熊野神社 滋賀県草津市平井町三丁目 旧・村社
現在の祭神 速玉男神・熊野櫲樟日命・事解男神
本地
早玉宮薬師如来
本宮阿弥陀如来
那智千手観音
若宮十一面観音
禅師宮地蔵菩薩
聖宮龍樹菩薩
勧請十五所釈迦如来

「かみとほとけのかたち: 湖南地方を中心とした神像と本地仏の世界 企画展」

熊野神社本地仏像 七躯

  草津市 熊野神社
  木造 像高82.4~101.1
  平安時代(十二世紀)

 草津市平井町に鎮座する熊野神社は、建保六年(1218)に佐々木信綱が神託をこうむり、熊野より勧請したと伝えている。 さらに天正七年(1579)の兵火に罹って回禄した熊野権現社は、平井加賀守基綱によって再興され、そのときに本地堂も建立され、末社に祀られていた熊野十二所権現を本社に合祀したと伝えている。
 熊野神社本地堂は今も熊野神社境内にあって、往時の景観をとどめていることは記帳である。 堂内には平安時代から室町時代にわたる本地仏九躯を安置するほか、炭化して原形をとどめない焼損仏がある。 廃仏毀釈のとき、多くの像を救うため、あえて一体を焼いたのだと地元では伝えている。 作風・構造を事にする不動・毘沙門を除いた七躯は、薬師如来を中心に配されている。 薬師のみ等身坐像になり、ほかは立像となるから、熊野神社本地仏は早玉系になることが知られよう。
[中略]
 阿弥陀如来(本宮)二躯、千手観音(那智)、十一面観音(若宮)、地蔵菩薩(禅師宮)二躯だが、手先は後補となり、阿弥陀のうち一体は釈迦(勧請十五所)であり、地蔵も一体は竜樹(聖宮)に当てられていたであろう。
[中略]
熊野詣は院政期に急に盛んとなったが、こうした熊野信仰の隆盛を背景として平井の地に熊野社が勧請され、本地仏の造像がなされたのであろう。 熊野の本地仏がこれだけまとまって伝来しているのは貴重である。