新山神社 山形県酒田市楢橋新山 旧・郷社
現在の祭神 日本武尊
本地 毘沙門天

「出羽国風土記」巻四

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祭神は日本武尊なり 合殿に神倭磐余彦命息長足姫命二柱を祀る 西坂本村字村地に鎮座す
 社殿(七間 八間) 境内(四千二百七十三坪) 氏子(十六戸)
 境内社(伊勢両宮社 疱瘡神社 白山神社 八雲神社 秋葉神社 粟島神社)
当社は永禄年中火災に罹りて旧記焼失す 故に其由緒を詳にし難と雖も里老の口碑に顕宗天皇の御宇丁卯正月白鳥神社を勧請す 其後天平十一年己卯泉州の産木原主殿と云もの泉州大鳥郡大鳥神社を勧請し社殿を造営すと言伝ふ 明治九年二月二十四日村社に列す
風土略記に新山大権現は寺領略記に高二拾七石一合内拾一石二斗一升八合小見村 同十三石五斗五升三合中北目村 黒印は寛永七年午九月二十三日焼失す 別当新光山最勝寺衆徒九坊あり 土人新山毘沙門と称して権現と言はす 然れとも其祭礼の幟に新光山大権現とあり 堂の内には壇三つ搆て古き高麗狗三壇共に左右に置き社家衆徒氏子等宮廻とて社壇を三巡す 又獅子頭鋒を練出烏帽子浄衣を着たる人壱人出て獅子を舞す 其後児の舞田楽番組数多あり 大概吹浦高寺等の田楽に同し 拍子等最古風なり 土人新山会式を見んとて昔より群集す 新光山と称するは惣て寺家の山号三字を連用す 新山の二字に光字を入て最勝寺の山号とせしなるへし 田川郡余目館の鎮守にも白山大権現あり 近年羽黒山にて白光山大権現と額を書く 新光山も此類ならん 権現号は両部習合の所にあり 金峯羽黒の類なり 新山とは冨士山十三名の一なれは祭神木花咲耶姫命なり 此神の本地毘沙門と習合したるにや