熊野那智神社 宮城県名取市高舘吉田舘山 旧・村社
現在の祭神 羽黒飛龍神・熊野夫須美神
本地 観世音菩薩

「陸奥名取郡熊野山熊野堂因縁記」

我朝在蓬莱山、名熊野山、天地未落人世之日、伊弉冊尊生火神、時為子所焦而崩。 故葬於紀伊国牟婁郡熊野有馬村、自斯土俗迎華時禋焉。 迺本宮証誠殿祭伊弉冊尊、本地阿弥陀仏。 新宮祭速玉男、本地医王善逝。 那智祭事解男、本地観自在薩埵也。 平城天皇臨幸之後、三社神威弥熾、天下人靡不趨拝矣。 伝道、当初陸奥有一善士、恒奉熊野権現、自矢曰、従今期三年歳詣熊野三山。 繇是一歳先往熊野、懇到持誦止宿殿前。 時謂、紀南路細、老境体疲、雲山万里不堪跋捗、為之如何、徹夜疑懼無地寧息、至暁漸寝。 神示霊夢曰、美知登乎新保戸毛波類加爾辺多多連利雄母比於古世与和礼茂倭須聯志(みちとをしほどもはるかにへだたれりおもひをこせよわれもわすれじ)
[中略]
鳥羽院保安四年癸卯刱本宮証誠殿、山名熊野山、尋建新宮、里称飛鳥、復搆那智社、邑号吉田、且造僧房若干区、鳫序新宮之左右、所以牧清衆也。

「日本の神々 12 東北・北海道」

名取熊野三山(三崎一夫)

 名取郡の西方の丘陵の高舘山(204メートル)には中世の山城跡があり、その山頂には熊野那智神社(高舘吉田字舘山)があり、その山麓を南北に走る旧街道の「東街道」を北上すると、名取川の河畔旧熊野堂村に熊野神社(新宮、高舘熊野堂字岩口上)があり、その北隣に熊野本宮社(熊野堂字五反田)があって、この三社をあわせて名取熊野三山と言う。 祭神は那智神社が事解男命、本宮は伊弉冊命、新宮は速玉男命である。
[中略]
 熊野那智神社では、明治三十一年の社殿改築の際、床下の土中より多数の懸仏や和鏡が発見され、その数は155点におよび、うち41点は国の重要文化財に指定されている。 懸仏のほとんどが観音像であり、熊野神社の本地仏として奉納されたものである。