室生龍穴神社 奈良県宇陀市室生 式内社(大和国宇陀郡 室生龍穴神社)
旧・村社
現在の祭神 高龗神
[合祀] 天児屋根命 <春日神社>・罔象女神 <水神社(同末社)>・大山祇命 <山神神社>・須佐之男命 <八坂神社>・埴山姫命 <秋葉神社>
本地 不動明王

スティーブン・トレンソン「祈雨・宝珠・龍 —中世真言密教の深層—」

真言密教の龍神信仰と室生山

鎌倉期室生山の真言宗小野流系の龍神信仰

 『宀一山記(甲)』は、まず冒頭に当山の自然環境(峰や河)が五部五智や三密行法の密教思想を象徴していると説き、また、宝珠一顆が仏隆寺より東の峰に埋納されているということを述べる。 そして、第三十二代の東寺長者範俊(1038~1112)が一顆の能作性如意宝珠を白河院に献納したことに触れ、ついで、「空海造作」といわれる宝珠が室生山精進峯に埋蔵されていることを伝える。 その次に、以下の文がある。
又神泉薗善如者、是無熱池龍王之類也、 大師勧請之、即金色長八寸許也、居長九尺蛇頂、 珠即実恵、真済、真雅、堅恵、真暁、真善等見之、同彼山安置之、 西有龍池、即表無熱池南面之相、 東有龍穴、顕是無我空相、 中央有御玉殿神云倶梨迦羅大龍雷電神、或名大刀辛雄神、尋本地等人座像不動也、 又南天鉄塔大日下之所生不動三寸生身明王、或光尾、或如意峯、或明王御身、異説不同也、 又光峯東金剛智水流出、西胎蔵流口開、 (中略) 又天下炎旱時、雷電神則登虚空発雲四州、降大雨利益万物、彼宝所之恩徳、雷電神力也、 次山内有両部不二浄土、此中有龍宮也、嶋有之、 (中略) 嶋中央堂有之、名五柱堂、但於中央柱者、善女難陀等大龍捧種々供具供之、 室生山者三部密号也、精進峯者五部秘号也、 又善如達即宀一守護諸仏教授体也、 此即醍醐寺青龍明神三所之内、中之一所是也、今二所稲荷上下是也、 是即尊師勧請之為密教之鎮守也、 (中略) 毎日暁住秘印向彼方、一経十二品観之、并白蛇法可修之、是東寺小野秘伝也、 彼山八葉也、東北角坐是弥勒所坐也、又東北角鬼門方也、為降悪鬼悪龍東北角、 宀一者又日東国之中心、日本国者独古形也、彼山独古中心相当也、
[中略]
 つづいて、『宀一山記(甲)』は室生山の三峰についての秘説を説いている。 まず西峰は「無熱池南面之相」を表しているという。 理解しにくい語句だが、おそらくこれは観想法では南に向けて西峰に無熱池が念じられたことを意味するであろう。 あるいは、神泉苑請雨経法では神泉苑池(無熱池)へ南面し、龍を拝むという作法が行われたが、「無熱池南面之相」という語句の裏にその作法への配慮があるかもしれない。 次は、東峰に無我・空を象徴する龍穴があるといい、最後に「光尾峯」・「如意峯」・「明王御身」とも称される中央峰に倶梨迦羅龍王の玉殿があると説く。 この倶梨迦羅龍は「雷電神」または「大刀辛雄神」とも呼ばれ、つまり、神話の「神」であり、その本地は不動明王であるという。 これはすなわち龍穴神なのである。 さらに、中央峰は両部不二の思想を象徴し、峰の東より金剛智の水、西より胎蔵の河が流れるともいわれる。
[中略]
 次に本テキストは祈雨についても秘口を説いている。 室生龍穴神――善如・倶利伽羅・大刀辛雄――に対して祈雨を行えば、倶梨伽羅は昇天し、雲を四州へ遍満させ、大雨を降らせて、一切衆生に利益を与えるという。
[中略]
 次は、『宀一山記(甲)』の筋道は中央峰に戻り、その峰に両部不二の浄土があり、その浄土に龍宮及び嶋があって、嶋の中央にはさらに五柱堂が立つという。 この五柱堂とは、いうまでもなく先に触れた倶梨伽羅龍王の玉堂である。 この堂の中央柱へ、善如や難陀などの龍王が供物を捧げているといわれる。
 これに次いで『宀一山記(甲)』所記の伝承では室生山は醍醐寺鎮守清瀧明神が祀られている三所の一所に当たると説明される。 すなわち、室生龍穴神は醍醐寺の鎮守清瀧神(善如)と同体とされる。 ここにも本伝承が醍醐寺系の龍神信仰を踏襲している事実が再確認される。
 そして、本テキストは毎朝——おそらく南面しながら――室生山の方に向いて、秘密の印を結び、その印の境地に住し、『法華経』第十二品すなわち提婆達多品を観想しながら「白蛇法」(避蛇法)を修しなければいけないと伝えている。 真言思想と法華思想を結びつけるこの修法は「東寺小野」の秘伝であるといわれる。