村山浅間神社 静岡県富士宮市村山 旧・県社
現在の祭神
村山浅間神社木花之佐久夜毘売命
[配祀] 大山祇命・瓊瓊杵命・彦火火出見命・天照大御神・伊邪那岐命・伊邪那美命
摂社・氏神社(高根総鎮守)大己貴命
末社・竈神社奥津彦命・奥津姫命・火産霊命
末社・八幡宮応神天皇
末社・天満宮菅原道真
本地
浅間大菩薩大日如来
三島宝生如来
箱根文殊菩薩
伊豆観世音菩薩
伊勢大日如来
熊野伊弉諾尊阿弥陀如来
速玉男命薬師如来
事解男命観世音菩薩
白山伊弉冉尊釈迦如来
菊理姫命千手観音
末社大棟梁権現十一面観音
三宝荒神大日如来・不動明王・文殊菩薩
八幡阿弥陀如来
天神十一面観音
水神金剛界大日如来

「富士山縁記」

 抑駿河の国富士山は仁王六代孝安天皇の治世、九十二庚申の年暮春に至、昼夜を弁ず、大地震動寸時も止無く、人驚怪む時俄に青天と成り、魏然たる高山面前に出現す。 諸人奇意の思を生し、帝王え勅使を以て奏し奉る。
[中略]
 爰乗馬里に老人夫婦有り、翁は竹を好み鷹を愛す。 婦は常に犬を飼、箕を作るを業とす。 人作竹翁と云。 世は安楽に渡るとも一人の孝子無く、老行末を歎く。 或時後苑の竹中に赤子の声有り、夫婦驚き立見れば当歳の女子也。 不思議なから類無く悦ひ養育すること限無く、漸く成長に随ひ容顔美麗三拾二相揃たる美女となり、異香常に薫、身に従ひ光明を放つ。 仍て赫夜姫と名く。
 既に十六歳に至る。 其頃帝王諸国え勅使を遣し、美女を撰み后の備とす。 東国勅使此事を聞、翁の家に宿し姫を見、 「天下無双之美女也、帝王美女を撰む為諸国え勅使す、汝ち其人に当る、后に備る可し」
姫の曰、「我此土に有事久からず、穀聚山の巌窟に入り、世に参るべからず」。 使上洛す。 姫父母に曰、「天下王土に非る無く、綸言争黙只憂世を捨て巌窟に入らん」との給ふ。 父母歎悲み、「命の限りは叶ふべからず」、 答て姫重て、「常に来て見奉るべし」との給ふ。
 此事近里に聞え、諸人離悲み惜しみ、麓の川辺まで送り奉り、声を挙げ落涙す。 今に憂き涙と書て「憂涙川」と云。
 翁一首を詠む。 世に憂と逃れ出にし桑の門、何床しさに立帰るらん。
 姫、身捨んと思い出にし我なれば、世の憂ことをかへりみる也、と御返歌有り、深山へ踏入れ給ふ。 元より化身の御事なれば、易く頂上に昇り、今の釈迦カ岳の南角の窟に入り給ふ。 誠に常には人恐と雖も、姫の名残を悲しみ、怖思無し。 此時より御山踏始め也。
 帝王此の由詳に聞し召し、恋慕はせ給ひ、亦勅使を以て王冠を送り給ひ、「乗馬里一斎京」と宣旨有り。
 勅使翁の家に至り姫を問ふに、有の侭に申す。 則チ翁を伴ひ穀聚山に登る。 半腹に至る所に、赫夜姫出向はせ、御冠を請け、后姫の御形にて頂上に入り給ふ。 其場今に「冠石」とて印之有り。
 扨其後、赫夜姫託して曰、「内には深沙之極位を秘し、大日覚王の身是也。外には和光塵形を現し、浅間大菩薩を顕わす。浅智衆生と間り、難化輩を救済する為に有り」と。
 亦翁夫婦は新山に入り給ふ。 因位に依て愛所を以て神名と為す。 翁は愛鷹大明神と勧請奉り、媼は犬飼大明神と勧請す。 後に今宮と号す。 之依て新山を改め愛鷹山と号す。(東愛鷹山、西今山)
[中略]
 扨、内院は胎蔵、外院は金剛界大日覚王の浄土、密厳華蔵、秘密の山。 浅間大菩薩は惣本地大日如来、一千二百余尊、胎蔵は八葉の曼陀羅。
 一ノ岳は天照皇大神、本地延命地蔵菩薩。
 二ノ岳は熊野権現、本地阿弥陀如来。
 三ノ岳は伊豆山大権現、本地大悲観世音。
 四ノ岳は白山大権現、本地釈迦牟尼如来。
 五ノ岳は日吉山王権現、本地弥勒菩薩。
 六ノ岳は鹿島金山大明神、本地薬師如来。
 七ノ岳は箱根権現、本地大聖文殊菩薩。
 八ノ岳は三島大明神、本地宝勝如来。
 中央胎金両部大日如来、 山の四方は四大明王、 御池は倶利伽羅不動明王、 御七五三は八大金剛童子、 御橋は普賢勢至菩薩、 鳩胸は愛染明王、 物見岳は摩利支天、 日ノ御子は金剛四菩薩、 鳥居は日光月光、 屏風岩は稲荷神、 黒岩は毘沙門天、 玉根石は三宝大荒神、 御室は五所大権現、五大力菩薩、 滝本巌は不動明王、 龍ガ馬場は八大龍王、弁財天女、 牛王子は五智の如来、 中宮は八幡大菩薩、 発心門は龍樹菩薩、 等覚門は阿閦如来、 妙覚門は虚空蔵、 其外行所数多く演画し難し。
[中略]
 亦浅間大菩薩と申奉るは即天照大神、幸魂千眼大天女と申し、天頂に住み給ふ福徳大弁財天女にて、三世諸仏の福徳を任り、一切衆生の福徳を守り給ひ、天地の富を士る故に富士山と号し、郡名と作す。
[中略]
 興法寺村山郷の根本浅間大菩薩は、伊勢・熊野・白山・三島・伊豆・箱根之神社七社十九神を勧請す。
 富士山惣本地大日如来、 惣鎮守大棟梁権現、本地十一面観世音菩薩、 其外諸末社諸堂、数多富士山入峰の行所有り、中禅定と号す。

「富士山略縁起」

爰に富士山の事実を考るに、辱も此山ハ我日の本の中樁にして神仏冥合の御嶽なり、 其始天照太神治天御時、大己貴の尊地を宰玉ふに、四方の国々いまた堅らさる所有しかは、久延彦の命を語て神杵を以て築定給ふ、 又天地の諸神諸海龍に命して神樁を以て国を繋定んとて五の樁を打しめ玉へり、 西は安芸の厳島、東は陸奥の金華山、北は近江の竹生島、南は相模の江の島、其中樁は富士の御岳也、 後の三の樁ハ地輪の底に打隠し給ひて人の心に惑疑多らん時顕れ出へしと也、 又其五の樁に住せ給ふ太神は天照太神の正魂なり、 四の島ニてハ富主姫の尊と申は時に富士の御岳にては千眼大天女(あさまおふあまおとめ)と名奉らんとの給へり、
[中略]
時人皇六代に当り孝安天皇治世九十二年庚申の正月人の心の僻を天より尤べき時や至りけん、 変異の事稍多りけれハ上一人を始奉り下方民に至るまで安らす思ひけるに、 果して此月駿河の国四方に刺て大海となる、其夜の中に海より大山顕れ出て海又埋りぬ、 一日天より雲降て世の中常闇のことくなりしかは人々恐れ慎て只神明の力を仰ける、 稍ありて天晴雲収りぬれハ国民安堵の思ひをなし新に露れ出し大山を見るに不思議なる哉、 いつか磐土降り積り山の嶺を続添て其形八坂瓊のことく又精の米を累ることし、 其頂に霊なる天乙女ましまして十五人の童子并諸天龍神前後左右に相従ふを見奉る、
[中略]
扨此山を富士山と名る事いわれなきにあらす此山の大神浅間大菩薩と申ハ即天照太神の幸魂にして本御名ハ千眼大天女と申す、 天の頂に住給ふ福徳大弁財天女にておハします、 三世諸仏の福徳を主り一切衆生の富貴を守り給ふによりて天地の富を士るの義を以て富士山とハ名たり、
[中略]
聖徳太子と申は観音大士の応化にて神道儒道仏法普興隆セさセ給ふ日本中興の法王なり、 或時甲斐の驪駒に召れて雲に浮ひ虚に昇て此岳に至り給ふに諸仏菩薩諸天神仙迎ひ給ひ太子をいさめまいらせて浅間大菩薩の浄土に遊ふ給へり、 太子宮にかへりて語給ふハそも富士の御岳は大日如来の浄土密厳花蔵世界なり、 我朝の天照太神を大日霊貴と申ハ同体異名の尊号也、
[中略]
諸仏出世の本懐衆生成仏の直道たる即妙法蓮華経の総泍なる釈迦一仏の大日如来仮に千眼大天女と顕れて此山に鎮座し玉ふ、是顕教のあらましなり、 次に密部の旨をいはゝ峰の八葉ハ九尊の主伴を明す 阿閦宝性弥陀釈迦の四仏ハ四方にましまし文殊普賢観音弥勒四菩薩ハ四隅を主る、 中台の奥蔵ハ直に大日如来密厳の境界なり、
[中略]
延暦二十四年に富士の大神人に託て告給く、 我内には大日深妙の極位を秘し外には菩薩和光の塵形を現し浅智の衆生に間じハりて難化の輩を利益す、我を富士浅間大菩薩と名へしとなり、 平城天皇金銀を鏤て社を建立し玉ふ、今の大宮是なり 次に独の上人の尊聖ありける此山に登り不動の滝本に在て行ひ給ふ、 明王即虚空の中に現れ玉ふ、 是より御室を建て往生寺と名け金剛界の大日を安置し玉へり、 上人此寺にありて参詣の人を聚て法を説聞せ無縁の人を利済し給ひてはからす、 巨益を蒙る者いと多かりけれハ皆人敬ひ崇ミ是こそ末代の上人なりとてついにその本の名を唱失ひ但末代上人とそ仰ける

「村山浅間七社相殿」

 村山浅間七社相殿
一、浅間 赫夜姫 本地大日
一、伊勢 両宮 熊野 三所
一、白山大権現 伊豆大権現
一、箱根大権現 三嶋大明神
一、村山大棟梁権現富士山惣鎮守本地十一面観音
 村山堂舎御建立所
一、浅間御本社 三間七間
一、同拝殿 四間五間
一、本地大日堂 五間七間
一、大棟梁権現本社 小社
一、同拝殿 四間三間
一、末社三宝荒神小社
  虚空蔵 八幡宮 天満宮
  水神 東照権現 水神 太郎坊
一、御供所
一、鐘楼堂 是ハ御造営栄囲碁建立申候ニ付、此以後御造営奉願候
一、富士山中宮八幡本社 小社
一、同拝殿 三間五間
一、富士山御室大日堂 三間四間
一、村山社領神成村薬師堂 三間四間
    何レモ白木造

宮地直一「浅間神社の歴史」

村山浅間神社

祭神 木花之佐久夜毘売命。 相殿は左大山祇命・彦火々出見命・瓊々杵命・右天照大御神・伊邪那岐命・伊邪那美命。
維新前は修験道にて祭祀され、両部習合であった為め、祭神にはいづれも本地仏があった。 主祭神たる
 浅間大菩薩木花開耶姫は本地大日如来。
相殿たる
 三嶋大明神大山祇命は本地宝生如来。
 箱根大権現彦火々出見尊は本地文殊菩薩。
 伊豆大権現瓊々杵尊は本地観世音菩薩。
 伊勢大神宮大日貴尊は本地大日如来。
 熊野三所大権現伊弉諾尊は本地阿弥陀如来、速玉男は本地薬師如来、事解男は本地観世音菩薩。
 白山妙理大権現伊弉冊尊は本地釈迦、菊理姫は本地千手観音。
であった。 末社にも本地があった。
 三宝荒神は本地大日如来・不動明王・文殊菩薩。
 八幡宮応神天皇は本地阿弥陀如来。
 天神宮菅原道真は本地十一面観音。
 水神は本地金剛界大日。
[中略]
摂末社 摂社は大棟梁権現及び東照大権現である。 大棟梁権現は高根総鎮守と称し、他にも分祀がある。 祭神は大己貴命であるが、維新前は末代上人を祭ってあった。 明治四年に至り富士大神社と改称した。 栗倉村の無格社大棟梁神社は分祀の一であるが、祭神を大棟梁神とし、やはり末代上人なりといっている。 東照大権現は元禄の造営に際して、幕府の許可を得て之を祀ったのである。
末社には、八幡宮(祭神応神天皇)・天満宮(旧称天神宮、祭神菅原道真)・竈神社(旧称三方荒神)(祭神奥津彦命・火産霊命・奥津姫命)・高八明神社(旧称富士太良坊、祭神火照命)・別雷神社(祭神別雷神)がある。
[中略]
大日堂はいふまでもなく大日如来を安置する。 大日如来は浅間大神の本地仏といはるゝと同時にまた、修験道の本尊ともいふべきものであった。 されは境内のみならず、頂上浅間嶽の麓即ち今の本宮奥宮の地に大日堂があり、村山三坊の官する所であった。