 是非勧請而令垂跡。 所以文武天皇御宇大宝三年(癸卯)、大菩薩手自出鎮西宇佐社壇、留光於当山八葉之宝嶺。 是併威応利生之姿、済度無之神也。 凡厥影向之躰、更異普通之瑞。 所謂三箇日夜之間、西方之空自然鳴動、黒雲隠覆、不見日月之光、如暗夜之処、如霧巻月影、日月之光漸耀。 因茲万人成奇特之思、出于山頂海岸、見西国之方、九州之空白雲如西之聳、懸于当山。 彼白雲之下、巨海之上、当宮山麓梅掖之海辺、有一艘之船。 船中有琴音。 其音高妙、愉通嶺松。 彼時当山之峯、本自有止住上人(諱号日証)。 奇而問之。 御託宣曰。汝釈迦再誕、我是八幡大菩薩也。 為近帝都、従宇佐来。 此国為可仏法流布之霊地。 於茲守護朝家可罸異国也云々。
[中略]
次当于第二夜、又海上船中有弾琴之響。 其音高広而美音。 聞之者悉発菩提心。 是和光利物之方便、同塵済度之素懐也。 于時上人忽驚奇瑞之霊験、含随喜之笑、合渇仰之掌、相触四州之山寺、一生不犯十二三歳之児童等集数百人、自当山南竹之谷、引上彼御船於嶺上、御躰相副彼御琴、奉安置宝殿。 号琴引別宮是也。 今此御乗船、是神功皇后異国征伐之時、自然出現之兵船也。
[中略]
第三十代欽明天皇治三十二年(辛卯)、始有御託宣。 於豊前国宇佐郡馬城峯(号小許山)顕八幡大菩薩給。 其後四十二代文武天皇治七年(癸卯)、大菩薩依御本誓、近洛陽守護百皇、為罸異敵、彼皇后乗異国征伐之御船、出宇佐宮、当山御垂跡也。 今霊山者是八葉之峯也。 於彼中台三所大菩薩自八正道垂於跡。 故名之八幡宮。 所謂三所者、中御前者第十六代武帝応神天皇精霊也。本地阿弥陀如来。 西御前者我朝人帝第一代神武天皇御母后玉依姫尊也。亦号豊姫。大勢至菩薩。 東御前者第十五代聖主三韓降伏女帝神功皇后御霊也。観世音菩薩。 或三所本地釈迦三尊云々。 若宮二所者若宮権現。十一面。 若宮玉女者普賢菩薩。 武内大明神者阿弥陀如来。 住吉大明神高貴徳王菩薩。 高良大明神者大勢至菩薩。 松童者不動明王。 隼辰者毘沙門天王。 此外七十五所眷属諸神本地難測、垂跡無定。 或示尊神、或現使者。 皆是往古如来、深位大士也。 一切神明者、皆諸仏之垂跡。 一切仏陀者、悉諸神之本地也。 七十五神之中、以青丹大明神為上首。
[中略]
抑当社者、是自王城当于坤之方御垂跡也。 是偏為朝家擁護、為異国降伏也、 依之一社内之神殿仏閣等、多以向未申方守海上給。 是則依異国降伏之御本誓建立草創。 誠以厳重之次第掲焉者哉。 依大宝三年(癸卯)三月二十一日御託宣、始建立堂舎宝殿、永為鎮護国家之霊場而已。

「四国辺路日記」

承応二年十月九日

観音寺、本堂南向、本尊正観音、 大師の開基、桓武天皇の御願、大同年中の造営也、 寺は神恵寺六坊在り、 二町北の坂を上て琴引宮に至る、
瑟引八幡宮、南向、本地阿弥陀如来、 大宝三年(癸卯)、豊前国宇佐ノ宮より此国に来臨し玉ふ、 海上にて瑟を弾し玉ふ、其音妙にして国の人々耳をすませり、 此所に権者と呼し人、此山に宮を作て安し奉しと也、 其後大師観音寺と云也

「和漢三才図会」巻七十九

四国遍路八十八箇寺(讃岐)[LINK]

四国遍路八十八箇所(内二十三番当国[讃岐]に有り、阿波・土佐・伊予順に巡る)
[中略]
八幡宮(六十七) 在琴引山 南向
 本尊 阿弥陀(秘仏)
神仏分離後の六十八番札所は琴弾山神恵院。